第4話 練習試合の行方

 俊介と尾長は、ゲーミングメーカーの高性能ヘッドフォンを装着した。【MRAF】のBGMが聞こえて、外野の応援する声が遠ざかる。


 本格的な設備があれば、ホワイトノイズを流して観客や対戦相手の声をシャットアウトすることも可能だが、学校同士の練習試合ではそこまで準備できない。もし対戦相手が作戦に関わる大事な話をしていたとしても、聞こえなかったことにするのがフェアな態度だろう。


 さて本日の練習試合で使用するステージは、森林ステージだ。【MRAF】の基礎を学ぶ場所であり、攻めるにも守るにもバランスが取れていた。選手目線でもやりやすいステージだし、お客さん目線でも理解しやすいステージである。某有名FPSゲームでいうところの〈DUST2〉みたいな定番の戦闘場所だ。


 このように使用ステージはすでに決まっているので、次は使用するキャラクターを選んでいく。


 俊介は、画面に表示された豊富なキャラクターリストを眺めながら、尾長に聞いた。


「尾長部長、どのキャラ使います?」


 俊介の声は、ヘッドフォン付属のマイク機能を通して伝わっていた。


「せっかく基本の森林ステージだし、キャラも基本の構成にしたいね」


 尾長は、付属マイクの出力と位置を微調整しながら返事した。


「ファイター、マジシャン、プリーストの構成ですね。ただし今回はネットワークトラブルのせいで二人しかいませんから、ファイターとマジシャンですか」


 俊介はファイター、尾長はマジシャンを選択した。


 ファイターは、ロングソードと小型のラウンドシールドで戦う基本的な職業だ。身軽な軽装を着ていて、全体的に地味なデザインだった。あらゆるゲームの定番職業だけあって、ステータスもスキルもオーソドックスだ。良く言えばどんな戦術にも当てはまるし、悪く言えば器用貧乏だろうか。アマチュアもプロも末永く愛用してきた、いぶし銀みたいなキャラクターでもある。


 マジシャンは魔法で戦う職業だ。魔法耐性の高いローブを着ていて、肌をほとんど露出していない。銀の装飾品を複数身に着けていて、賢そうな出で立ちである。この手の対戦ゲームでは重宝される範囲攻撃スキルの使い手であり、火力という面ではファイターより重要な職業だ。ただしマジシャンはHPも防御力も低いため、ちょっと油断すると一瞬で死ぬ。だから壁役に守ってもらいながら範囲攻撃スキルを敵チームにばら撒くのがマジシャンの役割である。


 なおキャラの職業から勘違いされがちだが、【MRAF】の世界観は中世ファンタジーではなく近未来だ。


【魔法のように発展した高度な科学が地球環境を激変させてしまい、それが原因で人民の生活環境は一変した。既存の政府は機能不全に陥り、新たな支配権を求めて各地で火種が燃え盛った】


 こんな時代背景を持っているため、分子レベルで素材を強化したロングソードや、体内で精製した魔法という名の化学反応をぶつけて戦うことになる。


 さて東源高校のキャラクター構成が決定すれば、黄泉比良坂のキャラクター構成も俊介の画面に映った。


「黄泉比良坂も、うちと同じくファイターとマジシャンの組み合わせですね」


 いくら作戦の苦手な俊介であろうとも、黄泉比良坂が東源高校と同じくファイターとマジシャンを組み合わせた理由はわかっていた。


 ただ単に二対二なんて限定的な状況ではやれることが少ないから基本構成を選んだだけである。


「対戦ステージと使用キャラが決まったなら、あとは実際に対戦するだけなんだが、黄泉比良坂は大所帯だけあって苦労が多いようだな」


 尾長は、黄泉比良坂側の座席を興味深そうに見ていた。


 どうやら黄泉比良坂eスポーツ部は、練習試合を利用して、入学したばかりの新入部員に新人教育を行うようだ。二年生の小柄な女子が【MRAF】の概要を新入部員に説明していた。


「【MRAF】は基本無料のゲームで、課金要素はキャラクターの外見を変えるスキンだけです。試合の有利不利にかかわるようなアイテムは販売していません。全世界で一億人以上がプレイするゲームで、大会の視聴者数は最大同時接続で二億人を突破しました。この実績により大会に参入するスポンサーが激増して、優勝賞金は今年から四十億円に上がりました。eスポーツ業界におけるtierランクだと、ぶっちぎりのtier1になります」


 さらに小柄な女子は、実際の対戦方法にも言及していく。


「【MRAF】の勝利条件は二つです。敵プレイヤーを全員倒すか、敵の本拠地を破壊するか。どちらかを達成すれば勝利となります。他にも細かいシステムがありますが、それらは実際の練習試合の画面で説明していきます。ではもうすぐゲーム開始です、みなさん、選手の画面を見てください」


● ● ● ● ● ●


 森林ステージには、背の高い木々が生い茂っていた。どの木も太陽の光を遮るほど育っていて、ステージ全体が薄暗い。茂みや木陰からはリスやクマなどの野生動物たちが、ちらちらと顔を出している。そんな深い森の合間を縫うように、近代化した道路と獣道が伸びていた。


 このステージを上空から見下ろせば、サッカーのコートみたいな長方形の箱があった。【MRAF】の勝利条件である本拠地の位置も、サッカーのゴールポストと同じく、それぞれの陣地の最奥部だ。


 ただしプレイヤーが移動可能な領域は、サッカー選手と違って自由ではなかった。アリの巣みたいに広がった道路と獣道だけが移動可能な領域であり、壁みたいに繁茂した森の部分はプレイヤーが侵入できない領域だ。


 そんなステージのどこにプレイヤーキャラが出現しているかといえば、本拠地の手前であった。


「いつ見てもおいしそうですよね、本拠地って」


 俊介の腹は、ぐーっと鳴った。なぜなら本拠地の見た目はパンケーキを積み重ねたものに瓜二つだからだ。これほど食欲をそそる本拠地ならば、たとえ無機物だとわかっていても、バターとハチミツシロップをたっぷりかけたくなる。


「同感だが、まさか俊介くんからそんなファンシーな感想を聞けるとは思わなかったな」


 尾長は、くつくつと笑った。


「そりゃあ俺だって、ゲームのオブジェクトを見て腹が減ることだってありますよ」


「そうなのかい? 世界大会に出場するほどの選手が、まさか自分と同じカジュアルな発想でゲームのオブジェクトを認識しているとは思わなかったよ」


「まぁただ他人よりゲームがちょっとうまいだけですからね。グラフィックに対する感想なんて、みんなと同じですよ。そもそも【MRAF】って、ゲームシステムは高度でシビアなのに、見た目は漫画風にデフォルメされたものばっかりですし」


「たしか【MRAF】のメインデザイナーは、日本の漫画とアニメに影響を受けたんじゃなかったかな。とくに教育テレビで放映するような丸くて可愛いイメージに」


「出血表現や暴力表現も、かなりマイルドに加工してありますもんね」


「ゲームの対象年齢を全年齢にするための工夫なんだろうさ」


 そんな対戦開始前の準備体操みたいな会話を交わす二人の頭上には、ゲーム内で使用するプレイヤーネームが表示されていた。俊介はおなじみ【kirishun】だ。尾長は【basketman】である。尾長の特待生と負傷した膝に関する話を知っていれば、納得のプレイヤーネームだろう。


 そんな今もバスケを愛する尾長は、ゲームのシステム画面を見て軽く肩を回した。


「さて、もうすぐゴールドと歩兵の自動生産が始まるぞ。レクリエーションみたいな会話を切り上げて、対戦に集中しようか」


 野良のランクマッチだろうと公式大会だろうと、ゲーム開始直後にやることはゴールドの獲得と歩兵の生産だ。ただし今回の練習試合は地方大会方式を採用しているため両方とも自動で行われる。


 パンケーキそっくりな本拠地は、工場の生産ラインみたいにブイイインっと小刻みに躍動すると、本体の下部からポンっとワニ型のロボット歩兵を生み出した。


 ワニ型歩兵は、緑色の装甲を持った鋼鉄製のワニだ。目玉はビー玉みたいにキラキラしていて、歯や爪もおもちゃみたいに丸めてあるから、子供にも大人気だ。動きもコミカルで、がしょんがしょんっと前足と後足を交互に動かす可愛いやつだった。


 ちなみに歩兵の外見はスキンだから、設定画面で変更可能だ。デフォルトのスキンはメカメカしい無機質なロボットなので、東源高校が使用するワニ型ロボットのスキンは尾長が自ら購入したものになる。


「尾長先輩、ワニのスキンが好きなんですか?」


 俊介が興味深そうに質問したら、尾長は楽しそうに答えた。


「小生、よく爬虫類っぽいといわれるからね。バスケ部時代のプレイスタイルもカメレオンみたいに気配を消して、一瞬の隙をついてスティールするタイプだったんだ。それに実は舌も長いんだ。んべー」


 尾長は、んべーっと長い舌を見せた。その顔は爬虫類が舌を伸ばして獲物を捕獲するときにそっくりであった。


「……本当にそっくりだと、反応に困るじゃないですか」


 俊介は感想に困って冷や汗をかいた。いくら尾長が善人であろうと、俊介にとっては初対面の相手だ。どんな反応が失礼に当たるのか把握していないのである。


「そんなに恐縮しないでもいいさ。大事なことは黄泉比良坂に勝つことなんだから。さぁ視界を確保するために出発しよう」


 東源高校の二名は、数体のワニ型歩兵を引き連れて、本拠地を出発した。


 道路も獣道も真っ暗闇だった。画面右下のミニマップも灰色表示でなにも映っていない。現段階で見える場所は、本拠地の索敵範囲と、プレイヤーキャラの視界範囲と、歩兵の視界範囲のみである。


 なお自軍の本拠地と敵軍の本拠地だけは常にミニマップ上に表示されていて、うっすらと光っていた。ゲームの勝利条件をわかりやすくするための工夫であり、戦略ゲームとしての公平性を維持するためでもある。


 これだけ暗闇だらけだと、敵がどこに潜んでいるかわからない。もし敵軍側の視界管理が完璧だったら、自軍側は待ち伏せからの集中砲火を受けて一瞬で壊滅してしまうだろう。


 それを防ぐためにも、また自軍側が待ち伏せ攻撃を仕掛けるためにも、視界を確保したい場所に歩兵を配置していく。


「ここらの茂みは、待ち伏せで使う定番スポットですよ」


 俊介は、キーボードのファンクションキーで歩兵の命令リンクを呼び出すと、目の前の茂みを監視するように命令した。


 ワニ型歩兵は命令通り茂みの中に潜むと、周辺の視界を確保して、敵の接近を監視するようになった。もし敵がこの茂みの近くを通れば、ミニマップにも表示される仕組みだ。


 なお監視命令を受けた歩兵は、敵から攻撃されないかぎり、じっと茂みに潜んで一歩も動かない。だから監視命令を受けてから、それ以降完全に放置されたままゲームエンドするのもザラだ。


「俊介くんが視界の管理をやってくれるうちに、小生は本拠地の防御陣形を構築するとしようか」


 尾長は、マウスのドラッグ機能を使って、本拠地に置いてきた大量の歩兵たちを範囲指定。本拠地を防衛するための陣形を構築するように命令した。


 本拠地でたむろすワニ型歩兵たちは、防御陣形構築の命令を受けると、プログラムに従って整列開始。ゴールポストを守るディフェンダーみたいに規則正しい間隔で配置についた。


 俊介は、ワニ型歩兵も結構可愛いなぁと思いながら、防御陣形を確認した。

 

「防御陣形の構築は大切ですよね。ラッシュって忘れたころにやってくるんですよ」


 ラッシュとは、ゲーム序盤の細かな定石をかなぐり捨てて、すべてのリソースを速攻に注ぐ作戦のことだ。〈成功すれば勝利するが、失敗すればほぼ負ける〉という極端な性質を持っていた。


「本拠地の位置だけは常にミニマップに表示されているからね。たとえ敵陣地にいっさい視界を確保してなくとも、本拠地だけは攻撃対象に選べてしまうわけだ」


「ラスベガスの大会に出たとき、ゲーム開発者がぶっちゃけてたんですけど、本拠地が常に表示されてるのって、試合時間を短縮するためだそうです。いざ本拠地を割れるだけの戦力がそろっても、本拠地の視界が真っ暗闇のままだと攻撃対象に選べないから、まず視界を確保するところからやらなきゃいけなくなって、試合時間が間延びするって」


「そっちの狙いのほうが大きいんだろうね。近年のeスポーツ向けのゲーム、大会のネット配信にあわせてシステムを構築することも多いみたいだし」


「大会の規模を大きくするためにビジネスを優先するのもわかるんですけど、そのせいでゲームとしての面白さを損なうのってもったいないと思うんですよ」


「気持ちはわかるが、まぁ【MRAF】に関しては本拠地が見えてるほうが面白いと思うよ。いつ本拠地を割られてもおかしくないから、緊張感が高まるんだ」


「そうなんですけど、ゴールドと歩兵が自動生産だと、微妙に時間が余るから緊張感が薄くなりますね」


「緊張感が薄いモードがあるからこそ、初心者を集めやすいのさ」


 なんて会話をしながら、視界の確保を地道に続けて、ステージの中央部に到達した。ちょうど両軍の陣地の中間地点にあたる場所だ。道路や獣道と違って、遮るものがなに一つない開けた場所でもあった。


 別名、闘技場。ゲーム中盤以降、ここで集団戦が発生しやすいからである。


 そんな場所だけあって、黄泉比良坂の選手たちも同じタイミングで、ステージ中央に到着していた。


 彼らも複数の歩兵を引き連れていた。スキンはライオン型ロボットである。


 ライオンなんて猛々しいネーミングだが、顔はちょっと間が抜けていたし、牙と爪はゴム製品みたいにぴらぴらしていた。おまけになにも命令を与えないで放置しておくと、ダンボールに入って居眠りする仕様だった。


 そんな百獣の王なのか疑わしいスキンのことはともかく、美桜は対岸に留まったまま俊介を挑発した。


『俊介。この三年間で、腕は鈍ってないだろうな?』


【MRAF】のボイスチャット機能は、たとえ身内向けの報告であろうと、敵が近距離にいたら筒抜けになる仕様だ。現実世界で例えれば、たとえ通信機を使って秘密の会話をしていても、敵が近くに潜んでいれば盗み聞きされてしまうのと一緒である。


「個人技はいっさい鈍ってないぞ」


 ただし集団戦の腕前は鈍った、と俊介は心の中でつけくわえた。


 なぜ鈍ったかといえば、受験勉強を優先して、チーム活動の練習時間をカットしたからだ。いくら即席チームで大会に出ても、緻密な連携とフィードバックが行えないなら、集団戦の腕前は発達しない。


『それが本当かどうかは、これから確かめてやる』


 美桜が合図したら、黄泉比良坂のマジシャンは、魔法の杖を振りかざした。範囲攻撃スキル〈ファイヤーストーム〉が発動。魔法の杖の先端から科学の光が漏れて、炎の竜巻を召喚。高温の渦巻きが真っ赤な光をまき散らしながら一直線に進んでいく。


 この竜巻が描く一筆書きに巻き込まれたら、プレイヤーキャラも歩兵もまとめてダメージを受ける仕組みだ。ただし竜巻の前進だけあって、かなりの低速だった。


 俊介は左に動いて、尾長は右に動いて、〈ファイヤーストーム〉の対象範囲外に出た。もちろんワニ型歩兵だって左右に散開した。こうして炎の竜巻は誰にもダメージを与えることなく消滅した。


 一見すると黄泉比良坂側によるスキルの無駄撃ちだが、ダメージを与えることが目的ではなく、炎の竜巻で俊介と尾長の視界を遮ることが目的だったらしい。黄泉比良坂の二名は後ろ歩きで自軍の陣地まで退却していた。


「さっきの〈ファイヤーストーム〉は退却の隙を作るためのけん制かな?」


 俊介は、けん制だと判断した。だが尾長は別の見解を持っているようだ。


「なにかひっかかるな。わざわざスキルを使わなくても安全に撤退できるだけの距離があったはずだ。だが彼らはなぜかクールダウンの長い貴重なスキルを撃った」


 スキルは連射できるわけではなく、一発でも撃てばクールダウンに入る。もう一度同じスキルを使用したければ、一定の時間を待つ必要があった。


「なるほどたしかに、貴重な範囲攻撃スキルを無駄撃ちするはずがないですね。尾長部長だって、同じスキルを持ってても撃ち返さなかったんだし」


 俊介は尾長の見解に理解を示した。


「というわけだから、あれは別の意図から目をそらすためじゃないかと疑ってるわけさ。たとえば、あの茂みとか」


 尾長は、ワニ型歩兵を、とある茂みに差し向けた。オブジェクトとして見たら、ただの茂みだ。だが二対二の少数戦として考えたら意図のある茂みだった。


 もしさきほど俊介と尾長が、黄泉比良坂の〈ファイヤーストーム〉に心を乱されていたら、この茂みに逃げ込んで態勢を立て直そうとした可能性が高いのだ。


 そんないわくつきの茂みを調べるために、東源高校のワニ型歩兵は、がしゃこんがしゃこんと鋼鉄製の前足と後足を交互に動かして全速前進。隠された財宝を探すような仕草で茂みに顔を突っ込んだ。

 

 なんと黄泉比良坂のライオン型歩兵が茂みに隠れていた。だが東源のワニ型歩兵にはいっさい反応せず、プレイヤーキャラである尾長のマジシャンのみに反応していた。どうやらプレイヤーだけを狙うように迎撃命令を受けていたらしい。


 茂みのライオン型歩兵は、前足を銃火器みたいに構えた。ひゅるりという隙間風みたいな効果音でネコ科の爪を発射。尾長を暗殺しようとした。


 なにを隠そう【MRAF】のゲーム序盤は、プレイヤーキャラより歩兵のほうが圧倒的に強い。だからこそ視界を確保するために歩き回るときは歩兵の護衛が必須なのである。


「あぶない尾長部長!」


 俊介は、尾長の腕を強引に引っ張って、茂みから遠ざけた。ついさきほどまで尾長がいた位置を、ネコ科の爪がライフル弾みたいに通過。紙一重で回避成功であった。


「ありがとう俊介くん、もしあれに当たっていたら、最悪あのままダウンしていたかもしれない」


 尾長は冷や汗をかいていた。


「っていうか尾長部長、ライオン型歩兵の攻撃に反応遅れましたね。もしかして体調悪いですか?」


「小生が遅いというより、俊介くんが驚異的に早いんだよ。普通のプレイヤーだったら、あんな巧妙な罠、気づいてから回避なんて無理なんだ」


 普通のプレイヤーは、罠に気づいてから回避なんて無理。


 この尾長の指摘に、俊介は思い当たることがあった。だがLM時代に関わるネタだし、なにより自慢だと思われるのがイヤなので、会話を前に進めてしまうことにした。


「あれは、どういう罠だったんでしょうか?」


「美桜くんは、言葉による挑発と低速の魔法スキルを合わせることで、茂みに隠れた暗殺者から意識をそらしたんだ。しかも〈ファイヤーストーム〉でメンタルを乱されて茂みに逃げ込んでくれたら儲けもの、っていう二段構えの作戦さ」


 尾長は、引き連れていたワニ型歩兵の群れをまとめて操作。数の暴力によって、茂みのライオン型歩兵を安全に倒した。


「罠を仕込まれたタイミングと茂みの位置からして、これは俺のミスですね。歩兵を操作している尾長部長のカバーを、俺がしなきゃいけないから」


 なぜ俊介のミスになるかというと、歩兵に命令を与えるためには、とある制約があるからだ。


 プレイヤーキャラか本拠地の視界内に存在していないと命令の入力ができないのである。


 しかもいざ歩兵に移動の命令を入力しようとしても、視界を確保してある場所にしか動かせなかった。


 この制約を踏まえて黄泉比良坂の行動を解読してみると、美桜はステージ中央の小競り合いが発生する前に、茂みへ歩兵を配置したことになる。


 となれば、もし俊介がステージ中央付近の索敵を素早く適切に行っていれば、小競り合いが発生する前に、茂みに潜んだライオン型歩兵を発見できたはずだ。


 俊介は、深く反省した。いくら適切なチームプレイを心がけていても、実際のプレイングに反映できなければ無意味だった。


「小生と俊介くんみたいな急造コンビでは、息の合わない部分も出てくるだろうさ」


 尾長は気楽に構えていた。どうやら俊介のミスプレイを責めるつもりはないらしい。


「そうはいってられないですよ。もし俺が作戦も得意な選手だったら、ゲーム全体の流れを理解しているから、索敵に手間取るはずがないんです」


「そんなに作戦は苦手かい?」


「苦手です。元チームメイトの樹がNAのチームから声がかかって、俺にはかからなかった理由は、ここでしょうから」


 俊介は、LM時代の仲間に対する分析を声に出したことで、己の内面に潜んだ劣等感を強く意識した。


 俊介は個人技こそ世界レベルだが、作戦や戦略という面では三流であった。元チームメイトである美桜や樹と比較すれば、頭脳の出来具合で圧倒的に劣っていた。


 だからこそ受験勉強をがんばって、学力を底上げすることで、【MRAF】の力につなげようとした。だが勉強すればするほど頭脳の出来具合では美桜と樹には届かないことがわかってしまい、心の奥底に剥き出しの弱音がちらつくようになった。


『自分のような平凡な知力の人間は、美桜や樹みたいなインテリタイプには逆立ちしたってかなわないのではないか?』


 そんな弱音が、新たな恐怖を呼び込んだ。もし美桜まで海外の一流チームに入るようなことがあったら、劣等感を隠しきれなくなって、とてつもなく惨めな人間になってしまうのではないのかと。


「俊介くん。小生のRTS経験が、君の力になれると思うよ」


 尾長は自信を込めて助言した。きっと俊介の心にちらつく呪いのような弱気に気づいたんだろう。


「部長の知力は本当にすごいですよ。茂みの暗殺者を見抜いた眼力は本物でした」


 俊介は、尾長という新しい出会いに感謝した。彼と一緒なら弱点を克服できる気がしたからだ。


 未来への道筋がつながると、まるで真っ暗闇の海で灯台を見つけたような気分になった。さきほどまでの弱気がどこかへ吹き飛んで、がぜん黄泉比良坂に勝ちたいという気持ちがわいてくる。


「俊介くんの個人技と、小生の作戦で、黄泉比良坂に勝とうじゃないか。たとえ勝率二十パーセントだろうとね」


 尾長はミニマップに目を通して、今後の作戦を構築していく。


「三年前のラスベガスを乗り越えるために、俺は闘志を燃やし続けますよ。たとえ勝率二十パーセントだろうと、この試合が終わってからも」


 俊介の熱意は、鋼鉄を溶かしそうなほど燃えていた。この練習試合だって勝つつもりだったし、たとえ敗北しようとも将来F2イースポーツを倒すために必要な偉大なる一歩を発見しようと思っていた。

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