ヘヴンリィ・ザン・ヘヴン ~願いで現実を上書きできる世界で転生を祈り続けた少年、願いどおりのスキルを得て、美少女ハーレムを創り、現代知識と聖剣で世界最強へ突き進む~

佐倉唄

第1部 転生序曲

前編 最初のヒロインは〈永遠の処女〉

1章1話 宇宙の中心で、神様の女の子と――



 病院の集中治療室で『彼』は思った。

 曖昧な思考で、朦朧とする意識の中で。


 やむを得ない事情のせいで部屋に引きこもることを余儀なくされた少年。


 彼はまともに友達が作れなかった。

 外で自由に走り回って遊ぶこともできなかった。

 部屋の中で読書をするか、パソコンをするか、あるいは窓の外から空を見上げることしか、今までできなかった。


 ゆえに――、


(もし……、もしも仮に……、死後の世界や、ボクが大好きだった小説みたいに、死んだらファンタジー世界に転生なんてことがあるのなら……、そこでは、自由に生きたいよね)


 少年は死ぬのが怖いわけではなかった。

 死ぬことを、受け入れていたから。


 まるで赤子が眠りに就くように、穏やかで、温かい毛布で包まれる感覚。

 まゆの中でうとうとする感覚。


 それは現実逃避かもしれないが、仕方のないことである。

 引きこもりで、不登校で、世間一般に言われるオタクで、根暗なのも、どうしても少年にはやむを得ない事情があったから。


 だが仮に現実逃避だとしても、彼の言うところの転生に希望を見出すのは、死に際の人間として健全な反応と言えるだろう。

 なぜならば、実現するかどうかは神のみぞ知ることだが、それは未来のことを考えているわけだからだ。


 それは幼稚園児の男の子がスポーツ選手を目指すのと同じことで――、

 それは幼稚園児の女の子がお花屋さんに憧れるのと同じことで――、


 逆に、現実味がないからこそ、転生とは、とても純粋な未来に対する展望のように、少年は思う。


 だからこそ少年にとって現実逃避はダメなことではない。

 むしろこの上なく尊い行いだ。


 繰り返しになるが、転生にかける少年の憧れは世界一純粋なモノだから。


 そして、だからこそ、死に際の少年の純粋な願いは、神様が聞き届けた。



   ◇ ◆ ◇ ◆



 目を覚ますと、少年はよくわからない空間にいた。

 彼は椅子に座っていて、舞台で行われている演劇の主役のように、自分の周りだけが白いスポットライトで照らされている。


 音は何もしない。

 香りも何もしない。


 ただ、強いて言うなら、左右に満天の星々が輝いていた。奥行きは1万kmや1億kmや1兆kmなんて程度の低い距離じゃない。

 きっと、この左右に広がる空間は光の速さでも届かない宇宙の端、事象の地平面イベントホライゾンまで続いているのだろう。


 だがしかし、普通は星が輝いている上を見ても、そこにはなにもない。

 天になにもない代わりに、左右の無限の奥行きを持つ空間に星が瞬いている。


「あっ、気が付きましたか?」

「……キミは?」


 いつの間にか、少年の前にはもう1脚の椅子が現れていた。

 そこには1人の白いワンピースを着た女の子が座っていて、少年に微笑む。


「あなたにわかりやすく言うならば、神様、なんて呼ばれる存在です♪」


 神を自称する女の子。外見から察する年齢は15歳ぐらいだろうか。


『神秘』を意味するパステルなパープルの長髪は現実という感じが一切せず、幻想的で、少年が今まで見てきたどんな色彩よりも美しい。


 パッチリとした二重の瞳はアメジストをはめ込んだような紫眼しがんで、その双眸は少年が先ほどまで住んでいた世界のどの宝石よりも綺麗だった。


 花の蕾のように艶やかで可憐な唇は、女の子らしい桜色。


 健やかに発育した胸に、細くくびれた腰、ぷにっ、と、したやわらかそうなおしりにかけての滑らかな曲線は、まさしく人としての女性の美しさを超えた圧倒的な魅力を秘めている。


 彼女の白くて細い指に自身の胸板をなぞられたら、さぞかしゾクゾクするだろう。

 彼女の艶やかな色香をかもし出す脚は、誇張抜きに一種のアートのようにしか思えない。


 彼女は、世界中の男性の誰もが可愛いと思い、美しいと思い、あざといと思い、いとけないと思い、艶やかだと思い、清楚だと思い、どうしようもなく劣情を駆り立ててきて、処女を奪いたいと思うのに、しかし純潔のまま大切に近くに置いておきたいと思える、世界一女の子らしい女の子だった。


「冗談ですよね……?」

「本当に唐突ですが、宇宙は量子ゆらぎによって始まり、インフレーションを経て、世界はここまで到達しました」


「は?」

「あなたは絶対に、量子もつれという言葉をご存知ですよね?」


「……その状態にあると、2つの量子が離れていても、なにも媒介を必要とせずに互いに互いの状態を同期させる。そんな現象のことですよね? でも、それは量子ゆらぎとは別の概念のはずでは?」

「えぇ、そのとおりです。ですが、量子ゆらぎが起きたということは、量子があったということです。そして、インフレーション発生時の熱エネルギーがあれば、量子もつれを起こすことも可能です」


「つまり、なにが言いたいのでしょうか?」

「天地万物の経歴は宇宙の始まりまでさかのぼることができる。加えて、全ての生命は生まれる前からもつれ合っている。だから、全ての生き物、全ての意識が1つの世界を共有できている」


「――――」

「そして、わかりやすく神様と自己紹介しましたが、厳密には原初の量子、意識のオリジナル、深層心理や集合無意識が可視化された存在、それが私、ということです♪」


「本当に神様、ということですか。っていうか、神様って女の子だったんですね」


 すると、神様はクスッ、と、小首を傾げて微笑む。


「私はここに連れてきた人が想像する、最もそれっぽい神様の姿になるんです。あなたは生前、ネットのファンタジー小説を愛好していましたよね? そのせいで、こういう転生を連想するシーンの案内人=女神ってイメージが根付いたんですよ」


 少年が神様の女の子の声を耳にした瞬間、彼は感動で身体が震えそうになった。

 彼女の声は、天使が奏でるハープの音色のように澄み切っている。


「今、神様は転生って……」

「はい、間違いなく言いました」


 ここが現実か幻かは不明だが、現実で転生と言われても普通の人は戸惑うだけだ。

 しかし少年は、彼女が言ったことを、なぜか、スルリと飲み込めた。


「私は神様、全てのバイオフォトンのオリジナルですから、どれだけ現実味のないことでも、あなたに信じ込ませることができるのです! えっへん」


「その割には、こうやって口に出して説明するんですね……」

「あはっ、この空間は宇宙の中心で、特別なんです。実際にはあなたの生前の世界の言葉、空気の振動による意思の伝達ではなくて、頭の中に直接意思を伝達しているんですよ。そもそもここ、仮に言葉を使おうとしても使えませんし」


「あぁ、どこかの大学が研究していた脳波の実験みたいなヤツですか」

「それに今、あなたは5分ぐらい経ったような感覚をお持ちでしょう。けれど、前世からファンタジー世界に転生するまでのこの手続き時間、まだ1000億分の1秒も経っていませんよ? まぁ、これはあくまで比喩表現で、厳密には違っていて、適切な言葉がまだ地球になかったので、説明できないのがもどかしいですが……」


「マジですか……?」

「はい、大マジです♪」


 神様の女の子は、見る者全員を惚れさせるぐらい可愛らしい笑顔で肯定する。

 そして「こほん」と、1回咳払いすると、いよいよ彼女は本題に。


「さて、転生にあたって、あなたには通常スキルの上位互換スキル、ゴスペルを与えようと思います」

「転移ではなくて、転生、赤子からってことですか……」


「私があなたに与えるゴスペルは〈世界樹に響く車輪幻想曲ユグドラシル・ファンタジア〉というモノです。あなたが大好きだった北欧神話をイメージして名前を付けさせていただきました」

「それだとなんか、ボクが中二病みたいになってしまうんですが……」


「そして! その能力は『どのような努力をしても肉体が耐えて、一切苦痛に感じず、むしろ楽しくて楽しくてやめられなくなる』というモノです!」


 聞くと、少年は少し落胆したような声で言う。


「正直、どこからどう考えても、チートな能力に思えないんですが……」

「いえいえ、私の与えられるゴスペルの中で、ある意味、最強のゴスペルです」


「ちなみにですが、理由は?」

「たとえば現実問題として、才能というのは遺伝によってその大部分が決まってしまいます。あなたが愛好していたネット小説を例にすればわかりやすいですが、生まれた時点で体力が9999、魔力が9999、攻撃力が9999、防御力が9999、知識が9999――人の才能を数値化してこういう一覧が出てきたら、一見強そうに思いますよね?」


「一見強い、じゃなくて普通に最強でしょう」

「でも、世界に生み落ちた時点で上限があります。言い換えるなら、成長の余地があっても、成長の余地を増やす余地はない。いわゆるアンリミテッドではなくカウンターストップというモノです。翻ってあなたのゴスペルは――」


「――本当の意味で、無限? カウンターストップではなく、アンリミテッド? 自らの代で、ある程度の進化を起こせる?」

「その通りです。あなたが本気を出せば、誰よりも強い存在、最強になれます! この私が断言しますよ! 楽しみながら努力できる上に、最初からカンストではありませんが、成長の余地の上限解放なんてとってもチートです♪」


「えっと……不老不死というわけじゃないですよね?」

「流石に違います。暗い話をしますけど……ほら、生物の最終到達点って死じゃないですか。不老不死ではないので注意してくださいね?」


「えぇ……、なんで急にシリアスな事実ぶち込むんですか……」

「さて――とにかく! これを持ってあなたには魔術が発展しているとある王国に転生してもらいます。ハーレムを築くのも良し! とりあえず王国最強になるのも良しです! 『方法』と『程度』と『期間』はお任せいたしますが」


 意味深に言うと、神様の女の子は右手の人差し指を天に向けてクルクル回す。


「さぁ、そろそろあなたの第二の人生を始めましょうか?」

「いよいよですか……お願いします」


 一瞬後、少年はやたら眠たくなってきた。

 瞼が重い。意識が朦朧とする。闇に落ちていくような感覚。


 でも、きっと目覚めた時には新しい朝がくる。

 少年はゆえに、新しい世界を祝福するように、幸せそうに眠った。

 最後に神様の女の子の――、



「私が転生者に与えるゴスペルは、転生者の生前の願望デザイアを能力化したモノ」



「あなたの〈世界樹に響く車輪幻想曲〉は、あなた自身が望んだゴスペル」



「あなたなら、きっと最強になれるでしょう。そしてきっと〈世界樹に轟く唯一孤高の栄光ユグドラシル・オラトリオ〉を打ち破り、■■■を倒してくれるでしょう。そのことを祈っています♪」



 ――という、なぜか一部、ノイズのかかった声を聞いて。



 この物語は、元・引きこもりのオタク少年が、


 チートを授かり――、

 異世界に転生し――、


 ハーレムを築き――、

 成り上がり――、


 世界最強の聖剣使いになり――、

 ――いずれは伝説になる物語。



 これは、そのプロローグ。


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