十六話

「ヴァン……パイア……」



 宗司は耳慣れない単語を反芻するように呟く。

 ヴァンパイア。日本では吸血鬼とも呼ばれる存在である。世界でも有名な怪物であり、古来より数多くの創作物に登場してきた伝説の生き物だ。

 そう、あくまで伝説の生き物である。実在しない空想の産物だ。

 だがこの世界には魔法がある。更に言えば宗司を襲ったあの怪物もそうだ。あれはまさしく、ゲームなどで言うところのオークだ。ならば同じようにヴァンパイアがいてもおかしくはない。

 驚いて二の句が継げない状態の宗司を見て、メアリスは愉快そうにしていた。



「あの子はヴァンパイア。あなたの事だって所詮餌程度にしか思ってないのよ」



 意地悪く笑みを浮かべて、惑わすようにささやいてくる。

 だが、宗司は冷静に言い返した。



「それが何か問題でも?」

「え?」

「餌なら餌で結構。少なくとも化け物やあんたの餌よりかはリリアに食べられた方がマシだ」

「……なに気取ってんの。みっともない」

「もう一つ、簡単な理由を説明してやる。リリアなら、土下座すれば命までは取らないと思うからだ」

「そういう情なんてないって言ってるのよ」



 苛立ったメアリスが魔法を構えた。これには得意げに言い返していた宗司も思わず口を噤む。

 ついに笑みを消し、じわじわと魔法を増幅しながらメアリスは言った。



「あなたは私たちの物。従順なら良かったけど……反抗的な態度をとるなら、自我なんていらないわ」



 先ほどとは比べ物にならないほど、魔力が高まっている。本気で宗司の精神を壊しにかかっているのだろう。

 だが、打つ手はない。男子高生兼下僕程度の宗司にできることなどない。

 せめてもの抵抗として、気丈に構えメアリスを睨みつける。

 ふと、視界の端にどこかで見たような光が見えた。



「あら、来るのね」



 メアリスもその気配に気づいたのか、意外そうな表情をして半歩下がる。

 その直後、白銀の槍がメアリスのいたところを貫いていった。そのまま樹に刺さると輝きを失い黒へと色を変える。

 槍がきた方向を見ると、リリアが飛んできていた。



「ソージ!」



 一瞬で距離を詰め、リリアは宗司とメアリスの間に降りた。着地すると同時に、背後から出ていた靄が消える。

 相当消耗したのか、リリアは肩で息をしている。宗司が何か声を掛ける前に、彼女から安否を尋ねられた。



「無事か?」

「はい。助かりました」



 その間もリリアの視線はメアリスから一切動いていない。白銀の穂先をしっかりと向けている。

 対するメアリスは、リリアではなく彼女の持つ槍を意外そうに見ていた。



「セレイネ・ヴェロス……。まだ使えたのね」

「妾の槍じゃ。使えないわけがなかろう」

「でもね、リリア。あなたがその槍を使えたからと言って、それで私に勝てるかは別問題よ」

「二度も無能を晒す妾ではない。気配は常に探っておる。先ほどのような不意打ちができると思うな」

「試したらどうかしら」

「無論じゃ」



 リリアが言い終えないうちから金属音が響く。音より早く突き出された刃をメアリスがナイフで弾いたのだ。だが、リリアの攻撃は一度の刺突では終わらない。返す刃を振り下ろし、引いた槍で再度目アリスの心臓を狙う。動作こそ違えど、的確に致命傷を狙う連続攻撃だ。そしてその速度は人の出せる域を遥かに超えている。今の宗司には動きを目で追うどころか、何合打ち合ったかの音すら聞き分けられないだろう。

 だが、そんな猛攻をメアリスは不利なはずのナイフ一本で防ぎ切った。いくら防御に徹しているとはいえ、長物から繰り出される攻撃である。にもかかわらず、メアリスは最小限の動きで正確に穂先を打つことで、無傷でしのいだのだ。

 絶え間なく攻め続けていたリリアが一旦距離を取った。

 先ほどよりも息が上がっている。対照的にメアリスは余裕綽々で笑みを浮かべている。

 打ち合いを見れずとも、どちらが不利かは一目瞭然だ。

 リリアは悔しそうに歯ぎしりする。



「ふふ、弱ってるのに無理しないの」

「……ふん。相変わらず捌くのは上手いが、攻め手は疎かじゃな」

「そうかしら? 私には私の攻め方があるのよ」

「ぬかせ!」



 一瞬メアリスが構えを緩めた。その隙を見逃さず、全身の力を込め最速の突きを放つリリア。

 そして、その穂先がナイフの下を潜り抜け、微かに布を切り裂いた瞬間。

 リリアは槍を引き飛び退いた。



「今ので気配に気づくのね」



 胸のあて布を指でつまみ、感心したようにメアリスは笑っていた。

 冷や汗を流し、震えながらリリアが訊いた。



「貴様……まさか……」

「そうよ、あなたのその反応が見たかったのよ!」



 遠くで絶え間なく粉砕音が響く。ガラガラと建物が崩落するような音が断続的に聞こえる。それは宗司にもはっきり聞こえた。

 この森で建物は一つしかない。

 メアリスは高笑いした。

 


「私の目的が一つだなんて誰が言ったのかしら?」

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