四話

「さて、まずは貴様の部屋を決めねばならんな」



 言いながらリリアは腰かけていたベッドから立ち上がる。



「部屋、ですか」

「うむ。気に入ったところで住めばよい」

「気に入るって言われても……」



部屋を見渡す。宗司でもわかる高級な装飾が辺りに施されている。

とてもではないが、落ち着く空間とは言えない。



「そんな部屋有りますかね?」

「むっ。この部屋だけ見て決めるでない。いくらでもあるからの」



 何を勘違いしたのか、宗司の発言をとがめたリリアの気合いが上がった。宗司が訂正する間もなく、すたすたと部屋を出ていく。

 一拍遅れ、慌てて宗司もついていくのであった。





それからしばらくして、二人がリリアの部屋へと戻ってきた。

 リリアがベッドへと腰かけ、宗司に椅子へと座るよう促す。

 着席したのを確認してから、不機嫌そうにリリアが愚痴りだした。



「妾がせっかく使ってよいと言っておるのに、わざわざボロ部屋を選びおって。いっそのこと外で暮らしたらどうじゃ」

「いくらなんでもあんなに豪華な部屋に住めるわけないでしょ。そもそもなんで使用人が主人よりいい部屋使うんですか」

「妾が許したことじゃ。それに文句を言う者はおらん」

「俺が落ち着けないです」



 ちなみに宗司が真っ先に案内されたのは、ここの隣の部屋である。この部屋よりも広いというだけでなく、調度品がいわゆる貴金属などでできており、さらに言えばベッドは天蓋付きだった。

 手始めに、とリリアは言っていたが、この時点で宗司の許容量を超えている。意気揚々と次の部屋へと行こうとする彼女を引き留めたのは言うまでもない。

 そして出鼻をくじかれたリリアが腹いせに案内した小さな部屋を宗司が気に入り今に至る。

 リリアが若干不機嫌なのはそれが理由であった。



「貴様が決めた部屋じゃからな。後で文句など聞かんぞ」

「わかってます」



 強めの語気で念押ししてくるリリアに対して丁寧に返答する宗司。

 少しだけ機嫌をよくし、彼女は宗司へ質問を促した。



「ならばよい。それで貴様はさっきから何を訝しんでおるのじゃ?」

「なんか誰にも会ってないなーと少し不思議に思って」



 宗司は正直に聞いた。



「言わんかったか。この屋敷には妾と貴様以外はおらんぞ」

「は? 誰も?」



 予想外の答えに思わず素で聞き返す宗司。



「本当に誰もおらんぞ。なんならもう少し回ってみるか?」

「いえ、結構です……」



 ここへきて宗司のリリアへの不信感が一気に強まる。

 見て回ったところ、この屋敷には電化製品はおろか電気すら通っている様子はなかった。暗い廊下には古いランプのようなものなどが点在している、そんな文明とは程遠い印象を受ける屋敷だった。

 つまるところ、ここで一人暮らしをするのはかなり過酷なはずである。宗司よりも年下に見えるリリアが一人というのはあまりにも不自然だ。

 そんな疑念を宗司は抱いた。そのことはリリアも気づいていたが、彼女は何もせずただ手元に本を引き寄せただけだった。

 宗司も追及することはなく、そっと部屋を出ていく。



「……貴様も話していない事があるだろう」



 ドアを閉じる直前に投げかけられた言葉を、宗司はあえて聞かなかったことにした。






 去って行く足跡を聞きながら、リリアは小さくつぶやく。



「さてさて、厄介な奴がいたものじゃ」



 だが、彼女は心底楽しそうな表情を浮かべて眠りにつくのだった。

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