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軽井 空気
プロローグ
「鈴、本当にいいんだね。」
「一馬様、わたくしの思いに迷いはありません。」
「ならば逝こう。」
「願わくば、来世では離れることなくともにありたいものです。」
そうつぶやくと2人は手に手を取り合って堀へと身を投じた。
それは子供のころから何度も夢に見ていた光景だった。
この夢を見た朝はいつも胸にぽっかり穴が開いたような喪失感を感じていた。
そう今日も目を開けたら――――
「いらっしゃーい。なんじ
目を開けたらやたらのっぺりした変な仮面を付けた男が顔を覗き込んできていた。
「………………………………………」
「おやおかしいな、もう一度聞こうか。なんじ向井 一馬、34歳。食品製造工場に勤める会社員。童貞。初めての自慰行為はじゅう―――
「はいそうです。俺は向井 一馬です。」
「ふむ間違えてはいないようだな。」
そう言ってカズマから距離を取った男は、背が高く見上げるような男であった。
男は細身ながら肩幅があってスーツの似合う紳士であった。
その顔に変な仮面を付けていなければ。
仮面は男の顔の上半分を覆うものであり、口元は丸出しであった。
そのために男のニタニタ笑いや喋るたびに大口を開けるのが見て取れた。
「………で、アンタは誰だよ。」
「吾輩か?吾輩は地蔵菩薩である。」
「………アンタ、罰が当たる前に謝ったほうがいいんじゃないか。」
「おや?地蔵菩薩である吾輩に誰が罰を当てるというのだ。釈迦か?大日如来か?それともお稲荷さんかな?ハァーハッハッハ。」
「アンタのどこがお地蔵さまだっていうんだ。」
「失敬な。吾輩のアルカイックスマイルを見れば分るだろう。」
どう見ても下衆なニタニタ笑いだ。
かろうじて仮面だけがお地蔵さまに見えるのだが、それがより罰当たり感を出していた。
「……それよりここ何処だよ。」
カズマが周りを見渡しても自分が座っている椅子以外何もない暗闇が広がっているだけで何も見えない。
なお、目の前の男は見ないようにする。
「ここか?ここは生と死の間。『賽の河原・省エネver.』だ!」
「……なんだ、その省エネver.ってのは。」
とりあえずそこが気になったので聞いてみた。
「なに、ただ描写コストを削減しただけだ。」
「なんだよその予算不足のアニメみたいな事情は。」
「はっはっは、アニメ化のための配慮ってやつである。」
メタいだけだった。
カズマは頭が痛くなってきた。
「まぁ、冗談を抜きにすると、賽の河原も運営にはただという訳にはいかんのだが、…いかんせん今どきに六文銭ではな。そういう訳でコスト削減によってこのざまだ。」
メタいほうがなんぼかましな事情だった。
「その際にはここで働いていた鬼たちもたくさん首を斬られたものだ。地獄だけに物理的に首チョンパであった。それはもう
「何でだよ。救ってやれよ。地蔵菩薩だってんなら。」
「部署が違ったのだよ。」
カズマはもはや気持ちが悪くなってきていた。
「それでは本題に入ろうか少年。」
「……それはもしかして俺のことか?」
「お主以外に誰が居る。」
「34のオッサン捕まえて少年は無いだろ。ハズイわ。」
「だまれ童貞。オナニー以外の性行為を経験していないうちはどんだけ年取ろうが子供である。」
コイツ絶対に地蔵菩薩じゃない。悪魔だ。そう思うカズマだった。
「突然ではあるが少年には異世界転生してもらう。」
「……(泣)つまり俺は死んだと。」
「死んでないよ。」
「……今なんつった。」
「死んでないよ。」
「じゃぁ何で異世界転生しなきゃいけねぇんだよ。」
「こっちにも事情があんだよ、バーカ。」
「その事情を説明しろよ。」
「フム、……実はお主の前世は江戸時代の侍だったのだがな、身分違いの実らぬ恋に落ちたお主は相手の少女と心中を果たした。」
「――――っ、それって。」
「それを「親より先に死んだ者には罰を与える。」っていう奴がいて、お主たちは生まれ変わる世界が別々になったのだ。」
「それが俺の転生する理由か。」
「こちらの都合だがお主らを引き合わせてやることになったのだ。」
「それで俺のほうが異世界転生か。」
「どうせ元の世界に居ても社畜地獄だろう。むしろ感謝されたいものだ。」
たしかに、とも思う。
昨今の日本の就労環境にはカズマも満足いっていなかったものだ。
しかしその反面、今まで積み上げてきたものが無意味になるというのにコイツの上から目線がムカつきもする。
「では少年よ、苦しい労働地獄から救われて、楽しい冒険の旅に出たくはないか。」
「喜んで、お願いしまぁす。」
こうしてカズマは異世界へと転生したのである。
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