十四話

 いきなり聞こえた声に驚いて、宗司が目を開ける。扉の方を見ると、既にリリアが扇情的な格好をした女性へ槍の穂先を突きつけていた。表情はうかがい知れないが、ひりつくような強い殺気が発せられている。もし妙な動きを見せれば、彼女は容赦なく胸を貫くだろう。

 そんな状況にもかかわらず、その女は妖艶ようえんな微笑みを湛えたままそっと槍に手を添えた。



「来客に対してあんまりじゃないかしら」

「やかましい侵入者。目的はなんじゃ」

「私はそこのおバカさんを探しに来ただけよ」



 そう言って、女は宗司を指さした。そして二三度手招きしてくる。だが、いくら美女とは言えこの状況でホイホイついて行くほど宗司はバカではない。むしろ一層警戒の色を強めて、僅かに距離を取った。その様子を見て、謎の女は少し残念そうに肩をすくめる。

 宗司の拒絶を見て、リリアは黒槍に置かれた手を払いのけた。そして不敵に笑って言った。



「残念じゃが、奴は妾の物じゃ。誰とも知れぬ輩に渡せるものか」



 自信たっぷりに自分の物だとリリアに宣言されて、宗司は思わず身動ぎしてしまう。なんというか、微妙に居心地が悪い。

 しかし、そんな余裕はすぐに消え去ることになる。

 リリアの発言を聞いても、謎の女は色っぽく笑ったままだ。

 そして、楽しそうに告げた。



「知ってるわ。だから、奪うのよ」

「ッさせるものか!」



 ついに何をするかを白状した女の胸に、容赦なくリリアが槍を突き立てようとする。

 だが、その穂先が届くよりも先に、窓の方向から破砕音が響いてきた。

 瓦礫が部屋中を舞う。砂埃の中、宗司はどこか見覚えのあるシルエットを確認した。





「グガアアアアアアアア!!!」



 巨大な化け物の雄叫びが部屋を揺るがす。砂埃が吹き飛び、化け物の巨躯があらわになる。

 それは、以前この世界に来たばかりの宗司を殺しかけたあのオークだった。



「ソージ!!」



 すぐにオークに気づいたリリアは、嫌な予感に駆られて宗司へと声をかける。すでに森の景観ぐらいであれば震えることも無くなったが、元凶となると話は別だ。そもそもトラウマの治療など行っていない。

 案の定宗司は。床に伏せ血とともにゲロを吐き出していた。

 すぐにリリアは駆け寄ろうとする。その行く手を謎の女が。遮った。



「ダメよ、貴女は私の相手をしてくれなきゃ」



 相変わらず妖艶に笑っているものの、手には短刀を構えて、そのまなざしは油断なくリリアの挙動を観察している。

 構わず突撃しかねない自分を、リリアは必死で抑える。この女の実力を知っているからだ。

 蠱惑こわくの魔女メアリス。この世界で人類の天敵ともいえる存在、『魔族』の中でも屈指の実力者だ。今のリリアが勝てる相手ではない。

 はやる気持ちを抑えリリアは足を止めた。見れば、オークも動きを止めている。その目はメアリスを見ていた。

 やはりオークはメアリスの命令で動いていたようだ。彼女の目的が宗司である以上、命を奪うようなことはないだろう。

 とはいえ、今も床に伏せったまま嘔吐えづき、震えている宗司は見るに堪えない。

 リリアはオークがいつ動いてもいいよう、手足に力を入れてメアリスへと問いかけた。



「ソージに何の用じゃ」

「教えてあ~げない、って言うと殺されそうだから、一つだけ良いこと教えてあげる。あの子ね、召喚者なの」



 全く予想していなかった宗司の正体に、思わずリリアは目を見開いた。が、すぐに動揺を隠し事も無げに続きを促す。



「……それがどうした」

「嘘ついてもダメ。貴女、あの子が召喚者ってこと知らなかったでしょ。だからこれ以上教えてあげない」



 だが、メアリスはリリアの動揺を見抜いていた。悪戯っ子を叱るような口調で、話を終わらせる。

 とはいえ、すぐにでも宗司を連れて行かないのには理由があるはずだと、リリアは踏んでいた。

 睨み合いが続く。とは言っても、相変わらずメアリスの方は微笑んでいるだけだ。その間にもどんどん宗司の顔色は悪くなっていく。

 それに耐えきれなくなったリリアが槍を振るおうとした時、機先を制するように魔女が指を鳴らした。



「上書き完了ね」



 その言葉を合図に、オークが動き出した。うずくまっている宗司へと手を伸ばしたのだ。



「やめぬか!」



 それを黙って見ているリリアではない。一瞬で作り出したもう一本の黒槍をオークめがけて投擲した。

 部屋が広いとはいえ、リリアからオークまではせいぜい10mほど。彼女の力を考えれば瞬きする間もなく、貫けるはずだ。メアリスが防ぐ可能性もあったが、動く様子はない。それでも油断なくもう一本の槍を構えていたが




「グアアアア!!」



 結果から言えば、リリアの投擲した槍はオークを貫けなかった。メアリスは一切手を出していない。ただ単に、オークが棍棒を盾にして防いだのだ。

 遥か格下のはずのオークに渾身の一投を防がれ、今度こそリリアは驚愕を表情に出してしまう。



「なんじゃと!?」

「うふふ、それが今のあなたの実力というだけ」



 宗司をつまみ上げたオークの腕に腰かけて、メアリスは愉快そうに笑っていた。



「本来ならこの子だって無事では済まなかったでしょう。けど、今の貴女からは全く魔力が感じられないわ。それでも怯えていたのだけど……それを私で上書きしてあげたの。貴女なんかより、ご主人様の方が実力が上って」

「貴様……」

「名残惜しいけど、これでさようなら、ね」



 そう言ってメアリスは、わざとらしく手を振るって別れを告げる。その手には魔法陣が浮かんでいた。

 彼女の得意とする幻惑の魔法だ。

 容易にその魔法に支配され、リリアは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

 手からこぼれた黒槍が床に転がり、ガラガラと音を立てる。

 倒れたリリアをメアリスは一瞥する。



「命は奪わないであげる。約束だもの」



 そう言い残して、魔女は気を失った宗司とオークを連れて森の奥へと向かって行った。

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