第34話 トリックスター、翻弄・躍動・扇動

 爬虫類みたいな顔の尾長は、仲間が金鉱を掘る時間を稼ぐために、トリックスターの力を行使することにした。


 トリックスターの見た目は、手品師と舞台役者の中間だった。モノトーンカラーの全身タイツを着ていて、その上にシェイクスピアの作品みたいな貴族服を羽織っている。口元にカイゼル髭を蓄えていて、どことなく海賊っぽい。


 そんな道化のようで道化ではない彼は、武器を持っていなかった。敵にダメージを与える手段を持っていないのである。


 だからといって、トリックスターは置物ではない。むしろ彼を放置しておくと、特殊なパッシブスキルを駆使して、精神をキリキリと苛む害をばらまきだす。


 かつてLMが世界大会で活躍したときも、kingitkこと金元樹がこのキャラを使って、バトルアーティストが育つまでの時間を稼いだ。相手の行動を妨害しつつ、敵の意識を仲間から逸らすという役割をやらせたら、金元樹とトリックスターの組み合わせは当時の世界最高峰だったろう。


 だから尾長は、トリックスターの練習に時間を費やした。俊介が仲間になったその日から、ずっと。


 尾長は俊介を信じていた。彼の元チームメイトである美桜や樹よりも。


 たとえマニアックな視聴者が『amamiやkingitkに比べたら、あんなお遊び部活動のメンバーなんて足手まといだよ』と叩いていたとして、尾長はこのメンバーで戦うことに誇りを持っていた。


「練習の成果を見せてやる」


 尾長は、ふらりふらりと酔っ払いの千鳥足みたいな動きで前進した。


 彼の心の中では、kingitkのお手本プレイが流れていた。


 相手の心理状態を逆手にとって翻弄する。それがトリックスターの極意だ。


 モノトーンカラーの全身タイツからわかるように、一癖も二癖もあるキャラクターだから、敵を翻弄しようと思ったら、自らが翻弄されて自滅することもあった。


 しかもこれから立ち向かう相手は大軍団だ。プレイヤーキャラクターはそこそこ育っているし、ロボット歩兵の数も適度に回復している。


 まさしく多勢に無勢であった。だが尾長は失敗を恐れて縮こまるつもりもなかった。


 そんな単独行動であろうとも自信満々な尾長の姿に、小此木学園のメンバーたちは困惑していた。


『トリックスターだ、どうする塩沢』


 小此木学園の軍勢は、当然のようにトリックスターの特性を知っているため、ほんの一瞬だけ足を止めた。


 なにかの拍子にトリックスターのスキルに触れてしまったら、大切に温存しておいたスキルのうち一つがランダムでクールダウンに入ってしまうからだ。


 しかし彼らには迷う時間が残っていなかった。


『この機会を逃したら、バトルアーティストがレベル最大になって、kirishunは気持ちよくなるんだろう。冗談じゃないんだよ、そんなできすぎな話は。トリックスターは無視して東源陣地に踏み込むぞ』


 暴言人物の塩沢は、トリックスターを無視することを決断。


 小此木学園の軍勢は、まるで高波が岩石を避けるように、トリックスターの真横を素通りしていった。


 尾長は、ほくそ笑んだ。


「そうくると思ったよ」


 塩沢の決断は、尾長の想像通りだった。彼らは競技で勝つことが目的ではなく、個人的な怨嗟を発散することが目的なため、外部から行動をコントロールしやすいのだ。


 尾長は、まるでコバンザメみたいな動きで、小此木軍団の最後尾にぴたりと密着。いつでもスキルを撃てるように準備した。


 トリックスターがレベル一から覚えているスキルは〈幻影〉といって、自分や仲間の偽物を作り出す技だった。


 だがまだ発動タイミングではなかった。小此木学園の索敵ルートを見抜いてから、それっぽい場所にバトルアーティストの〈幻影〉を配置することで、彼らの行動を妨害できる。


 やがて小此木学園は、東源高校の陣地に到着。ぐるりと円を描くように索敵を始めた。


 それは尾長にとって理想の動きであった。


 尾長は、小此木軍団が描く円の収束先に〈幻影〉を発動。偽物のバトルアーティストが廃墟の庭に出現した。しかも偽物はただ棒立ちしているのではなく、まるで敵に発見されたから慌てて逃げるように背中を見せて走り出した。


 小此木学園は、度重なる内輪もめのせいで冷静さを失っているため、静電気みたいな条件反射で反応した。


『いたぞ、バトルアーティストだ、潰せ!』


 五人全員で手持ちのスキルを〈幻影〉に撃ち込んだ。しかもウィッチのレベル三スキルである〈魔女のおしおき〉もきっちり含まれていた。複数のスキルが同時に炸裂したので派手なエフェクトが連続して、戦争みたいな轟音が鳴り響く。


 小此木学園のメンバーは、邪悪な笑みを浮かべた。きっとバトルアーティストを倒せたと思ったんだろう。


 だがバトルアーティストのダウンを知らせるシステムメッセージは流れなかった。


 ただ偽物のバトルアーティストが、ぼふんっという滑稽な音を鳴らしながら消えただけだった。


 小此木学園のメンバーは、絵具で描いた海よりも真っ青な顔になった。


『し、しまった……偽物だったのか……』


 しかも小此木学園のファイターは〈ジャンピグアタック〉で直接〈幻影〉に触れたせいで、温存していおいたスキルがクールダウンに入ってしまう。


 かといって他の直接〈幻影〉に触れていないメンバーも大損していた。バトルアーティストを倒すために必要なスキルを軒並み撃ってしまったため、スキルのクールダウンが終わるまで、まともに動けないのである。


『くそっ、これだからトリックスターは。しょうがない、クールダウンを待つ間、まずはあいつから潰そう。でないと、肝心な場面でひっかきまわされるぞ』


 小此木学園は東源陣地の奥深くを目指さず、トリックスターを見失った地点を調べ始めた。しかも一人や二人ではなく、五人全員でだ。バトルアーティストの天敵であるはずのウィッチですら、尾長のトリックスターを追っていた。


 尾長は、心の中でガッツポーズした。こちらの意図したとおりに時間を稼げたならば、トリックスターを練習した成果が実ったことになるからだ。さすがにkingitkほどの扇動はできていないが、この試合に必要なレベルの仕事は果たしていた。


 だがバトルアーティストをレベル最大にするためには、もう少しだけ時間が必要だった。


 尾長の孤独な戦いは、まだ続くようだ。


******-------

作者です。あけましておめでとうございます。本日から更新再開です。年末年始、友人や親族に読んでもらったところ「一話あたりの文字量が多いのに、更新ペースが速すぎる。とてもではないが追いつかない」とクレームが入ったので、以降は〈木曜日〉更新にしたうえに、一話あたりの文量を減らそうと思います。今後とも【MRAF】をよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る