第62話傭兵とは派遣社員の事

アーネスに呼ばれ、功はアーネスのデスクに向かった。


と言っても狭い事務所だ。デスクも二台しかなく、来客用のソファーセット以外、大半は倉庫のような有り様となっている。


用途不明の機械類、ミサイルのような物、数種類の不揃いの装甲板、4連装無反動砲、壊れている何かの兵器、携帯ロケットランチャー、戦車の砲塔だけ、魔物由来の何か、皮革類、明らかに使えそうにない銃器類と刀剣類、弾薬類の箱。酸素ボンベ、漁網等、雑多に棚に収まったり転がったりしている。


「こっち来てこれ見てみて」


アーネスは自分のデスクに乗った、ラップトップのモニターを指す。


デスクをまわりこみ、アーネスの後ろに立つと、アーネスは椅子ごとずれてモニターを見易くする。


モニターには、日付順に案件が並んでおり、アーネスが選んだのは一昨日付けで出された案件だった。


「報酬はまあ、悪くはないけど良くもないわね。他のよりはましって感じ。難易度も低いし」


「何か問題でもあんのか?」


アーネスの言い方には何か含みがあるように感じ、これはじっくりと見た方が良さそうだと、隣のデスクから椅子を転がして来て座る。


「ちょ〜っとね〜、面倒なのよ。だから難易度低くくて報酬普通でも皆やりたがらないの」


功は詳しく見てみる。


《えーと、甲種及び乙種新人研修監督案件。

研修者四名。

甲種42歳ヒューマン種男性一名、甲種16歳ヒューマン種男性二名、乙種16歳ヒューマン種女性一名。

受注資格要綱。

新人研修管理責任者二種。現地監督官は二名以上同行とする。ただし、同行監督官はいずれも普通戦闘三級技能士以上とする。

期間。

受注翌日より2日間。一泊の野営実習及び戦闘実習。

研修場所は研修者と面談の後、監督官が決定の上報告する事。

研修後、新人保護庁職員が研修者と面談の上、追加研修の有無を決定。その場合別途案件とする。

その他、研修にかかる経費は上限を設けた上、別途支払うので、明細を研修後3日以内に請求する事》


「えーと、つまり、この新人てのはこっちに迷い込んで来た人達って事だろ?その人達の研修?それをしろって事?」


「そ」


「この、甲種新人研修管理責任者二種ってのは?」


「ちょっと勘違いしてる子達相手でも、研修出来る講習を受けた人物って事。私も二種免持ってる」


「乙種は?」


「アンタみたいな異世界に変な先入観持って無い奴の事」


「その人達の研修?」


「そ。ちなみに丙種は危険と判断された人種で、即時隔離。丁種はその他で保護観察。戌種は見つけ次第射殺」


「・・・俺受けさせて貰ってないけど?」


「受けたじゃない」


「いつぅ⁉︎」


驚く功に、アーネスはやれやれと首を振り言い切った。


「最初の森の中で、アンタが輸送車ん中入って来て仲間に入れてくれって言った後、色々説明してあげたじゃない。

その前後にドクからも説明受けてたでしょ?銃の試し撃ちもさせたでしょ?

ドクも乙種相手の一種免は持ってるし。

次の日には実地で戦闘研修、バッチリ修了認定私が出しといたわよ」


「え?」


「功の場合は都市外出現の緊急新人案件だったでしょ?

都合のいい事に持ち主の居ないスマホも有った。

エイヴォンリーに新人登録も出来た。

魔力波の特定登録もされ、本人確認も取れた。

都市の新人保護庁から緊急新人保護及び研修案件が私達にPMSC協会経由で発注された。

私達は受注し、武器その他装備を供与して即応研修を実施した。

森で一泊もした。

アンタは見事期待に応えて研修を修了した挙句、フォレスタルチェルトラまで討伐した変態だった。

私達に報酬が入った。

めでたしめでたし」


「うん、この制度が穴だらけってのがよく分かった」


「それとは別にヒューマン種って研修の人気が無いのよ」


功の抗議を無視してアーネスは話す。


「何で?」


「一般的に私達ヒューマン種ってどうしてもエルフとかドワーフとか獣人とかに比べると戦闘能力低いじゃない?

魔法に特別長けてる訳でもなけりゃ、身体が特別頑強でも錬金技術力が有る訳でも無いし」


「あぁ、そんな事ドクも言ってたな」


「ほら、キチンと研修受けてんじゃないさ」


「アレが研修と知らせて欲しかったよ!」


「とにかく、わざわざPMSC協会経由で発注してくるってのは、今回の新人が戦闘職志望って事なの。他の職志望なら商工会議所か農協、漁協に依頼が行くでしょうからね」


《この世界は、不思議だ!不思議で一杯だ!》


改めて世界の秘密を垣間見る功。


「そんな戦闘ではあまり使えないかもしれないヒューマン種が戦闘研修受けても、PMSCパーティにしては旨味があんまり無いのよ。自分とこに引き込んでも戦力強化になんないからね。

おまけにロクに補助金も出さないくせに新人死なせると煩いのよ。当たり前だけど。

ま、うちはまだ誰も死なせた事無いし、今でも頑張ってるけどね」


「成る程」


「戦闘職やめさせて街で別の仕事させてるけど」


「だろうな」


「商工会議所なんかは、ヒューマン種は器用だから逆に虎視眈々と狙ってるんだけどね」


「へぇ、で、どうするんだ?」


「悩むのよね〜」


「何で?やろうよ」


功としては、自分だけ助かって他を見殺しにするのは座りが悪い。出来るだけ力になりたいと思う。


そこで功は、ふと事務所の玄関扉に視線をやり、腰のホーネットに手を延ばす。


「どうしたの?」


「誰か来る」


《体重60kg前後、痩せ型で落ち着いた性格、戦闘経験は無くおそらく中年以上の男性。迷いの無い慣れた足取り。何度もここを訪れた経験が有る。郵便ポストで足を止めた?投函物を探ってるな。関係者か?そう言えば事務員さんが居るって・・・》


「あぁ、レオンさんかもね。今日は休みなのに、

アンタが来るって連絡したから顔見に来たのかもよ」


階段をゆっくりと登って来る。


扉を迷い無く開けてエルフ種のおじさんが入って来た。


「こんにちは社長。そしてようこそ、功さんでしたか?私はレオンハルト=クラインバッハといいます。この会社で事務をさせて頂いております」


優雅に貴族の礼ボウ アンド スクレープを披露したのは、ナイスミドルを絵に描いたようなイケオジだった。


フロックコートを優雅に着こなし、尖った耳にロマンスグレーの長髪をかける。


「あ、初めまして、木下功です。お世話になってます」


慌てて椅子から立ち上がって腰を曲げる挨拶をする。

大学三回生ともなると、就活セミナーで慣れたものだ。


「ああ、いえいえ、此方こそ資金難を救って頂いて感謝しております。これからもお怪我等無いようにご活躍下さい」


何故か功はこの人物に強烈な違和感を感じる。


礼儀も正しく腰も低い、おまけに相当なイケオジエルフ。戦闘力はスカウター無しでも低いのが分かる。

服装は古式ゆかしいフロックコート、ベストにアスコットタイ。

上品な顎髭に丸眼鏡。

なのに何故か感じる違和感。


《そうか!分かった!》


功は違和感の正体に気が付いた。


この人物から功はある種の匂いを感じ取ったのだ。


《常識!この人には常識がある!マナーもモラルもこの人には、有るっ!》


魔物の巣窟アーネス一味の中で、一際異彩を放つ常識人、それがこの事務員さん、レオンハルト=クラインバッハであった。


「ところで社長、商工会議所の食肉協会ブッチャーギルドからフィー様とガイスト様の派遣依頼が来ております。解体を手伝って欲しいそうです」


「また大物仕入れて来たパーティが居るのね、羨ましい。

うーん、どうしようかな〜」


功はそそくさと、椅子をクラインバッハのデスクに返す。


「ああ、良いのですよ、お使い下さい。私はご挨拶に伺っただけでして、これからまたすぐに施設に帰りますので」


「施設?」


「はい、社長が運営されております年少者の新人の為の保護施設です。私はそこの施設長も兼任させて頂いてまして、妻が寮母もさせて頂いております」


初耳だが、これでアーネスが金にうるさいのが何となく分かった。

そう言えば、さっき施設の福利厚生がどうの言っていたのも思い出した。事務所の事かと思っていたが、この事だったのだ。


「都市行政から月々の補助金も頂戴しておりますが、正直それだけでは資金的には厳しく、ルナティックパーティ社の収益をこちらの運営に充てております」


「そうなんですね、ご苦労様です」


相変わらず2人は立ち話をしているが、アーネスが割って入った。


「うん、決めた。あの姉弟はブッチャーに派遣しといて、肉切り刻む仕事なら喜んで行くでしょ。期間は?」


「一週間ほどと伺っております」


「それじゃ丁度いいわね。最近大きな仕事も無いし、サラディは農家さんの手伝いに行って貰って、ドクはアビスの整備と学校の先生させといて。詳細は任せた」


「畏まりました。皆様には私の方から連絡を入れておきます。社長と功さんは如何されますか?」


あの仕事を、受けるのかどうか気になったので、功もアーネスを見る。

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