第104話自陣営が正義の味方とは限らない
結局会議と言ってもアーネスと功は殆ど何もせずに終わった。
特にアーネス達が軽んぜられた訳でもなく、ただ、事実確認のみに呼ばれたようだった。
Gメン達は淡々と事務的に進め、会議にいい加減嫌気が差して来た時、漸く二人は解放された。
「ハァやっと自由ね。肩凝っちゃったわ」
肩をグルグルと回しながら廊下を歩いていると、同じように首を回しながら歩いているユリヤンセンと丁度かち合った。
「よお、やっと終わりか?」
「まぁね、そっちももう帰るとこ?」
「おう、もう用は済んださ」
ユリヤンセンとマリアデッタはチョイチョイとアーネス達を指招き、使われていない小会議室に誘った。
「あ、待って、私喉渇いちゃったから飲み物取って来ていい?」
アーネスはユリヤンセンに言うが、功が手を挙げた。
「それなら俺が取って来る。お二人も飲まれますか?」
功が聞くと、マリアデッタが微笑んで答えた。
「ありがとう、申し訳ないわね。私達は適当でいいわ。温かければ何でも飲むから」
「分かりました」
功はそう言い、階段脇のドリンク
その背中を見送り、マリアデッタはニコニコとアーネスを見た。
「いい子じゃないか。何処で見つけたんだい?」
アーネスも微笑み返した。何度も言うが、ここで照れないのがアーネスだ。
「森で拾ったのよ。やっぱり日頃の行いがいいと神様がご褒美くれるのよね」
「何でぇ、ベタ惚れじゃねぇかよ」
「お二人には負けちゃうけどね〜」
「ちょっと、詳しく聞かせなさいよ」
などと惚気ながらも会議室に入った途端、三人共表情が真面目なものに改まる。
何処にスパイの耳が有るか分からないので、廊下で迂闊に話も出来ない。
マリアデッタが壁の盗聴防止結界のスイッチを押す。
部屋の照明が点灯すると同時に、結界が正常に形成された事を告げる、緑のランプがスイッチに灯った。
生身では分からないがマナフィールドが展開され、この部屋の会話は一切漏れなくなる。
当然先程までの打ち合わせや会議もこの結界は使用されている。
「全く、おちおち無駄話も出来やしねぇ。うっかり口が滑るかもしれねぇからな」
会議室の安っぽいパイプ椅子に座り、ユリヤンセンが零す。
「何か進展有ったの?」
アーネスの問いに、ユリヤンセンは首を振った。
「いや、取り敢えず偵察部隊の編成と大体の日程表が組み終わっただけだな。
俺んとこの一
ベアトリーチェの馬鹿が自分で偵察したがるもんだからよ、あいつに偵察小隊の指揮を任せる事になる」
「鬼人族が偵察なんか出来るの?ただでさえデカいのに」
一般的に鬼人族は、力が強く魔力は弱い。気質的には豪快で細かいことはあまり気にしないと言うのが特徴だ。
ガーッ!と行ってドーン!というのが大好きで、間違っても隠密には向いていない。
気の良い連中で、アーネスは非常に親近感を持っている。多分同じ気質だからだろう。
「まあ、そこは何とかするだろ?偵察に向いてないのは自覚が有るだろうし、馬鹿でも無ぇしな」
そこに功が戻って来た。
器用にベンダーの紙コップ四つを、左手だけに載せて運んでいる。
「お待たせしました」
「おう、若いの、悪いな」
取り敢えず一旦皆で茶を飲み、一息入れる一同。
「で、作戦開始はいつからなの?」
せっかちなアーネスは早速本題に戻った。
「ベアトリーチェとベルゼブブの主要メンバーが帰って来るのが3日後らしい。それからなんだかんだ用意しても今日から一週間は見とかんとな」
「作戦の詳細はどうなんでしょう。
漠然と偵察って言われても、何を重点的に見ればいいかとか」
功らしい慎重さで、内容を詰める。
「へぇ、やっぱりそこが気になるか。無鉄砲なアーネスとはいいバランスだ」
妙なところでユリヤンセンは嬉しそうだ。
功自身は自分を慎重派だとは思っていないが、アーネスに足りない分を自分が埋められるなら、是非埋めておきたい。
「そもそも、強襲作戦の概要が分からないと。
例えば何をもって決着とするか、ですね。
被害者を救出するのは大前提として、鉱山を占拠するのに敵を包囲して殲滅するのか、撤退を促してこちら側の被害を少なくするのか、どっちなんでしょうか?
それによって、進撃のルートや作戦も変わって来るでしょうから、それに応じた偵察をしなければならない訳ですよね?」
「まあ、そうだな。だが作戦の詰めはこれからなんだ。
だが、基本は同じだぞ。
敵の人数、被害者の人数とその状態。
敵の練度と士気、装備。
周囲の地形、逃走ルートと進撃ルート及び魔物の種類と生息数。
内部の情報。鉱山の内部構造、採掘鉱石の種類、採掘量、埋蔵量予測、奴らの輸送手段。
全部だ」
アーネスが考えていたより遥かに大変そうだ。
「え?ちょっと本気?それをたった四パーティでやれって?」
アーネスは引き気味だが、功はそれでもまだ不安だ。
増援が来るかも知れないので、その増援が来る方向、規模、来るとしたらその時期、どんな奴が指揮を取ってそいつはどんな戦術を使う奴かまでも知りたいのだ。
それにより予測を立て、無駄になっても準備はしておきたい。少なくとも心の準備だけでも。
「大変なのは偵察なんだから当たり前だ『脳筋天使』。
奴らもこっちが救助に来るかも知れないと待ち構えてる可能性だって有る」
「何よその『脳筋天使』って、喧嘩売ってんの?
でもそりゃそうでしょ。可能性じゃなくて被害者居るのが分かってりゃ救出に行くでしょそりゃ」
「何言ってやがんだ。最初は被害者の救出なんてウチの上の連中も考えて無かったはずだ。
損得のソロバン弾いて、こっちの損害さっ引いても金になると踏んだから救出に行くんだろうが。
言っとくが、クソったれの政治に道徳なんて求めてるんじゃねぇぞ。
敵も味方もまとめて腐った思考の奴らだ。ゲロカスの連中も来るか来ねぇか半々で考えてるだろって話だ」
「きったない連中!皆んな同じ穴のブリッコーネね!」
憤慨するアーネスに、ユリヤンセンは呆れ気味だ。
「おい、功だったか。お前、しっかりこの『白衣の暴走猪』の面倒見とけよ。考えが甘過ぎだ。
戦いは戦力だけじゃねぇし、生きてくのも綺麗事じゃ済まねぇ。しっかりした下地と準備と連携、それと裏の事情を知っとかねぇと、勝てるもんも勝てねぇ。
つまりどんな大層なお題目を並べたって、正義が勝つ訳じゃねぇ。強い奴が勝つし、勝った奴が強いんだ」
功は頷くが、アーネスは不満気だ。
「いいか、山登りに例えてやろう。
まず、そもそもメリットデメリットを考えて、登るか登らねぇか決めんのが、政治ってもんだ。
どの山を登るか、最も
どの山に登るのかが決まったら、いつ、どんな連中がどんな装備で、登んのか決めるのが戦略で、どのルートでどんな風に登んのかが戦術だ。
俺達はその底辺にいる。
だが、何一つ疎かには出来ねぇし、意志の疎通と連携が不可欠なんだ。
じゃなきゃよ、山で死ぬぜ」
海千山千の古強者の
無鉄砲と評されたアーネスも、流石に一歩引く迫力がある。
「ありがとうございます。上の人達とはなるべく関わらないようにします」
馬鹿馬鹿しいパワーゲームに巻き込まれては敵わない。功は素直に上とは距離を置くと心に誓う。
「まあ、とにかく詳細が決まればまた連絡が行くはずだ。偵察はかなりの長丁場になるから、それまでは普通に準備だけしてろよ。間違っても別の仕事なんか入れるんじゃねぇぞ」
「は〜い、了解」
こればっかりは素直に首肯せざるを得ない。
「何だかおかしな事になったわね」
ユリヤンセン達と別れ、二人は桟橋に向かっていた。
まだ完全にルナティックパーティ襲撃が解決していないので、功はピリピリしながらアーネスの右側を歩いている。
いつでもアーネスを左手で引き倒してカバーに入る為だ。
「もう俺達じゃついて行けないレベルの話だからな。目の前の事に集中しよう」
「そうね。取り敢えず皆んなにも招集掛けたから全員で晩ご飯でもしながら話し合いましょ」
アーネスはいつもと同じ調子だが、功は不安で胃が痛い。
ユリヤンセンは気さくで親切だが、同時に現実を弁えている。
ギリギリの場面では自身のクランを優先し、ルナティックパーティを切り捨てる判断を躊躇いもなく決断するだろう。
それが出来る立場にもある。
功はそれを卑怯だとは思わないし、思えない。
もしそんな場面が来れば、自分だってそうするだろう。
しかも今回は大変な長丁場だという。
不測の事態がかなりの確率で起こるだろう。全てに対応出来る筈も無いが、想定出来るものは全て想定して対応策を練っておきたい。
二人は光作とも連絡をとり、皆んな無事事務所で合流出来た。
ちなみに光作はあれから尾行者を逆に尾行し、その拠点までも突き止めていた。
レオンハルトさん経由で当局に連絡を入れ、今頃はガサ入れが入っているか、ドン・フランコの手下が急襲しているかのどちらかだ。
異世界で、しかも初めての街でやれる事ではない。呆れた爺いである。
そんな光作も、今は事務所の大テーブルに着き、ケータリングで取った料理に舌鼓を打っている。
サブとヒコもその足元で淡水鯨の骨付き肉に夢中だ。
テーブルの上には豪勢な中華料理が並んでいる。
持って来てくれたスタッフさんの説明だと、カーナボン海老のチリソース、冬ソレイユ竹の子をふんだんに使った春巻き、お馴染みエイヴォンイルカの素揚げと水中野菜の黒酢餡掛け、大王蟹の唐揚げ、兜鯛の姿蒸し等々旨そうな事この上ない。
これでお値段リーズナブルと言うのだから、つくづく食料自給率230%は素晴らしい。
緊急で呼び集められたメンバーも、文句を言う事なくタダ飯を満喫している。
アーネスは皆んなの腹が膨れたのを見計らい、次の仕事の事を話した。
話しがついつい料理の味付けに脱線しまくるのを、功が都度修正するので、ルナティックパーティにしては珍しく理路整然としたミーティングとなった。
「てな訳で、来週辺りから長期でゲロカス鉱山の偵察に入るから皆んなもそのつもりでいてね。
レオンハルトさんは必要な弾や装備を算定してパーティストレージに入れておいてくれる?
途中必要に応じて追加するかもだから、常にパーティストレージはモニターしておいて欲しいの。
皆んな、何か質問有る?」
最初から話しを聞いていない変態二人はともかく、ドク、サラディもいつも通りアーネスの言う事に頷く。
今回は多分いつもより厳しいものになりそうだと、功も言いたいが、さほど経験がある訳でも無ければ、皆んなの上司や先輩でもない。それどころか一番の下っ端なのだ。
自分がしゃしゃり出るのは僭越だろうと黙っていた。
「今回は偵察なんだろ?戦闘は極力避けて、と言うより見つかっちゃダメな訳だ」
それでもドクが念を押してくれたので、功はひとまず安心出来た。
《良かった、ちゃんと話しを聞いてくれてる》
ルナティックパーティで一番心配なのがそこなのである。情けない事に。
「そうよ。見つかったら元も子もないと思って。
だからユリヤンセンも四パーティしか送り込まずにいるの。
正直情報を持ち帰るより見つからない方が優先度は高いわね。無理して内部情報を探るより、私達は周辺の地形情報を優先しましょ」
パーティの方針が決まった。
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