第31話嵐の前

或いは迂回し、或いは茂みに隠れてアンブッシュしてやり過ごし、或いは慣れない無音戦闘サイレントキリングで障害を排除して山頂を目指す。


ドクへの連絡も音声ではなく、メールで短く済ませる。

ドクは一向に山から降りる気配の無い功達を問い質したいようだったが、アーネスが問答無用とばかりに動くので、追随せざるを得なかった。


山頂までは標高差約200m、直線距離で約8km程。マップで検討したルートを行けば、実際には13km程歩けば到着出来る筈である。けして険しい山ではない。


しかし2人は未だ標高にして100m程しか登っていない。歩いた時間は6時間程だろうか。


魔物にとってここは居心地が良いのか、エンカウント率が高過ぎるのだ。


功としては帰りの事も考えて可能な限り戦闘は避けたい。例え無事に命を長らえて帰途についたとしても、仲間の復讐に燃えた魔物の警戒線を突破するのは勘弁願いたい。


だが、そういった事をまるで意に介さないアーネスを抑えるのに余計な神経を使わされ、疲労の極みに達している。






森から灌木が疎に生える岩場に入り、ビバーク出来そうな岩の窪みを見つけた時は、本当にへたり込みそうになった。


半端な神経の使いようでは無かった。

眼はチカチカするし、耳鳴りはする。鼻や喉はヒリつき、肩は凝るし、頭痛は酷い。

五感フル活用で索敵して進んでいた代償だ。


秋深しとは言え、今の時間は夕暮れにはまだ少し早い。

しかし、これ以上進んでもこれだけお誂え向きの場所が有るとは限らない。功は断固としてここでキャンプする事を主張した。


だが、アーネスはこういう時に限って妙に素直に提案を受け入れるのである。


これだから功はアーネスを憎めないのだ。この絶妙な間合いと言うか、折り合いと言うか、天然の人たらし加減がアーネスの魅力なのかもしれない。


口が裂けても本人には言わないが。


「今日はここでキャンプだ。俺はもう一歩も歩けねぇし、歩きたくない」


「そうね、ちょっと早いけど私も本調子じゃないし、今日はもう休みましょ。ご苦労様、功」


その言葉を聞くと、一気に力が抜けそうになった。


《本調子じゃなくてアレかよ》


暫く蹲り、やがてノロノロとスマホから道具を出して行く。


今日は必要最小限のミニマムキャンプだ。楽しむキャンプではなく、サバイバルのキャンプ。


地面に落ち葉や枯れ草を可能な限り敷き、その上にタープをAフレームで低く張る。保温性を高めると同時に周りから目立たなくする為だ。


岩の適当な部分にペネトレートで鍛造ペグを打ち込む。


アーネス以外誰も見ていないので、ペグハンマーすら使わない。逆手に握り、無造作に振り下ろす。それだけでペグは硬い岩に半ば以上打ち込まれた。


今夜は風が強い見通しだ。ペグが風で抜けると大変危険なので、こうして岩に打ち込める非常識が出来ると安心だ。


タープの背後は岩に密着するようにして気密性を高め、防御性を高める。雨が降ると岩を伝って水が侵入するが、今日は降りそうに無いので大丈夫だろう。


入り口はさらに低く作る。今夜は風がが強そうなので、抵抗を減らす為だ。入り口の支柱は落ちていた木の枝を使う。


タープの上には周辺に落ちている枯れ葉などをかけ、さらに隠密性と保温性を高める。夜半の風で飛ばされるだろうが、一応だ。


グランドシートを落ち葉クッションの上に敷き、その上に断熱のウレタンマットを広げる。


タープ泊及び地べたスタイルと言われるキャンプ方法だ。

無骨キャンプの定番スタイルの一つでもある。


コットと呼ばれる組み立て式のベッドが有れば、より快適に眠れるのだが、今回は2泊ともハンモックのつもりでいたので持って来ていない。


元の世界に帰る事が出来れば、ストレージにキャンプ道具は全て常備しておこうと心に誓う。


シュラフ、インナーシュラフをアーネスに渡し、ウレタンマットを譲る。自分はハンモックキルトと予備のフリース毛布だ。

これだけでも充分暖かい。


明け方は少し寒いかもしれないが、これだけ低くタープを張り、2人も居ればその体温と呼気で思ったよりも暖かくなるはずだ。

地面からの冷気は仕方ない、なるべく落ち葉や枯れ草を厚くして気休めとする。


風が出れば、タープをフルクローズすればさらに暖かくなる。つくづく4m×4mのタープにして良かった。3m×3mだと狭過ぎただろう。


ドクへの連絡も手早く済ませる。長々と説明する気力は残っていない。緊急避難施設で暫く待機していて欲しいとだけ伝えた。





フュアハンドのハリケーンランタンの光量を極限まで落とし、アーネスの為の光源を確保する。


こうしているだけでかなり温もって来た。


レギュレーターストーブでチタンクッカーに湯を沸かす。さらに暖まる。


コポコポとお湯の沸く音が耳に心地良い。


《明日は水場探して水補給しなきゃな》


漠然と考え事をする時間がなんとも気分が良い。頭の中がデフラグされるように徐々にスッキリし、疲れがみるみると解けて行く気がする。


テントの中で煮炊きすると、結露したり一酸化炭素中毒になり易いが、雨の日や寒い冬キャンプではどうしても引き篭もらざるを得ない。


だが気密性の高いテントならともかく、ガバガバのタープ泊ではまず大丈夫だ。それでも心配ならセンサー等を準備し、時々換気すれば完璧と言える。ただし、自己責任に於いてだが。


こういうキャンプをお篭りスタイルとも言う。


沸いたクッカーにイノシシ肉と玉ねぎを削り入れ、再沸騰させたら米を投入。少しの醤油と塩、酒、みりん、隠し味にチューブの生姜と蜂蜜を入れる。


昼飯を食べる状況には無かったので、2人共腹がペコペコだ。なので量だけは多目に作る。


蓋をして中火で暫く待つ。最後の最後で一瞬だけ火勢を強め、一気に水分を飛ばし、お焦げを作る。後は少しの間蒸らせば、ホカホカイノシシ炊き込みご飯の出来上がりだ。


仕上げにほんの一振りの七味。これでグンと味が締まる。


蒸らしている間にケトルに水を足してもう一度沸かす。シェラカップにインスタント味噌汁の素を入れてお湯を注ぐ。


「アーネス、お待ちかねの晩飯だ。口に合うかは知らないけどな。ほら」


入り口で見張りをしていたアーネスに、クッカーの蓋に山盛りに盛ったイノシシ飯とフォーク、味噌汁の入ったシェラカップを渡す。自分はアーネスと入れ替わりに入り口を塞ぐように座り、クッカーごと飯を食う。


吸水してない米は少し芯が残っているが、お焦げのパリパリ感もあり、これはこれで乙なものである。


「うん、美味しい。この肉は家畜じゃなくて野生の肉でしょ?功の世界は大分平和で科学も進んでるって聞いたけど、今でも狩りってするのね」


「何でジビエって判った?」


「家畜ならこんなに獣臭くも硬くも無いでしょ?でもこの香りと歯応えがいいのよねー。下処理の血抜きとかがしっかりしてないとこの味は出ないだろうけど。腕のいいハンターが獲ったのねきっと」


「俺の爺さんだ。これ獲ったの。農作物を荒らす奴を獲るんだ」


「へえ、凄いじゃない。お爺さんうちのパーティに入らないか聞いといて」


「帰れたらな」


背中越しに話ながら、功は少し誇らしげな気持ちになった。身内を褒められるとやはり嬉しい。


《ん?待てよ、コイツ本気で言ってんな!んな事させられる訳ねぇだろ!》


絶対阻止する。心に誓う。


「食ったら先に休め、6時間後に交代しよう」


食べ終わった食器はお湯で濯ぎ、アルコールティッシュで拭き取る。強い脂はお湯に重曹を溶かしたもので濯ぐと綺麗になり、環境にも優しい。


時間があるなら焚火の灰を水に溶かし、その上澄で食器を洗うと綺麗にる。アルカリ洗剤の代わりになるのだ。


スマホの時計を確認する。今は午後4時半、秋のこの時間はマジックアワーと言われる時間帯だ。


「何言ってんの?アンタが先に休みなさい。昨夜だって寝てないじゃない。それに夜中の警戒は私より功の方が得意でしょ」


確かにその通りだ。少しでも明るい内はアーネスに任せておいた方が合理的だろう。


「成る程、その通りだな。じゃあお言葉に甘えて先に寝かせて貰う。何かあったら遠慮なく起こせよ」


「私が遠慮なんかすると思うの?」


「そりゃそうか、マナポーション使ったら先に休ませて貰うな」


そう言うと功は、ポーチからマナポーションのパッケージを取り出し、その内の一本を引き抜き口の端に咥える。

細巻の葉巻の様なそれに、マッチで火をつけて煙を吸う。


これがこの世界の魔力回復促進薬、マナポーションの一つだ。

通常だと、安静の状態(睡眠や瞑想だと尚可)で6時間から8時間かかる魔力の自然回復を、1/3から1/4の時間で回復させる匂い薬なのである。


功は元々喫煙習慣が無いので、最初はかなり抵抗があった。

しかし今日の様に近接戦を連続でこなし、その都度ペネトレートを濫用すると、さすがに魔力が大幅に減る。

回復出来る隙が有れば、速やかに回復させるべきなので使っているのだ。

アーネスは同じマナポーションでもアロマスティックタイプを愛用しており、その他粉薬を粘膜から吸引するタイプ、スプレー吸引タイプ、刻みタバコをパイプで吸引するタイプ等がある。

何を使うかはお好みである。

功はタバコタイプが一番お手軽でコンパクトに感じたので、これを使用しているのだ。


傷を癒すポーションは液体タイプで、必要量を経口摂取する。

緊急の場合は直接患部にかけたりもするが、非常に刺激が強いので、あくまで緊急時のみオススメする方法らしい。

大概の傭兵は金属製のスキットルボトルに入れて持ち歩いているので、功もそうしている。




マナポーションを使い終わると、毛布とハンモックキルトをアーネスに渡し、自分はインナーを入れたシュラフに潜り込む。


このシュラフは秋物でコンフォートが0℃、リミットが-10℃だ。

これはメーカーの目安だが、実際はプラス5℃から10℃で考えた方が良い。

秋とはいえ、標高の高い場所では下手したら氷点下近くにはなるだろう。


大体標高が100m上がる度に、気温は0.6℃下がると言われている。

標高700mなら平地に比べ、4℃程下がる計算だ。

しかも昼間は良く晴れていたので、放射冷却もあり得る。

防寒対策は可能な限りしておくべきだ。


「そこの茶色いポーチにお茶の葉とか入ってる。適当に自分で淹れて飲んでくれ」


「ありがと、後で貰うわ」


自分で思っている以上に疲れていたのだろう。功は数秒とかからず眠りに落ちて行った。

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