十三話

 それから宗司の生活の中に魔力の訓練が追加された。トンデモ性能の魔法具たちのせいで時間は相当余っている。言語の勉強と合わせていい暇つぶしができたと、リリアは喜んでいたほどであった。

 だが、彼が学んでいるのはその二つだけではない。実はもう一つ、勉強しているものがある。



「なあソージよ」

「なんでしょう」



 ある朝、食パンにたっぷりとシロップを乗せながらリリアが尋ねた。



「貴様、いつの間にこんな小洒落た料理を覚えた」



 そう言って食パンを頬張り、目の前に置かれていたガラス瓶をつまみ上げる。その中には、ジャガイモをピュレ状にしたものと卵を湯煎したものが入っていた。

 宗司のいた世界では、エッグスラットと呼ばれるアメリカの軽食である。

 蜂蜜を濾す手を止め、宗司が振り返った。



「リリアが持っていたレシピに書いてあったメニューですよ。特に作るのに手間がかかるものじゃないですし、アレンジしやすそうだったんで、試しに作ってみたんです。どうでしたか?」

「うむ、悪くないぞ」

「それはよかったです。レシピ通りに作れているか俺にはわからないんで」

「今の貴様ならそう心配することはないじゃろうに」



 安心した様子を見せる宗司へ、リリアの突込みが飛ぶ。

 実際、日々の研鑽のおかげで宗司の料理の腕前は著しく向上していた。専門職に比べればまだまだとはいえ、ろくにスープ一つ作れなかった時と比べると雲泥の差だ。

 リリアが初日に炊事を押し付けたのはやはり英断であったといえる。

 さりげなく宗司のエッグスラットにも手を伸ばしながら、リリアはため息をついた。



「しかし料理は上手くなったが、魔力と勉強のほうはさっぱりじゃな。魔力に至っては一切進歩がないしの」

「すみません」



 痛いところを突かれ、素直に宗司は謝った。

 とはいえ、元居た日本での英語の壊滅的な成績と比べれば、この世界での言語の習得は(宗司としては)順調に進んではいる。しかし魔力に関しては本当に進展の兆しすらない。

 魔石を持っての瞑想だけでなく、リリアが直接魔力をぶつける方法も試してみたが、一向に宗司の魔力が反応することはなかった。今は魔石を持っての瞑想にやり方を戻している段階だ。

 この調子では、宗司が魔力を扱えるようになるまでどれくらいかかるかわかったものではない。


(妾の飢えもそろそろ限界じゃし)


 これ見よがしにもう一度ため息をついて、リリアはトーストを頬張る。宗司が肩を狭めて気まずそうに作業に戻るが、あえて彼女は放置しておくことにした。たまには厳しく接するのもいいだろう。

 その一方で、宗司は別のことを考えていた。


(お菓子が作れる程度には集まったか?)


 強く閉めた蓋に日付を書いて、はちみつを入れた瓶を棚へと戻す。特にリリアに言われたことなど気にしていない。

 宗司とてさっさと魔法が使えるようにはなりたいが、もともと望みがなかっただけ期待値が低いのだ。なんならリリアが魔法を使っているところを見ているだけで充分楽しんでいる節がある。少なくとも現段階では宗司の優先順位はあくまで、料理が一番なのだ。あとは消去法で勉強が次に来ている。

 そんな意識だからだろう。

 結局最後まで宗司が自分に掛けられていた魔法に気づくことはなかった。



*    *    *    *



「んー……ん゛ん゛っ」

「なんじゃ、また咽ておるのか」



 瞑想は日に二回に行っている。その昼の瞑想をしている最中、またも宗司は咽ていた。

 咳払いして宗司は言い訳した。


「なんていうか、呼吸を意識すると咽ちゃうんですかね」

「理由は知らんが、普通にうるさいぞ。瞑想ぐらい静かにやらんか」

「そうは言ってもやっぱり違和感が気になるんですよ」



 リリアに叱られ、宗司はをしかめて喉をさすった。触ったところで違和感は取れないが、なんとなく楽になった気がするのだ。

 リリアがその動きに気づき、本をしまって近づいてくる。



「まさかとは思うが、喉を傷めておるのか?」

「んー、体調はいいですよ」

「まあ、念のために確認してやろう。少しおとなしくしておれ」

「魔法の出番ですね。どんなのですか?」

「魔法というほどのものではない。妾の魔力を通して異変がないか見てみるだけじゃ」



 納得した宗司は、魔石を置いてもう一度瞑想に入った。その頭にリリアがそっと手を置く。

 意外にも動揺することなく、集中し続ける宗司。


(色即是空色即是空色即是空色即是空)


 否、余計なことを考えないように集中していた。

 その間も、リリアは宗司の体に魔力を通し異変を探していた。


(病は無いようじゃが……やはり喉に何か……いやこれは――!)


 リリアは宗司に掛けられている魔法の一端を見つけた。

 それは魔力を封じる枷のように宗司の首についている。リリアが詳しく調べていくと、その魔法が魔力を滞らせている原因のようだ。現に、リリアの魔力も近づいたことで思うように調べられなくなっている。


(小癪な。誰か知らんが、余計なことをしおって)


 この魔法によっていらない苦労を強いられいたのだ。その憤りのまま、強引に魔力を通して魔法を破壊する。

 リリアがその魔法を壊したと同時に、宗司は喉の違和感が消えたのを感じた。

 咽ていたのもこれによるものだったらしい。

 その後もリリアは宗司に異常が無いか探したが、先ほど異常の物は見当たらなかった。

 彼女が手を離すと、すぐさま宗司は頭を下げた。



「喉を治してくれてありがとうございます」

「うむ。あれは妾にとっても不愉快なものじゃ。貴様のためだけに壊したわけではない。それより魔力が使えるようになったと思うが、どうじゃ?」



 宗司に感謝され、やや照れながらリリアは瞑想するように促した。少なくとも、あの魔法を破壊した今なら多少の進展が望めるはずである。

 彼女に言われるがままに、宗司は瞑想を始めた。



「おい、魔石を忘れるな」

「あ、失礼しました」



 気が急いていたようである。

 リリアから魔石を受け取り、気を取り直してもう一度。

 しばらくは、今まで通りの瞑想だ。ただ無心を保ち続けて、意識を魔石へと向ける。

 いつもはだんだんと呼吸に違和感を覚えていたのが、今回は違った。だんだんと、魔石から発せられている圧力のようなものが分かるようになっていく。同時に、同じような圧が宗司自身の中にもあった。

 ここに至って、ようやく宗司は理解した。この圧のような力が魔力だと。







「失礼。お取込み中かしら」



 突然、リリアのものではない女性の声が聞こえた。

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