第74話足跡

功は走る!


《何でだよっ!何でなんだよっ!》


功は見てはいけない物を山で見つけてしまった。

パニックだ。もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。

急いで光作の元に走らないと危ない。


いくらサーロス・ウルフホンドが二頭いても、いくら最新式のベレッタのショットガンが有っても、アレには、アレらには太刀打ち出来ないだろう。


近くで銃声!二発!三発!


「うおっ!!」


木立の向こうで光作の声とサブ、ヒコの唸り声も聞こえる。


「クソッ!」


猟に使うショットガンの弾倉には二発しか入らない。最初からチャンバーに一発入れていたとしても、三発が限度だ。


つまり光作の銃にもう弾は無い!


「功ーっ!来るなーっ!」


光作の叫び声が聞こえる。


《間に合え!》





翌朝早く功と光作は起き出し、デッキバンに荷物を積み込んだ。


デッキバンは簡単に言えば、4人乗りの軽トラだ。

屋根のある車内も広いし、尚且つオープンスペースも有るので、銃やその他の道具を運ぶのも、獲った獲物を運ぶのもお手の物の便利な車だ。


荷物は後部座席の足元に置き、サブとヒコは後部座席、功が運転席、光作は助手席で、いつでも銃を出せるようにガンケースを用意している。


「流し猟?」


普通北海道以外は巻狩りと言って、獲物を追い込む勢子せこと、待ち伏せして仕留める射手タツに分かれて猟をする。

勢子は猟犬を使ったり、猟仲間が追い込んだりするのだ。


北海道は呆れる程広いので、流し猟と言って、車で流しながら見つけたら撃つというやり方をする。


オレンジのベストと帽子を被り、色の薄いレイバンのサングラスをかけた光作は頷く。


「今日は猟というより、犯人探しだからな。無闇に猪追い回しても仕方がない」


「それもそうか。じゃあ最初に佐藤さんとこに行って、次に武藤さんとこに行く?」


「それで頼む」


「了解」


二軒ともご近所さんだ。隣の家と言ってもいい。

ただし、4kmは離れているが。


佐藤さん宅は二つ程山を越えた所にあり、90代後半の爺ちゃん婆ちゃんと、70代のご夫婦の超高齢一家が住んでいるポツッと一軒家である。

三十羽程の白色レグホンと十羽程の烏骨鶏を飼っている農家さんだ。


専業の養鶏家では無いが、道の駅にたまに卵を卸しており、稼ぎにはらならないが餌代の足しにしていると言っていた。


それが朝起きて鶏小屋を見てみると、網は破られ、そこら中鶏の羽だらけ、血だらけで、てっきり熊が現れたと思い、警察と区長に相談したらしい。


生憎とここ2日程の大雨の音で、鶏が騒いでも聞こえなかったそうだ。

もっとも、ここの家の住人は全員耳が遠いので、雨が降らなくても聞こえなかった可能性が高いが。


功は足跡を探してみるが、佐藤さん宅は草むしりが面倒との事で、納屋から庭にかけてインターロッキングのブロックで舗装されており、足跡は残っていない。

微かな跡も雨が流してしまっている。


網を見ると、爪か何かで引き裂いたような跡と言うより、真ん中に指を入れて、左右に引き裂いたような跡である。

ツキノワグマがそんな引き裂き方をするだろうか?


光作が佐藤さん夫婦から話を聞いている傍ら、佐藤の婆ちゃんからお茶飲んでけ、昼飯食ってけと誘われ、挙句にはコレ持って帰れと大根を5本も6本も渡される。


心がほっこりとするが、お茶とお昼のお誘いは残念ながら辞退させて頂き、大根は断り切れなかったので貰って帰る。

光作もしょっちゅう猪肉や鹿肉を近隣に配って回っているので、お返しなどは特に気にしない。

そんな事気にする人はここには多分誰も居ない。


「とにかく落ち着くまでは夜は出歩かんで下さい」


光作がそう言い、車に戻って来た。


「どうだった?」


「いや、見たまんまだな。駐在さんが来るまで片付けないでくれとは言っといたが、駐在さんいつ来るんだか」


次は武藤さん宅だが、一旦麓に降りて別の山道で行く。

直線距離では3km程だが、谷と渓流が間にあり、橋が麓しか無い。

旧道を通れば行けなくも無いが、四国の旧道は別名『酷道こくどう』とも言い、恐ろしい道なのだ。


武藤さんは一人暮らしの爺ちゃんで、今年83になるらしい。


養豚家ではないが、都会に住む孫夫婦のペットのミニ豚が、成長し過ぎて飼えなくなったのでここに連れて来られたのだ。


一匹では寂しかろうと他に二匹も飼い始め、全部で三匹いたはずだ。


それが明け方、恐ろしい豚の叫び声で起こされた。

慌てて草刈り鎌を片手に納屋に行くと、もう既に血の海となっており、三匹のうち雌の一匹が居なくなっていた。


納屋の戸板は破られ、何かが暴れた跡が有ったが、豚を引き摺った形跡は無い。

これはおかしい。

いくら大雨だったとは言え、100kgの物体を引き摺った跡くらいは残っているはずなのだ。


ミニ豚と言うのは小型に改良したとは言え、あくまでも普通の豚に比べての話で、成長すれば100kgにもなる。


それが引き摺られた跡も無く消え去っている。

熊が咥えて運んだ?担いで?

まさか、そんな事出来るはずが無い。

ツキノワグマにそこまでの力は無いはずだ。


犯人は動物では無く、異常者の複数犯か?

異常者までは頷けても、複数はあり得ないのでは?

ますます分からない。


足跡は?


武藤さん宅の庭は真砂土で足跡は残り難いが、大雨で泥濘んでいた事もあり、少しは形跡が残っている。

が、丁度軽トラでその上を通り、農作業に出かけたのだろう、よく分からなくなっていた。


だが、僅かに残った跡は熊では無さそうだ。

何処かで見た記憶が有るが、何処だっただろうか。


思い出そうとしていると、光作から声がかかった。


「功、山に入る前に駐在さんとこに寄ろう」


「了解。俺は熊じゃない気がする」


「それも含めて話とこう。俺もそう思うし」


功は取り敢えず写メだけ撮って武藤さん宅をあとにする。





駐在さんは不在だった。


駐在所と交番の違いは、都市部にあり、複数名の警官が交代で勤務しているのが交番。

山間部や離島などに、一名、あるいは二名程の警官が、住み込みで勤務しているのが駐在所である。


はっきり言ってほぼ地域住民なので、警官というよりは、警官の姿をしたただのご近所さんである。


警官にお裾分けなどしたら賄賂となって問題だが、駐在さんだと問題が無くなる不思議。

いや、本当はダメなのだが。


「一ノ瀬さん居ないな」


駐在所の鍵は一応閉められ、巡回中の札が下げられている。

駐在の一ノ瀬さんの携帯の番号は村人全員が知っているので、かけてみるが出ない。スクーターも無いのでスクーターで山の中を巡回しているのかもしれない。


「仕方ない、山に行くか」


光作はデッキバンに戻ると、功に改めて山に向かうように指示する。


功は鹿の首が見つかったという山に向かい、市道沿いに車を走らせた。


麓の集落を抜け、山道に差し掛かると、光作はガンケースから一丁のショットガンを取り出した。

最近お気に入りのベレッタA400だ。


光作のベレッタはスムースボア、鹿撃ち用の溝の無い銃身を入れている。


鹿用のバックショットを用意していたようだが、今はより強力なスラッグ弾に入れ換えている。

どうやら、ただ事では無いと感じているらしい。


ゆっくりと山道を流していると、急にサブとヒコが落ち着かなく騒ぎ出した。


「功、ちょっと停めてくれ」


功は言われるままに路肩に停めたが、ここは狭い山道、端に寄せても対向車や後続が来れば邪魔になるだろう。


光作は素早く降りると、後部ドアを開けて二頭を下ろし、自分のザックを背負う。


「ここからすぐ行って、切り通しの崖を回った所に左に逸れる山道が有る。そこに車を停めて来てくれ」


「了解」


光作はそれだけ言うと藪をかき分けて崖を降りて行く。

サブとヒコも付いて行くが、首回りの毛を逆立てて何かを警戒している。

さっきから唸り声が止まらない。


功も急いで車を出し、言われた山道を探して車を停めた。

自分の荷物を背負い、車にキーは付けたまま光作の後を追う。


ふと違和感を感じ、足元を見る。

そして見つけた。


見つけてしまった。


足跡だ。

夥しい数の足跡が有る。


熊では無い。

武藤さん宅で見たものと似ている。

何処かで見た事がある。


何処かで・・・


思い出した途端、功の毛が逆立った。


《・・・身長310cm、体重135kg、痩せ型で爪先に体重が寄っている。つまり猫背。足の親指に重心、爪で地面を蹴っている。性格は攻撃的。、数は5体・・・何で⁉︎・・・そんなっ!馬鹿なっ!》


機械的に観察して結果を読み取る。

自分でも顔から血の気が引くのが分かった。


それは、あの異世界で見たブリッコーネの足跡だった。


《まずいっ!》


光作の装備では、1体は行動不能には出来ても全部は無理だ。

それにあの細い身体にスラッグを当てるのは至難の技だろう。


気付いたら走り出していた。


「爺ちゃーーーんっっ!」


叫ぶが風向きが悪いし、木立と崖が邪魔して声が届かないかも知れない。


とにかく走る!

途中で荷物をかなぐり捨てる!


サブとヒコの吠え声、そして恐れていた銃声が山に響く。


「功ーっ!来るなーっ!」

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