第27話いつものお勉強
昼寝もしたし、再び異常事態になったせいで眠気も食欲も無い。
ハンモックを覗くとアーネスはぐっすりと眠っていた。マミー型のダウンシュラフのジッパーが開いていたので、腕を押し込みちゃんと首の下までクローズしてやる。今夜は冷え込みそうだ。
念の為、本来はシュラフの中で使う
アーネスの世話が終わると、周辺警戒ついでに地形照合しようと思いついた。
周りを見渡せる岩の上に予備のフリース毛布を持ってよじ登り、腰を下ろす。パッシブスキルらしいウルズアイのお陰で、日が落ちても周りは充分見渡せる。
時期も向こうと同調しているのか、それとも偶々なのか、似たような晩秋の季節のようだ。
しかもここはマップアプリで見た限りでは、標高600m付近の山間部だ。平地よりさらに冷える。おまけに岩の上は吹きさらし。
ポンチョの下に毛布を巻き付け、スマホを取り出す。マップの等高線と実際の地形を照らし合わせ、山を下るルートを探すのだ。
特にこの辺りは複雑な地形という事も無さそうだが、何本か渓流も流れており、滝もある。しかし今は渇水期に入る時期なので、水量はさほどでも無いだろう。
アーネスがどのルートで登って来たのかは判らないが、降りるのに苦労するという程でも無さそうだ。
それでも何箇所かは要注意な所があるのでチェックしておく。場所によってはロープが必要になるかもしれない。
荷物の中に予備のパラコードも入れてあるので何とかは出来そうだが、出来れば通販で取り寄せた方がいいだろう。
最大の問題はやはり魔物の存在だ。
『LCW魔物図鑑』を開く。またもこのサイトを開く羽目になるとは思わなかった。
不安と落胆に打ち拉がれながら分布図から今居るエリアを表示させ、さらに討伐難易度でフィルタにかける。
出るわ出るわ、魔物の百鬼夜行である。まあ、百鬼夜行は元々魔物の群れなのだが・・・
1番怖そうなのはこいつ。
ダッチマンウォールバンカー。何故『壁叩きのオランダ人』なのかは不明だが、これはアメリカ軍でも呼んで空爆して貰わないと駄目だろう。
攻略法なんぞ微塵も思いつかない。
身の丈50mの狂った巨人を相手にして、個人に何が出来ると言うのか。物理法則ガン無視の魔物など、もはや笑い話だ。
ガンダムだって18mしかないのである。救いは見つけ易いという一点のみだろう。
件のブリッコーネも広く分布している。どうやら最近の研究では、氏族に分かれて縄張りが有るらしく、縄張りを越えて迄は追って来ないというのが付け加えられている。
ただ、図鑑のブリッコーネ部分は更新された日付が4日前なので信憑性に問題がある。
マウンテンロックスキッパーも居る。この2種はどうやらこの広大な森全体に居るらしい。
おまけに山間部の沼沢地にはコイツの兄弟、マウンテンボグスキッパーの繁殖地も確認されている。
湿地や沼に潜み、柔らかい泥や水面でも、跳ね回る様に素早い動きで攻撃して来る蛇モドキだ。
フォレスタルチェルトラは森の南東部にしか分布していないが、ドンピシャで通り道なので救いにはならない。
この山間部には他にも夜行性のキングオウルが居る。マウンテンロックスキッパーを好んで食べる巨大フクロウだ。
あんな硬くてデカいのを好んで食べるって!
と、解説文を読んだ瞬間声なき悲鳴を上げる。
他にも食肉植物のグリーンカーペット。蔦を絡めて獲物を絞め殺し、養分を吸う植物系魔物だ。
そのグリーンカーペットと共生関係にあるキャリーアント。キャリーアント自体は鉄アレイ位の大きさで攻撃性は低いのだが、群れてグリーンカーペットまで誘導し、おこぼれに預かろうとする嫌らしい奴のようだ。
さらに、功の銃の名前の元になったラプターホーネット。尻の針をマグナムクラスの勢いで飛ばして来る素早いラグビーボール大の肉食蜂。
槍の様なエネルギービームを弾幕の様に飛ばして来る大猪程のテンペストヘッジホッグ。
上半身は毛皮に覆われたカマキリで下半身は大猿という、カマウデオナガザルは、素早い動きで鎌から斬撃を飛ばす攻撃をして来る。
これらはいずれも群体で襲って来るので、1匹1匹はなんとかなっても、いずれ囲まれてやられてしまう。
他にも色々と居るが覚えきれない。
《こんなのが居る森をハイディングで進めって?いや、無理だろ!大体コイツらどんな進化辿ったらこんな風になんだよ!》
もう絶望しかない。
《アーネスは超人か?アベンジャーズなのか?なんでこんなのが居る森を1人でここまで来れたんだ?》
岩の下のアーネスを見る。タープに隠れてハンモックは見えないが、意識を澄ませると安らかな寝息が聞こえて来た。
この感覚の強化もウルズアイの影響だろうか。以前より五感が増幅されている気がする。もう狩猟神の
スキルが進化したような気がする。
全素濃度が薄い元の世界でしつこく練習したせいだろう。スポーツの高地トレーニングのようなものなのかも知れない。
ペネトレートやヘキサシールドも強化されている予感がある。
今なら以前のようにスキルに魔力を吸われるのでは無く、きちんと思った量の魔力を込める事も出来そうな気がするし、それに伴い自分の魔力量の管理も出来ると思う。
周囲の全素濃度が高まり、自覚出来るようになったのだろう。
《なんでこうなった?》
自分が自分でなくなったような気がする。元の世界に戻れ、浮かれて安心し、遊び半分でスキルの練習をしていた自分が恨めしい。
しかし、こうやっていじけていても仕方がない。逆にスキルがパワーアップして良かったと思わなければならない。
これから進むのは登り慣れた高尾山や、四国の祖父の山では無い。魔物渦巻く魔境なのだ。
ふと思い立ち、パーティクラウドのストレージから銃器のクリーニングキットを取り出した。
四国の祖父も害獣駆除で猟に行った後、必ず行っていた。
これからの行程では何一つミスは冒せない。道具のメンテナンスは必要だろう。
スマホでメンテナンスやクリーニングのやり方を検索し、見様見真似だが念入りに行う。
とにかく今は嘆く事より進む事を考えよう。
そう自分を納得させ、焚き火に戻る。
焚き火は随分小さくなり、消えかけていた。
岩が壁になって風は吹き込まないが、窪み状の地形は冷気が溜まりやすい。
慌てて集めていた薪を放り込み、100均の伸縮式火吹き棒(なんだかんだ言っても一番コンパクトで機能充分)で風を送る。
さらにコットンシートを木の枝を支柱にして焚き火の向こうに張り巡らせ、リフレクターを作る。こうしておくと冷気や風を防ぎ、暖気が反射して逃げ難くなるのだ。
一晩中焚き火をする予定では無かったので、薪の量が足りない。
夜の森に拾いに行く勇気は、全然全くさっぱり微塵も無いので、節約して使うしかない。
《今度から薪と炭もストレージに入れとこう》
心に誓う功だった。
キャンティーンに水を入れて火に掛ける。濃いめのコーヒーを淹れて愛用のホーローのマグカップで飲む。
もうすぐ夜明けだろう。多少眠いがバイトまみれで三徹した事もある。しかも全部肉体労働系、これぐらいは大丈夫。
薄明に息が白く映る。
周りは静かで、聞こえるのは薪が小さく燃える音のみ。
こんな状況なのに心が落ち着く。
これがいいのだ。大自然に抱かれ、適度な緊張の中にいる。
よくテレビなどで、大自然の中でリラックス!
とか言うが、本当の自然の中ではリラックスは出来ない。自然の中でリラックスしている野生動物はいない。
リラックス出来るのは作られた自然の中だけだ。
夜の森は意外な程音が豊富だ。
枯れ葉の落ちる音、朽ちた小枝が落ちる音、風が葉を揺らす音、夜行性の動物が餌を探す音。
視覚が遮断され、他に音が無いから小さな音が大きく聞こえるのだ。
慣れない者はこれだけで恐怖を感じ、想像を膨らませ、暗闇に潜む脅威に怯えて眠れなくなるのだ。
夜の森は案外と人間には優しく無い。
功も子供の頃は怖かったが、今はもう慣れた。
逆にこの自然な緊張が心地よいと思う。作られた自然では満足出来なくなっている。
そういう種類の人間なのだ。
朝日の登る直前の時間。1日のエネルギーが1番濃く満ち溢れている時間。
功は静かに覚悟を決める。
さあ、サバイバルの始まりだ。
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