狸のあだうち ご寵愛いただいた我が身

オボロツキーヨ

一 闇の眼(まなこ)

 

 闇にまなこを凝らして見れば、光り輝く星がある。闇夜の空のことではない。

山の闇には妖魔がひそむ。獲物を求めて闊歩かっぽする。



「皆の者、時は来た。明石あかし城へ討ち入り致す。仇敵きゅうてき、松平の首を狸祠たぬきほこらに供えるのだ。

明石の人丸ひとまる神社の裏山で暮らしていた我一族は、今から十年前に明石藩の残虐非道な武士たちに襲われた。皮を剥がされ、身を切り刻まれて狸汁たぬきじるにされた。

運よく逃がれた我らは、ここ六甲の山奥にひそんでいた。仲間の恨み果たさずでおくべきか。松平の暴虐を許すまじ。

あれから我一族は、山に満ちていた流浪の念仏僧たちの怨念を喰らい、妖魔のすべを身につけた。闇の道をひたすら駆けて明石へ急ぐのだ」


鉦叩かねたたき法師よ、我らは何処どこまでもお供いたします」

狸たちが口々に叫ぶ。


 鉦叩法師と呼ばれた大狸が一際ひときわ奇怪な雄叫おたけびを上げ、その後を大小様々な十数匹の狸たちが従い着いて行く。

闇に白く浮かぶ小狸が鉦叩法師の背に飛び乗った。


父様ととさま、ずいぶん前から小蓮これんの姿が見えませぬ。どうしたのでしょうか。いつも面白がって生田の村へ遊びに行ってたから、もしや、人に捕われ、殺されて、狸汁にされてしまったのでしょうか」

白い小さな狸が、赤目を潤ませながら問う。


小鞠こまりよ、案ずることは無い。小蓮は一族の中でも最も強靭きょうじん狡猾こうかつわざも達者。ゆくゆくはおまえの婿。わしの息子となり、鉦叩法師二代目になる若狸わかだぬき。やすやすと間抜けな村人どもに捕まるわけがない。そんな心配は無用じゃ」

風のように駆けて血が満ちた赤黒い眼が鈍く光る。


「でも、小蓮は消えた。小蓮は何処どこ

小さな狸が涙をポロリとこぼす。


「内密にしていたが、実は一足先に明石城へ忍び込ませておる」

「そうでしたか。父様、それを聞いて安心いたしました」

駆ける大狸の背の上で、小狸は「ふう」と伸びをした。

赤目が闇夜にチラチラと火花のような光を放つ。



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