第100話 格闘家とソルジャー

 BO3の三本目。泣いても笑っても、これが最後。


 勝利した学校が、全国大会に出場する。


 敗北した学校は、また来年挑戦だ。一年生や二年生の部員なら、経験を活かして、雪辱を晴らす機会もあるだろう。だが三年生の部員は、今年が最後である。


 両校の三年生部員たちは、【MRAF】に魂を賭けた。全国制覇を夢見て。


 荒ぶる若者たちに触発されて、試合会場のボルテージは最高潮に達していた。


 そんな雰囲気に当てられたらしく、実況解説コンビの解説にも勢いがあった。


 まずは実況の佐高から。


『ついに始まってしまいました、BO3の三本目。両校ともに気合は十分。どちらが全国大会への切符をつかむのか』


 続いて解説の山崎。


『東源高校の作戦は、格闘家のノックバックスキルを利用して、敵のプレイヤーキャラクターを一名削ることが目的です。以前、彼らが対戦したノイナール学院の得意戦術でもあります』


『じゃあ、花崎高校の作戦って、なんですか?』


『ポーク構成。すなわち、遠くからネチネチ攻撃することですよ。このゲームは回復手段が、プレイヤーキャラの回復スキルしかないので、かなり効果的です。ただし、とてつもないエイム力と、繊細な視界管理が必要になります』


『どれだけエイム力があっても、真っ暗闇には当てられないですもんね』


『通常のFPSだと、わざわざ歩兵を置いて視界を確保しなくても、遠くが全部見えます。しかし【MRAF】というゲームは、RTSとMOBAが土台にあるので、視界を確保していない場所は、ダークゾーンのままです』


『いわゆるエイム猛者であっても、視界管理を疎かにすると、当てようがないですもんね。むしろ真っ暗闇から懐に飛び込まれて、ダウンすることだってあるわけですし』


『そういう事情もあるから、東源高校は回復スキルを持ったキャラを入れていません。回復にリソースを割くよりも、瞬間火力のリソースを優先。誰でもいいからまずは一人倒して、そこから雪崩れ込むのがセオリーです』


『両校の事情をあわせると、最前線のラインの駆け引きが重要になってきますね』


『常時ピリピリした駆け引きになりますよ。この【MRAF】というゲームは、金鉱を掘ってゴールドを稼がないといけませんから』


 ● ● ● ● ● ●


 東源高校は、いつもより前線を下げていた。


 序盤から遠距離攻撃でHPを削られてしまえば、それだけで不利を背負うことになるからだ。


 kirishunこと桐岡俊介は、最前線の押し引きを担当していた。彼の立ち位置が、味方の安全地帯を決めることになる。


(敵の斥候を妨害して、視界用の歩兵を置かれないようにしないと)


 と、心の中でささやきながら、周囲の警戒を行っていた。


 格闘家は、敵の斥候を警戒する役割があった。


 もし敵の斥候が、自軍陣地に潜入して、視界確保用の歩兵を一体置くだけで、東源高校は不利になる。


 ソルジャーのアサルトライフルは、射程が無限だ。


 もし敵の斥候に視界を確保されてしまうと、この射程無限によって、常時ヘッドショットの危機に怯えることになる。


 いくらアサルトライフルの弾道が重力の影響を受けようとも、残弾に限りがあろうとも、関係ない。


 東源高校は、回復手段を持っていないから、アサルトライフルによってHPを削られることを、避けなければならないからだ。


(だからといって、防戦一方だと、敵に前線を押し込まれるだけだ)


 俊介の格闘家は、敵の隙を発見したら、ノックバック攻撃による奇襲を開始する。


 アーケードコントローラーでコマンド入力を行うだけで、いつでも必殺技が出るから、瞬間火力はお墨付きだ。


 ただし、天敵であるハンターがいる。


 もし、ハンターが《スカウティング》を使って、スキルで視界を確保したとき、その有効範囲内に俊介の格闘家がいたら?


 いきなりソルジャーから射程無限の狙撃が飛んでくる。


 そんな事態を防ぐためには、俊介の立ち回りが重要だった。


(LM時代なら、この役割は樹がやってた。マクロ管理を理解できないと、前線の押し引きができないからだ。しかし、今の俺なら、この役割を背負えるはずだ)


 ゲーミングヘッドフォンに耳をすませて、敵の足音をしっかりと拾っていく。


 ただし、ただ斥候をやっているだけでは、敵チームとのゴールド差が開いてしまう。


 しっかりと金鉱を掘りつつ、その合間に敵の動きを警戒した。


 300ゴールドほど掘ったとき、すぐ近くで敵の足音を聞いた。


 おそらく花崎高校のハンターだろう。


 もし、このタイミングで《スカウティング》を使われると、立ち回りが難しくなる。


 敵に発見されることを恐れて、ただ後ろに逃げるだけでは、前線が押し込まれてしまう。


 前線が下がりすぎてしまうと、そのラインに存在していた金鉱を手放すことになる。


 ならば正解はなにか?


 敵に一矢報いてプレッシャーを与えつつ、鮮やかに撤退すること。


(新崎さんは、こんな緊張感を保ったまま、うちの陣地に忍び込んだのか)


 俊介は、アーケードコントローラーの持ち主を褒めた。


【MRAF】で格闘家をやるためには、技術だけではなく、度胸も必要であった。


 しかし俊介にだって度胸はあった。


(さぁ、《スカウティング》を使ってこい。迎え撃ってやる)


 ついに試合が動いた。花崎高校のハンターが《スカウティング》を使ったのである。


 きらっとハンターが光ると、同心円状の輪が広がっていく。


 だが俊介は、その輪の範囲に入っていなかった。


 もっと正確に言えば、《スカウティング》の有効範囲の一歩外にいた。


 敵の足音から、相対距離を把握して、《スカウティング》の光を、紙一重で回避したのだ。


 はっきりいって神業であった。たった一歩間違えるだけで、《スカウティング》に発見されて、ソルジャーに狙撃されるからだ。


 しかし俊介は、やり遂げた。


 おまけに花崎高校に対する意趣返しでもあった。


 東京大会予選のとき。俊介のハンターは《スカウティング》を使った。だが花崎高校の選手たちは、有効範囲の一歩外に隠れていた。そのせいで俊介は『近くに敵はいないはず』と判断。


 吉奈のウィッチに飛び込まれて、敗北した。


(あの時のお返しだ、吉奈先輩)


 俊介は、アーケードコントローラーのレバーを二連打。前ステップをすると、ハンターの懐に飛び込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る