おじさん、転移して、無駄に修行を積み、スローライフ。
天野平英
青く光る天井・白い石壁・鏡張りの床・円柱形の部屋にて
おじさん、修行する
第1話 別に旧世界の神とか古き神とかそういう類の遊びではない。
01
「背中が痛い・・・・・・」
目が覚めて、最初に感じたのがそれだった。
寝起きが良くない俺はしばらくぼんやりとしていた。
「・・・・・・どこだ、ここ・・・・・・・・・・・・」
仰向けに寝っ転がったまま、視界に入る天井に見覚えがない。
青白く光る天井はSFチックにも、ファンタジーチックにも思えた。
「よい、しょ」
上体を起こして周囲を見てみるが、全く見覚えのない空間だった。
青白く光る鉱石?の天井、真白い石?壁に、鏡のような床。
見た感じ床も天井も円形だから、円柱形の人工的な部屋なんだろう。
けれど天井も床も壁も継ぎ目一つ無く、表面をコーティングでもされているかのようで、現実味が薄く感じる。
「・・・・・・あ、空気」
ぼんやりした頭でそこまで考えて、密閉空間なのではと思い至り急いで立ち上がり。
「なんだぁこりゃぁ」
ぐるりとうしろに振り向くとそこにあったのは、俺の少ない語彙力で表現するとすれば、クリスタル製の扉のない百葉箱の中に、パルテノンみたいな神殿のクリスタル製ミニチュア模型が置かれていた。
「あぁ~なんだったか。・・・・・・そう、あれだ。分社。道端とかに作って神様とか祀るやつ」
うんうんと言葉が見つかりすっきりして、空気のことを思い出した。
「で、換気とかどうなってんの?」
じっくり見回すも、換気口らしきものも無く、本格的にどうなってるのかよくわからない。
しかし、肌感覚を研ぎ澄ませば、室内の空気は淀みなく動いているのがわかる。
「てかなんで俺、まっぱなん?」
そう、なぜだか全裸。
鏡のような床で全身を確認すれば、体がちゃんと見慣れた自分のものだと判って安堵した。
手入れが面倒でぼっさぼさなままの黒い短髪。平凡な顔付き。無精ひげ。
ひきこもってたせいで青白くなった肌。無駄な贅肉で出っ張った腹。
「なんなんだろうなぁこの状況・・・・・・」
とくにできることもなく部屋には分社っぽい建造物一つ以外何も無し。
「あ、いや、あれ、扉か」
ちゃんと見れば、分社の後方になんか引き戸っぽい継ぎ目があった。
ぺたぺたとその扉っぽい壁に近づけば、やはり扉なのだと判った。
「この壁、ただの大理石か・・・・・・」
なんかSFっぽいサムシングな金属かと思ったがそうではないらしい。
「とりあえず、開くかな?」
とはいっても、扉には手を掛ける所など無い。
「手の平つけて横にずらせば開いたりしない?」
と、ダメモトで試してみれば、ゴロゴロと音を立ててすんなり開くのだった。
「・・・・・・まじかぁ」
開いた扉の先は洞窟の様相であった。
剥き出しの土が上下左右に。見た感じは本当にただの洞窟である。
「とりあえず、出てぐのは後でいいや」
ごろごろと扉を閉めて、ヤシロの前に戻りべたりと胡座をかいて座った。
「神様とかみつかい様とか出てきて説明してくれんもんかね?」
ミニチュア神殿に向かってそんなことを願ってみても、何も起きず。
「ん~~ん? そういや、なんも祀ってなくねぇこれ?」
俺は気がついてしまった。
あるのはミニチュア神殿だけで、神殿の中に何かが祀られているわけじゃない。
「ミニチュア神殿そのものが祭祀物とか? んなわきゃないな」
だとしたらこの百葉箱部分がもっと豪華であるべきだ。
だから、ミニチュア神殿がヤシロで、本当なら神殿の中に何かが祀られてたはず。
「あれか? 祭祀物は扉の先の洞窟探索すれば見つかるとか? ゲームのダンジョンギミックかなにかか」
思わず嗤ってしまった。
ゲームの中にでも転移してしまったとでも言うのか。
まぁ、最近のオハナシの流行ではあるが。
「わからん・・・・・・」
ぐでんと大の字になって横たわる。
「とりあえず、色々思いだそう。整理だ」
目が覚めたらこの部屋で寝ていた。まっぱで。
じゃぁ、その前は?
普通に俺の部屋で寝た。その前は。
そういえば珍しく酒を飲んだ。
昨日30歳の誕生日だったのだ。
ケーキは食わなかった。20になった辺りから白いクリームは食べると気持ち悪くなってきて、食べるのを止めた。
だから、酒だけだ。ワインを温めて、結局一瓶全部空けた気がする。
飯は記憶にない。たぶん食わなかった。
最近は妙に腹が減らない日が何日か続いて、その後無性に腹が減る日が何日か続くというサイクルだった。
まぁ、引き籠もって不摂生していたつけのようなもので、体に不調が出てたんだろう。
引き籠もりを始めたきっかけは就職活動の失敗。
その二年前に両親を亡くして、天涯孤独になった俺には遺産金だけが残された。
その金があったせいだろう、焦っていなかったというのもある。
普通に就職活動をして高圧的な会社群にメンタルを削られ、面倒になって就活を止めてしまった。
それからずっと引き籠もっていた。
積極的に死ぬ気もなければ、かといって生きる意味もなく。
じわじわと不摂生で不健康になりながら己の寿命を削っていた。
「そういえば、今日は体調が良い。体もなんか軽い感じがする・・・・・・」
だからどうしたと言われればどうもしないのだが。
「生きる気力もなけりゃ、死ぬ気概もないんだが・・・・・・」
このまま、朽ちるまで仰向けに寝っ転がってるのもいいのかもしれない。
結局、思い出しても原因は判らずじまい。
「あぁいや? 死んだか? 死後の世界なのか?」
それにしては、ずいぶんと現実的だ。
魂だけとか、霊体だとか、そういう感じはしない。
まぁ、そんなもの判らないが。
「やっぱり、転移でもしたか? 召喚とか。ファンタジーだなぁ」
俺の世界にはそんなことはできなかった。
なかったがそういうオハナシは幾らでもあった。
「そういえば30まで童貞だったら魔法使いになれるとかいうのもあったなぁ」
30歳童貞。まさに昨日その条件は達成された。
「いや、まさか。魔法使いになったから異世界にとばされたとか。今の日本人だったら3分の2ぐらい当てはまるんじゃね?」
ド貧乏に戻った日本は衰退滅亡の一途を全力疾走していたと言って良い。
だから子供を作れたのは金持ちか、ド級のバカかのどちらかだ。
本番ができる店なぞなかった。俺が大人になった頃には軒並み違法商売だと潰されてた。
わいせつ物の配布・販売の違法化というクソバカな法律のせいでコンドームすらわいせつ物で、入手が面倒な世の中になっちまってた。
しかも子供ができりゃバカ高い税金を払い続けにゃならねぇ。
一人で生きてくのすら金がかかりすぎるクソみたいな国だった。
「ま、どうでもいいな。ここが日本なのかもわかんねぇし」
ふと、気付いた。
なんで俺、ここは日本のどこかで、俺は連れ去られただけって発想を排除した?
むしろ、それを一番疑うべきじゃないのか?
「この天井のせいだろうなぁ」
青白く自然発光する石なんぞ知らない。
いや、天井高くて触れないし石なのか判らんけど。
でも、なんもないのに光ってるのはホント意味がわからんし、そんなもん存在してなかったと思うのだ。
「SFなのかファンタジーなのか知らんけど、たぶん俺の知ってる場所じゃないんだろうよ」
とりあえず、それを前提にしようと思った。
「なら、オヤクソクの魔法の有無の実験だ」
大の字で仰向けに寝っ転がったままだったから、そのまま目を閉じて力を抜いて深呼吸。
体の中に意志だけ動かせそうなナニカがあったりしないだろうか
普段気にしてないが、呼吸はしているし、心臓も鼓動している。
死んだわけじゃない。生きてる。が、今確認してるのはそれじゃない。
深くゆっくりと呼吸する。
なにか。なにかないか。
今まではなかったナニカ。
違和感を感じるナニカ。
そういったものはないか。
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「・・・・・・あった。・・・・・・・・・・・・これだ」
まさかホントにあるだなんて思いもしなかった。
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