第32話 バトルアーティスト、包囲網突破編
俊介は、小此木学園の歩兵に包囲されていた。だが想定外ではなかった。むしろ小此木学園がバトルアーティストを序盤に潰そうとする動きを察知したので、裏をかくことにしたのだ。
俊介は、明確な意図をもって自軍陣地の北側に突出していた。
「尾長部長、パターンCで行きます」
俊介は符丁で尾長に報告した。パターンCは〈自分自身を餌にして敵を引き付けるから、その間に金鉱を掘ってくれ〉という意味だった。
もしパターンCが成功すれば、仲間たちは複数の金鉱を安全に採掘できるため、大量のゴールドを獲得できるだろう。
ただし失敗すれば俊介のバトルアーティストはゲーム序盤でダウンすることになり、東源高校は勝ち筋を失って敗北が決定する。
かなりのリスクを伴う作戦だ。だが突発的な思いつきではなく、重里高校とのスクリムでも練習したシチュエーションだった。
パターンCを実行するかどうかの決定権は、指揮官である尾長が持っていた。
「今の俊介くんなら可能だろう。あとは先のことを考えて行動するのみだ」
尾長は迷うことなくステージ南側の金鉱を採掘した。俊介の判断と、重里高校とのスクリム内容を信じたのである。
ヴィジュアル系メイクの加奈子は、ステージ西側から報告した。
「ステージ西側にも敵影なし。こちら側にいたプレイヤーも歩兵も、すべてバトルアーティストに向かってる」
たとえ敵がバトルアーティストに集まっていようとも、加奈子は金鉱の採掘に専念した。彼女も仲間を信じたからである。
メイド服の薫は、ウィッチのスキルを活かして敵陣の東側に潜り込むと、現地の情報を報告した。
「視界管理の歩兵が明らかに少ないよ。ここらへんだと足音すら聞こえてこない」
薫は、自軍陣地に帰還することなく、敵陣地の金鉱を掘り始めた。
定石で考えたら、この時間帯で敵陣地の金鉱を掘るのは無謀ないし蛮勇だろう。もし敵が一般的なスタイルで視界の確保と金鉱の採掘を行っていれば、今ごろ薫は歩兵に包囲されてダウンしていたはずだ。
だが敵はバトルアーティストを序盤で潰したいがために戦力をステージ中央に集めていた。つまり敵陣地の西側と東側が空白地帯になっていた。
だから薫は、敵陣地の東側に潜入して、こっそり金鉱を掘っている。
敵陣地の金鉱を削ってしまえば、敵は安全に掘れたはずのゴールドが減っていくことになる。東源側にしてみれば、ゲーム中盤以降の優位を広げた形だ。ただし、バトルアーティストがダウンしなければ、の話だった。
つまりパターンCの作戦が成功するかどうかは、俊介のバトルアーティストと未柳のサムライにかかっていた。
● ● ● ● ● ●
「生徒会長、落ち着いて。練習通りやれば大丈夫ですから」
俊介は未柳に一声かけた。もうとっくに二人の位置は敵のミニマップに映っているため、いまさらボイスチャットを控えても無意味だった。
「今のところは大丈夫。でもめっちゃ緊張する」
お笑い生徒会長の未柳は、うえっぷと胃酸が逆流するほど緊張していた。それほどまでにサムライの扱いは難しいのである。
「大丈夫です。今の生徒会長なら、自分の仕事をこなせますよ」
俊介は、未柳を信じていたし、自分自身の練習量も信じていたし、重里高校とのスクリム内容も信じていた。
だから三年前にはひれ伏すことになった、じわじわ迫る包囲網を恐れていなかった。ただの強がりや気休めではなく、作戦面が進歩したため、小此木学園の形成した包囲網の穴を見抜けていた。
穴の場所はステージの西側である。
都市の廃墟という建物が入り組んだ構造に阻まれて、小此木学園のロボット歩兵の動きに滞りが生じていることが、セキュリティホールになっていた。
そもそもなぜ俊介が包囲網の西側に穴があると気づけたかといえば、小此木学園の実行したバトルアーティスト対策には明確なデメリットが存在しているからだ。
ゲーム序盤で包囲網を作ろうとしても、絶対に歩兵の数が足りない。だから視界管理用の歩兵を削って包囲網を形成することになる。
視界管理を疎かにすれば、敵の位置がわからなくなるばかりか、自分たちの位置が丸裸になることを意味していた。
つまり包囲網の西側に穴があることは、ミニマップの状況から明らかなのである。
どうやら未柳もミニマップの状況からステージ西側の穴に気づいたらしく、ちょっぴり緊張が解けた。
「っしゃー。やってやろうじゃないの。あたしだってさ、作戦をきっちりこなして、チームプレイができるってことを証明しないと」
未柳は、ふーっと肺の奥から息を吐きだして、自分の出番を待った。以前の彼女なら、力が空回りして敵前に飛び出していた場面だった。
だがドッジボールの特訓のおかげで、ミニマップを見られるだけの余裕は生まれたし、俊介の行動を待てるだけの意志力も備わったのである。
さきほどの薫だって、敵陣地に潜入して金鉱を掘るなんて勇敢な行動もできるようになっていた。
俊介は自信を持っていいと思った。もはや東源高校は、俊介の個人技と尾長の作戦力だけのチームではないのだと。
「では、行動開始」
俊介は、包囲網の西側に向かって走り出した。包囲網の穴を利用して安全地帯まで脱出するためである。だが狙いはもう一つあった。敵の意識を未柳のサムライから外すことである。
だから俊介は、あえてロボット歩兵の攻撃を誘うように移動していく。もし安全に包囲網を突破したいなら、現在地から真西へ走ればよかった。だがロボット歩兵の攻撃を誘うために、北西にルートをずらした。
俊介の企みは成功した。小此木学園のロボット歩兵たちは、未柳のサムライに気づかないまま、彼女の隠れている廃墟を通り過ぎたのである。
だが俊介がダウンしてしまっては元も子もない。当面の目標はロボット歩兵の襲撃から生還することであった。
まるで俊介に試練を与えるかのように、ロボット歩兵たちは攻撃を開始した。
デフォルトスキンであるロボット歩兵たちの攻撃方法は、ロケットパンチである。ロボットたちの上腕部がロケットミサイルのごとく真っすぐ飛んでいた。
いくら総数が少ないとはいえ、ゲーム序盤の歩兵は恐ろしい存在だ。もしロケットパンチが三発でも当たれば、バトルアーティストはダウンしてしまうだろう。
だが日本には伝統的な生き残りの概念がある。
当たらなければどうということはない。
なお歩兵の攻撃を回避するコツは、歩兵の攻撃ルーティンを把握することだった。
ご存じの通り歩兵はプレイヤーの命令がないと待機状態になる。だからプレイヤーから攻撃命令を受けると、新しい命令を再入力されないかぎり、ずっと同じ攻撃対象を狙い続ける。もし攻撃対象が射程内に入ったら、一瞬だけ足を止めて、ロケットパンチを発射だ。
ロケットパンチこと歩兵の通常攻撃だが、かなりの高精度であり、しかも弾速が早い。だから棒立ちの相手に外すことは絶対にない。ただし移動中の敵に対して外すことはある。あくまで精度が高いだけで誘導弾ではないからだ。
つまり歩兵が攻撃するモーションをフレーム単位で見極めて、ロケットパンチを射出する瞬間にステップを刻めば、回避できるわけだ。
「今日は調子がいい。敵の動きが、はっきり見える」
俊介の脳と神経が加速。眼球から指先に伝わる命令速度が人間の限界値を越えた。ゲームの画面だけではなく、周囲の風景すべてがスローモーションのように遅く感じる。キーボードとマウスを操作する指先があまりにも早すぎて残像が生まれた。
俊介の異常な反射神経を反映して、バトルアーティストの挙動が電子の世界をさまよう怪物になる。レベル一で、しかも全キャラ中最弱のステータスのはずなのに、なぜかイベントボスのような圧迫感を発していた。
そんな電子の怪物を退治するかのように、小此木学園のロボット歩兵たちはロケットパンチを発射した。
だが俊介はロケットパンチの発射モーションをフレーム単位で見極めていた。まるでチートツールを使って敵の攻撃を自動回避するような動きで、ロケットパンチを綺麗に回避した。しかも一度や二度ではなく、北西にルート取りすることで釣り出したすべてのロボット歩兵の攻撃をだ。
実況の佐高は、やや奇声じみた声で、反応した。
『な、なんだぁああ今の動きはぁああ! もう人間の反応速度じゃないですよあれ!』
解説の山崎も、眼鏡がズリ落ちていた。
『完全に人間辞めてますね。ただでさえバトルアーティストはステータスが低くて移動速度も最低値なのに、あんな動きで回避するなんて』
ゲスト解説の樹は、含み笑いを漏らした。
『あの動きの秘密はあとで説明します。俊介の化け物じみた反応速度は、まだまだ続きますからね』
そう、樹の解説通り、俊介の化け物じみた動きはまだまだ続いていた。
時間が経てば包囲網は狭まるため、ロボット歩兵によるロケットパンチの発射頻度が高まっていく。
だが俊介はスキルを使わないで回避を続けていた。普通のプレイヤーならとっくにロケットパンチの雨あられを浴びてダウンしているだろう。たとえバトルアーティストを使っていなくても即座にダウンである。
だが俊介は生き残っていた。異常な反射神経を活用して。あとは絶好の機会を見極めて、包囲網の隙間から突破するだけである。
しかしどんな反射神経の持ち主だろうと、これ以上包囲網が狭まってしまえば、回避できるスペースがなくなるため、必ず被弾するだろう。
しかもロボット歩兵たちの後ろには、小此木学園のプレイヤーキャラたちが控えていた。よっぽど俊介のバトルアーティストを潰したいらしく、五人全員集まっていた。
小此木学園にしてみれば、絶対にバトルアーティストを倒すための布陣だ。
しかし俊介にしてみれば、プレイヤーキャラが五人とも姿を晒してくれたおかげで、包囲網を突破するのが簡単になっただけだった。
「プレイヤーキャラは不用意に姿をさらしちゃいけないんだぜ。どこにも待ち伏せがないとわかれば、思いきった行動ができるんだから」
俊介は、唐突に行動パターンを変えた。ずっと温存していたスキルの使用である。バトルアーティストがレベル一から使えるスキル〈雷鳴のごとき旋律〉を発動した。
これは空から落ちてくる雷のようにジグザグの動きで移動するブリンクスキルだ。一度にブリンクする距離を任意で決められて、ブリンクする回数も四回まで増やせる。しかもブリンクする瞬間に無敵判定があるため、うまくタイミングをあわせてジグザグの動きをすれば、一度で四回の攻撃を回避できた。
俊介は、まさに雷鳴のごとく四回のブリンク。ロボット歩兵のロケットパンチだけではなく、敵キャラクターによるスキル攻撃ですら回避して、包囲網の西側にある穴から綺麗に抜け出した。
実況の佐高は喉を枯らすほどに驚いた。
『なんとkirishun、一発のブリンクスキルだけで包囲網を突破した!』
だがゲスト解説の樹が、細かいことを語った。
『あれはブリンクスキルだけというより、あえて自軍陣地の前方に突出することで、敵の動きをコントロールしたことで達成したんですよ』
『つまり自らを囮にすることで、小此木学園に狙った動きをさせたんですか?』
『そういうことになりますね。いやぁ、ちょっと見ない間に、あんな器用なことまでできるようになったんですね、俊介は』
樹の解説は適切であった。
ただし、いくら包囲網を突破しても、俊介のすぐ近くに大量のロボット歩兵と敵プレイヤーたちが残っていることに変わりはない。
まだ安全とは言いきれないだろう。
しかし小此木学園も選択に迫られていた。どんな選択かといえば、解説の山崎が語った。
『小此木学園には二つの選択があります。このままkirishunを見逃すか、それとも自分たちの作戦の狙いを達成するためになんとしても倒すかです。ですが見逃した場合は、東源高校の優位が今以上に開くことになります。なぜかというと、小此木学園がバトルアーティストを倒したいがために投入したリソースは時間なんです』
実況の佐高はうなずいた。
『つまり、小此木学園がバトルアーティスト対策をやっていたとき、東源高校はひたすら金鉱を掘り続けて大量のゴールドを取得したと』
パターンCは成功していた。尾長と加奈子と薫は、いっさい戦闘に参加せずに、金鉱を掘り続けたため、三つの金鉱を掘りつくしていた。
3000ゴールドの取得である。これだけあれば、キャラクターのレベルを三つ上げることも可能だし、または歩兵を150体作れる。もちろんレベルアップと歩兵で分散しても構わない。
小此木学園の立場から考えてみれば、3000ゴールド分の不利を背負ったわけだ。
解説の山崎は、小此木学園の不利について詳しく語った。
『このままでは時間というリソースを無駄遣いしただけで、小此木学園は不利になる一方です。どこかでリスクを背負ってでも逆転を狙わないといけないわけです』
『では、どんなリスクを背負えばいいんですか、山崎さん』
『それはもうバトルアーティストを倒すことですよ。9000ゴールドがバトルアーティストに投入されたら、小此木学園に勝ち目はないんですから』
まるで解説の山崎が指摘した点を実行するかのように、小此木学園は作戦を切り替えた。
彼らは磁石に吸い寄せられた砂鉄みたいに、俊介をひたすた追撃した。
だがこの決断には、とある運命の分かれ目を含んでいた。
包囲網の内側で息を潜めていた未柳のサムライを完全に見落としたのである。
● ● ● ● ● ●
小此木学園は混乱していた。俊介にロボット歩兵のロケットパンチをことごとく回避された時点で、彼らは正常な判断力を失ってしまった。
暴言人物こと塩沢は、親指をキーボードのフレーム部分に当てて、苛立っていた。物事が自分の思い通りに動かなかったときに彼が行う癖であった。
「あんなチートツールみたいな動き、なんで人間が手動でやれるんだよ」
塩沢の漏らした弱音は、至極当然のものであった。いくら暴言を行う人物であったとしても、俊介と対戦したプレイヤーたちが一度は通る違和感とまったく同じものを感じていた。
だが対戦中とあっては、正常な判断を狂わせる原因になる。彼らはすっかり見落としていた。未柳のサムライがこそこそ行動して、小此木学園のロボット歩兵を小まめに暗殺していたことを。
ざっと十五体は倒れていた。
そしてゲーム序盤における十五体の損失はあまりにも大きい。
だから小此木学園のメンバーたちは、作戦を立て直すためにも、早く自分たちの損失を把握するべきだった。
だが誰も気づかなかった。俊介のチートツールじみた動きに心を乱されたままなのである。
ウィッチを選択した新海希子も、俊介のバトルアーティストに心を壊されていた。
「バトルアーティストなのに、序盤、ぜんぜん弱くないじゃん……」
希子は、無気力な瞳が湿り気を帯びるぐらい戦慄していた。
他のメンバーたちも、すっかり動揺していた。
暴言人物こと塩沢は、対策の練り直しを考えた。このままではメジャーリージョンのスカウトたちに『kirishunは三年間の空白で衰えた』と思わせることができないからだ。
だがまったく案が浮かんでこなかった。実況解説コンビが学校入場で説明したように、彼らはアドリブに弱かった。真面目に練習していないせいで作戦パターンの枚数が少ないのである。
それでも塩沢は、俊介の人生に泥を塗りたい一心で、作戦を練り直そうとした。そのためには自分のチームの情報を把握する必要があった。だからチームステータスを確認した。
ようやく歩兵の数が減っていることに気づいた。
「えっ、歩兵が減ってる、いつのまに!?」
塩沢は、キツネに化かされたような気分になった。もしやゲームクライアントのバグではないかと思ったぐらいだ。しかしファンクションキーを押して、ダメージログを抽出したら、未柳のサムライが歩兵を倒していることが発覚した。
塩沢は、首を傾げた。そもそも近くにサムライがいることを把握していなかったからだ。
だが無気力な希子がミニマップの状況を覚えていた。
「そういえばバトルアーティストの包囲網を狭める前に、東源のサムライがミニマップにちらっと映ったような」
「なんでそれを報告しないんだよ!」
「うるさいなぁ、なにマジになってるの。忘れたものはしょうがないでしょ。っていうかそっちだってちゃんとミニマップ見てないじゃん」
「こっちは歩兵の操作で忙しかったんだよ」
「はー、しらねーし」
小此木学園名物、内輪もめである。これにより彼らの勝率はグンっと落ちた。仲間を信頼できないチームに未来はないからである。
だが塩沢は、それでも俊介を倒したかった。低学歴のくせにゲームの才能だけあるやつが嫌いだったからだ。
「とにかくバトルアーティストを潰すんだよ。そうすれば、バトルアーティストに集めたゴールドもムダになるんだ。それだけで勝てるんだ」
「あーあ、なんか去年もこんな感じだったなぁ……」
希子の瞳には、脱力と失望が渦巻いていた。無気力よりもはっきりとした感情であった。
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