第76話 宝箱争奪戦その2 加奈子と尾長
東源高校の戦略では、遭遇戦に備えて、二人一組で動くことが基本になっていた。
さきほど俊介と薫は、ステージ西側で活動していた。
では、ステージ東側を、誰がカバーしているかといえば、加奈子のハンターと、尾長のファイターだった。
ヴィジュアル系の加奈子と、爬虫類みたいな顔の尾長。二人は、創部当初からのコンビということもあって、ぴたりと息があっていた。
加奈子は、心の中で、ぎゅーいんっとエアギターを弾きつつ、遭遇戦に向けて心を整えていく。
いくら遭遇戦とはいえ、ある程度まで敵の動きを想定できる。
どの方角から進軍してくるのか。どのスキルから使うのか。またスキルを使わずに温存するのか。もしくは歩兵を前面に押し出すのか。
だが遭遇戦ゆえに、いくら脳内でエミュレーションできていても、反射神経とメンタルの勝負になることもあるだろう。
一番最悪の負け方は、『護衛用の歩兵を連れ歩いているのに、不意を突かれてプレイヤーキャラが真っ先に落とされてしまう』パターンだ。
そうなったら、歩兵はその場に取り残されることになり、誰かが回収するまで一切仕事ができない。
ただでさえ遭遇戦が怖いステージなのに、歩兵の回収なんてリスクの高い作業は、避けたいところだ。
かといって、取り残された歩兵を放置してしまうと、彼らを生産するために使ったゴールドがムダになってしまう。
だからこそ、加奈子の使うハンターの役割が増大する。
レベル一から覚えている《スカウティング》を駆使して、ステージ上に存在する細かな情報を収集。敵との遭遇戦を、偶然から必然に近づけていく必要があった。
普段の試合なら、俊介か尾長が、やるはずのポジションだ。
しかし今回の試合では、加奈子に任された。
責任重大、かつ技術の試される状況に、加奈子は気合十分だった。
(わたしだって、【MRAF】に三年間をぶつけてきた。ハンターをうまく使いこなすことで、自分の有用性を証明する。控えのバンドメンバーが、実はメインのメンバーに負けないぐらい演奏がうまいことを証明するときみたいに)
と、心の中でつぶやきつつ、この試合で四度目となる《スカウティング》を起動した。
周囲に敵影無し。ただし、花崎高校側が視界を確保するための、カエル型歩兵を発見した。
この情報からわかることは、『花崎高校の先陣は、すでに東源高校陣地の東側に踏みこんだ』ことだ。
もしかしたら、近くで待ち伏せしているかもしれない。または、この付近に宝箱が発生したときに備えて、先手を打っただけかもしれない。
いくら宝箱争奪戦といえど、宝箱が発生していないタイミングで戦闘することだってあるので、絶対に油断してはいけない。
たとえば、『あの視界管理用のカエル型歩兵を潰すために接近したら、実は《スカウティング》の届かない距離で、吉奈たちが隠れていた』なんて可能性もあった。
かといって、敵軍の視界管理用の歩兵を無視するなんて、自軍のアドバンテージを譲渡するようなものだった。
加奈子は、リスクを計算した。あの視界管理用のカエル型歩兵を今すぐ倒すか、それとも待ち伏せを恐れて後回しにするか。
このリスク計算に使う前提条件は、『東源高校は、一つ目の宝箱争奪戦で敗北している』ことだ。
もし、二つ目の宝箱まで失うとなれば、合計で1000ゴールドの機会損失になる。
プレイヤーキャラは、1000ゴールドで、レベルを一つ上げられるわけだから、その分の有利を敵チームに渡すようなものである。
だから、二つ目の宝箱を失うことだけは、絶対に避けなければならなかった。
そのためにも、視界の有利を敵に明け渡すなんて、許容できない。
そう判断した加奈子は、護衛用のワニ型歩兵たちに一斉攻撃を命じて、視界管理用のカエル型歩兵を潰した。
静寂が広がった。花崎高校側に動きはない。カエル型歩兵を利用した待ち伏せ攻撃は、なかったのである。
「よかった……」
加奈子は、安堵した。それと同時に、手のひらと、背中と、脇に、とんでもない量の汗をかいていることに気づく。
準決勝のプレッシャーだ。
この試合に勝てば、全国大会確定。だが敗北すれば、部活動を引退して、卒業まで一直線。
バンド活動を捨ててでも、【MRAF】というゲームと、尾長の未来ために、青春を捧げてきた。
吉奈という大切な友達にも勝ちたいし、俊介という身内にいる天才にも負けたくない。
自分の集大成を全国にぶつけてみたい、と加奈子は渇望していた。
だが、力みすぎれば、ハンターによる斥候が破綻する可能性があった。
まるで、加奈子の力んだ内心を察したかのように、部長の尾長が的確にアドバイスした。
「加奈子くん。あまり力みすぎると、斥候業務に見落としが出てくるよ」
尾長は、青いフレームの眼鏡を光らせつつ、まるで保父さんみたいに優しい顔をしていた。
加奈子は、彼の表情から、安らぎを感じた。
そのおかげで、ようやく汗は引っこんだ。
「もちろんわかってる。定番のスリーコードロックのように」
ちょうど《スカウティング》のクールダウンが完了したので、加奈子は、あらためて斥候を行っていく。
加奈子のハンターは、本日五度目となる《スカウティング》を使用した。
キャラクターを中心にして、円形の光が広がった。さきほどまでは、なにも見えていなかった部分が、明るく照らされる。
ほぼ同じタイミングで、花崎高校陣地から、円形の光が伸びてきた。
なんと魔女のリーダーである吉奈も、ハンターの《スカウティング》を使っていたのだ。
『この私と遭遇戦というわけね、加奈子さん』
対戦相手を認識する速度は、吉奈のほうが、一歩早かった。
いや、おそらく、認識するというより『戦場で手に入れた複数の情報を合算して、このあたりに東源高校のメンバーがいるはず』と事前に位置を読めていたのだ。
吉奈は、凡人レベルでしかない反応速度を、圧倒的な頭の回転で補っていた。
なら、反応速度も頭の回転もない自分はなんだ、と加奈子は思ってしまう。
しかも吉奈は、加奈子の親友だった。加奈子の謎フレーズを読解できる、貴重な理解者でもあった。タロットカードとピックを交換した、大切な同志でもあった。
それほど身近な相手に劣っていることが、こんなに劣等感を呼び起こすとは思わなかった。
だが、劣等感に引っ張られている場合ではなくなっていた。
このタイミングで、二つ目の宝箱が出現したのだ。しかもステージ東側で。
加奈子と吉奈の視界範囲内に、いきなり二つ目の宝箱が出現した形でもあった。
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