第73話里帰り
功は最近イライラが止まらない。
あの日、アーネスの声に振り向いたら自分の部屋に居た。
納得がいかない!
何に納得がいかないのか分からないのも、納得がいかない!
とにかく納得がいかない!
帰って来られたのに納得いかないのが、納得いかない!
納得出来ないままなす術もなく数日が過ぎたのも納得がいかない!
気分を鎮める為にキャンプに出かけたが、こんな時に限って密かに期待していた転移をしないのが気に入らない!
そして転移を密かに期待していた自分に気付き、それにも納得いかない!
キャンプサイトで一人ヤケ酒を飲んでいたら、最近見なくなっていたパリピが大騒ぎし出したのも腹が立つ!
そのパリピがデイキャンの女の子グループにちょっかい出して断られて逆ギレして暴れ出したのも呆れて物も言えない!
結局向こう8人を相手に大暴れして全員叩き伏せたのだが、相手の弱さに手応えを感じない!
警察が来て事情聴取されたのは、まぁこれは仕方ない。
ついカッとな、今は反省しています。
スタンブルマインの練習台にして、転ばしたりひっくり返したりしただけで、殴る蹴るして怪我させた訳では無い上、相手が全面的に悪かったので、その場で無罪放免とはなったが、しつこく警察に注意されたのも本当は納得いってない!
サイトに戻ると焼いていた鶏のもも肉が黒焦げになっていたのも勿体ない!
食える所は食ったけど。
女の子グループに感謝されたのはいいが、その後、その場にいた全キャンパーに腫れ物を触るような扱いを受けたのも何でやねん!
気持ちは分かるが。
珍しく無料キャンプ場ではなく、私設の有料キャンプ場での事だったのも納得いかない!
金返せ!1650円!
管理人が注意に来なかったのも納得いかない!
それはもう、これだけは本意気で納得いかない!
わざわざ口コミに書いたりはしないが。
実は暴れてちょっとだけスッキリした自分にも納得いかない!
という荒れモードなのだ。
年末年始の怒涛のバイトも落ち着きを見せ、イライラを通り過ぎ散らかして抜け殻のようになった功に、ある日田舎の祖父から連絡が来た。
この日のバイトを終え、アパートに居た功は無心になって色んな道具のメンテナンスをしていた所だ。
『功、いつ遊びに来るんだ?待ってるんだぞ』
「あぁ、爺ちゃん。明日で取り敢えず今のバイトが一区切り付くから、早くて明後日には行くよ」
『?どうした功、元気無さそうじゃないか』
やはり家族である。功の声の微妙なトーンを拾うあたり、流石に功の祖父である。
いや、この場合功が祖父ゆずりなのか。
「あ、いや大丈夫だよ、年末年始のバイトが忙しくてさ」
『それならいいが、いや、良くはないか。無理してバイトなんかする事無いんだぞ、生活費くらいは
孝は功の亡くなった父である。数年前、母と祖母と3人で海外旅行に出かけ、飛行機ごと帰らなかった。その飛行機も未だ発見されていない。
北の某大国が何かのはずみで撃ち落とした説が有力だが、定かでは無く、捜査は形だけ続けられている。
「ありがとう爺ちゃん。でも大丈夫、生活費くらいは自分で何とかするよ」
『あぁ、あまり無理するなよ。就職は決まったのか?』
「まだかな〜、出来ればそっちの会社がいいんだけどさ」
祖父は顔は広いが、コネ入社は後が面倒だ。出来れば地銀が第一志望だが、会計士も捨てがたい。
ちなみに転勤はどんと来いである。何処にでも行きます。
『やっぱりお前は俺の孫だな、都会より田舎がいいか?』
「そうだな〜、東京も面白いけど、やっぱり俺は山がいいわ」
『はは、それじゃ待ってるからな。この前みたいにバイクで帰って来るんじゃないぞ』
「分かってるって、また帰る時連絡するから」
『おう、それじゃあな』
「了解」
少しだけ気分が楽になった功は作業を続ける。
オイルランタンの
《田舎か〜、爺ちゃんに猟にでも連れてってもらおうかな?そうだ、俺もこっちでも免許取ろうかな?
狩猟免許と銃砲免許》
《免許って言えば、水上ポットの教習も途中なんだよな〜、あれっていつまで有効なのかな?》
等ととりとめのない事を考える。
《アイツ、ケーキ食ったかな?ま、食ったろうな、アイツだから》
ちらりと考えるが、すぐに頭から追い払う。
今後二度と転移しない可能性も有る。二度と会えない可能性が有る。
《納得いかない!》
一昨日から全国的に降った冷雨も、朝になってようやく上がり、飛行機は無事徳島まで飛んだ。
徳島阿波踊り空港と言う、なんともなネーミングの空港から電車、バスを乗り継ぎ、最終的にはタクシーを使ってとある山中の祖父の家まで辿り着く。
夏に帰って来たきりなので、半年近く振りの田舎である。
本当は迎えに来てくれる筈だったのだが、急に区長さんから呼び出しがあったとかで、申し訳ないが自力で来て欲しいと連絡があった。
尚、功が中学まで両親と住んでいたのは神戸である。
高校に入学してすぐ事故に遭い、功は転校して祖父に引き取られている。
なんだかんだは有ったが、多分一番良い選択であったと今は思える。
そう思える位には功も成長したのだ。
当たり前だが祖父には頭が上がらない。
祖父はこの辺りの地主で、広大な山林を所有している。
一時は開発の嵐で、祖父の家にも地上げ屋じみた不動産屋が、ゴルフ場開発で押し寄せて来たらしいが、軽く撃退してのけた剛の者だ。
家業は農業が主だが、ひと昔前は林業や炭焼き、牛も飼っていたらしい。
他にも若い頃から幾つか投資も行っており、実は富豪なのだ。
今は大半の田畑を人に貸し、自分と功が食べる分だけの米と野菜を作っているだけだ。
四代前から一人っ子家系なので、他に親類縁者は居ない。
72の割に若々しく、背も高く腰もピンと伸びて10は若く見えるイケ爺いである。粋な口髭とロマンスグレーがトレードマークだ。
祖父の家は築120年の立派な茅葺き屋根の古民家で、この古民家自体を移築したいから売ってくれと言う話も後を絶たない。
その隣の納屋には、ハマー一台、BMW一台、ベンツのキャンピングカー一台、レクサスSUV一台が並び、さらにKTM一台、トライアンフ タイガー一台、ガスガス一台、ファンティック一台、ハーレー アイアン一台、ドゥカティ モンスター一台が並んでおり、さらに壁にはSUPボード、カヤック、スノーボード、スキー等が幾つも立て掛けられ、釣り道具のコーナー、キャンプ道具のコーナー、たたまれたハンググライダーも綺麗に整理整頓されて保管されている。
農機具は別の納屋だ。
功は生まれるべくして生まれたと言える。
どストライクでDNAを引き継いでいるのだ。
功がタクシーを降り、祖父の家の前庭に入ると、二匹の大型犬が恐ろしい勢いで走って来た。
サーロス・ウルフホンドの
知り合いの投資家から預かったらしいが、その投資家が破産して行方をくらましたので、そのまま引き取っているらしい。
非常に賢く内向的で、縄張り意識の強い種であり、家族以外には一切懐かない。
ただし、一度家族認定されると深い愛情を惜しみなく注いでくれる犬種でもある。
立ち上がると182cmの功と同じくらいデカい。
そいつらが獲物を襲うように功に飛び掛かる。
功も負けてはいない。しっかりと地面を踏みしめ、一匹体重60kgを同時に受け止める。
高校まで、こいつらに鍛えられたと言っても過言では無い。
「サブ、ヒコ、久し振り!」
顔中を舐め回される図は、知らない人が見たら通報モノだろう。
どう見ても頭から食べられているようにしか見えない。
「あれ?え?おい、ヒコッ!脚どうしたんだお前っ!」
毛並みの色が薄い方のヒコは少し右後脚を引きずっている。
慌ててしゃがんで見てみるが、怪我をしているようだ。
治療した跡は有るが、何となく刃物傷に見える。
そこに功の祖父、光作が戻って来た。
普段乗りの車は、モスグリーンのダイハツのハイゼットデッキバンだ。
パートタイム4WD5MTで、ウィンチ搭載、車高をアップして走破性を上げた、猟仕様の軽貨物車だ。
エンジン音は覚えているので、遠くからでもすぐ分かる。サブとヒコも僅かに遅れて気付いたようだ。
しばらくして車が入って来た。
「おう、功、お帰り。さっきそこでタクシーとすれ違ったから来たのが分かったよ」
「ああ、爺ちゃんただいま。ヒコ怪我してんの?」
「ああ、その事と関係が有るかも知れないが、さっき区長さんに呼ばれてな。ま、家に入って話そう」
光作はそのまま玄関前に車をつけ、エンジンを止めて降りて来た。
いつになく深刻そうな表情だ。
サブ、ヒコを連れて家に入る。
田舎だから玄関に鍵も掛けないし、車のキーも抜かないのはご愛嬌だ。
家の中は昔懐かしい間取りのままだが、随所に近代化のリフォームはしている。
囲炉裏を生かしながらもソファを配置、キッチンも雰囲気を壊さないようにシステムキッチンが入っている。
「熊?」
功と光作はソファで寛ぎ、囲炉裏の炎をいじっていた。
自在金具に下がった薬缶からシュウシュウとホワイトノイズが聞こえ、心を和ませてくれる。
サブは光作の隣に寝転び、ヒコは功の足元に蹲ってしきりに功の匂いを嗅いでいる。
「ああ、おととい佐藤さんとこの鶏小屋が最初にやられたらしくてな。全滅だそうだ。
その場で食われてたみたいだ。
昨日は武藤さんとこの豚も一頭やられて、血をぶちまけたような跡は有るんだが、食残しは無かった。持ち帰ったんだろう。
他にも今日、山道で鹿の首だけが見つかったそうで、駐在さんと市にも連絡したらしいんだが、お役所は動きが遅いからな。
ヒコの奴も昨日畑から帰ったら血を流してて、慌てて栗林先生に来て貰ったんだ」
「それ本当に熊なのか?」
「・・・まぁ、それしか考えられんだろう」
「北海道の羆ならいざしらず、ツキノワグマにそんな事出来るかな?いくら穴持たずでもさ」
「それで区長さんに呼ばれて相談されたんだ。
今うちの猟友会のハンターは俺入れて5人しか居ない。
会長の林さんは85だからもう無理だ。坂下さんも最近リウマチが酷くて動けないらしいし、石田さんは元気だが家族で正月旅行、田之上さんも階段から滑った骨折が治ったばかりで山歩きは厳しいと思う。
まあ、平均年齢70オーバーの猟友会ならぬ老友会だからな、仕方無いんだが」
地方のハンターの高齢化は深刻だ。
「ヒコがツキノワグマに負けるとは思えないんだけどな。サブも一緒に居た筈だし」
サーロス・ウルフホンドは、ツキノワグマに体格はそんなに負けて無い筈だ。
しかも二匹は常に一緒に行動している。
二匹がかりならツキノワグマに負ける道理が無い。
何か、胸騒ぎがする。
「せっかく遊びに帰って来たのに悪いな、功」
光作が申し訳無さそうに言うが、功は顔の前で手を振った。
「何言ってんだよ爺ちゃん、そんな事言ってる場合じゃないだろ?手伝うよ。行くんだろ?山」
光作は深く息を吐き出し、頷いた。
「悪いな、功」
「いや、俺も最近猟に興味があって免許取ろうかと思ってたんだ。今回も爺ちゃんさえ良けりゃ連れてって貰おうかと思ってたからさ」
「おう、そうか!ならいいんだが、確かにお前は山歩きが好きだったからな。
免許取ったら俺の銃好きなの持って行けばいい。ガンロッカーも今使ってないのが有るからな」
猟銃を保管するのには、固定され、金属製で鍵の掛かるロッカーが必要である。
「まあ、免許取ったらね」
「うん、とにかく今日はもう飯を食って休もう。明日の朝から山に入る。日帰りのつもりではいるが、2、3日分の用意は一応しておいてくれ」
「了解」
それから二人は光作が獲って来た猪と畑の野菜で鍋を囲み、たわいのない話を咲かせた。
功の部屋は高校まで使っていた部屋で、必要な着替えや、昔使っていた道具等も置いてある。
こだわりの五右衛門風呂は気持ち良いし、やはり帰って来て良かった。
山の様子は気になるが、ここ最近のささくれた心が癒されるようだ。
なのに・・・
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