第64話ご近所付き合い

「それじゃ、明日は保護庁に行って新人4人と面接するから」


ドクが功の装備を完成させた頃、丁度アーネスの作業も終わったらしい。

帰り支度しながら功に声を掛けてきた。


「俺も行くのか?」


「当たり前でしょうよ、アンタも事前にどんな人間の監督をしないといけないか知っといた方がいいでしょ?」


ごもっともである。


「それもそうか」


「アンタ時々何も考えて無い時があるわよね。戦闘の時とか切羽詰まった時とかは、あんなに用意周到で頭が回るのにさ」


ぐうの音も出ない。


「う、すみません・・・」


「だから戦闘狂って言われんのよ」


「誰が言ったんだよ?」


「私が今言った」


「お前だけじゃんよ!」


「とにかく一旦帰るわよ」


「あ、ドクに声かけしてくる」


「うん、下でボート出しとくから。ドク!先帰るから鍵締めといて!」


アーネスは叫ぶなり下に下りて行く。


「おう、了解!」


作業部屋からドクの声も響くが、当のアーネスは聞いちゃいない。


「ドク、俺も帰るな」


何やら自分のラップトップに向かって作業していたドクは、振り返って功を見た。


「帰るって、お嬢の部屋か?」


「あ!」


忘れていたが、確かに問題かもしれない。


「事務所に泊まれないかな?」


厳冬期用の耐寒シュラフはストレージに入れてある。食事を作る携帯バーナーとクッカー、2、3日分の食料も有る。

風呂は適当に銭湯でも有れば良いが。


「んな事言ってもお嬢がお前さんを泊めるって言ってんだろ?なら諦めて一緒に帰った方が面倒臭くないと思うぞ」


「確かにそうなんだけど・・・」


「ただ、不埒な真似しやがると責任は取らせるからな」


「その辺は大丈夫だ。安心してくれていい。何も、何も起こらない」


功は手を振って強調する。


ドクは、フーッと溜息を吐くと頭を振った。


「俺はお嬢の親父さんに大きな恩があってな。お嬢が小さい頃からも知ってる。だからお嬢の事は自分の娘みたいに思ってんだ」


「気分出してるとこ悪いけど、マジ大丈夫!変な事にはならないから!」


「ま、まぁお前さんの人格は信用してるが、若い二人ってなぁ何が起こるか分からんしな」


「大丈夫だ。何も起こらな・・・」


『功っ!寒いじゃない!何してんのよっ!』


外からアーネスの怒鳴り声が聞こえる。


「ま、まあ、大丈夫だから、安心してくれ。じゃ、帰るから後よろしく」


これ以上待たせると煩い。功はそそくさと出て行った。


「たくよ、お嬢は不器用過ぎ、功は真面目過ぎだ」


ドクの独り言が誰も居なくなった事務所に消えて行く。




ボートの上でアーネスは不機嫌だ。

陽が落ちそうな今の時間の湖面はひどく寒いからだ。


「早く免許取りなさいよね!毎日私が送り迎えしなきゃいけないなんてアンタ何様なのよ」


「すみません」


功は小さくなるしかない。

功としては事務所で寝泊まりしても構わないのだが、アーネスの中では功が居候することは既定の事実のようだ。


なら文句は言わないで欲しいのだが、そこはアーネス、そんな理論は通用しない。


だが、ここは一応けじめとして遠慮はしておかなかければならない。


「でもアーネス、俺は事務所で寝泊まりしてもい・・・」


「なら私の晩ご飯誰が作んのよ!」


「それかーっ!」




寒風の中、鼻水が垂れそうな2人はやっとの思いでアパートのある島に辿り着いた。


辺りはすでに暗くなっており、アパートの共用部の通路には、各家庭から漏れ出す夕食の香りが漂っている。


かじかむ手で、アパートのドアに手をかざして魔力波を読み取らせ、鍵を開ける。


「アンタの魔力波も後で登録しとくから」


「おう」


功を先に入らせた所で隣の部屋のドアが開いた。


「あら、お隣さん。こんばんわ、今日も元気そうでよろしい事ね」


アーネスと同年代だろうか、可愛い感じのエルフだが、ツンと澄ました表情と、挑発的な態度でガンを飛ば挨拶して来たのは昨夜、壁をバンバンと叩いて来た隣人である。


「あらこんばんわ、ありがとう、お陰様でここんとこ仕事も順調で、超ご機嫌なの。お肌の調子もいいわ〜」


アーネスも負けてない。

目で室内の功に合図を送る。


「あーら、良かったじゃない。でもいくらお肌の調子が良くても、肝心のお相手が居ないようじゃね〜」


功はうんざりとした表情だが、家主には逆らえない。


「どうしたアーネス、寒いから早く入って来いよ」


芝居に乗ってやる。肩までは抱いてやらない。


「そうね〜!は寒いもんね〜!それじゃ、ごめん遊ばせ〜!」


突然現れた功に驚き、次の瞬間悔しそうに顔を痙攣らせた隣人を置いて、アーネスは功の肘に腕を絡めて部屋に入った。

ドアを閉じる瞬間高笑いするのを忘れない。





今日の晩ご飯は島の生活用品店スーパーで買った、エイヴォンイルカのソーセージと肩ロース、地物の芋と様々な根野菜とを、顆粒ブイヨンのスープでで煮込んだポトフだ。


簡単だが、この寒い時期に食べるに相応しいあったかお鍋である。おまけに安い。

隠し味に、分からないくらいにほんのり生姜を混ぜるともっと美味しいと、レジに並んだ際、隣にいたご近所の熊オバさんが教えてくれたので、当然入れている。


どれ程の量を入れたらいいか分からないので、少しづつ入れたのだが、成る程、現地の食は現地の人に聞くものである。

最初の頃の若干の脂臭さが完全に飛び、劇的に風味が良くなっている。


勿論作っているのは功である。

アーネスは部屋着でソファーに座り、テレビのお笑い芸人のネタを観ながら手を叩いて大笑いだ。

先ほどの茶番で超ご機嫌なのである。


お笑いのネタに関しては、笑いのツボが違うのか、功には何がおかしいのかが分からない。

もっとも、功はお笑いには疎いので、最近の日本の勢いだけのお笑いも何が面白いのか分からなかったが・・・


アーネスは功をに当たって、ルールを決めた。

朝ご飯はアーネス、昼ご飯は各自、晩ご飯は功、部屋の掃除とゴミ出しは功、洗濯はアーネスである。


材料代は各担当が出す。

功の方が不利に思えるが、部屋代などを請求されるわけではないので、実は功の方が有利なのだ。





温かなポトフともっちりのパン。チーズと一杯の安ワインというご馳走を食べ終わり、シャワーも済ませた2人はソファーに並んで座り、色気と対極の話をしている。


「監督って今までどんな感じだったんだ?」


功はスマホで水上ポットの資料をダウンロードし、交通法規、基本操作方法などを斜め読みしながらアーネスに問いかける。


「ん〜、甲種の場合はだいたいピーピー泣いて終わるか、ギャンギャン泣いて終わるかのどっちかね」


アーネスもスマホで何か検索しながら答える。

その2人の姿は既にベテランカップルか、倦怠期前の夫婦の風格である。


「いや、真面目に聞いてんだって」


「大マジよ〜。面接で本気で戦闘職目指してるかどうか判断するの。ただ、イキってるか、本気かね」


「ふーん、どうやって判断すんだ?」


「アンタもその場に居りゃ分かるわよ。言葉にすんのは面倒だけど、見たら分かり易いから」


「対応は?」


「取り敢えず最初に一発かまして、その後本気の奴用プログラムと、別ルートプログラムに分けるのが何処もやってるセオリーね」


「俺の時はどうだったんだ?」


「同じよ。最初に1人にして怖がらせたでしょ?でもアンタは自分で事前に出来るだけの準備をし、想定以上の結果を出した。こっち側の人間て自分で証明して見せたじゃない」


「そんなつもりは無かったんだけどな」


「つもりは無くても結果を出しちゃったのが運の尽き。違うか、運が開たのね。少なくとも私達的にはね」


「まあ、役に立ったんならいいか。俺も何回も命助けられてるしな」


「持ちつ持たれつってね」


それから会話は無くなり、2人とも思い思いで過ごしたが、全く気まずさを感じていない。


アーネスは新聞の流し読みをし、適当な所で寝室に入り、功は水上ポットのカタログで機種を調べてその夜は過ぎて行った。

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