第57話見つめ合う2人 違う意味で

功は餃子と山盛りご飯を持ったまま固まっていた。


目の前の人物もカップラーメンをフォークで口に持っていったまま固まっている。


見つめ合う2人。


古びた板張りの床には擦り切れたラグ、使い込まれたソファとローテーブル、壁際にはテレビと明るいグリーンのカーテンがかかった大きな窓、奥に続くドアもある。多分寝室だろう。


玄関には段差が無く、小さなラグが敷いてあるだけの土足習慣の造りだ。

功の背後には小さなキッチンと、その奥にサニタリーに続いているであろうドアが有る。

壁や棚に飾られた写真以外、調度品等ほとんど無い殺風景な部屋だが、間接照明なのもあってか、落ち着いており機能的に造られている。


外国映画に出てくる独身者用のアパートのような部屋だ。


窓の外からは波の音が聞こえるので、海の近くかもしれない。


テレビからは何かのコマーシャルが流れており、凍りついた空間に何かの冗談のように明るい声が響いていた。 


先に正気に戻ったのは、カップラーメンを食べようとしていた人物だ。この部屋の住人。


おもむろにカップラーメンをテーブルに置く。


年代物のソファから部屋着のまま立ち上がり、功の持つフライパンを取り上げ、何かの雑誌を鍋敷き代わりにテーブルに敷き、フライパンを乗せる。


餃子をフォークで刺し、一つ口に入れた人物は、じっくりと味わったあと、功に顔を向けた。


「タレ」


味が足りなかったようだ。この料理はタレを付けて完成なので、味が足りないのはあたりまえなのだ。


功は茫然としたまま、機械的にスマホから調味料を出した。


「ま、座れば?」


は、自分の隣をポンポンと叩いた。




功は自分の作った餃子を茫然自失となりながら食べていた。

自分で自分の感情が分からない。


茫然としながら食べていたくせに、足りなくなってアーネスのアパートのキッチンでおかわりを焼くというミラクルを行なっている。

おまけに何故か仲良くご飯もカップラーメンも半分づつ。


ちなみにカレー餃子はガーリックオイルで食べるのだ。


絶望感、不安感、そして何故か微妙に安心感。

混沌とした感情を持て余しまくっている。


正直21年間生きて来て、ここまで感情が動いたのは、両親と祖母の飛行機事故以来だろう。


腹が満たされ、功も何とかショックから立ち直った。

3度目ともなれば諦めも早い。森に放り出されなかっただけでも感謝感激だ。

知っている顔が近くに居ると言うのも大きい。


だが、それはそれとしてこれからの事である。

それに時刻はもう夜だ。まずは今日何処に泊まれば良いのか。


取り敢えずの着替え等はスマホに入れてあるし、なんなら革ジャン鎧もある。

場所さえあれば、例え氷点下の野営であっても功は困らないのだが、流石にこれから毎日は辛い。


そんな功にアーネスは予備の毛布を渡した。


「仕方ないからうちに泊まんなさいよ。とにかくシャワーでも浴びて来たら?」


何でもないようにアーネスが言うと、気落ちしたまま功は礼を言う。


「ありがとう、そうさせて貰う」


「ただし、不埒な事しようとしたら、アンタを魔石に変えて売り飛ばすからね」


「あぁ、それだけは無いから安心してくれ」


功は即答する。


真面目な功は一宿一飯、いや、飯は功のものだったから一飯は違うが、親切に泊めてくれるという人物に不義理は出来ない。


だが、それはそれでどうなんだとアーネスは腹を立てる。


「何よ!若くて魅力的な女子が一緒の部屋にいるのよ!ワオーンて襲いかかる気概も無いの⁉︎」


《何を言ってんだコイツは》


「え?襲いかかった方がいいのか?」


「ダメに決まってるでしょうよっ!」


《なんて答えれば正解なんだよ》


功は口数が多い方では無い。何と返せば良いか分からず口籠る。


その時、隣の部屋から壁がバンバンと叩かれてアーネスは何か言いかけて口を閉じた。


「あ、ここ安アパートだから静かにしてね。隣の奴自分もうるさいくせに、あんな風にすぐ目くじら立てんのよね。とにかく明日1日は色々と準備して、明後日からアンタも仕事しなさいよ」


口元に指を立てて、急に声を潜めるアーネスに、功は黙って頷くしか無い。


それからアーネスはスマホを取り出して何処やらに連絡をする。


「あ、ドク?ごめんねこんな時間に。それがね、功の奴が来たのよいきなり。アイツいっつも行ったり来たりが突然じゃない?本当に予定立たないったらありゃしないわよね。帰って来んなら事前に連絡くらいしなさいってのよ」


通話しながら非難がましく功を見る。


《田舎のオカンかよ》


どうやら電話の相手はドクらしい。


《それにしても、コイツの感覚なら来たになるのか・・・》


何だか複雑な気分である。


「・・・うん、さっきよついさっき、私の部屋のキッチンで、泣きそうな顔して晩ご飯持ったまま突っ立ってたの。・・・え?何でなのか私も知らないわよ。・・・うん、そう・・・うん、それで明日1日はまあ、功も準備が要るだろうしね、どうせ明日は皆んな休みだし・・・ええそうね、明後日から・・・あ、そうね、それがいいわね。ボロボロだったし。・・・じゃ、取り敢えず14時に事務所集合って事でいいかしら?・・・うん、あ、取り敢えずうちに置いとくわ・・・大丈夫よ・・・そんな事になりゃしないから・・・分かってるって・・・うん・・・うん、伝えとく・・・それじゃとにかく明日事務所でね。おやすみ〜」


何やらドクと相談が纏まったらしい。


「ドクはなんて?」


「『まあ、今回も災難だったな。頑張れよ』だって。

とにかく明日はドクにアンタの装備のオーバーホール頼んで、必要な物買い揃えましょ。付き合ったげるから。

装備品は経費扱いだけど、昼ご飯はアンタの奢りだからね。

あ、そう言えば『カフェ・ミスティ』のパンケーキも奢って貰う約束よね。

なら昼ご飯は軽めに回転寿司にしとく?」


立板に水の如く喋り散らかすアーネスに、勝手に予定を決められたが、功には抗う術は無い。

もう勝手にしてくれと思わずにいられない。


《回転寿司有るんだ》


気になったフレーズが回転寿司だったが、功は明日、初めて見る事になる。

異世界『ロストチャイルドワールド』の街、エイヴォンリーの姿を。

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