第30話無謀、その先へ
ウルズアイ、いやウルズセンシズを通して観るこの山は、まさに危険の宝石箱や〜!だ。
そうやって心の中でふざけでもしないと擦り切れそうだ。
色とりどりの危険が一足歩むにつれ増えて行くような気がする。
最初の頃こそ物珍しげにAR博物図鑑で情報を見ていたが、ピッピッという電子音と共に視線の先に文字がチラつかれると邪魔でしかない。
気になる所だけ起動するようにして普段はオフにする。
それでも少しはパーティストレージに採集出来たので、何かの足しにはなるだろう。
金額までは見ちゃいないが。
注意力が散漫になるとここは危ない。神経を擦り減らすようにして功は足を進める。
ラプターホーネットは地中に営巣する為、出入りの瞬間を見ないと普通は判らない。
微かに感じる地中からの振動音と、巣の入口付近の不自然さを読み取り、危うく迂回出来たのはウルズセンシズのお陰だろう。
何度か兵隊ホーネットと遭遇はしたが、あれだけ大きいと羽音もそれなりで接近が判る。極力戦闘は避けたいが、逃げられない場合は充分引き付けてからの奇襲で何体かは対処出来た。
ただ、仲間の死体の匂いで群れが集まって来る習性があるので、素早く退散する。
音を立てたくないので、奇襲に使った武器はナイフのみだ。銃を使えばその時は楽だが、後が怖い。
グリーンカーペットも繁茂しているようだ。普通に見ていればただの蔦科の植物。ただ、ウルズセンシズが無くともこれは功には見分けがついた。
蔦はコイル状に縮まっているにもかかわらず、他の何にも巻き付いていない。全て地を這っていた。
普通蔦科の植物は、手当たり次第に周囲の物に巻きつき上に登って陽に当たろうとする。しかもここは丈高い巨木の森だ。明らかに不自然。
よく見ると地面には白骨化した何かや、外骨格だけになった何かが点々と転がっている。
おそらく獲物を襲う時は、コイル状の蔦を伸ばして迫って来るのだろう。間合いも判らないのが余計に怖い。
キャリーアントは幸いにも見かけなかったが、近くに居るかもしれない。近づかず迂回するのが正解だろう。葉擦れの跡や、行列の足跡はそこらに有るので居るのは間違いない。
ブリッコーネも見かけた。
生のブリッコーネは映像よりも遥かに醜悪でおぞましかった。
遠距離だったが、初見の功は恐怖のあまり固まってしまった程だ。
人に似て人に非ず。人間に似ているだけに、何か根源的な忌避感と嫌悪感が、恐怖と共に沸き起こってくる。
《あれはビビるわ!何だあれっ!デカイし、細いし、長いし、笑ってるし!》
首回りには何かの装飾をジャラジャラとぶら下げ、腰蓑一つまとって猫背で歩き周り、自らの身長よりも長大な弓を手にしている。
腰周りに獲った獲物をくくり付け、時折り掴んではそのまま血飛沫を上げながら齧りつく。仲間内で談笑でもしているかのように、背筋も凍るような不快で恐ろしい声を出している個体も居る。
正直グロい・・・
針金のように細いオカッパ頭の笑う20頭身猫背遮光器土偶。それがブリッコーネだ。
功が地面に伏せ、固まっている直ぐ後ろまで来たアーネスは、遠目にブリッコーネを見ると小さく毒づいた。
「アイツら嫌いなのよね〜。見てあの顔!なんか腹立たない?いつもヘラヘラ笑ってるみたいでさ!なんか馬鹿にされてる気がするのよね!」
功には鳥肌が立つ程不気味に見えた顔の造作は、アーネスから見ればただの虫の好かない顔らしい。
「腹立つわ〜、あの顔!自分の顔見せるだけで相手のヘイト煽るってなかなかの才能よね!
アイツら寝てる時に顔に落書きしてやりたいわまったく。
マジックで極太眉毛とか書いたら少しはマシな顔になると思うんだけど、どう思う?
それに何あのオカッパヘア。みんな一緒のヘアスタイルってどうなの?個性とか主張しないの?流行りなの?1人だけロングとかにしたらハブられんの?
やっぱり寝てる時にすんのは眉毛描きじゃなくてモヒカンよね?起きた時の反応見たいわ〜!
でも、一番ムカつくのは私の髪より遥かにサラサラのストレートで艶が有るって事よ!
ちょっと功、アンタ今度奴らにコンディショナー何使ってるか聞いて来てよ!ホンットに腹立つわ〜あの髪!」
アーネスの怒りの対象がブリッコーネの顔から髪に変わる頃、功の恐怖心もいつの間にか消えていた・・・
その分、功にコンディショナーの銘柄を聞いて来いと本気で言うアーネスに対しての恐怖が増したのだが・・・
ただでさえ道無き道のトレッキング。おまけに周りは魔境の如き、と言うより魔境そのもの。
暑くもないのに汗が出る。この気温で汗をかくと、冷めた時に一気に体温を持っていかれるだろう。
こういう時は小休止だ。焦ってはいけない。
2人でも辛うじて隠れられる岩陰を見つけ、そこでキャンプを出る時に沸かしたまま収納した熱湯が入ったキャンティーンを出す。
だがコーヒーは淹れない。匂いはまずい。
一つのカップに少量を注ぎ、黙ってアーネスと2人でお湯を一口づつ啜る。
例えただのお湯でも、温かい飲み物の効果は絶大だ。ほんの少しでも心に活力が、身体には熱が戻って来る。
よくもあのキャンプ地で何事も無かったと思う。功とアーネスは知らぬとは言え、地雷原でタップダンスを踊っていたのだ。
さすがのアーネスも、今は余計な事は言わなくなったが、眼には怯えの色々は無く、無駄に豊富な活力が漲っている。
功は休憩中アーネスに小声で訊ねた。
「よくこんなとこ1人で登って来れたな」
「キャンプ地より下はこんなじゃなかったのよ。普通の山道だったの。どうやらあのキャンプ地辺りが境目みたいね。じゃなきゃいくら私でもさすがにこれは登って来れないわ」
《いや、キャンプ地より下がここよりマシだとしても普通は無理だ》
とは言わない。思うだけ。代わりに疑問を口にする。
「境目?」
「フィールドトランジションのね。何年か経ってるから灌木の植生は少し混ざってるみたいだけど、見かけない植物はやっぱり多いし何より魔物の密度が違うもの」
「でも魔物は既知の魔物なんだろ?」
「そりゃそうよ、魔物は植物と違って歩き回るじゃない。まあ、植物系の魔物も居るっちゃ居るけど」
《成る程》
「でも未知の魔物も居る可能性も有るんだよな?」
「そうなのよ!」
アーネスは何故かやたらとその話に飛びついた。
「でもそれもPMSCギルドに報告すればいいお金になるのよ!探すわよ〜!」
《リスクとか、そういうのは一切考慮しないんだな。コイツは無謀通り越した未知の領域に居るな》
と、功は思うのだが、アーネスにはアーネスの思惑が有った。
パーティとはぐれ、スマホもブリッコーネに破壊された時、素直に死を覚悟した。
覚悟はしたが、まだ生きている。
どの道この状態では街まで帰る事は出来ない。
ドク達が探しに来てくれたとしても、お互い位置を特定出来ないのだから、この広大な森で接触出来る可能性はほぼない。
どうせ死ぬかもしれないのなら、少しでもお金を稼ぐ可能性がある方がいい。
それにこれから行くのは未知の場所だ。ひょっとしたら何か超越的な手法で帰る事が出来るかもしれない。
そんな話は聞いた事も無いけど。
それに、何故かこっちに行けば何とかなりそうな気がする。
功が聞いたら呆れかえって絶句間違い無しだ。
しかし、ふとある事が気になった。
「何でフィールドトランジションした場所は魔物の密度が濃いんだ?」
アーネスの答えは簡潔だった。
「そんなの知らないわよ。なんか集まりたくなる何かがあるんでしょ?」
確かに何でもかんでも知っている方がおかしいかもしれないが、頓着しなさ過ぎだろうと功は思う。
「なぁ、やっぱり帰った方がいいんじゃないか?」
無いだろうと思いながらも提案してみる。
「アンタも無駄な事が好きなのね〜」
さも呆れたと言わんばかりの反応に、功は深く傷ついた。
《お前にだけは言われたくない》
「何回も同じ事言わせないで。
お宝の山の麓まで来て手ぶらで帰れっての?稼げる時に稼がないとこの商売いつ何が有るか判んないでしょ?
それに今月は特に物入りなのよ。毎月の支払いだって大変なんだから。
特に先月はドクが12mmばら撒き過ぎて火の車なのに。
ま、ドクに魔石を加工して貰ってるおかげで、うちは燃料費はタダだから助かってるけどね」
何が物入りなのかは知らないが、言って聞く人物でない事は短い付き合いながら理解している。
功は今日何度目になるか判らない溜息を吐くのだった。
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