藍のない間奏

エリー.ファー

藍のない間奏

 演奏は静かになる。

 楽器たちはその羽を休めて、そのまま眠りにつくものさえいる。

 指揮者の立場からはどう見えているのか、想像してみるが、どこに立ったこともないのだ。分かる訳がない。ただ、見下ろし、全体の雰囲気がつかめていることには違いない。

 だからこそ、指揮者を名乗るのだ。

 シンバルは、その光を携えながらも、大きく、そして繊細に、そこを後にする。まるで音を立てているかのような、存在感は、幕と幕の間から放たれる一筋の夕日にもよく似ている。

 終わる瞬間が全てを物語るのだ。

 私は知っている。

 私以外の人が、このコンサートに何も求めていないことを。

 私は知っている。

 このオーケストラが、誰よりも美しいもの彩られていると願っているとしても、それが現実に与える影響は些末であるということを。

 しかし。

 この場所で、今日も音楽は鳴り響いている。

 演奏者も。

 ましてや楽器がないこの状態でさえ、このホールからはオーケストラの音が鳴り響く。

 人々は言う。

 まやかしであると、悪魔の呪いであると。

 はたまた、こうも言う。

 神の奇跡であると。

 幾らでも解釈はできる。

 しかし、答えはこうである。

 ただ、そこには音が閉じ込められ、鳴り響き続けてしまっている。これにつきるのだ。

 後から誰かが語ったことだが、あの中には一人だけ人間がいて、その音を間近で聞き続けていたらしい。誰もが薄気味悪いと距離を取っていたというのに、である。

 その人間は、元々は、映画の俳優をしていたらしく、役作りでこの場所を訪れて、その不思議な現象に巻き込まれて興味を持ったようなのだ。

 オカルト、であるとか、都市伝説、であるとか。

 そういうものが子供の頃から好きだったようである。

 だから、その人間はこれが後々必要になると考えて、その中で流れた音楽を全て録音していたというのである。

 中々、粋なことをするものだ。

 そう思った者もいたそうだ。

 しかし、である。

 それを再生してみると。

 何の音もしないのだ。

 その場に居なければその音楽を聴くことも、その音の振動を感じることすら不可能なのである。

 こんなことがあるだろうか。

 機器の故障。そう考えてみてもいいかもしれない。

 もしかしたら、その中に入っていたというその人間が、本当に録音したものは持っていて、自分だけが独り占めしようと嘘をついた。

 幾つか、考えは浮かぶが残念なことに。

 何一つ確実なものはなかった。

 結果として、その音を聞こうと、その振動を味わおうと多くの人がその周辺には詰めかけるようになる。

 そのうち、出店ができて、宿屋ができて、宿場町になる。

 それから、そこにはギャンブル場や、運動場、公園、酒屋などなど賑わってくるのだ。

 不思議なもので、そのころになるともう演奏を聴くことはなくなり、そして、そのことに気が付くものもいなくなる。当初、何故、ここに集まるようになったことなど、忘れてしまうのだ。

 そうして。

 数年。

 数十年。

 数百年。

 数千年。

 そんな時間が流れる。

 町はまだ発展を続けている。

 人は増え続けている。

 文化の更新はなされている。

 時間になると決まった演奏が流れ、町にいる人間はそれに耳を傾ける。

 音楽も。 

 演奏する者も。

 そこに生まれる感情も。

 数千年前と全く同じである。

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