第30話 樹のゲスト解説 ルールを公式大会方式に切り替え

 樹は、ゲスト解説として放送席に立っていた。なぜ座っていないかというと、スタンディングデスクだからだ。


【MRAF】の大会は〈ゲームの客観視点、選手の主観視点、ミニマップ、キャラのステータス、スキル表〉のモニタが複数並んでいるため、スタンディングスタイルのほうが便利だった。


 現在の試合の進行状況だが、実はまだプログラムを読み込んでいる最中だった。大会用のゲームクライアントは、停電やエラーや物理的なクラッシュに備えた巻き戻し機能を備えているため、少々データ容量が重めだった。


 いくらプログラムの読み込み中でも大会の配信は停止しないため、放送席がトークの力で持たせることになる。


 樹の手元には、大会進行用の台本があった。筋書きによれば、ゲームプログラムの読み込み時間は、ゲームシステムや大会ルールを説明するタイミングだった。初めて【MRAF】の大会を視聴する視聴者に向けた心づかいだろう。


 だがいきなり初心者向けの説明を始めてしまうと、論文を読んでいるような気分になるらしく、まずは話術で空気を温めることになっていた。


 空気を温められるほどの話術とあらば、実況解説コンビはお手の物であった。


 実況の佐高は、樹に軽めの話を振った。


「ところでNAのプロリーグ、シーズン中なんですけど、日程は大丈夫なんですか?」


 樹は、営業用のスマイルを浮かべながら、丁寧な口調で返した。


「ありがたいことに、スケジュールの関係上、今週は試合がないんです。本当に運がよかったです」


 NAのプロリーグは参加チームが十二チームもあるため、会場の確保や各種大会の噛み合わせから、試合日程が複雑化することがある。


 たとえば『今週は西海岸から東海岸への移動時間にします。その分の試合を来週にまとめてやりましょう』という具合だ。


 こんな裏話のおかげで、樹は運命の日に立ち会えた。俊介のバトルアーティストは、三年前の快進撃の要点だ。LMの解散のせいで二度と見られないと思ったが、高校eスポーツのおかげで復活したのである。


 解説の山崎も、やや興奮気味だった。


「今日は凄い日になりました。LMの元メンバーが三人とも同じ会場にいて、そのうち二名は選手として出場してますからね」


 樹は、ふふふっとミステリアスな笑みを浮かべると、試合席の俊介と、舞台袖で見守る美桜を見比べた。


「あの二人、以前よりマシな関係になりましたね。昔は本格的にケンカだったんですが、今は熟年夫婦の別居中みたいな距離感だと思ってください」


「すごくわかりやすい例えですね。実はさきほどの舞台袖でもそうでした。なんだかんだ会話はするんですよ、あの二人は。まぁ衝突もしてますが、それはご愛敬でしょう」


「高校eスポーツをやってよかったんですよ、あの二人は」


 樹は、なんとなく元チームメイトたちの成長具合を読み取れていた。


 LM時代の俊介と美桜は、ゲームの才能がありすぎるせいで、一般人の感覚が消失していた。別の言葉に言い換えれば、自分自身を客観視する視点が抜け落ちていた。


 だから大事な準決勝で仲間割れして、LMは解散となった。


 しかし二人は、高校eスポーツを通して同年代の若者たちとチームを組むことになり、自らの立ち位置がわかるようになった。かなりの遠回りだったが、将来のことを考えると必要な通過点だった。


 樹は確信していた。一年半後、LMは日本リージョンのプロチームとして再結成することになり、もう一度世界大会に挑戦するだろうと。


 だからこそ樹には密かな仕事があった。プロチーム化したLMにふさわしい残り二人のメンバーを探し出すことである。


 日本人でなくとも問題ない。外国人選手は二名まで雇用できる。


 俊介・美桜・樹、そこに超一流の外国人選手を二名。これがLMが世界を制覇するための最強の五人になるだろう。


 そんな樹の野望は、放送室の空気を蒸し風呂みたいに温めていた。


 大会進行を管理するプロデューサーは『kingitkさん、そろそろゲームの概要を説明してください』という立て札を掲げた。


 樹は、水を一口だけ飲んでから、気持ちを切り替えた。本日のお仕事の第一弾、公式大会方式について一人で語ることだった。


「それでは、現地で応援している人や、ネット配信を見ている人のために、公式大会方式について説明します。ざっくりいえば、チームは五人編成になって、歩兵は手動で生産しなければならないし、ゴールドは自分で掘り出す必要があります」


 配信画面が切り替わった。あくまでゲームルールを説明するためのサンプルモデルなので、定番の森林ステージが映っていた。


 だが地方大会方式の森林ステージと違って、公式大会方式の森林ステージにはキラりと光る小山が点在していた。


 金鉱である。


「ステージの各所に散らばった金鉱を掘ることで、ゴールドを得られます。ちなみに金鉱一つで1000ゴールド手に入ります。大事な数字だから覚えておきましょう」


 サンプルモデルのキャラクターたちが、一斉に金鉱を掘りだした。チームで所有するゴールドの数字がぐんぐん増えていく。やがて1000ゴールドに達したら、金鉱は枯れ果てて、画面から消滅した。


「最初のゴールドが手に入ったら、すぐに歩兵を作りましょう。一体の歩兵を作るのに20ゴールド消費します。つまり一つの金鉱から50体の歩兵を作れるわけです。結構多いと思ったでしょう? しかし【MRAF】は視界管理にも、本拠地の防衛にも、プレイヤーの護衛用にも歩兵を使うため、むしろ足りないぐらいです」


 本拠地は工場みたいに稼働して、ぽんぽんぽんっと勢いよく歩兵を生み出した。まとめてではなく一体ずつだ。この生産に時間がかかることも想定して、金鉱を掘っていかなければならない。


 なお以前と違って自動生産ではないため、なにも命令を打ち込まなければ、本拠地はその場でパンケーキをやっているだけだった。


 続いて配信画面はキャラクターのステータス画面に切り替わった。


「キャラクターのレベル表記の右側に、1000という数字が出ています。これは1000ゴールド使えば、キャラクターのレベルを一つあげられることを意味しています。さてみなさん、金鉱の数字を覚えていますね。そう、1000ゴールドでした。つまり金鉱一つでキャラのレベルを一つ上げられるんです」


 配信画面は、もう一度切り替わった。今度は歩兵とキャラクターが仲良く並んでいた。


「地方大会方式では、自動で貯まったゴールドをすべてキャラクターのレベルアップに注げました。ですが公式大会方式になると、歩兵の生産にもゴールドが必要になるため、臨機応変なお金の使い道が必要になってきます」


 またもや配信画面は変化した。バトルアーティストのステータス画面である。なおレベル一のステータス画面だった。


「バトルアーティストは、レベル一だと凄まじく弱いです。これではサポート職と殴り合っても負けてしまいます。ですがレベルが最大になると手が付けられなくなります。では何レベルが最大かというと九です」


 配信画面は、金鉱に群がるプレイヤーキャラと歩兵の映像に切り替わった。


「単純計算で金鉱を九個掘りつくせば、バトルアーティストは最強になります。ただしみなさんも学んだとおり、歩兵の生産にもゴールドを消費します。しかもこのゲームは五人で戦うため、他のキャラクターもレベル一のままでは確実に負けます。なので、チーム全体で情報を共有し、どんなゴールドの配分によってバトルアーティストをレベル九まで育てるのか工夫しましょう」


 配信画面は、放送席の画面に戻った。


 樹は、ゲスト解説一つ目の仕事を完了したので、ぺこりとお辞儀した。


 実況の佐高と、解説の山崎も、一緒にお辞儀した。


「kingitkさん、丁寧な説明、ありがとうございます。では、そろそろゲームの読み込みが終わるので、視聴者のみなさんは、東源高校と小此木学園の金鉱の奪い合いを楽しんでくださいね」

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