第48話脱出不可能?

北西の出入口の扉を静かに開ける。

真っ暗だが、僅かにこちらから射し込む光だけで功の眼は細部を捉える。


感知出来る範囲では異常は感じられない。

構造も南西の階段と同じである。


そのままアーネスを残し、するりと階段室に入る。

まずは地下を覗いて安全を確認したい。もう挟み撃ちは懲り懲りだ。

ケミカルライトスティックを一本発光させて落とす。


コロン、コロンと転がり辺りをぼんやりと照らす。




結論から言うと、こっちの地下も同じような構造で、似たような状況だった。

違ったのは、地下二階に入ったすぐ脇の壁に、モグラが開けたであろう穴が開いており、そこから何故かモグラだけではなく猿まで湧いていた事ぐらいか。


《コイツら本当に仲良いな!》


相手にせず、とっとと階段室の扉を閉じ、内側から施錠する。

後は皆で仲良く食事して下さい。


それにしてもあのポイズンリーチは何処から湧いて来るのだろうか。そう思わないでは無いが、功は気にしない事にした。

他に考える事は山程あるのだ。


さて、いよいよ地上部だ。

挟撃される心配は無いので、アーネスを呼び、階段を上がる。


こっちの扉も耐爆扉のようにゴツい物になっている。


「開けるぞ」


「OK、気を付けて。あ、待って一応さっきのが居たらまずいから防御魔法かけとく」


アーネスも真剣モードだ。素早く詠唱し、功に個別防御上昇魔法である、妖精の祝福フェアリーブレスをかける。


「気休めだから過信しないでよ」


「ありがとう。でも助かる」


功は慎重に扉に耳を付け、音を探る。


《正直わからん!》


ヘルメットを被り直し、覚悟を決める。


耐爆扉の鍵を開け、閂のような取手をスライドさせる。


埃を被っていた割に、この建物の建具はどれもかなりスムーズに動く。

そっと細く引き開け、外の様子を覗く。


外の景色はかなり開けており、光は夕刻に近くやや茜色で、広大な広場を照らしていた。


広場は砂岩のような色合いの、漆喰のような継ぎ目のない舗装がされている。功達が登って来た壁と同じ材質のようだ。


そして300m程向こうに同じ材質の高い城壁が見える。どうやら陽の角度から考えると、あの城壁は北側になるのだろう。

ただ、この城壁は一部が大きく崩れており、広場にその破片と巨大な岩が転がっていた。

まるで外側からあの巨岩を投げつけられたかのような破壊跡だ。


ダッチマンウォールバンカー。

その名が頭にぎる。


《でもあれだけデカいと近くに居るだけで何か聞き取れると思うけどな。身動みじろぎすればその音だってするはずだ》


「何か居た?」


自分の世界に入り込みがちな功に、アーネスは遠慮なく問いかける。


「ん?まだ分からん」


功は地面に掌を当て、神経を研ぎ澄ませる。

より鮮明になった音を聴き、空気を嗅ぎ、肌で振動を感じる。


これだけ広いと音の反響も無いので得られる情報はあまり無い。


功は一度アーネスを振り向き、頷いて見せるとヘルメットが通るギリギリの隙間を開け、頭だけ外に出して周囲を見回す。


シュオン 


そんな音が聞こえた。左上だ。

音のした方を見、動き出したそれを思わず目で追ってしまう。


目が合ったような気がした。


実際には、相手は騎士の兜の様な頭部で、顔面は兜の庇と面頬のようなプレートで覆われており、目も鼻も口も無い。

煤け、黒ずんだ異貌の騎士。


だが、お互いがお互いを認識した。そう感じた。


ハッとした功はすぐに頭を引っ込めようと身体を強張らた。


フォン


空気をかき分ける音しかさせずにそいつは功のすぐ近くに降り立った。


ジャリ


僅かに砂を踏む音。


筋肉が悲鳴を上げるくらい力を入れて頭を引っ込める。


クウォン


バキッ


功の意識は無くなった。





意識を失っていた時間は僅かだったようだ。


猛烈に首から上が痛い。特に首が痛い。

首でも千切れたかのような痛みだ。

その痛みで意識を取り戻したが、すぐに暖かい何かに包まれ、嘘のようにひいて行く。


実際一部の筋肉が断裂に近い損傷を受け、頭蓋骨も軽く陥没していた。しかし、アーネスが功を引き摺り込み、すぐ様ヒールをかけたので何とか重篤な事態にならずに済んだのだ。

何よりアーネスの防御魔法が生死を分けたと言える。


身代わりとなったヘルメットは激しく損傷し、二つに割れて足元に転がっていた。


「ひょっとして俺今死にかけた?」


「・・・」


ようやく焦点が合った視界の中で、アーネスは恐ろしく真剣な表情で功の眼を覗き込んだ。


「これ何本⁉︎」


指を2本立てる、


「ん?2本」


「アンタの名前は⁉︎」


「木下功」


「私の名前は?」


「アーネス」


「首は動かせる⁉︎ゆっくりよ!ゆっくり!」


どうやら功はアーネスに赤ん坊のように抱えられた姿勢らしい。


功は逆えず、ゆっくりと首を動かす。


「痛みはある⁉︎」


「いや、無い・・・。悪い、助かった。ありがとう」


どうやら自分はアイツに頭を撃ち抜かれたのだろう。

幸い自分の回避が早く、ヘルメットを掠っただけのようだが、それでも首が取れかけたらしい。


ベッタリと頭に血が残っているが、拭うのは後回しだ。


まだ自分達は扉のすぐ脇に居る。すぐに移動しなければならない。

アーネスは逃走より功の治療を優先したのだ。


功を引き摺って退避するには傷は重すぎるし、受傷箇所が悪過ぎる。


アーネスにしてみれば、逃げ出しても功がここで死ねば自分も助からないのは明白だ。

治療している時に侵入され、攻撃を受けても功が死ねば結果は変わらない。


なら、自分の仮説通りに敵が建物内に入って来ない確率に賭けて、ここで治療するしかない。


そこまで考えた訳ではない。

気が付けばかつて無い程に高速で、真剣に、そして全力で呪文を詠唱していた。


絶対に死なせない!


それしか頭にない。


功の意識が戻っても実感が湧かず、診察呪文のメディシンを詠唱したくて仕方がない。

何なら無駄になっても、もう一度ヒールをかけたい。


だが、功はそんなアーネスを無理やり立たせ、彼女を先にして階段を降りて行く。


「アンタそんな急に動いて大丈夫なの⁉︎」


モヤモヤしながらもアーネスは功に従って階段を降り、兵舎のフロアまで後退した。


「お前が治してくれたんだろ?なら大丈夫だ」


何気ない功の一言が刺さる。


イライラもモヤモヤも急速に引いて行き、いつもの自分を取り戻す。


「もう世話焼かせないでよね!全く、怪我多過ぎんのよ」


「いや、返す言葉も無い。でも、次は大丈夫だ」


功の一言にアーネスは目を丸くした。


コイツは大丈夫か?今死にかけたのに、何でこんなに自信満々なのだろう。

まさか脳に後遺症でも残ったのだろうか。


自分はいつも無理にでも自信満々に振る舞っているが、この男はそんなキャラでは無かったはずだ。


「アンタ本当に大丈夫?ちょっと今メディシンかけるから大人しくして」


「俺は大丈夫だよ!でも一応診察宜しく」


功も怪我の場所が場所だけに一応診察を頼むが、問題無いという確信はある。


「本当に何とも無いみたいね、脳波も魔力波も正常よ」


メディシンをかけ終わったアーネスは、ホッと肩の力を抜いた。


功はスマホからナルゲンボトルの水を出し、頭からかぶり、タオルで拭く。

たちまちタオルは血塗れになるが、傷はもう完璧に塞がっており、痛みも無い。


これは本格的にアーネスに頭が上がらなくなりそうだ。自分は何回彼女に命を助けられただろう。


「で、どうすんの?他の出口探す?」


「まず情報を共有しといてくれ。

さっきのアイツはお前と合流した時の個体と同じだ。左脚と右脇に同じ傷跡があった。

たまたま、巡回している所に出会でくわしたって可能性も有るが、アイツは多分山かけてあそこで出待ちしてたと思う。

アイツが移動する時は僅かながら空気を切る音がする。だけどあの時は最初そんな音はしてなかった。

だからアイツはお前と合流した扉から一番近くのここで張ってやがったんだと思う」


如何にも機械?らしいサイコっぷりだ。

それから功は自分が拾った情報をアーネスに伝えた。


「て事は、ひょっとしたらアイツに仲間は居ないのかもしれない。アイツらはゴーレムってロボットみたいなガードドローンなんだろ?あそこまで高性能なら仲間内で敵情報の共有はする筈だ。

けど、やって来たのは同じ奴。勿論たまたま同じ奴が居ただけで、他の出口には他の奴が居るかも知れない。

でもあのくたびれようからその可能性は低いと思う。

それからお前の言う通りアイツにはテリトリーが有るな。だから建物内部には入って来なかった。いかにもロボットらしい融通の効かなさだよな」


一度区切り、ナルゲンボトルから今度は直接水を飲み、ボトルを掲げてアーネスにも勧める。


無言でボトルを掴み、水を飲むアーネスに功は続けた。


「で、アイツの移動手段と攻撃方法だけど、多分アイツは重力みたいなのを操ってる」


「重力?スキルに無くは無いけど、かなりレアね」


「そうなのか?とにかくアイツは何の音も立てずに宙に浮いてた。扉から死角になるあの位置でな。ヤラシイ奴だよホントに。

で、俺が頭出した所で位置取り微調整して大砲の照準合わせてドカン!

その大砲も多分重力系のスキルだと思う。火薬の匂いも風の噴射も熱も弾頭も無い。

重力で無けりゃ俺には想像もつかない何かだ。

で、アイツは大砲を撃つのに一回地面に降りないとならない。空中で撃つと、反動で姿勢を制御するのが難しいのか、他に理由が有るのか知らんけど、とにかく地上に降りてから発泡してた。

とにかく動きは滑らかで速い。

大砲は連射出来るのか分からんが、少なくとも左右で二発は飛んで来る筈だ。この場合俺のシールドで一発は防げても二発目は間に合わない」


功は死にかけながらここまで冷静に状況を把握し、分析していた。

ある意味ぶっ壊れているのかもしれない。


「アンタ、やっぱり頭おかしいルナティックね」


「・・・」


「褒めてんのよ?」


「そんな気がしない」


「で、作戦は?有るんでしょ?」


「まぁ、俺達2人だけじゃ無理っぽいな」

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