第73話 慟哭

私はもつれる足で、レレさんに駆け寄った。

「レレさん!レレさん!」

私は倒れたレレさんの頭を、膝に乗せた。

「レレさん!お願いだから死なないで……」

涙が次々に落ちた。

レレさんがうっすらと目を開ける。

「きっとこれは、因果応報というものなんだな……。

だから茜、僕を殺した人を、恨んではいけないよ。

人を恨む気持ちほど、むなしいものはない」

「殺した人って……!今から死ぬみたいは言い方しないでよ!

なんとか止血すれば……」

私は医療道具を探しにいこうとした。レレさんは私の手を掴んで止めた。

「僕のことは、僕が一番分かる。

これで、最後なんだ。

茜……。君には本当に、本当に感謝している。この世界で、君だけが、心の拠り所だった……。

どんなにお礼をしても、足りないくらい……」

私は首を横にふった。

「私の方こそ……!

レレさんは唯一、日本の話が通じる人だった。私は、レレさんの存在自体に、とても助けられていたんです!頼れる人がいるだけで、どれだけ救われたか……!」

レレさんは、ふっと笑った。

「……ありがとう。君に会えて良かった」

レレさんは激しく咳をした。口から血が吐き出された。

「レレさん……」

「もう、よく見えない……」

レレさんは私の手を握った。

「そこにいるのは、汐莉しおり……か?」

レレさん……。もう……!

「うん……!そうだよ……」

私は震える声で言った。その弱々しい手を握り返す。

「そっかあ。大きくなったなあ……。

こんな不甲斐ない父親で……」

レレさんは微笑んだ。その目には何が映ってるのだろうか。

今のレレさんは、私が見た中で、一番穏やかな顔をしていた。

「ありがとう、本当に……

ありが……」

レレさんの力が抜けた。

私は呆然とした。が、保健の授業を思い出して、急いで心臓マッサージをした。でも、血が流れるばかりで、レレさんは目を開けてくれない。

私はレレさんを腕で包んだ。

「うああああああああああ!」

私は、自分が出したこともないような大声で、慟哭した。

なんで……なんで……。

レレさん…………!

私は目を閉じて、うつむいた。

頭に浮かんでくるのは、楽しかった思い出ばかり。

さっきまで、さっきまであんなに幸せだったのに。笑ってたのに。

お願い、お願いだから。

手に力が入って、レレさんの服がくしゃりと鳴った。


トトがおずおずと話しかけてきた。

「あの、茜。なんか、ごめんなさい」

私は眼球をトトに向けた。

「なんか?なんかって何?

人を一人殺したんだよ!?」

「ご、ごめんね。私、茜が怪我しているから、そのレレという人にやられたのかと思って……」

トトの声色は、思いの外暗くはない。

人を殺したというのに。

ああ、そうか。試練の参加者といたせいで忘れてた。カラ国の人は、自分にも、他人にも、深い興味を抱かないようになっているんだ。

だから、人を殺しても、私と受け止め方が違うんだ。

トトが憎い。どうして話を聞いてくれなかったの。憎い。憎い。

本当なら、ひっぱたいてやりたい。汚い言葉で罵ってやりたい。

でも……!トトは私の大切な友達……!

この国に来て、戸惑う私を助けてくれた恩人なんだ。

ああ嫌だ!こういう風に中途半端に気を使ってしまう自分が……。

「茜……」

「放っておいて」

冷たい声に自分でも驚いた。

「でも……」

「いいから!

お願いだから、どっか言って!」

私は絶叫した。

トトはびくりとして、その場から去っていった。


「ううっ……。あああ……」

私の涙が、レレさんの服ににじんだ。

雨が降ってきた。

周りの環境が変化しても、それでもレレさんの様子は変わらなかった。

私は突っ伏して泣いた。

雨の中、私の嘆きだけが、響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る