第41話 結果のわかりきった一騎打ち
小此木学園の暴言人物こと塩沢は、奇妙な感覚に陥っていた。
なんで自分がここにいるのか、わからなくなったのだ。
去年、本選の一回戦で黄泉比良坂に敗北したときには、こんな胸の奥に大波が押し寄せるような感覚はやってこなかった。
だが世界レベルの天才に次々とチームメイトを撃破されて、勝ち目のない一騎打ちに持ち込まれた瞬間、なにかに気づいた。
――もしかして、暴言を連発して小此木学園の名声を地に落としてきたことは、時間の無駄だったのでは?
だがこの思考方法は、塩沢の高校生活を否定するものだった。
今でも理系コースの上位層はいけ好かない連中だと思っているし、彼らにいわれた心ない言葉には憤りを感じている。
だが、桐岡俊介という将来メジャーリージョンのプロチームに入りそうな人物の足を引っ張ることには、なんの意味も感じていなかった。
まるで禅問答のように、そもそも意味のある行為とはなにか、考え始めた。
シンプルに考えれば、現在は試合中なのだから、魔法攻撃をバトルアーティストに当てることだろう。たとえレベル最大になろうと、魔法防御はゼロで固定なのだから、たった一発当てるだけで勝利できる。
だが勝利してどうなるのか、と塩沢は思った。
小此木学園eスポーツ部のメンバーは、特段【MRAF】が好きなわけではない。創部目的だって、理系コースの連中に嫌がらせをするためだ。
そんな部活動が、意味のある行為として試合に勝利するなんて、まさしく矛盾だろう。
だが塩沢は、むしろこの矛盾に、大切なモノが隠されているのではないかと思った。だから試合中にも関わらず、画面から目を離して、隣席のチームメイトたちを見た。
四人とも、桐岡俊介という努力する天才の動きに釘付けだった。去年の黄泉比良坂に圧倒的な差で敗北したときとは、違う反応をしていた。
どうやら彼らも塩沢と同じく、自分の中に芽生えた矛盾と格闘しているようだ。
塩沢は知りたかった。この矛盾の正体はなんなのか。だからマジシャンの範囲攻撃スキルを連発した。すべて魔法ダメージである。たった一撃でいいから当てるだけで、この努力する天才を倒せるはずだ。
だが、俊介のバトルアーティストは、すでに姿を消していた。おそらく何かしらのブリンクスキルを使って視界の外に飛んだのだろう。
塩沢は、秀才だからこそ、ブリンクスキルの跳躍先を考えるだけの余裕があった。
バトルアーティストの持っているブリンクスキルは、合計で四つだ。
通常スキルを三つ、そして奥義を一つ。
通常スキルに関しては、大雑把に解釈すれば、三つとも奇想天外な動きで高速移動するものだ。
奥義に関しては、対象指定スキルですら回避可能なものだ。だが小此木学園は、すでにウィッチがダウンしているため、奥義を使うとは思えなかった。
つまり俊介は、通常スキルのうち、どれか一つを発動したはずだ。
それら基本情報に、小此木学園のチームメイトがダウンしたデータを加える。
ロジカルな思考方法ではなく、ほとんど閃きに近い答えが出てきた。
俊介は背後に回り込んで、ヘッドショットを狙っているのではないか?
そう判断した塩沢は、マウスを思いきり真横に振って、操作キャラクターの画面をぐるりと背後に向けた。
敵の姿を認識する前に、マジシャンの奥義に該当するキーを、がちゃがちゃと連打した。もし真後ろに俊介のバトルアーティストがいれば、奥義〈エンシェントブリザード〉の圧倒的な魔法ダメージにより、小此木学園は勝利できるはずだ。
だが、それ以上に天才の反応速度は速かった。
塩沢の操作キャラクターが真後ろに振り向き終わる前に、64口径の銃口が後頭部に密着した。
『これで東源の勝ちだ』
俊介のボイスチャットと、タンタンっと拳銃を二連射する音が、塩沢のヘッドフォンに鳴り響いた。
〈ヘッドショットクリティカル 防御力無視で三倍ダメージです〉
〈小此木学園 オールダウン 東源高校の勝利です〉
● ● ● ● ● ●
塩沢は、これまでの自分らしくない感想を持っていた。
「真面目に練習してたら、最後の振り向き、間に合ったんじゃないか」
塩沢は、心の声が漏れるほどに、惜しいと思っていた。
おそらく会場の誰もが、俊介のブリンクスキルを、予測不可能な動きだと思っているだろう。しかし小此木学園の入試に合格する秀才から見たら、ある程度先読み可能な動きだったのだ。
そうやって敗因を考えていたら、東源高校のメンバーたちが勝利の握手にきていた。
「あ、ああ、これはどうも」
塩沢は、毒気を抜かれた顔で、普通に握手に応じた。
その反応は、東源高校のメンバーだけではなく、小此木学園のメンバーも不思議に思ったらしい。
チームメイトの希子が、塩沢の肩をポンと叩いた。
「いったいどうしたの?」
どうしたのだろうか、と塩沢自身も思っていた。
だが小此木学園の他のメンバーたちだって、普通に握手に応じていた。
やはり五人とも、あの試合を通じて、なにかに気づいたのだ。だがなにに気づいたのか、さっぱりわからなかった。
やがて東源高校の勝利者インタビューが始まったとき、答えを持った人物が小此木学園に近づいてきた。
黄泉比良坂のamamiこと天坂美桜である。彼女は、腰まで届く黒髪を、ふぁさっとかきあげながら言った。
「どうやら自分たちで気づいたらしいな」
以前の塩沢なら、彼女の圧倒的な才覚にひれふしてしまって、目を合わせることすら困難だった。
だが今は、気後れすることもなかった。
「この感覚は、なんなんだ? 矛盾してるんだ。あのいけ好かない理系コースのやつらは今でも嫌いだが、かといってkirishunをどうのこうのって気はなくなった。もちろん、お前にたいしても」
塩沢が答えを探し求める旅人みたいな態度でたずねたら、美桜は預言者のような確信をもって返した。
「努力とは、自分自身の意志で行うものだ。他人と比較するものではないし、また他人や社会に押し付けられるものでもない」
塩沢は衝撃を受けた。まるで高層ビルから落下して地面に激突したかのように。
衝撃を受けたからこそ、心の奥底に亀裂が走って、そこに美桜の言葉がしみ込んでいく。
「……俺は、自分の学力を、無駄遣いしてたのか」
「そうだ。早起きするのが苦手な人物にとっては、それを克服することが大きな目標になる。鉄棒の逆上がりが苦手な人物だってそうだ。もしかしたら料理かもしれないし、掃除かもしれないし、近所を散歩することもかもしれない。小さな目標から大きな目標まで、すべて自ら定めるものであって、他人と比較するものではない」
美桜のたとえを、塩沢は正しいと思った。だが疑問も残った。塩沢が生きてきた十八年間の中では、彼女の正しい説話に該当しないイレギュラーが多すぎたからだ。
「もし、小さな目標をクリアしようとすることを、自分より優れた人物にバカにされたら?」
理系コースの上位層たちは、塩沢たちをバカにしていた。こんな無能たちが小此木学園に入学すること自体がなにかの間違いだと。
そんな塩沢の疑問に対して、理系コースの上位層より、さらに優れた人間である美桜は、こう答えた。
「鼻で笑ってやれ。そんな下劣なやつのペースに巻き込まれる必要などない。他人の努力をあざ笑うやつがどうなるかは、お前たち自身が経験したろうが」
塩沢たちは経験していた。他人の努力をあざ笑うことで、四面楚歌になる感覚を。
だからこそ、わかったことがある。塩沢たちは、いけ好かない理系コースの上位層と同じことをしていたのである。
まるで呪いが伝染したような後味の悪さに、塩沢は天を仰いだ。
だが、呪いから脱却したくとも、将来のことを考えると、大きな壁があった。
「一ついいかamami。俺は……いや、俺たちは、ほとんどの人ができる普通のことを、どれだけ努力してもできなかったんだ。それでも、他人や社会と比較することなく、自分の目標だけをクリアしていけば、幸せになれるのか?」
塩沢だけではなく、小此木学園のチームメイトたち全員が、暗い顔になった。五人とも、人付き合いが苦手だ。将来のことを考えると、会社に就職して業務をこなすことも難しいんだろう。
そもそも『普通の人生』を難なくこなせるなら、こんな後ろ向きな部活動をやってこなかった。
それに対して、美桜は超人だ。勉強も競技ゲームも人望も実家も、すべてを持っていた。
だが美桜は、苦々しい顔でいった。
「私も、LMで痛い目にあう前は、まったくもって人付き合いが苦手だったよ。友達はいないし、周囲は敵だらけ。チームメイトと試合中にケンカして、大事な世界大会でぼろ負けだ」
「だがお前は、他のすべてができるじゃないか」
「第三者からみたとき、お前たちも同じように見えるわけだ。小此木学園に入学できるほどの学力があるのに人付き合いぐらいなんだ、とな」
「それじゃ堂々巡りだ。このままじゃ俺たち、社会で生きていけるかどうかすら疑わしいのに」
「そんなことはない。俊介みたいな一握りの天才とぶつかったことで、新しい自分に気づいたんだろう。そこに必ず答えはある」
そうやって塩沢と美桜が話す間にも、東源高校の勝者インタビューは進んでいた。
やがてインタビューはMVPの発表となり、誰もが予測した通り俊介であった。
塩沢は、俊介がMVPを受賞したことを、別世界のイベントのように感じた。理屈ではなく感性で、あれは自分とは無関係の出来事だと認識したのである。
どうやら塩沢の魂は、美桜の唱えた努力の方向性に適応したらしい。
だから塩沢は、小此木学園に入れるだけの学力を、自分に適した方法で活かそうと思った。
まずはチームメイトを見た。彼らは不安そうだった。今の環境にも、将来の暮らしにも、自分たちが暴言を吐いた相手からの復讐にも。
それらは怒りと悲しみの織り交ざった青春の叫びであった。
もしこの行き場を失った感情の奔流を解消できないまま大人になったら、それこそ塩沢がSNSで交流したダメな大人たちの仲間入りを果たしてしまうんだろう。
自分自身の弱点に向き合うことなく、すべてを他人のせいにして、党派性に基づいた『敵』を叩くことで自尊心を満たす大人に。
そんなやつになりたくない、そう思った塩沢は、チームメイトに声をかけた。
「みんな、俺に、なにかできることはないか」
小此木学園のチームメイトたちは、心底驚いた。
「なんだよ突然らしくないことをいって」
「らしくないかもしれない。でも俺たち、こんなに勉強できるじゃないか。普通の方法じゃなくてもいいから、なんか一つでいいから、打ち込んでみようや。だってこのままなにも抵抗しないで腐っていくなんて、もったいないだろ」
塩沢が熱弁をふるったら、チームメイトの希子は鶴の一声を放った。
「なんか塩沢、熱血教師みたいなだね」
…………これは少しだけ未来の話なのだが、塩沢は教師になった。しかも、あれだけ嫌っていたはずの小此木学園に勤務した。
教師としての志は、かつての自分たちと同じように、学力があるゆえに集団に適応できなかった若者たちを救うことであった。
その一環として、部活動の顧問をやった。もちろんeスポーツ部である。彼は競技ゲームを通じて、普通の慣習から外れてしまった若者たちのケアを試みたのだ。
『一番になれなくてもいい。それどころかトップ層から引き離されて、屈辱を味わうこともあるかもしれない。だがけっして腐ることなく、なにかに打ち込むことが大切だ』
塩沢先生が、集団に適応できなかった生徒たちに語った言葉であった。
なお塩沢先生の生徒たちからの評判だが『同僚教師と微妙に距離があるし、ちょっと変わったところもあるけど、辛抱強く生徒と接する良い先生』であった。
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