遠くの昔の誰彼へ

helvetica

第1話

現在確認されている手紙の中では最初の発見。


20××年7月7日

東京都 新宿区で発見

水色の封筒、淡い桃色の便箋


恐らく初めまして。私の自己紹介をすると、色々と面倒なので、省略させてください。自己紹介なんてしてもしなくても、あなたは私のことを知らないし、これから知ることもないので、大丈夫です。突拍子もない始まりであなたは読むのをやめるかもしれませんが、それはそれで構わないので言ってしまうと、今私の周りでは少し昔の世界に手紙を送るのが流行です。それで、私も書いてみようと思ったわけです。まあ本当のことを言うと、少しまずいことですが、最近大人は忙しいので、私たちこどもが少しばかり悪い遊びをしていても、咎める暇など無いのです。基本的にSFの類だと思われて捨てられ終わりなので、問題になることもありません。それでもみんな、もし自分の文章が昔で有名になって、ファンクラブとかが出来ちゃうかも、とか密かに思っているわけです。わたしはそんな恥ずかしいことは思ってないと信じたいのですが、ちょっと有名になってみたりしたら面白いのかな、と寝る前に考えることはあります。だから、これを見つけたら、どこか人目の着くところに置くか、どこかへ送るかしてもらいたいのです。ネットの世界は現実世界よりも混んでいて、しかもすぐに忘れられてしまうので、もう少し他のところがいいです。ツイッターはbotの墓場になっていて、独り言を言うのにはうるさすぎます。

最近は学校は休みばかりで、やることといったらこんなくだらない遊びしかないです。一週間前に学校へアクセスすると、しばらく休みと言われ追い返されたのですから、唯一の外出目的すら奪われて、家で課題の歴史のプリントばかりやっていて嫌気が指しているところです。あなたたちにひとつ文句をつけておくと、丁度そちらの時代は、日本の政治家が変わりすぎて覚えにくいので、勘弁してほしいです。もうすこし未来の若者のことを考えてください。それか、いまのうちに良い語呂合わせを思いつくやら、簡単に暗記のできるソフト開発に力を入れるやら、しておいてください。

あなたたちの世界にある望遠鏡のようなもので宇宙を覗いて、しばらく遠くには昔が見えることは変わらないので、そちらに向かってこの手紙を送っています。わたしは難しいことは分からないけれど、クラスメイトに独学のエンジニアがいるので、彼女に頼んで送ってもらっています。彼女は目立ちたがり屋の友達に大人気ですが、彼女本人はテストの文章しか送っていないそうです。彼女はとても優秀で、高校を卒業してすぐに日本の軍隊に入ることが決まっていますから、万が一にも悪いことがばれたら大変なことになると繰り返し主張していましたが、わたしたちみたいな平凡な学生はそんなことは気にしないので、彼女は冷や冷やしながらわたしたちの独り言を昔に送らされているのです。ああ、そういえば、あなたたちが知っているような大学に進学する人はいません。小中高大だと、一つだけ仲間外れの高校が可哀想なので、いったん高校と大学を廃止して、高校にあたる大学校を作り、これでめでたくビンゴなわけです。あなたたちの時代には学びたくもない人達が仕方なく大学にいってわけのわからないことを学び、結局忘れるなんてことを繰り返したものですから、そんなことにお金を使うのは早々にやめてしまいました。しかし特に優秀な人はみんな軍へ行き、そこで学びますから、日本の研究水準は保たれています。

今人間とロボットの比率は7:3くらいですが、人間の多くは寝たきりで動けないし、頑丈な体がないので、活動的な人間とロボットの比率は大体1:1です。故障して入院中のロボットは含まれていません。今の法律では、人間同士とロボット同士しか結婚できませんが、同性同士の結婚はずいぶん前に認められました。科学技術が発達して中々死ねなくなったので、人は増え過ぎないほうがいいからという自分勝手な理由で決まったのは、相変わらずの日本です。死因の第1位だった自殺をする人はもういなくて、それは喜ばしいことなのですが、安楽死が取って代わっています。とにかく日本は超少子ロボット化社会になりました。なんらかの仕組みで、ロボットは人間を好きにならないようにできている訳ですが、ヒトの方は必ずしもそうはいかないみたいです。それでも確率はかなり低いので、これが昔でいうセクシュアル・マイノリティになっています。しかしむかしと違うのは、この言葉は相対的な意味を増していて、マジョリティはいつでも居るのだから、いつでもマイノリティはいて、両者の完全な理解は無理だということを今のヒトたちはわかっていますし、ヒトからロボットの片想いでしかないので、デモンストレーションをするとしても、一体何を主張すべきなのかマイノリティ自身よく分からないわけです。ところでわたしが好意を寄せていた男の子はロボットだったことを、少し前にロボットの友達が教えてくれました。その友達は、ロボットはヒトに大して友達よりも強い感情は絶対に抱けないということも教えてくれました。知っているから今更教えなくてもいいのに、とその友達のことが嫌いになりかけましたが、ロボットはそういう気遣いが少し苦手だし、わたしが彼女のことを嫌いになっても、彼女はわたしを一定以上嫌いになれないので、不公平だと思い、やめました。それでもあの男の子は気遣いも上手くプログラミングされていて、そんなことを思うとまた悲しくなったので、どれだけ嫌われることができるか今度試してみようと思っています。

ちなみに、質の悪い深層学習で作った説明不可なAIプログラムはわたしが生まれる少し前にアメリカのホームセンターで自律型掃除機を操って暴走したあげく立てこもりましたので、ホームセンターは籠城に向いていることを知っていた彼らは随分と優秀です。他のAIたちへ名誉毀損の賠償をさせられたホームセンターは気の毒ですが、それ以降AIには説明可能なプログラムしか採用してはいけないと法律で決まりました。だからやっぱり、わたしへの好意を明日学んでくれるなんていうことは、無いみたいで、それは少し寂しいので、そういうお茶目なプログラムは残してみたらダメなのかな、とも思うのですが、いやきっとわたしの知らないあれこれの理由でダメなのだと思い直し、あなたたちに申し立てることはしません。iPhone54とiPhone55が喧嘩するという事件があり、それ以来Appleは数字を1つずつ飛ばしているという話を聞いて大笑いできるくらいには、みんなAIと仲良しですから、説明可能なプログラムのおかげで、あなたたちが危惧したようなことは起こっていないのは、やはり良いことなのでしょう。

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