第101話 真希の決意

 花崎高校でハンターを使っているのは、心配性の真希だ。


 心配性は、良いことにも悪いことにも働く。


 BO3の三本目に関しては、ハンターを使った斥候に役立っていた。


 転ばぬ先の杖の精神により、真っ暗闇の視界を丁寧に開拓していく。


 ハンターがレベル一から使えるスキル《スカウティング》を利用して、敵の存在を調べる。もし誰もいなければ、視界確保用の歩兵を置く。


(もしかしたら、すぐ近くの茂みに敵が潜んでるかもしれない)


 そう思いながら、花崎高校の前線をじわりじわりと押し上げていく。


 真希は、まったく油断していなかった。


 斥候としてやれる役割を完璧に遂行していた。


 しかし、敵の奇襲に百パーセント対応できるわけではない。どんな人間だって、想定外の事態には、心が追いつかないからだ。


《スカウティング》を使用してから、歩兵の設置。麻雀でいうところの、安牌を切ったはずだった。


 だが、歩兵を設置しようと前に出た瞬間、なぜか《スカウティング》で調べたはずの場所から、俊介の格闘家が飛び出してきた。


 真希は血の気が引いた。


(なんであれだけ丁寧に調べた場所に、kirishunが潜んでるの!?)


 だが前例がないわけではない。


 予選大会の再現。あのとき花崎高校は、ただの偶然により、俊介の《スカウティング》に引っかからなかった。


 その結果、奇襲が成功して、一瞬で決着がついた。


 俊介も同じ結果を生み出そうとしていた。


 ただし、ただの偶然ではなく、完全なる計算により。


「なんてやつ、kirishun」


 真希は、kirishunこと桐岡俊介に驚嘆していた。


 だが、驚いている場合ではない。


 格闘家のノックバックスキルに警戒だ。


 東源高校側の陣地に吹っ飛ばされないように、十分に距離を確保しないといけなかった。


 もし可能であれば、弓矢による遠距離攻撃で、格闘家のHPを削ったほうがいい。


 だが相手は、kirishunだ。あの化け物みたいな反応速度を前にして、モアベターな選択が成功するとは思えなかった。


 反撃は考えないで、逃げに徹したほうがいい。


 もしかしたら、天才に一矢報いるために、多少無理をしてでも、リスクを取ったほうがよかったのかもしれない。


 だが真希は心配性なのだ。


 丁寧なクリアリングの代償に、適切なリスクを取ることができなかった。


 そこまで考えて、真希は自分自身の選択を振り返った。


 適切なリスクを取ることなく、逃げていいのか?


 その選択は、はたして自分の人生に明るい結果をもたらすのか?


 真希は、自分の醜い顔が嫌いだ。


 イジメに遭うこともあったし、ちょっとしたシーンで損をすることもあった。


 そのせいで高校に入ってからは、なるべく他人と関わらないように生きてきた。きっと大学生になってからも、社会人になってからも、ずっと一人のままだろう。


 そう思っていた。


 だが、魔女のリーダー吉奈と出会うことで、すべてが変わった。


(こんな醜い自分でも、友達を作って、なにか一つの目標に取り組めるんだ)


 新しい世界の誕生であった。居心地の良い空間の誕生でもあった。


 だが、高校三年生を迎えてしまった。


 この大会が終われば、部活動は終了。あとは残りのカリキュラムをやり通して、高校を卒業である。


 星占い部のメンバーとは、離れ離れになる。全員バラバラの進路だった。


 大学に入学したら、新しい人間関係を構築しないといけない。


 考えるだけで憂鬱だ。


 だが真希は、新しい人間関係から逃げるつもりはなかった。


(逃げたら終わり。自分の醜いところをカバーしつつ、どうにか社会の荒波に立ち向かっていかないと)


 見た目が醜いと、損をすることが多い。


 そんな社会を生み出した愚かな人類に不満もある。


 だが、どんなに不満を抱いたところで、時間が止まるわけではない。


 どこぞの企業に就職して、稼がないといけない。


 そのためには、今の自分にやれる範囲で勝負する必要があった。


 逃げない。たとえ多少のリスクを背負ってでも。


 kirishunに一矢報いるのだ。文字通りハンターの弓矢を使って。


 真希のハンターは、全力で後退すると見せかけつつ、ほんの一瞬だけ振り返って、弓矢を構えた。


 だがそこに、kirishunはいなかった。


「えっ、どこ?」


 真希は、素のテンションで驚いてしまった。


 そこにいるはずの存在が、なぜかいない。


 まさか東源高校の陣地に撤退したのか?


 と思ったのだが、違った。


 真横から足音が聞こえた。


「うそでしょ、いつのまに……!」


 kirishunの格闘家は、真希のハンターの側面に回り込んでいた。


 このままだと、ノックバック攻撃で、とんでもないところに吹っ飛ばされてしまう。


 真希は後悔した。一矢報いるなんて余計な色気を出さないで、ただひたすら逃げに専念していれば、こんな事態は招かなかったのに。


 そう思ってしまう自分に腹が立った。


 適切なリスクを背負って、勝負をしたいのに、ちょっと負けそうになると、ネガティブになる。


 まるでメリットとデメリットが混濁したような状況に、花崎高校の仲間が駆け付けた。


「大丈夫~、わたしが~、ディスエンゲージするから~」


 おっとりした七海の重装歩兵が、反対側から接近していた。

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