4章10話 悲しみで、涙を――(1)



 ジェレミアは休日なのに学院の敷地にいるどころか、4人の取り巻きを連れていた。

 男子生徒が2人で、同じく女子生徒も2人である。


「はは~ん、そいつが田舎者の分際でチヤホヤされているロイ・モルゲンロートかぁ」


 鼻に付くような言い方で、ジェレミアはロイのことをジロジロと見定める。

 しかしすぐに「ふんっ」と小馬鹿にするように鼻を鳴らし、低俗な笑みを浮かべて初対面のはずのロイを挑発した。


「キミぃ、もしかしてシーリーンのことが好きなのかい?」

「ゲスな勘繰りだよ、それは。男子と女子が仲良くしていたら、とりあえずからかおうなんて……子どもじゃないんだからやめた方がいい」


「ハッハッハッ、YESかNOでハッキリ答えろよ! 能書き垂れてない――」

「じゃあ能書き垂れないけど、ボクはシィのことが好きだよ」


 ロイの言葉に理解が追い付かず、ジェレミアと彼の取り巻きは一瞬間の抜けた顔を晒してしまう。普通なら、まさか本当にハッキリとYESかNOで答えるとは思わない。

 生意気だからか、あるいはイジメられっ子だとしても美少女と仲良くしているからか。理由は定かではないが、ジェレミアに至っては歯軋りさえ一度した。


 しかし一方、アリスとイヴとマリアは(ロイ・モルゲンロートなら、確かにこう言わないわけがないよね)と、どこか誇らしげに納得していた。

 そして最後に、シーリーンは心を奪われたような表情で、自分を守るようにジェレミアと対峙しているロイの背中を見つめている。


「ふっ、ど、ど、どうせ、友達として~、とか、そういうオチだろ?」

「確かにそういうオチだけど、友達なら、一緒に休日を過ごしてもおかしくないだろう?」


「アァ?」

「キミはボクとシィが休日に一緒にいるから、さっきみたいなことを訊いたんだよね? なら、友達として好き、という答えでも、キミの疑問は解消されると思うけど?」


「っ、――、キミぃ、貴族のオレに対してそういうことを言っていいのかい?」

「疑問が解消されたか否か。満足できる答えか否か。YESかNOでハッキリ答えたらどうだい? 能書き垂れてないでさ」


 満面の笑みでロイは言う。

 逆にジェレミアは上手いこと言い返されて怒りと羞恥心、そして貴族なのに反論された屈辱によって、顔を真っ赤にして身体を震わせた。


 だが有様を対比するように、ジェレミアと比べて、彼の取り巻きたちは顔面蒼白である。

 確かにジェレミアはまだ当主ではなく、その貴族としての立場、権力、資産や人脈をそこまで使えない。が、それでも貴族を煽るということは想像を絶するほどリスキーな行いなのだ。


「まっ、確かに疑問は解消できたよ。そこは認める。でも、地方からのこのこ出てきた田舎者は知らないだろうが、貴族に対する言葉遣いには気を付けようぜ? 平民は貴族を敬う。当たり前だろう?」

「そうなんだね……。それで、できれば教えてほしいんだけど、ジェレミア卿のどこを敬えばいいのかな?」


「ッッ、あのさぁ、オレは貴族なんだぜ? 敬うべきところがウンヌンじゃなくて、無条件で敬え、って、言わないとわからないかい?」

「言われないとわからないんじゃなくて、言われても意味がわからないんだけどなぁ……」


「はぁ!?」

「これはあくまでも比喩表現だけど……キミは目の前にゴミを置かれて宝石の輝きに感動するの?」


「んなァ……!? このオレはゴミ扱い――」

「――していないよ? もしも勘違いする要素があったなら、少し比喩の仕方を間違ったんだろうけど……感性は変えられないし、ウソも吐けないってことをボクは言いたかったんだ」


「紛らわしい言い方しやがって……ッッ!」

「ちなみにこれも訊いておきたいんだけど……貴族っていうのは『一族』であって『キミ』じゃないよね?」


「もう一度だけ言うぞ? ベルクヴァイン家は侯爵家で! オレはその嫡男なんだ!」


 本気で呆れて、ロイは嘆息する。


「ならジェレミア卿は、自分の家系に誇りを感じているかい?」

「当然」


「自分は貴族の子息という自覚を持ち、ベルクヴァインの血筋を後世に残してきた先祖に対して、敬意を払い、常日頃から立派な行いをしているかい?」

「もちろん」


 自信満々に、ジェレミアは胸を張る。


「なら、キミが今までシィにしてきた仕打ちを親に報告してみてくれ」

「なんでだ? なぜ自分が怒られるようなことを、わざわざ父上に報告しなくちゃいけないんだよ?」


「は?」

「たとえばキミにも、友達に対して苛立つことがあるはずだ。食事中に音を立てる。劇場や美術館、図書館などで喋り始める。逆に、そんなこと普通は気にしないだろということを何度も指摘してくる。心当たりはないのか?」


「――正直に言うと、今までの人生で、そういうことがなかったわけじゃない」

「ほぉ? へぇ? そこは素直に認めるのか。ならオレも正直に言うが、少しだけキミを聡明だと思った。しかし、だったらわかるだろう?」


「なにを?」

「誰かと切るのが難しい縁があった時、自分の今後を不透明にして、相手を不愉快にして、そうまでして素直に言うのか? 秘密主義者は孤独になりやすいが、秘密なくしてコミュニティはありえない。結局のところ、対人関係はその比率がものを言うんだ」


「――――」

「だからオレは父上にそういうことを言わない。明かした未来と隠した未来を天秤にかけて、言うか否かを決める。意識的だろうが無意識的だろうが、誰もが等しくやっていることだろう?」


 久々にロイは見てしまった。

 ある程度論理的ではあっても他人の存在を計算に入れず、あくまでもやり返されない前提で、刹那的に自分だけが楽しいことを、それができなくなるまで繰り返す。


 住む世界が変わっても、そういうオレ様ルールで全てを解釈しようとする輩は存在するらしい。

 流石は貴族ということで、自らの正当化も予想以上に理知的で、前世で言うところのモンスターペアレントやクレーマーとも知性が違ったが――、


「あのさ、ジェレミア卿、実はボクも、キミの価値観に理解も共感も、少しはできるんだけど――」

「ほぉ!」


「その思想自体には賛同するけど、キミ本人には、決定的に覚悟と責任が欠けている」

「――――ッッ、詠唱零砕! 【 魔 弾 】ヘクセレイ・クーゲル!」


 ゴッッ! という骨さえ軋むような痛ましい音が学生食堂に木霊す。

 ジェレミアが放った魔術が、腹部を抉るようにロイに叩き込まれたのである。


 熟練の武闘家の拳よりも強く、腹の底にズシンと響き、重く圧しかかるような衝撃だ。

 身体が『く』の字に折れて、両手で腹部を抑えロイはえずく。絶対に立ち続けると意志を強く持っても、最終的にはその場にうずくまってしまった。


「……ひぅ!?」

「弟くん!?」

「ロイ! 大丈夫!?」


Das sanfte優しき光は Licht heilt今、此処に、 hier jetzt傷と Wunden血潮を und癒し Blut施す! 【 癒しの光彩 】ハイレンデス・リヒト!」


 4人が一斉に蹲ったロイに駆け寄る。

 そして一番早く自分のすべきことを把握したイヴが、ロイを少しでも楽にしてあげようと癒しの魔術をキャストした。


「どうした? 聖剣使いだろう、かかってこいよ」

「はは……、キミはもう少し後先を考えた方がいい」


「んん~?」

「決闘でもないのに暴力を振るったら、ただの犯罪だろ?」


 無様な体勢だったが、意地でもこのような劣悪な男に、怯えているところなど晒したくなかった。ゆえに必然、ロイは鋭く、そして静かな怒りを込めた双眸でジェレミアのことを睨む。

 しかし、ジェレミアはそれを嘲笑あざわらって――、


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