第1章 ジン編 彼の世界が変わった日

第1話 ささやかな才能

 冒険者。

 領地が抱える兵士とは別の戦力として数えられている“冒険者”とは、世界各地に存在するギルドに登録した者たちの総称である。


 ギルドを仲介として発行される依頼内容は多種多様。報酬さえ用意できていれば彼らは何でもこなすと言われるほど多くの場面で起用されている。

 しかし、個々の価値観が異なるため街の兵士や他の冒険者と衝突することが多々あり、序列や派閥なども数多に存在する。


 そんな冒険者たちが依頼と情報を集めるのが集会場と呼ばれている巨大な酒場であり、連日連夜、人の賑わいを見せていた。


「凄い人の数だね」

「お前はあまり後ろを振り向くな」

「はーい」


 その集会場で、ジンとレンはカウンターの席に座って食事を取っていた。まだ18歳にもなっていない二人にとって、人の多い集会場では周りに関心を引かれずに溶け込めると思ったからである。

 二人は食事を頬張りながら、これからの事を考えていた。


「意外と高かったよね」

「それだけナタリアの選んできたのが良かったって事だ」


 身軽になる為に質屋に引き取ってもらった食器などは、相当品質の良い物であったらしく、中古でもそれなりの値段で買い取ってもらった。

 子供だけで売りに来た事に少し怪訝されたが……素性を探らない暗黙の了解でもあるのか、深く詮索される事はなかった。


「やっぱり、オレ達の分け前は要らなかったな」


 四人で分けた資金はかなり余裕のある状態になった。それでも非常時を考えてどこかに埋めておく事も考えておこう。身の丈に合わない大金は手元にあるだけでトラブルの元になる。


「それで、これからどうするの?」

「街なら仕事の一つでもあると思ったんだがな。少々当てが外れた」


 ジンとレンは街を歩きながら仕事を探していそうな所を見て回ったが、住み込みを募集している所は無かった。

 少し歩いて解ったが、街は活気に溢れている様子である。


「冒険者は?」

「お前はやりたいのか?」

「言ってみただけ」


 レンは食事を続けながら選択肢の一つを挙げるが、ジンとしては“冒険者”は最も関わりたくない仕事の一つだった。


 明日も予測できない仕事は、正直言って上手くいく未来が何も見えないからである。明確な目的をもってその道を歩むのであれば、やる気も出るのだろう。

 しかし、ジンとレンの目的は生活の安定であり、危険を冒して実入りが安定しない“冒険者”は最も理想から遠い選択だった。


「ある程度の妥協は必要だと思うが……今は考えなくてもいい」


 とは言いつつも早い内から目途は立てておきたい。最悪、王都へ行くと言うのも現実的な選択肢だろう。


「おや。君たちは未成年かい?」


 するとジンの隣の席に座っていた一人の女が声をかけてきた。






 見た目は三十前後で、まだ若い部類に入る顔立ち。自信に溢れる瞳は数多の正念場を潜り抜けてきた強い意思を感じ取れた。

 そして、女のはめている指輪には魔力抑制が施されている事も確認する。

 魔術師。一目見ただけでもそれなりの手練れであると察することができた。


「ああ。さっきこの街に来た」


 レンは会話を兄に任せて食事を続けた。


「歳はいくつ?」

「……」

「ああ、集会場に年齢制限はないわ。冒険者には制限があるけどね」


 二人の年齢が分かっているような女の口調。それなりの観察眼を持つのだとジンは警戒する。


「何でオレに話しかける?」

「ただの偶然。久しぶりに休暇を取って帰省して、地元の話を聞こうと思っただけなの」

「悪いが――」

「私はリリーナ・パッシブ。君達は?」


 女の話し方は明らかに年下のあしらいに馴れているモノだ。嫌な流れ。

 面倒な事になるか? このまま何も言わずに席を立つ方がいいかもしれない――


「私はレン・マグナスでふ」


 すると、席を挟んで口に食べ物を含んだまま、レンが名乗りを上げた。


「おい」

「こっちは兄のジンれふ」


 慎重に物事を考えていたジンに対し、レンはお構い無しと言った様子だった。


「よろしく、レン。ジンも」


 ニコッと笑うリリーナ。それはナタリアがジンたち笑顔を向けた時の雰囲気とよく似ていた。

 大人として子供を不安にさせないと感じさせる笑みに、ジンは深読みしていたことが馬鹿馬鹿しくなる。


「それで、リリーナは何でオレ達に話しかけたんだ?」

「色々と気になる所はあるんだけどね、一番気になったのはレンちゃんのソレ」


 リリーナはレンのかけている眼鏡を指差す。


「眼鏡って基本的に特注品だから高級品なのは知ってる? フレームの造形から屈折板レンズまでね。全部本人に合わせて作らないといけないし、大人になってから買うならまだしも、身体の成長が早い子供がかけているのは少し気になったの」

「……オレが作った」


 予想外の答えにリリーナは素直に驚いた。

 レンの眼は問題なく回復したが、体調によっては近視になると言った後遺症を抱えてしまっていたのだ。

 成長に伴って近視は治って行くとナタリアは言っていたので、時が経てば問題なくなるのだが、それまでは不便にならないようにジンが眼鏡を作ったのである。


「ほー、ほうほう」


 リリーナは少し考えて、眼鏡を見せてくれる? とお願いするとレンは快く外して手渡した。


 あらゆる角度からリリーナは眼鏡を確認すると、フレームの端にある小さな刻印に気が付いた。

 目を凝らさねば気づかないほどに小さく、“レン・マグナス”と名前が彫られていた。


「この名前も?」

「失くしたら大変だろ?」


 刻まれた名前もジンが眼鏡を製造する過程でつけたものである。色々とナタリアに手伝ってもらったところもあるが、最終的には一人で一から作れるほど細かい作業には熟達していた。


「失くしても誰も届けないわよ」


 律儀な子供としての感性にリリーナは思わず微笑む。


「それに、このフレームはだいぶ軽いわね」

「色々と鉱石を混ぜて一番軽い形に仕上がる物を見つけた。大量には作れないし複雑な歪曲も出来ないから眼鏡くらいにしか用途が無い」

「ふーん」

「色々と手伝ってもらった所もあるけどな」

「誰に? お父さん?」

「……母親……みたいな人に」


 少し恥ずかしそうに告げるジンの言い回しに、リリーナは疑問視を浮かべる。

 対してレンはその意図に気付いており、ふふふ、と口を押えて笑った所を兄からお仕置きでデコピンをくらった。


「ジンとレンは魔法も使えるの?」

「ある程度は」


 眼鏡を返すと、リリーナはジンとレンの身の上を尋ねる。

 ジンは大樹での生活を深くは話さず、孤児で旅の魔術師に助けられて10年間、共に暮らして様々な技術と魔法を教わったという事だけを間接に話した。


「そっか。それで、今仕事を探してるんだ?」

「状況は良くないけど」

「住み込みがいいんです」

「ふーん」


 するとリリーナは少し考えて改めてジンとレンに提案する。


「二人とも、いい仕事があるんだけどやってみない?」






 魔力結晶。

 魔力は高密度に圧縮する事で結晶化させることが可能だった。それによって生まれる結晶は新たな魔力源として考えられている。

 だが、人工的に造る事の出来る魔力結晶は小指ほどの大きさが限界であり、自然界で取れた魔力結晶は大きさによって高値で取引される。


 『精鉱族ドワーフ』達が日々山脈を掘り進むのは、魔力結晶を探していると言っても過言ではなく、彼らの大きな収入源であることは間違いない。

 だが、真にその力を発揮するのは魔力結晶に“魔法陣”が彫られた時である。


 “細工師”と呼ばれる者たちの彫金技術によって微細な魔力調整を伴って魔力結晶を価値のある“魔道具”へと変えるのだった。


「…………15年か」


 街にある小さな細工店で装飾業を営んでいる『長耳族エルフ』の老人――フォルドは作業用の片眼鏡モノクルを外した。


 間を置かずに店内に三人の『人族』が入ってくる。一人は知った顔で、もう二人は片眼に傷があり瞳の色が変わった青年と眼鏡をかけた少女だった。


「ただいまー、父さん」


 先頭にいる知った顔――リリーナは笑顔で寄って来る。そんな彼女にフォルドはため息をつきながら睨みつけた。


「15年前に家出同然で出て行った不良娘が何の気まぐれだ?」

「あはは……色々あってさ」

「――似とらんな」

「え?」


 フォルドは店内に置かれている売り物の魔道具を興味深そうに眺めている子供二人に視線を向けて告げる。


「色々とは子供の事だろう? 父親は誰だ?」

「違うって! この二人はジンとレン。仕事を探してるって言うから連れてきたの!」


 リリーナに名前を呼ばれて二人はフォルドと目線を合わせた。レンは、ぺこり、と頭を下げ、ジンも会釈する。

 仕事と言っても人手に困るような状況ではない。


「……泊めるのは二日だけだ」


 粗末な服を着ているジンとレンが宿無しである様子を察し、娘の顔を立てた。


「それも違うって。レン、ちょっと貸してくれない?」


 レンは眼鏡を外してリリーナに手渡すと、そのままフォルドの手へ移った。

 作りは少し荒く、地味な形をした眼鏡だが、見た目以上に軽く機能性としては問題ない部類であると手に取っただけで分かった。


「ここに彼女の名前も刻印されてるでしょ?」

「細工師が作ったなら当然だ」


 細工師は自分の作品に刻印を刻む。受注者の希望によっては使用者の名前を刻む事が多い。


「これ、一から作ったのは彼なの」

「なに?」


 フォルドは思わずジンを見る。細工師は一長一短で成れるモノではなく、師に教示し、独り立ちした後にも長い研鑽を要するのだ。


「今、二人は住み込みの仕事を探してるみたいなの。ここで囲ってもらえない?」


 リリーナは眼鏡を返して貰うと、そのままレンへ渡した。


「ジンと言ったな? 君は誰に細工技術を習った?」

「基本だけで後は独学です」

「その基本は誰に習った?」

「私達のお母さんみたいな人です」


 兄の代わりにレンがからかう様に答える。ジンは妹を睨みつけるが、彼女はどこ吹く風で口笛を吹く。


「曲字は書けるか?」

「書けます」


 それを聞くとフォルドは立ちあがり、扉に“CLAUSE”の札をかける。


「……奥で見せてくれ。技術次第では雇っても良い」






 『細工師』とは、現代において魔道具を完成させる唯一無二の存在であった。

 だが、その技術が実用的な基準に達するのは生半可なモノではない。


 最初は文字を刻むための“刻針きざみばり”を使いこなす必要があり、自らの指と同程度に動かせるようになれば素材への刻みに入る。


 スタートは“木片”。

 “木片”が終われば次は“氷”。

 “氷”が終われば“石”。

 “石”が終われば“金属”。

 そして“魔力結晶”に入るのだ。

 魔力結晶に移るまでかかる歳月は実に20年を要する。


 昼夜問わずに生活の全てをその研鑽に捧げ、全身全霊を持って当たった場合による年月であり、細かい作業が得意で長い寿命を要する『長耳族エルフ』以外には受け入れられない事柄だった。


 その為、“細工師”の中でも腕の立つ者とそうでない者の差は激しい。

 貴重な魔力結晶を『魔道具』にすることのできる“細工師”は『長耳族エルフ』以外では信用が無く、指輪クラスのモノを作るとなると、更に数は絞られた。


 フォルドはそんな細工師の中でも限られた内の一人であるが、人手不足からくる激務に耐えかねて職場から逃亡。

 目立たない街で腕前を隠し、細々と仕事をしているのだった。


「出来ました」


 ジンは奥の作業場に案内され、フォルドから金属板に魔法陣を書くことを指示された。

 そして、時間をかけずに書いて見せる。


「……刻針を使い始めて何年だ?」

「5年です。やっぱり、雇ってもらうのは難しいでしょうか?」

「いや、及第点は超えている。そこは気にすることは無い」


 本職の細工師であるフォルドから見れば、たった5年でここまで書けるのは天才的であったのだ。元々、細工師としての才能を見出すには根気のいる事である為、ジンの才能は非常に稀有なものである。


「魔力結晶に刻んだことはあるか?」

「いえ……そちらは一度もありません」


 教える事はまだ残っていると感じたフォルドは改めてジンに告げた。


「そうか。良ければ、ここで細工師として教示を受けてみる気は無いか? もちろん、妹も一緒に暮らしていい」


 本来ならこちらから頭を下げなければならない申し出にジンは深く頭を下げる。


「よろしくお願いします」






 レンは生活空間である奥の部屋に通され、リリーナと紅茶を飲みながら身の上を放していた。


「リリーナさんって先生なんですか?」

「ええ。王都の魔法学園で働いてるの」


 ジンとレンに話しかけたのは、偶然ではなく子供だけで集会場に居た事が気になったからだったとリリーナは告げた。


「ジンも年齢にしてはやたら肝が据わってると思ったら、色々あったのね」


 この10年間の事でレンは“大樹”の話だけは隠し、森の中で家を作ってそこで五人で暮していたと語る。


「ナタリアさんって有名な方だったりするんですか?」


 魔法だけでなく、あらゆる知識や技術を教えてくれた彼女は人生の師と言っても過言ではない。最後に素性を話してくれたが、それでも世界的にはどのような立場の人間なのかは全くわからないのだ。


「うーん。私は冒険者上がりの教員だから、名前が“ナタリア”だけじゃ分からないわ。校長先生なら何か知ってると思うけど……」

「そうですか」


 レンからの話を聞く限り、ナタリアは相当な使い手であることは明白だ。

 それほどの魔術師が存在していながら、こちらの界隈で話題に上がっていないのは少し気になる所である。


「レンも魔法は使えるんでしょ。学園に通う気はないの?」

「私は魔術師になりたいわけではないので。それに兄さんと一緒じゃないと色々と困るんです」

「良いわね。兄妹愛って。私も戦災孤児で一人っ子だからね。兄妹とか憧れるわ」

「リリーナさんも孤児だったんですか?」


 レンは『人族』でありながら『長耳族』のフォルドに娘として育てられたリリーナの背景を何となく察した。


「まだ親子じゃなかった頃にね。父さんの荷物を盗もうとして捕まったの。そこから魔法とか教えてもらって、娘みたいに育ててもらって、それで反抗期真っただ中にここを飛び出したのよ」


 若かったなー、とリリーナは、けらけら笑う。


「でも、心配をかけたくなくて独り立ち出来たら帰ろうかと思ってた。15年もかかっちゃったけどね」


 魔術師として冒険者をやっていた時に学園にスカウトされて、子供が好きだったこともあり、教員として働くことにしたとの事。


「だからね教師として、ジンの年上を呼び捨てにするのは良くないと思うのよ」

「兄さんは意外と人見知りで、呼び捨てにするのは恥ずかしさの表れなのです。特に年上の女の人と初対面で話す時は緊張して――」

「なにくだらない事べらべら喋ってんだ。おい」


 その時、背後から頭に手刀を振り下ろしたジンは痛がる妹を睨みつけた。


「痛たた……」

「まったく……。フォルドさんがお前を呼んでる。出来る事を聞きたいそうだ」


 頭を摩りながらレンは、はーい、と部屋を出て行った。

 その様子を見ていたリリーナは、楽しそうに笑いながらジンにも紅茶を淹れる。


「ありがとうございます」

「ジン。私は君に個人的に聞きたい事があるんだけど、いい?」

「なんですか?」


 カップを受け取ったジンの正面にリリーナは座った。敬語になった様子から父は彼を雇う事に決めたらしい。

 それなら、尚更この件は確認しておかなければならない。


「君の傷のある方の眼は、視覚以外のモノも視えているでしょう?」






 ジン……いい? この事は決して忘れてはダメ。そして、他人にも話してはダメよ。貴方の『相剋』は望むべくして得たモノではないのだから――


 雨が降っていたあの日、彼は右眼を失い……生まれて初めて人の命を奪った。

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