野蛮で下品で慌ただしくて【1~3百合4~6BLな試験作品】

桝屋千夏

柚希と芹華と伊莉愛

柚希side

第1話 伊織柚希(いおりゆずき)の場合

 暖かい陽射し。

 頬を撫でる風。

 チュンチュンと鳴く雛鳥の囁き。


 屋敷の外れにあるベンチに腰掛け、私は耳を研ぎ澄ます。

 私の周りにはきっと私の見ることのできない素晴らしい世界が広がってるに違いない。


柚希ゆずきお嬢様ー!柚希お嬢様どこですー!」


 段々近づいてくるいつもの慌ただしい声。

 私を探してあちこち走り回って、大声で私の名前を呼ぶ彼女の声。


 私は、この声が好き。


 野蛮で下品で慌ただしくて、野暮で粗野で気品がなくて。


 そんなあなたが、好き。


 この声が聞きたいから。

 あなたに見つけて欲しいから。

 だから私はいつも……


「あ!ゆず……お嬢様!また勝手に一人でこんなところまで。怪我でもしたらどうするんですか?」


「大丈夫ですよ、芹華せりか。私に何かあったらいつでも芹華が助けてくれるでしょ?」


 そうやって私を叱ってくれるあなたのことを考えると、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 例えあなたが私を見ていないとしても、私はそれでもかまわない。



 私の隣に腰掛けた彼女の温もりを心で感じる。

 私を優しくさせる温もり。

 私の心を苦しめる温もり。


 見えなくてもあなたが微笑んでくれているのがわかる。

 微笑んでると信じたい。


「柚希お嬢様。私だっていつ……いつでも柚希お嬢様の側にいる訳じゃないんですからね。私は伊莉愛いりあお嬢様のお世話が主な仕事な訳で」


 いつまでも……って言いたいんでしょ?

 でも、それを言わないのは言ったら私が泣いてしまうと思っているから。

 その優しさが私を苦しめる。


 あなたがいつまでもいないこと。

 もうすぐここを辞めてしまうこと。

 私の前から消えてしまうこと。


 私はもう、知っている。


 だからあなたのことを考えると苦しい。


 こんな気持ちにさせておいて、なにも言わずにいなくなるなんて……




 ……ズルい。




「わかってます、芹華。芹華は私より伊莉愛お姉様のことが大好きなんですもんね?」


 私はあなたが好き。

 それを伝えるには言葉にすればいいの?

 でも、素直になれない。

 だから、言葉にできない。


 違う……


 言葉には、したくない。


 目を見て伝わるなんて、私には絶対にない。


 だって、私はのだから。


「好きとか嫌いとかそんなんじゃありません。それに私達は女の子同士。そもそも私は仕事として働いてるんですからね」


「はいはい、芹華ったら。何をそんなにムキになってるの?」


 私はあなたをからかうことで、私の心を守ってる。

 お願いだから、私の気持ちに気づかないで。

 でも、私を見て。

 あなたが私を見てくれていると信じさせて。


「さ、もうすぐ昼食の時間です。早く来てもらわないと私が怒られるんですからね」


「ええ、でもその前に」


 私は手慣れた手つきで彼女の顔に触れる。

 彼女のすっとした喉。

 彼女の柔らかな唇。

 彼女の均整の取れた顎と頬。

 彼女のスッと延びた鼻筋。

 彼女の……


「わ!ちょ、ちょっと、ゆず!こんなところでダメだって」


「芹華ったら。私の部屋以外はちゃんと柚希お嬢様って呼ばないと」


 私はあなたの顔に触れる。

 あなたの困惑した顔が見えてなくてもわかる。


 そんな顔、伊莉愛お姉様にもしてるの?

 そう考えるとムカついてくる。


 あの夜。

 私が伊莉愛お姉様の部屋を訪ねた時、あなたがいるのを感じた。

 伊莉愛の息づかい。

 伊莉愛の汗の匂い。

 伊莉愛の吐息。


 そこにあなたの匂いが混ざっていた。


 あなたの汗の匂いが……


 ねぇ、一体二人で何をしていたの?

 私に何を隠してるの?


 聞きたい、知りたい、苦しい。



 ……でも、聞けない。


「満足ですか?」


 彼女の指が私の指と絡まりながら、顔の感触が遠退いて行く。


「えぇ、でも……」


「でも?」


 あなたに聞きたいことがありすぎて。


 気になることが多すぎて。


 でも……


 聞けないことが、ありすぎて。


 素直に言葉にできなくて。


「なんでもないわ、行きましょう」


「柚希お嬢様、杖は?」


「芹華。この手を握って私を連れていって」


「もー。今回だけですからね」


 そう言って何度も私の手を引いてくれるあなたを好きになったのはいけないことですか?



 この目が見えるなら……


 一度でいいから……


 あなたと見つめ合いたい。







「ねぇ、芹華。今年の夏は海に行きたい。水平線に沈む夕陽をあなたと見てみたいの」


「きっと見れますよ。きっと」

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