第16話 スカーレット

「ジェシカ、魔術師の天敵とは何だと思いますか?」


 “使い魔”との関連リンクを深める為に、ナタリアとジェシカは森の中へ散策に出ていた。

 季節は秋に差し掛かり、乾燥した落ち葉が踏みしめる度に割れて音を立てる。


「剣士とか、戦士ですか?」


 よくある力関係。研究職である魔術師は、身体強化系の能力者とは相性が悪いとジェシカも思っている。


「なるほど。ふむ……それではジェシカ、戦う以外での魔術師の天敵とは何でしょうか?」


 ナタリアはジェシカのイメージが戦闘での相性であると察し、改めて要点を付け加えて問う。


「え……っと」


 流石に何も思い付かなかった。そして、何とか導き出した答えが――


「身内……ですか?」

「ふふ」


 師匠ナタリアの微笑みから、間違いであると悟る。


「あなたの最初の答えを説きましょうか」


 ジェシカの一般的な考えは間違ってはいない。しかし、それは根本的からナタリア質問の答えではなかった。


「敵と向かい合う魔術師は、“魔術師”ではなく“戦士”であると言えるでしょう。自らの能力を戦いに用いる者は皆が“戦士”であると私は考えています」


 魔術師とは理と共に自らの真理へ至る者達。戦う術は最低限のモノだけに留めて置くべきだ。


「ですが、私にもジェシカの言った二番目の答えは解りません。意図を聞いてもいい?」


 “身内”と言う答えは、ナタリアからすれば初めて受けた解答だった。


「研究をしてると、家族や兄弟に邪魔される事もあるんじゃないかって思いまして」

「…………」


 するとナタリアは少し驚き、考えるように口に手を当てる。

 新しい事に気づかされたような師の初めての表情にジェシカも、あれ? と首をかしげた。


「ジェシカ、それは確かにそうですね。私の質問に対する正しい答えです。私も考え方を一部の概念に片寄っていたと気づかされました」

「えへへ。ありがとうございます」


 純粋に師匠の手助けを出来た事にジェシカは嬉しくなる。


「師匠の答えは何だったんですか?」


 今度はジェシカが尋ねた。弟子からの質問にナタリアも微笑みながら告げる。


「他の魔術師です」


 今度はジェシカが驚く番だった。それは盲点も盲点。

 ナタリアの言う魔術師が戦士でないのなら、対立するメリットは何もないハズだからだ。


「“使い魔”を得たあなたになら話しておくべき事だと思いました。これから、“対魔術師”として最も重要な事を教えておきます」


 それはある特定の状況下において自分を最低限護る術。

 ナタリアは“使い魔”を持つ者はソレを最初に覚えるべきだと決めていた。






「散らかっててごめんね」


 ジェシカは本屋で意気投合した旅の魔術師――レインの泊まっている宿へ招待されていた。


「いえ」


 興味本位から見回すと、見たことのない文字の魔道書や、壁には研究資料と思われる記載がびっしりと貼られている。


「おっと、置いてある物には触れないでね。どこに何があるか判らなくなるから」

「はい」


 散らかっているが、レインには何がどこにあるのか把握出来ているらしい。


「君はこっちにどうぞ」


 部屋の真ん中に置かれた机と椅子。来客用の椅子をジェシカへ用意し、簡単な飲み物を目の前に置く。


「いただきます」


 飲み物は冷えて酸味のある飲み物だった。


「美味しいです」

「よかった。こういう刺激のある飲み物が研究の時には効くの。苦手な人もいるけどね」

「私は好きな味です」


 まだ飲む? とレインは飲み物を作ってあるボトルを掲げるが、二杯目は図々しいと思い、ジェシカは遠慮する。


「それでジェシカさんが聞きたい事は一昨日の夜、王都で何があったか……だっけ?」

「はい。あたしも調べては見たんですが……断片的にしかわからなくて」


 別に知ったからと言ってどうにかなるわけではない。しかし、ロイとも少し話したが、王都の現状は明らかに異常だ。

 今後の事も考えて正確な事は知っておきたい。


「別に口止めされてるわけでもないし、私の視点で良ければ」

「ぜひ、お願いします」


 レインは片眼鏡を外して拭きながら一昨日の夜――【魔王】と【勇者】の戦いを語り出す。






 研究の途中で眠ってしまっていたレインは、慌ただしく兵士達が走る音で眼を覚めした。

 悲鳴とは違う。空気がなんとも言えない緊張感を伝え、本能が外へ導いた。

 おそらく、あの時は王都に住む者は皆が起きていただろう。


 心が高揚する緊張感とは別――不安を目の前にした時のような“不幸な未来”を思い描く嫌な緊張感が漂っていた。


 中央広場に近い家屋では始まりから終わりまで見届けた者も居たハズだ。

 幸か不幸か、レインの寝泊まりしている宿からは【勇者】と【魔王】の戦いは見えなかった。

 魔術師としての好奇心。そして噂の【勇者】の力はどのようなものか。

 その眼に修めるべく、本能よりも魔術師としての好奇心が勝り、中央広間へ向かった。






「それで、どうだったんですか?」

「中央広間では、多くの者が【勇者】の援護に集まっていた。けれど、そのどれもが【魔王】にとっては踏み潰す前の虫と大差なかった」


 常識外の【勇者】の戦闘力は【魔王】と互角に見えたが少しずつ自力に押されている様でもあった。

 しかし、【勇者】には切り札があった。

 多くの命を犠牲にほんの一瞬だけ【魔王】に隙が出来た刹那、【魔王】を囲むように【勇者】の従者達が現れたのである。


「おそらく、アレは【勇者】の『相剋』ね」


 レインは魔法陣も無しに他を召喚するのはことわりを外れなければ不可能だと告げる。

 そして、現れた従者は【魔王】に向かって各々の『相剋』を一斉に放ったのである。


「『相剋』……」

「あれ? ごめんなさい。なんの事がわからない?」

「あ、いえ……」


 これは危機感を覚えなければならないのでは? とジェシカは感じた。

 『相剋』とは理を超越する力の事だ。それ故に習得しようとして得られるモノではない。


「【勇者】が能力を覚醒させて、自分の側近たちに『相剋』を発現させてると言う噂は本当だったわ」


 レインの言葉にジェシカは声が出なかった。

 思った以上に【勇者】は危険な存在だったと思えたからである。

 『相剋』の恐ろしさは理解している。

 ジンが今でも葛藤している様に『相剋』とは己の中にある“強すぎる想い”や、理の深淵に触れた事をキッカケに発現する。

 そして、得る事で身に降りかかる負荷は決して無視出来ず、ソレが『相剋』の使用を妨げるブレーキにもなっているのだ。


 たが、“負荷”を抱える事無く『相剋』を得ることが出来るのなら?


 もし、道端を歩いているヒトが『相剋』をいつでも使えるのなら、常に剣を首筋に当てられ続けているのと同じだ。

 もし【勇者】が勝っていたらその様な世界になっていたかもしれない。


「で、私の見たのはここまで」

「え?」

「無数の『相剋』が同時に発動された影響か、一時的に意識を失ったの。起きたのは夜明けの崩壊した王都だったわ。多分、当時王都にいた者全てがそうだったんじゃないかしら」


 つまり、あの場の結末を知るのは【勇者】とその従者たち、そして【魔王】だけ。

 そして【勇者】は――


「結果として一昨日の夜の全てを知るのは【魔王】だけ、と言う事ですか」

「ええ。それも『相剋』を受けた上での生存だとすれば【魔王】もただ者じゃないわ」


 僅かな情報でも【魔王】が規格外であることは確実だ。問題は、この驚異の解釈をどれ程のヒトが理解しているかと言う事である。


「……そもそも、【魔王】がこの国を狙った理由ってなんでしょうか?」

「それは私も考えているけど、やっぱり【勇者】の存在じゃないかしら?」


 物語では定番な【勇者】と【魔王】の存在。両者は対峙する運命なのだろう。


「いや、それは――」


 魔術師として安直なレインの考えに言葉を入れようとした時、ジェシカはフワっとした感覚に気がついた。

 なんだろう……なんか急に眠く――


「ジェシカ? どうし――の――」


 レインの声が聞こえるがそれも反響する様に遠くなって――






 昨晩の【魔王】と【勇者】の戦いで、廃墟と化した宿・・・・・・・でジェシカの対面に座っていたのは男だった。


「連れていけ」


 彼は獣の片眼に片眼鏡をつけ直しながら指示を出すと、近くに隠れていた雇い冒険者達が現れる。


「流石ですね。レイスの旦那」


 媚を売るような口調の冒険者へレイスは“獣の眼”を向ける。


「余計な口を開くな。お前達の代わりはいくらでもいる。私に頭を下げる暇があったら少しは働け」


 その眼は心底汚いものを見るような視線。

 それでも反抗する気持ちなど僅かにも起こらない程にレイスと冒険者たちの実力には開きがあるのだ。


「へ、へい! お前ら、傷一つ着けるなよ!」


 冒険者の一人がジェシカを担架に乗せると怪我人に偽装させる。


「このガキの持ち物はどうしましょう?」


 冒険者はジェシカのポシェットをレイスに差し出す。手作りのような小物入れだった。


「捨てておけ。足がつくかもしれん」


 半日後にはこの国を出るとしても、僅かな懸念も消しておくに越したことはない。

 特にレヴナントは捌けない事はないが鉢合わせると面倒だ。


「少女は例の場所に運べ」


 後はこの娘を“調整”すれば依頼は完了。しかし――


「ヘクトル・ヴァルター。中々にキレる」


 こんなに早くレヴナントを動かすとは、偶然にしても勘も相当なモノだ。


 急遽、隣国へ向かうヘクトルの動向を察知した『ノーフェイス』は、その帰り道に襲撃する計画を実行していた。

 戦力は『黒狼遊撃隊』を相手に出来るモノを本部から派遣されている。


「あちらの作戦が成功にしろ失敗にしろ、この国はしばらく手をつけない方が良い……か」


 レイスは部下を連れずに単身で被災地等に赴き、孤児達を奴隷として売り捌く――『ノーフェイス』の幹部の一人だった。






「ジン、何をやってるの?」


 それはまだ五人で大樹の下で暮らしていた時の頃。

 ジェシカはジンの肩口から彼の描いている設計図の様な絵を覗き込んだ。


「ナタリアが言うにはレンにも障害残ったらしいからな」


 彼の右眼は数日前の事件で負った傷の治療で隠すように包帯が巻かれている。


「さっき師匠が言ってたことね。アレは『相剋』じゃないんでしょ?」

「先天性のものらしい。どちらにせよ放ってはおけない」


 お前も大丈夫か? とジンは逆にジェシカの変色した髪を気にかける。


「気になる程じゃ無いわよ」

「そうか」


 気を使ったつもりが使われた。使い魔がジェシカの肩に乗る。


「ありがとう」

「それは何のお礼?」

「あの時香水を使ってナタリアを喚んでくれたのはジェシカだろ?」


 現場にいち早く駆けつけたナタリアはジェシカが喚んでくれたのだ。


「ええ。でも、それしか出来なかった」

「魔法ってのは万能じゃないんだろ?」

「うん」

「なら、お前は出来る最善をやってくれた。その髪を見れば必死になってくれたのは分かるよ」


 ジンは他が気づかない些細な変化に気がつく。故に自分達を囚えていた奴隷商人から逃げる決断をするのも早かったのだ。


「ジンが居なければあたし達はここにいなかったわ」

「……オレは贅沢だ」


 ジンは申し訳なさそうに呟く。


「お前もロイも家族を失ったのにオレにはレンがいる」


 彼には支えがあったのだ。彼の取った行動は全て妹を護ることが主軸に置かれている。


「オレは家族を失いたくない一心でここまで来た。もし――」


 ジンは口から漏れそうになった言葉を自分の意思で止める。

 ジェシカも解っている。彼は誰よりも妹の幸せを第一に考えているのだ。

 レンと、この中の“誰か”を天秤に乗せる時が来たならば彼は迷わず――


「オレはお前みたいに賢いわけでもないし、ロイみたいに剣術に才能があるわけじゃない」


 ジンは自分に出来ることを良く理解していた。二人に比べて凡才であり、もしもの時、レンを護りきれないかもしれないと思っている。

 ジェシカはジンの正面に座り直す。


「一人で抱えすぎるのは良くないって師匠も言ってたでしょ? レンはあたしにとっても妹みたいなものだから、その時は皆で考えましょうよ」


 今回みたいな事になる前にね、とジェシカは友達に笑いかけた。

 ジンは少し照れくさそうにして、ああ、と返事を返した。


「それじゃ、あたしもレンの為に協力していい?」


 ジェシカはジンの描いている眼鏡の設計図を指差す。


「そうだな。色々と知識を貸して欲しい」

「おっけー。任せて」






「起きなさい、スカーレット」


 彼女は呼ばれて目を覚ました。

 身体を起こすと少しだけ頭が痛いが、我慢できないレベルではない。


「……ここは――」


 簡素な一室。二人の男がこちらの様子を伺うように見ている。


「おお、目を覚ましたか! スカーレット! よかった!」


 彼女を見て嬉しそうに声を上げる男はそれなりの身なりを感じさせる服装だった。


「貴方は……私は……?」

「まだ、記憶が混乱している様だから説明させて貰うよ」


 今度は獣の様な眼に片眼鏡を着けた男が彼女の状況を告げる。


「君の名前はスカーレット。彼、ルドルフ公爵の奴隷で数日前に王都で行方不明になっていた」


 男は“獣の眼”を彼女に合わせて語る。


「ルドルフ公爵は君を捜していた。王都の崩壊もあったが君は奇跡的に見つかったのだよ」

「彼の言う通りだ。スカーレット、覚えてないか? 君は私の持つ奴隷の中でも最も価値のある存在だ。私の側近として取り立てていた」

「……私が……奴隷……?」

「……奴隷と言う解釈は少し強かったかもしれないな。君はルドルフ公爵の専属召使いの様な扱いであったようだ」

「そ、そうだ! スカーレット、思い出してくれ。一緒に国に帰ろう」


 男の“獣の眼”が彼女に向けられ続ける。


「……はい。心配をかけて申し訳……ありません。旦那様」

「おお!」


 ルドルフは感激する様に彼女の手を取った。


「もう、二度と君から眼を離したりはしない。私を許してくれるかい?」

「いえ……私も……許していただけるのなら旦那様の元で……働かせて下さい」

「もちろんだ!」


 “最も重要な事を教えておきます”


「っ!」


 彼女は唐突に走った頭痛に額に手を当てる。

 今のは……誰?

 金髪の綺麗な女性ヒト。見覚えが……


「大丈夫か?! スカーレット!」

「まだ、少し混乱しているようです。ルドルフ公爵、しばらく私が付きっきりで様子を見ましょう。出発には間に合わせます」

「頼みましたぞ、レイス殿」






「今日もお母さんの事はわからなかったなー」


 ラキアは男装の様な服装で騎士団の屯所に毎日のように顔を出し、母――カーラの事を聞き回っていた。

 無論、毎回のように、詳しい事は話せない、と門前払いであるが今回は少し仲の良い老騎士から話を聞けた。


「……救援部隊。ロイも一緒に行ったのかな……」


 出発は早朝であった為にラキアは後を追うことも潜り込む事も出来なかった。


「……帰ろ」


 そう言えばここ数日、良く遊んでいた友達の姿を見ないと思いつつも、避難しているのだろうと深くは考えずに帰路につく。


「全くよぉ、分け前が少なすぎると思わねぇか?」


 その時、ふとすれ違う冒険者の持ち物に目が行った。


「ここで中身をバラすなよ。バレると面倒だ」

「解ってるよ。あのヒトの“使い魔”の範囲外に行ってから――」

「あれって――」


 それはジェシカのポーチだった。

 ラキアも一度盗んだ事があるため、特徴は良く覚えている。そして、それを彼女が大切にしていたことも。


「……どうしよう」


 父に相談するべきか。しかし、そんな事をしていれば見失ってしまうかもしれない。

 ラキアが右往左往している間に二人の冒険者は離れていく。


「うう……後で怒られよう……」


 何かが起きている。

 ラキアは『角有族』としての直感を信じて二人の後をつけることにした。

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