■璃寛皇国 ひきこもり瑞兆妃伝■ 〜日々後宮を抜け出し、有能官吏やってます。〜(Web版)
しののめ すぴこ
後宮の妃と、尚書省・戸部侍郎
はじまり
「あら。こんな朝早くから、獣臭い庶民が走ってるわよ」
「嫌だわ、朝の清々しさが台無しじゃない……。毎日毎日引き籠って、部屋で何をしているのかと思っていれば……こんな時間に、まるで|童(わっぱ)ね」
「見なさいな、あの質素な服を。装飾が一つも無いだなんて、恥ずかしくないのかしら?」
「ふふふっ、貞淑さをアピールしたいのか知らないけど、あんな布を頭から被ってちゃ、陛下の視界にも入らないわよねぇ」
クスクスと笑い合う、軽やかな声音。
動くたびにシャラシャラと光を反射するのは、彼女たちが身につけた豪華な玉の装飾だ。
「あの髪を隠したいんじゃない? バッサバサの金髪」
「全然隠せてないけどねぇ。よくそんな庶民の色で、この高貴な敷居を跨げたわ」
「……ほんとに迷惑な事。ここは絢爛たる栄華の園・後宮。あんな貧相な庶民が混ざっているなんて、わたくし達の品位まで疑われかねませんわ……」
――美しい扇で口元を隠しながらも、潜める気のない陰口は、間違いなく自分に向けられたものだ。
(今日はあの決済書類の束をやっつけなきゃ……)
頭に浮かぶのは、執務室にある仕事の山。
簡単に承認できるものから、検討が必要で差し戻すものまで、様々な書類が紗耶の判断を待っているのだ。
おおよそ飾り立てることが仕事である、後宮の妃とは思えない悩みだ。
美しい花々が彩る後宮の中庭を突っ切りながらも、思考は完全に仕事モードに入っている。
(州から出てくる書類って、毎回毎回、どこか辻褄が合わないのよね……。収支だったら問答無用で突っ返してるけど、あの報告書はどうしようかな……。こっちの手間が増えるだけなのを考えると、修正案を作って渡してあげようか……)
その目鼻立ちはくっきりと整っており、髪と目を隠す為の布を目深に被っていなければ、結構な美人であることは間違いなかった。スレンダーな肢体は腰が高く、小柄ながらも見栄えの良いスタイルをしているというのに、それを生かす事のない簡素な合わせ衣は、地味な帯を巻いただけという飾り気のカケラもないものだ。
裾が跳ねるのを気にする事なく、目的地へと真っ直ぐ進んでいく沙耶。
出来れば人目を忍びたかったが、この際、忙しいのだから致し方ない。
――誰もまさか、忌み嫌っている庶民の女が、毎日後宮を抜け出して、官吏として働いているとは想像もしないだろう。
(実際、この世界にきて5年、誰にも不審に思われてないし……。衣食住が保証されてる、安全な仮住まいと思えば、これ以上に便利な場所は無いわー)
そう。
沙耶にとってここ、後宮とは、5年前に紛れ込んでしまった異世界での、ただの寝床にすぎないのだ。
(……伸びてきた
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