悪魔の告白

HiDe

第1話 悪魔の告白

「聞いてください神父様。どうか愚かな私めの奇妙な悩みを聞いていただきたいのです。」




 神父「罪を告白すれば神はあなたを許します。さぁ、話してごらんなさい」




「はい。話は先月に遡ります」




 ※


 私は、普段はヴェネツィア商会に勤めて営業の仕事をしていまして、その日も相変わらず成績が振るわず肩を落として帰っていたのです。




 すると橋の向こうから180cmほどの大男がコチラを睨みつけてきて歩いてきたのです。男は借金取りでした。




 ヴェネツィア商会は出世至上主義で、私は下の下辺りをウロウロしてるもんですから当然給料もろくに貰えず、その割に酒と女遊びが毎日の楽しみで、気がつけば借金は10万リラ(1リラ=20円)にまで膨れ上がっていたのです。




 男は返済を要求しましたが、当然そんな大金をいますぐにというわけにもいきませんから、男にはなんとか返済を待ってくれるよう頼み込んだんです。




「なに?今手持ちがないだと?それならそこの消費者金融で10万リラ借りてくればいい。」


「無理ですよ。身分が証明できるものは家にそっくり置いてきてしまったんです。」


「じゃあついて行ってやるから身分証を取りに行こうじゃないか。」


「無理ですよ。ここから私の家までは電車で1時間程かかります。それまでに金融はしまってしまいます。」




 男は頑なに即日返済を迫ってきました。どういう訳か、私は知らず知らずに闇金から借金をしていたことにこの時初めて気が付きました。




 しかし、私は自分を愚かだと思った直後に幸運だと思いました。なぜなら闇金なら返さなくてもいいじゃないか!と思い立ったからです




「こうしましょう。私はヴェネツィア商会の社員です。商会の金庫には10万リラなんてはした金に思える巨額の金があります。そこでです。ひとつ私と賭けをしてみませんか?」




「もしあなたが賭けに勝ったら僕は金庫から30万リラを盗み出してくる。余った20万リラはあなたが好きに使えばいい。当然私はクビになるでしょうが、しかたのないことです。

 その代わりもし私が勝ったら返済をもうひと月待ってもらう。あなたの上司には私が入院でもして支払えないとでも言えばいい。どうです?」




 男は賭けにのってきました。




「それで、なにをどう勝負するんだ?」








「このカナルグランデはヴェネツィア1の大運河で、向こう岸まで100メートルあります。こちら側から水切りの要領で投げ、何回水面を跳ねたかで勝負します。石は道端のを各自拾ってきます。1人5回、1番はねた回数で競いましょう。」




「5個石を拾ってくればいいんだな。」




 10分後、各々が水切りに最適な石を持ち寄りました。




「それじゃあ俺から投げるぜ」




 腰を低く構え、力のこもったアンダースローのフォームでした。男は野球経験者だったのです。




 ビシャッ!ビシャッ!ビシャッ!ビシャッ!ビシャッ!ビシャッ…




「おい見たか?6回もはねたぞ!調子のいい時でもなかなか6回は跳ねないぞ!ハハハ!」




「では次はボクがいかせてもらいます」




 フンッ!




 ビシャッ!ビシャッ…




「うははははっ!!たったの2回だ!!しかもお前の石よく見たら軽石じゃないか!水切りは遠心力が最大限生かせる黒石を使うんだよマヌケ!こりゃこの勝負もう見えたな!うはははっ!!」




 続く4回も男は全力投球しました。3回目の投球で7回跳ねたのが最終記録になり、男は投石を完全に終えました。






 そして、私の最後の投石の番になりました。




「結局俺は7回、お前はたったの2回しか跳ねなかったな!許してくださいお願いしますと言うなら今だぜ。もっとも1リラだって負けてやる気はないけどな!ガハハハハっ!!」




「そうですね。このまま行っても7回も跳ねさせるのは難しいです。さっきの4回の投石でもう肩が筋肉痛になってる。ですのでもう諦めます。」




「…え?よく聞こえなかったなぁ?今諦めるって言ったのか?『この勝負を降りる』ってそう言ったんだな!」




「いえ、違います。諦めるっていうのはあなたに正々堂々正面から勝つのを諦めるって言うことです。」




 ヒュッ




 ビシャッ…




 パァンッッッ!!!ビシャビシャビシャビシャビシャビシャビシャッッッ!




 私が力なく投げた石は1度だけ跳ねて、水中で「爆発」しました。その後四方八方に散り散りになった石はちょうど「8回」跳ねました。




「8回。確かに今8回跳ねましたね。念の為スマホで動画も撮りました。確認しますか?」




「ふ、ふざけるなテメェ!石が水中で爆発なぞするわけねぇだろうが!何か仕込みやがったな!!」




「ええ。拾った軽石を砕いて金属ナトリウムを仕込みました。ナトリウムは融点が98度なので水に触れるだけで爆発します。最初に言ったはずです。『道端で石を拾ってくる』でも、それをそのまま使えとは一言も言っていません。」




 男は胸ぐらを掴んでナイフを突き立ててきました。




「納得出来るわけねぇだろ。今のはカウントしねぇ。いいな。」




「…確かに説明不足でしたね。その点は申し訳ありません。では、こうしましょう。ここにもう1つ金属ナトリウムの入った石があります。これを使ってもう一度投げてみて、ボクより良い記録が出たなら、あなたの勝ちでどうでしょう。」




「…いいぜ。」




 真ん中に金属片がしっかり埋まっていることを確認すると勢いよく投げました。




 ビシャッビシャッビシャッビシャッビシャッ…パァンッッッ!!!ビシャビシャビシャビシャビシャビシャビシャビシャ…




「14回だ」




「勝ったっ!!ついに生意気なクソッタレを負かしてやったぞ!ざまぁみろ!!うはははっ!」




「一体何がそんなに嬉しいんだね」




「何がって!?ヴェネツィア商会から30万リラをふんだくって俺をコケにした野郎をクビにできるからさ!!うはははっ!」




「…それは本当かね。本当なら詳しく話を聞かせて貰う必要があるな。ヴェネツィア市警だ、君を連行する。」




「け、警察だってぇーっ!?!?」




 警官「運河の方で大きな爆発音がしたと通報があったから来てみれば…危険物所持と脅迫の罪でお前を聴取する。君、この男とは知り合いかね?」




「いえ、ただ、狂ったように爆発物を投げていたので薬物かなにかやっているんだろうというのはわかりました。それでボクを見かけるや否や金銭を要求されて…さらには会社の金庫から盗んでくるようにと脅されたんです。」




「よくもヌケヌケとテメェ!」




 男の異常性を主張するには爆発物は十分な証拠でした。男の身元から闇金業者が芋づる式に逮捕され、私の借金はこれで帳消しになったわけです。




 ※




 神父「…それが懺悔の内容かね?すると君は自分の借金を取立てに来た男を警察に突き出したことを悔いているということになるが、違うかね?」




「いいえ、神父様。腐った根性かもしれませんがむしろスッキリしていたんです。…実はこの話には続きがあるんです。」




 ※




 可哀想なことに、闇金業者たちは一斉摘発されて全員刑務所送りになりました。ところが、入所してすぐに全員が血反吐を吐いて死んだのです。




 死因は心臓麻痺だったり動脈瘤だったり、様々ですが、1日のできごとだったようです。しかも、他殺の痕跡は一切なかったのです。




 異変があったのは刑務所だけではありません。実は事件以来私の周りで次々と人が死に始めたのです。それも、私が日頃憎いと思っていた上司や仲の悪い同僚、私にイタズラを仕掛けるガキ共なんかの都合の悪い奴らばかりでした。




 私を中心に世界が変わり始めた気さえしました。正直興奮しましたよ。




 しかし、興奮が冷めてくると途端に怖くなってきました。何がって、それは大量に人が死んでるから、じゃあないんです、、




 それは、私があの借金取りをとっ捕まえた日のことです。確かに記憶にはハッキリと残っていたんですが、実は私は途中から全く意識がなかったんです。




 本当は石を探す時に警察に通報していたんです。水切りをわざと5回勝負にしたのもその時間稼ぎのつもりでした。でもあの時ヴェネツィア市警は怠け者ですからただの脅迫じゃ「事件性なし」って動いてくれなかったんです。




 そこであの金属ナトリウムを埋め込むことを思いついたんです。…でも正確には思いついたのは私じゃない。そんな知識はなかった。そもそもそんな危険物が街中に転がっているはずもないんです。




「拾わされた」んです。私じゃない何かに。




 重要なのはココです。なにか、私じゃない何かが意識に潜り込んで支配しようとしている気がするんです。




 ※




「神父さんならなにか御存知だと思って伺ったんですが…」




 30年神父をやっているが、この男の告白ほど驚かされたものはなかった。




 何者かによる意識の支配、金属ナトリウムの出現、罪人の大量怪死事件、私はこの3つの奇妙なできごとの「ある共通点」を知っている




 悪魔だ




 彼は悪魔に魅入られた




 バカげた話だが、人の魂だけを喰らう悪魔ならば他殺の痕跡がなかった説明もつく。




 地獄の番犬ケルベロスは罪人の魂を喰らい尽くすというが…




『罪ある者』のみの魂を喰らう悪魔が現世に顕現したのか?




 そして、この男に取り憑いた




 精神的に弱い者ほど悪魔の器に魅入られるのだ




 神父の疑念は既に確信に変わっていた




 神父は押し黙った。彼は悪魔のことを話そうか迷っていたわけではない。遠回しに帰ってもらう言い訳を考えているわけでもない。

 …悪魔が言葉を交わすのは契約か食事だけだからだ




「神父さん。どうして何も言ってくれないんですか…。そう言えば、ボクは結局懺悔に来たわけじゃないんですけど、何故か懺悔室がいいと思って来ちゃったんですよね。」




「何故でしょうか。ただ何となくここが手っ取り早いなと思ったんですよね」




 懺悔室は信者のプライバシー保護の為、外からは分からないよう防音が施されていて、さらにカーテンで様子が見えなくなっている。




 同じように『中から外の様子』も分からない




 神父「まさかっ…!!」




 懺悔室の外は阿鼻叫喚の地獄絵図だった。




 懺悔を終えた信者は『罪人』




 この時初めて懺悔室が悪魔の餌場だと気づいた




「神父さん、そう言えばボクお腹が減っているんです。何か頂けますか?例えば…魂とか」


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