4章11話 悲しみで、涙を――(2)



「ふっふ~ぅ? それでぇ?」

「それにボクはキミと同じことをして、キミと同じレベルに落ちぶれたくない」


「――、弱い、ねぇ」

「弱いのはキミの魔術だろ? 全然痛くもかゆくもないね」


「アァ? チッ、 Versammle集え、, Element魔術 der Magie源よ. Zeige形を dich成し und遥か besiege遠くの entfernte敵を Feinde討て. 【魔弾】!」

「詠唱零砕――【 光り瞬く白き円盾 】ヴァイス・リヒト・シルト七重奏セプテット


【光り瞬く白き円盾】は講義でゴーレムと戦った時、アリスが使った魔術の1つだ。

 しかし今回、それを使ったのはアリスではない。


 大好きなお兄ちゃんを傷付けるヤツには慈悲も容赦もないと言わんばかりに、イヴがジェレミアを視線だけで呪い殺すように睨んでいた。

 無論、一瞬の差だったが【魔弾】が当たるよりも先に魔術防壁が完成して、彼女はロイを守ることに成功している。


「ふ、ふん! 弱いっていうのは、キミたちの社会的地位のことだぜ?」

「平民、それも地方から出てきた田舎者ってこと?」


「そうそう! たとえば、キミの妹はスゴイ。よくもまぁ、焦らず冷静に、しかも詠唱を零砕して7つの盾を同時に展開したものだ」


 信じられないほど意外だが、間違いなくジェレミアはイヴのことを心の底から賞賛していた。


「率直に言うとかなり驚いている。オレは他人の強さだけは身分関係なく評価するからね。しかし、なぜそこまで魔術に優れているキミの妹が、オレに口答えできなかったと思う?」


「強さと偉さは別物で、どれだけ物理的に強くても、社会的に潰されたら意味がないからだろう?」

「まったく……。なぜそこまでわかっているのにシーリーンを守りたがるのか、理解できないよ。しかしそのとおりだ。貴族になればこういうことって、大概揉み消せるんだよ! そしてキミは先ほど、責任という言葉を使ったが――」


「行動には責任が伴う、間違ってないだろう?」

「では確率的に、上級国民に責任が求められるのは何回中の1回だ!? 1/100? 1/1000? しかも責任と言っても、ただの注意や警告から始まり、少額の罰金、そして爵位剥奪まで幅広くある!」


「そうか、キミはそういう考えを――」

「当然だろう? キミは99%勝てるギャンブルで、銅貨1枚ほどのリスクに怯え、金貨100枚にも匹敵する優越感を見逃すのか?」

 

 確かに今までの口論は、ジェレミアよりもロイの方が社会的に正しい。

 ジェレミアの言っていることは多少論理的ではあるものの、その根底にある『貴族だからやり返されない』という前提さえ崩れれば、そこに積み上げた全てが破綻するからだ。


 しかし、それでもロイはジェレミアに、シーリーンの前で間違いを認めさせることはできない。

 ロイの方が『正しい』としても、もしかしたら『強い』かもしれなくても、ジェレミアの方がただシンプルに『偉い』からである。


「っていうかさぁ、シーリーン、キミィ、なに被害者ヅラしているんだい?」

「えっ……!?」


 突然矛先が自分に向いて、シーリーンはオドオドしてしまう。

 どこからどう考えても彼女に悪いところなんて1つもないが、その気弱な反応が、ジェレミアの勘違いも甚だしい意識を増長させた。


「そいつを傷付けたのはキミだって言っているんだよ」


「な、なにを……、だってジェレミア卿が魔術で……」

「キミが原因でそいつとオレがケンカした。となれば当然、ケンカによって生じるが全てはキミが原因だろう?」


「ちょっと! なに言っているのよ、あなた!」

「アリス、外野は黙っていろ。――いいか、シーリーン? キミが加害者だ」


「ひぅ……」

「こいつはオレとケンカしなければ傷付かなかった。けれど根本的な話、キミがいなければケンカは起きなかった。つまり結論として、キミがいなければロイは痛い思いをしないですんだ。子どもでも理解できる三段論法のはずだが? だからオレは悪くない。悪いのはキミだ」


「そんなことないよ!」

「詭弁ですね!」


 イヴもマリアもジェレミアに反論するが、彼は聞く耳を持たない。


「そういえば、ロイはシーリーンの友達なんだよな?」

「そうだけど、それがなにか……?」


 腹部の激痛を我慢しつつ、ロイがジェレミアを睨む。

 しかしジェレミアは彼には一瞥さえせず、シーリーンに向き直った。


「キミがロイをケガさせたんだ。せっかくできた友達に絶交されて、また孤独にならないことを祈っているよ」

「~~~~っっ!?」


 決定的なことを告げられると、シーリーンはその場に膝から崩れ、ペタン……、と座り込んでしまう。

 誇張表現でもなく、言葉の綾でもなく、本当に絶望しているのだろう。


 ロイはシーリーンにとって、久しぶりの友達だ。

 自分に手を差し伸べてくれて、光の差す世界に連れ出してくれた恩人なのだ。


 アリスも、イヴも、マリアも当然、いつも独りだった自分にとっては大切な友達で、失いたくないかけがえのない存在である。

 だが、ロイだけは他のみんなよりもさらに特別で、大切で、感謝していて、憧れていて、一緒にいるだけで楽しくて、嬉しくて、アリスよりも、イヴよりも、マリアよりも、世界中の誰よりも自分の隣にいてほしかった。


「ひぅ……ぐす……、うぅ」


 ロイと離れたくない。

 ロイに嫌われたくない。


 彼と友達でいられなくなってしまうなんて、悲しいし、寂しい。

 彼に嫌われるなんて、絶対にイヤだ。もしもそうなったら、胸が痛くて、切なくて、苦しくて、間違いなく部屋でまた独りになった瞬間に大泣きしてしまう。


 嗚呼――、

 ――もう、わかっていた。


 まだ出会って1週間も経っていない。

 だからこそ、助けを求めている自分を救うために、颯爽と現れた白馬の王子様のような気がしたのだ。


 ジェレミアの言っていることには一見理知的な部分もあるが、究極的にはその全てが自分を正当化するためのものだ。

 同い年がした発言とは思えないほど自己中心的で、稚拙である。


 でもやはり、自分と出会わなければロイがケガしなくてすんだのも事実で――、

 ――もし仮に、ジェレミアの言うとおりロイに絶交されたら? なんて、そう思い始めると、涙が、止まらなかった。


(いやだよぉ……、シィ、ロイくんのことが好きなのに……っ! 好きって気付いたばっかりなのに、嫌われたくないよぉ……っ!)

「ハハハッハッッハハハッハ、どんなに泣こうがお前は独りだ! まぁ? 誠意を以って、それに見合う奉仕をするなら、このオレの使用人ぐらいにはしてやってもいいがな!」


 止めどなく、声を押し殺して泣いてしまうシーリーン。

 それで満足したのか、ジェレミアは笑いながら取り巻きを連れてきびすを返した。

 ロイが激情を瞳の奥で燃やして、自身の背中を睨んでいたことに、気付かないまま――。


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