第7話 リオン〈7〉

関は駐車場に車を止めた。そして上着を脱ぎ、助手席に放り投げる。

「来るか?」

後部座席を覗き込んで尋ねると、リオンは少し考えてからゆっくりと頷いた。


二人は境内を歩いていた。リオンの髪色のせいか、通りすがりの人が興味深げにリオンを見て行く。

池にかかる橋の前に立ったとき、関が立ち止まりおもむろに口を開いた。

「この橋を渡るときの決まりを知っているか?」

リオンが不思議そうに関を見た。関は指で数字の一のマークを作る。

「一つ目の橋は『過去』を表しているらしい。過去は振り返ってもしかたないだろ?だから振り返らないで渡る」

関はそう言って歩き出す。リオンは黙って後に続いた。

一つ目の橋を渡っている最中に関が再び口を開く。

「二つ目の橋は『現在』を表しているらしい。俺達は今をひたすらに生きるべきだ。だから立ち止まらないで渡る」

二人は二本目もゆっくりと渡る。カップルや親子連れが二人を追い越して行った。

三本目の橋にさしかかった。

「最後の橋は『未来』を表しているらしい。これから先の未来につまずきたくないだろ?だからつまずかないように渡る」

リオンは一言も話さなかった。三本目の橋を無事に渡り終わったあとで、リオンは関に話しかけた。

「随分お詳しいのですね」

「インターネットで調べたら出てきた」と関が身も蓋もなく言う。

「これを全部出来れば、いいことでも起きるのですか?」

リオンの問いかけに関は「さあな」と首をひねる。

「まあ、信じれば起きるんじゃないか?」

「……信じれば、ですか」

リオンはそう反芻したあと口をつぐんだ。


鳥居をくぐってからリオンは絶えずあちこちを見回していた。彼にとっては全てが目新しいものなのだろう。

関は財布から小銭を取り出すと、賽銭箱に投げ入れお参りをした。

「おい、お前もお参りしておけ」

落ち着かないリオンの肩をつかんで関が言う。

「お参り、とはなんですか」

「手を合わせて叶えて欲しいことを心の中で言うんだよ。ほら、あんなふうに」

関があごをしゃくって示す。

数人が賽銭箱の前で手を合わせていた。リオンは彼らを眺める。

「せっかく来たんだから、お前もやっておけ」

関に言われ、リオンは少し考えた後ゆっくりと手を合わせた。


リオンがお参りを終えたのを見計らって、関は社務所へ向かう。

「……願いは叶うのでしょうか?」

リオンに尋ねられ、またもや関は首をひねる。

「さあな。神様の気分次第だろう」

「……随分と曖昧なのですね」

「まあ、神頼みなんてこんなもんだよ」

関は社務所につくと並んでいるお守りを見渡した。

何をするのかと興味深げに見ているリオンを横目に、お守りを一つ選ぶと巫女に渡した。

「それ、見たことがあります」

リオンがお守りを目で追ったまま言う。

「奏汰が私のルームミラーのところに飾っていました」

「これは安全運転のためのお守りだからな」

リオンはお守りが関の手に渡るのをじっと見ていた。

関はそれだけを買うと、社務所を後にしてゆっくりと鳥居の方に歩き出した。

不意に強い風が吹いた。

リオンが立ち止まり、ひらひらと舞い降りてくる何かを見る。

「雪、ですか。こんなに暖かいのに」

「いや、これは梅の花びらだ。ほら、そこに咲いてるだろ?」

リオンは関が指さした方を見た。そこには梅の木があり、満開ではないが花が咲いていた。

リオンは近づいていき、梅の花を見上げる。

「……綺麗ですね」

「そうだな」とリオンの様子を見ながら関が楽しそうに返す。

しばらく二人は黙って梅を眺めていた。

人々が入れ替わり立ち替わり梅の木の下で写真を撮っている。

彼らを見ながらふとリオンが口を開いた。

「……これくらいの季節になると奏汰はよくここに来ましたが、梅を見に来ていたのでしょうか?」

「ああ、そうかもしれないな」

「……」

関の返事を聞いた後、リオンはゆっくり視線を動かした。そしてあるものにとめる。

二人が立っている場所の反対側に大きな木があった。花も咲いていないのに、そこに人だかりが出来ている。

「あの木はなんですか?」

「あれは飛梅だな」と関が答える。

「あれが飛梅ですか……」

リオンは興味を惹かれたように目線を釘つけにする。

そしてゆっくりと口を開く。

「奏汰が言っていました。飛梅というのは、主人の後を追ってここまで飛んできたものなのでしょう?」

「ああ、そうらしいな」

「……」

リオンは飛梅を見つめたまま、ぽつりと呟いた。それは口に出そうと思ったわけではなく、心の中で思ったことがそのまま漏れ出したような呟きだった。

「私も、あの時奏汰の元へ飛んでいけたらよかったのに」

「……」

関はリオンをちらりと見た。しかし、リオンがどんな表情をしているかは見ることが出来なかった。

「……そんなに自分を責めるな」

それは慰めるにはあまりにもぶっきらぼうな言い方だったが、リオンはその中に彼の優しさを確かに感じ取った。

「……」

「お前は何も悪くない」

リオンは何も言わなかった。関が「帰るぞ」と声をかけるまでずっと飛梅を見つめていた。

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