第9話
「……しかし、今の所、中央にはなんら影響が及んでいない。……砂糖を大量に備蓄していたのか、
隣で不思議そうに首を捻るのは皇帝陛下だ。
同じく資料をパラパラと捲っていた沙耶も、最初の襲撃からもう、ひと月近くが経つことに気づいて、眉を顰めた。
「この報告書の通りなら、今頃砂糖の市場価格が高騰していてもおかしくありませんね……」
「あぁ。そう思って念のため、城下の調味店や菓子屋を回ってみたんだがな。特に価格変動も無ければ、品薄でもなかった」
なんて事を軽く言って、袖机に置いてあった紙袋を持ち上げた男。
もしや……と思っていると、中から取り出したのは、何個もの甘い香りの焼き菓子だった。
「……また勝手にお忍び視察をされたんですね」
小言を言いたいわけじゃ無いが、部下としては言わざるを得ないだろう。遠慮なく冷たい視線を投げたが、相手はおおらかに笑って、勝手に沙耶の机の上に、焼き菓子を並べ始めた。
どれもこれも、綺麗な形に作られた美味しそうなものばかりだ。『城下の菓子屋』としか言わなかったが、砂糖を扱う菓子店は、一般的に高級店の部類に入る。その中でも、けっこうな人気店を選んで買ってきているあたり、本当に城下のトレンドに精通している気がする。
(……これは日常的に脱走してるな……)
毎日脱走している自分を全力で棚上げして、呆れた表情の沙耶。
「まぁ固いことを言うな。ちょっと買い物に行っただけなんだ。……食べるだろ?」
「頂きます……けど、菓子屋の普段の価格を把握してるぐらい通ってらっしゃるんですか?」
そんなに甘いものお好きでしたっけ? と小首を傾げて問えば、
「いや、まぁ、たまに気が向いたらな……」
「へぇー、よく頂き物が食べきれないと持って来られてたので、苦手なのかと思ってました。では、お茶、淹れてきますね」
「苦手ではあるのだが……とりあえず茶を頼む……」
「…………? はい、ちょっとお待ちくださいね」
何故か歯切れの悪い陛下を置いて席を立つ。
別に菓子屋を散策しようが、書店を覗こうが、武器屋で試し切りをしようが、好きにすればいいのだ。
(あ、もしかして、お菓子が好きだと思われるのは恥ずかしいのかな……?)
男の人って、何歳になっても子供っぽいプライドがあるからなぁーなんて思いながら、戸部の扉を開く。
お茶ぐらい、頼めば部下の誰かが淹れてくれるだろうが、皆、自分の仕事に集中している。こんな事で手を煩わせるのは好きじゃないのだ。
背筋を伸ばして颯爽と歩き出した沙耶は、雑談の中で緩んでいた口元を引き締め、給湯室へと向かった……。
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