第95話 BO3の三本目に向けて作戦会議/花崎高校編

 花崎高校の吉奈は、ラッシュに敗北したことを、悔しがっていた。


 ラッシュとは、猪突猛進な作戦である。


 だからこそ、ラッシュの前兆さえ見抜ければ、いくらでも対処可能だった。


 だが、見抜けなかった。


 吉奈は、バトルアーティストという餌に、まんまと釣られた。

 

(なにが作戦チームよ。あと一本勝てれば、全国大会にいけると思って、足元をすくわれただけじゃない)


 と、心の中でつぶやいて、自らを戒めた。


 それから、仲間たちの心のケアを始めた。


「私の判断ミスよ。みんな、ごめん」


 吉奈は、ヘッドセットを外しながら、仲間たちの顔色をうかがった。


 誰もが放心状態だった。無理もないだろう、ラッシュに負けたのだから。


 そんな花崎の魔女たちを打ちのめしたラッシュだが、あまりにも完成度が高すぎた。


 以前の東源高校では、あんな電撃的に動くことなんて出来なかったはずだ。


 だから吉奈は、観客席を見渡した。


 やっぱりいた。汐留高校の番長、樽岡権蔵が。


(ラッシュの専門家が、東源高校のスクリム相手をやったのね。それなら納得だわ。あのラッシュの鋭さにも)


 吉奈は、花崎高校のチームとしての弱点に、いまさら気づいた。


 スクリム相手が少なすぎるのだ。


 花崎高校・星占い部は、学校に馴染めなかった女の子たちの逃げ場だ。


 だからどうしても、男の子だらけの部と交流するのが苦手であった。


「だからといって、負けるわけにはいかないわ。私たちだって、全国に行きたいんだから」


 ● ● ● ● ● ●


 花崎高校の選手たちは、ロッカールームに戻った。


 これから、限られた時間のなかで、BO3の三本目に向けて、作戦会議をやらなければならない。


 だが、そんなテンションではなかった。


 ラッシュなんて奇策に負けたせいで、チームメイトは、いまも悄然としていた。化粧が崩れていることに気づかないぐらい、心ここにあらずであった。


 どうして、こんなに落ち込んでしまったかというと、花崎高校が、自他ともに認める作戦チームだからだ。


 賢いからこそ、パワーで攻め立てるような作戦に敗北すると、自分たちの思考力に不安を持つようになってしまう。


 だから吉奈は、チームメイトたちに、ちゃんと声をかけていく。


「みんな、よく聞いて。私たちは、たしかにラッシュに負けたわ。でも、次はラッシュを通さないし、ああいう奇策じゃない正攻法なら、より賢く戦える花崎が勝つのよ」


 だが心配性の真希が、不安そうな顔で、手を挙げた。


「で、でもさ。やっぱkirishun、おかしいよ。なんでレベル一のバトルアーティストで、ラッシュに参加して、普通に戦力になってるのさ?」


 真希が心配性だから、弱気になったわけではない。他のメンバーも、まったく同じ顔をしていた。


 つまり、尾長の心理戦と、kirishunの超絶個人技に、打ちのめされたのだ。


 だから彼女たちは、こう考えてしまっている。


『もしかしたら、次の三本目も、こちらの予測できない流れから、あっさり負けるのではないか?』


 公式大会は、真剣勝負だからこそ、どうしてもメンタルを揺さぶられやすい。


 だが、メンタルを保てないなら、本来の実力を発揮することはできない。


 吉奈は、どうやったら仲間たちの心を試合に引き戻せるのか、しばし考えた。


 だが、名案なんて浮かばなかった。


 だから、体当たりで説得しようと思った。


 吉奈は、メンバーひとりひとりと、順番に手を繋いだ。


「私は、天才に勝ちたい。天才に勝つことで、凡人が努力で上回れることを証明したい。だから、お願い、みんなの力を貸して」


 吉奈は、どこまでいっても、凡人だ。勉強も、MRAFも、将来の夢も、すべて練習量によって補っている。


 負けず嫌いが、自分の信念を貫き通すために、歯を食いしばってきた結果なのだ。


 だからこそ、天才みたいな生き物が嫌いだった。きっとあいつらは、鼻歌まじりで物事に取り組んで、あっさりと成果を得ているんだろうと。


 だが、最近は、ちょっと別の考えを持っていた。


 kirishuとamami。元LMの選手たちと交流することによって、無限に努力する天才という、存在そのものがチートみたいな生き物を知った。


 だったらこいつらだって、努力によって倒してやる。


 そうすれば、弁護士の夢だって叶うはずだし、仲間たちは自力で社会を泳いでいけるはずだ。


 そんな思いを込めて、吉奈は仲間たちを鼓舞した。


 MRAFは、一人では戦えない。五人そろって、初めて試合になるのだ。


 だから、仲間たちを信じるしかなかった。


 最初に反応したのは、おっとりした七海だった。彼女は、うーっと犬みたいに唸った。


「わたしは~、とろくて弱い自分が嫌いだった~、そんなわたしを変えてくれたのは、吉奈ちゃん。だから吉奈ちゃんを勝たせるために~、最後までがんばりたいっ!」


 次に反応したのは、心配性の真希だ。


 彼女は、だだだっと買い物にいって、コーラ系飲料を買ってきた。それをがぶがぶ一気飲みして、ぶほっと吹き出すと、鼻から炭酸をこぼしながら、叫んだ。


「不安なんて、いまので吹っ飛んだから!」


 そんな真希のヘンな顔を見ることで、残り二人の選手である御園と優香は、元気を取り戻した。


 仲間たちの気力は、ふたたび最高値に達した。


 これなら三本目も戦っていけるだろう。


 吉奈は、仲間たちの勇気に感謝しつつ、ホワイトボードに文字を書いた。


『きっと東源高校は、私たちのことをFPSが苦手な集団だと思ってる。だからあえてポーク構成で勝負』

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