俺が美少女アイドルのお世話をすることになった理由
@nikaidoukai
第1話
雨が強く降っていた。
その日は会社の帰りに電車通いの妹からラインが来た日だ。
「我、傘家に忘れし。駅まで迎えに来ていただきたく早漏」
変換ミスと謎の文体は無視して、了解の二文字を送る。俺は車を走らせた。
都会とはお世辞にも言えない駅には、大体三十分おきに電車が停まる。わかっていたことだが、駅にはすでに迎えを待っている人が何人もいた。スーツ姿のサラリーマンから学生。恨めしそうに空を睨んでいる老人。
窓越しに視線を彷徨わせるが、そこに妹の姿はなかった。きっと次の電車で降りてくるのだろう。
自分と同様、迎えの車も多数駐車している。ちょうど改札前のロータリーに空きがあったので、そこに駐車した。
座席を倒し、暇つぶしにカーナビのテレビを見る。時代の移り変わりは早いと言うけれど、確かに最近見るのは流行りの女優や芸能人ばかりだ。一年前に全裸でおぼんを回転させていた芸人は、あまりテレビで見ることがなくなっていった。
同時に思い出したのは、一年前に辞めていった上司の姿だ。あれだけこれからも仲良くなんて口約束をして、連絡すら取っていない。
自分も然り、冷めやすいものだなと自虐的な笑みが零れた。
タイミングを見計らったかのように、テレビの中は笑いに包まれる。流行りの女優がクイズに珍回答を出して笑われていた。
彼女の名前は――「東瀬文乃」
去年出たドラマが大ヒットしたことで注目されている、十七歳。一応アイドルのはずだ。なんでもやらされるのが今の業界というやつなのだろうか。
覚えたくなくても彼女のことは耳に入る。ドラマよりも彼女を主体にした番組がいくつもやっているし、元よりアイドルに目がないミーハー妹の語り話でそれくらいの知識は身に着いてしまった。
小さな画面越しの彼女は、お上品に口に手を当てて笑っていた。嘘くさい笑い方だ。
化粧は決して濃くないように見える。スッピンでも遜色なく可愛いのだろうと思わせる絶対的な雰囲気が出ていて、黒髪でショートボブの髪型もよく似合っていた。
まあただ、“矛盾”の漢字を“矛殺陣”とか書いているのは全てを帳消しにしそうだけれど。妹の口調と言い、最近の若者は時代劇が好きなのか?
ドンドン――
助手席の窓が叩かれた。不意打ちにぎょっとする。
それは小さな違和感だった。
妹は良くも悪くも俺に対して遠慮がないので、ノックなんかしない。
濡れていようが泥だらけであろうが突風のように入り込んできて颯爽と帰宅を命じるような奴だ。少なくともこんな礼儀正しさを感じさせることをするなんて、だから雨なのか。
俺がロックを開け忘れているのだろうか。
「今開けますよっ……て」
車のロックを確認したが、外れている。
ガチャリ――バタンッ!。
俺の仕草で察したのか、俺が振り向くのと彼女が入ってきたのは同時だった。
そのまま力の制御が利かないかのような強さで助手席のドアを閉めると、息が切れたのか短い呼吸を繰り返す。
「――っ……――……」
もう十月も終わるというのに、嫌な汗が頬を伝った。
妹じゃない。
妹は金髪を腰の長さまで伸ばしている。
隣の子は、黒い、ショートボブだった。
それに妹の制服は白基調のセーラーだ。対して今入り込んできた子は、どこぞの知らないブレザーを着用している。
どうしたものか、車を間違えたのか。ありきたりな車種だから間違われることはもしかしたら。
間違えても触れないように、そっと話しかけてみる。
「すみませんが、乗る車を間違えて――」
だが全て言い終わる前に、乗り込んだ彼女は俺に、
「ずっと着けられているんです。助けてください!」
外に響きそうなほどの声で懇願した。
「――――! わかった」
俺は状況理解が追い付かないが、相手のままならない声色に首を縦に振る。
「シートベルトはしとけ」
警戒するように改札口を一瞥してから、すぐアクセルを踏んだ。
そのまま踏切を越えて、自宅とは真逆の方向へ走り出す。警察署へ連れていくためだ。
隣の女の子(おそらく高校生?)はずっと下を俯いている。小刻みに震えた体は、寒さのせいだけじゃないだろう。
「その、さ。コンビニでもよる? 何か温かいもの飲もうか」
赤信号のタイミングで気休め程度の言葉をかけた。下を見続けていた顔が俺を見る。
「…………は?」
思わず声が出た。
その顔は良く見知ったものだった。いや、聞き慣れたと言ったほうが正しいか。
正確には、今も見ているし聞いていた。
カーナビが、彼女を映し出していた。
「東瀬、文乃……?」
彼女は力ない瞳で、こくこくと小さく頷く。
ちょうど流れたCMからは、美少女アイドル東瀬文乃が主演の映画が告知されていた。
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