おてんば姫は嵐とともに
長月瓦礫
第1話
「ったく、参ったなぁ……」
ジュンヤは頭をかいて、あたりを見回した。
いつもならこの辺にいるはずなんだけどな。
周囲の人々に聞いても、誰も姿を見ていないらしく、手がかりは得られなかった。
どうしたものか。他を探そうか。といっても、どこを探す?
それとも、仲間といったん合流して情報を共有した方がいいだろうか。
同じ制服を着た黒髪の女性、レイカが息を切らして、こちらへ走ってきた。
「姫はいた?」
「いや……」
ジュンヤは首を振った。
レイカの方でも見つかっていないらしく、お互いにため息をついた。
「早く見つけないとヤバイよ」
「だなぁ」
その言葉に何度もうなずいた。下手をしたら、大問題に発展してしまう。
そうなる前に、何とかしなければならない。
「とにかく、ジュンヤは聞き込みを続けて。私は警備兵と連携して情報を集める」
レイカはてきぱきと指示を出した。
「しかし、これだけ探しても見つからないんだ。もう町にはいないんじゃないのか?」
ジュンヤがそう指摘すると、門番からそれらしき情報は届いてないとのことだった。
それなら、大丈夫かな?
町の中にいるなら、時間をかければいくらでも探せる。
「りょーかい、それじゃまた後でな」
レイカと別れ、来た道を戻る。
本当にどこにいるんだ、あのお転婆姫は。
シルベーヌ親衛隊。この国を治める王様がたった一人の可愛い愛娘のために結成した団体である。親衛隊といっても、国家の政治に関わることはほとんどない。
姫と常に行動を共にし、その身を守り、時には正しき道へ導くのが主な役割だ。
これだけ聞くと何だかすごそうに感じるが、ジュンヤに言わせれば「姫の世話役兼保護者」である。
漫画や小説に出てくるメイドや執事を想像してもらえればいいだろうか。
あるいは、大統領についているSPやボディガードとか?
その辺はよく分からない。
とにかく、シルベーヌ姫の身の回りの世話はレイカをはじめとした女性陣が担当し
ジュンヤたち男性陣は彼女の警護を任された。
レイカとジュンヤは誰かの世話なんてしたこともなかったし、そもそも、王族と関わることもなかった。
しかし、この世界ではそんなことは言っていられない。
この世界では王族が国を治め、誰かに世話をされるのが当たり前の姫君がここに存在しているのである。
「ふぁぁ~あ。本当なら今頃昼寝の時間だよ。まぶたが重い……」
ジュンヤは背筋を伸ばしながら、あくびをする。
今頃、あの姫は何をしているのだろうか。
町を出ていないなら、すぐに見つかりそうなもんだけどな。
そう思いながら、周囲を見回す。
「あ、ジュンヤさんちぃ~っす」
「おお、ポンク、元気に更生してるかぁ~」
小柄な茶髪の少年に手を振りかえす。
ポンクは町で買い物をしていた姫から財布を盗んだところを見られ、ジュンヤたちに捕まったことがあった。
幸い、姫に怪我はなく、財布以外は何も盗られていなかった。
ポンクはたまたま目についたのが姫だっただけで、他の王国民にも目をつけていたことを話した。
要するに、標的は誰でも良かったのだ。
彼は金が欲しかっただけだった。
ポンクは貧乏な生活をしており、ぎりぎりの生活を強いられていた。
明日の食事ですらままならず、いくら働いてもロクに給料はもらえない。
それどころか、いつ飢え死にするかも分からない。
「あんたみたいな貴族には分からないだろうけどな」
姫をにらみながら、彼は拳を硬く握る。
その眼は闇に沈み、人を寄せ付けない鋭さがあった。
「……」
本来であれば、ポンクは警察に引き渡され、処罰を受けるはずだった。
だが、今もこうして生活を送れているのは姫のおかげだ。
その事情を聞いた姫はあろうことか、その財布を彼にあげてしまったのだ。
「あなたのような生活を送っている人がいることを、私は知りもしませんでした。
私の無知を許してほしいとは言いません。
ただ、私の財布を盗んで気が済むのであれば、いくらでも差し上げましょう」
彼の手を取り、姫は頭を下げた。ジュンヤには信じがたい光景だった。
何が正しき道へ導く、だよ。そんなことはするだけ無駄なように思えた。
本質が見えていなかったのは、俺たちの方なんじゃないか?
重い沈黙が降りたのをよく覚えている。
耐え切れなくなったのか、彼は姫の手を振り払い、その場から走り去った。
なぜ、そんなことをしたのだろうか。
姫に直接聞くと、彼女ははっきりと答えた。
「大切な国民を傷つけてほしくなかったからです。
私が犠牲になれば、誰も傷つかないでしょう?」
彼女はそう答えた。
あまりにも真剣に語るので、何も言い返せなかったのをよく覚えている。
その数日後、ポンクは姫の財布を返しにジュンヤたちの元を訪れた。
そして、ポンクは盗みをやめ、まっとうに生きることを宣言した。
「今日もバリバリ元気っす!」
満面の笑顔でピースサインを見せる。
生き生きとしたその表情からは、充実した生活を送れていることがうかがえる。
「それにしても、ここで会うなんて珍しいっすね。もしかして、また姫っすか?」
ずばりと当てられ、ジュンヤは視線をそらす。ポンクはにやりと笑った。
「お前、勘がいいな? まさか……」
また何かしたのかとジュンヤはうろんな眼を向ける。彼は頭をぶんぶんと振った。
「疑わないでくださいよ! もうしっかり足は洗ったっす!」
「その言葉が偽りならお前の命はないぞ?」
「止めてくださいっすよ! 何なら一緒に探しますよ!」
ポンクはまっすぐに右手をあげた。
協力してくれるのはありがたいが、この様子では何も知らないようだ。
「お前は自分の仕事を優先しろ。これは俺の仕事だ」
ジュンヤは彼の肩を叩く。
「分かったっす。そんじゃ、失礼しまーっす。
あ、姫の事は誰にも喋りませんから、大丈夫っすよ!」
親指を立てて、ポンクは走り去って行った。
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