封魔戦士 シールセイバー

武海 進

第1話 転生


 僕は小さい頃から体が弱く、入退院を繰り返していた。

 学校にもあまり行けず、病院にいることの多かった僕の楽しみといえばテレビを見ることくらいだった。

なかでも好きだったのは、カラフルな全身タイツを着て戦う五人組や颯爽とバイクに乗る仮面の戦士、巨大な怪獣と戦う巨人といった、いわゆる特撮というものだ。 小さい頃はそんなヒーローになるのが夢で、現実にはそんなヒーローはいないと理解できる年齢になっても心の片隅にはそんな夢があった。


 16歳を誕生日を迎えた日、大きな病気にかかっていた僕は容体が急変し、薄れゆく意識の中、死後の世界とかってあるんだろうか?父さんと母さんを悲しませてしまうな、そんなことを考えた。そして、意識が完全に途切れる瞬間、絞り出すような声で、


「ヒーローに、なりた、かった」


 それが僕の遺言となった。


「起きて下さい勇気さん、六代勇気さーん、いつまで寝てるつもりですか!起きてください!」


「は、はい!起きました、検査の時間ですか?」


 寝ぼけた僕は飛び起き、声の主が看護師さんだと思い聞いた。


「いやいや、あなたもう亡くなってるんだから検査も何もないですよ」


「え?そういえば僕は病院で死んで…ここってあの世ですか?」


「当たらずとも遠からずといったところですね。ここは様々な世界の間にある次元の狭間、世界の管理人たる我ら神の領域です」


そう言われて辺りを見回すと足元は黒い板というか地面で、空は満天の星空が広がっていた。


「改めてご挨拶を。私は数多の世界を管理する神々が一柱、シルフィーアと申します」


 目の前には綺麗な絹のような金色の髪が腰まで伸ばした、僕が今まで見た女性の中で一番綺麗な顔をしている女性が立っていた。

 よく見ると少し目の下に隈があり、疲れたような顔をしているように見えた。服は白いシンプルなしるてっとのドレスで、絵画とかによく描かれている女神のイメージ通りの服装、という感じだった。

 事態が飲み込めずに呆然として、キョロキョロと辺りを見回していると、シルフィーアを名乗った女神?は話を続けた。


「勇気さん、あなたは16歳という若さで残念ながら亡くなってしまいました。このままあなた達人間の言う天国に行く前に一つお願いしたいことがあります」


「女神様が僕にお願い?僕体は弱いし、何か突出した才能とかも何もないですけど一体何を?」


「ここからは少し長い話になるのでお茶でもしながら話すとしましょう」


 女神様がそう言いながら指を鳴らすと目の前にティーセットが置かれた机と椅子が現れた。


「さあ、どうぞ座ってください。お茶菓子はクッキーとマドレーヌがありますけどどちらにしますか?」


「じゃあクッキーで」


 反射的に好物の方を答えながら勧められた椅子に座った。


「あなたにお願いしたいことなのですが……」


 紅茶を入れながら女神様はそういった。


「これから勇気さんにはあなたが生きていたのとは違う世界に転生していただき、世界征服をしようとしている悪の帝国と戦う戦士になってもらいたいのです」


「なるほど、それで僕は死んだ後、あの世に行く前に女神様に引き止められてよくわからない空間でお茶とお菓子をご馳走になってるわけですね」


「理解が早くて助かります」


「いやー、全然理解できてないですよ!死んだと思ったら異世界に転生して悪の帝国と戦えとか!僕喧嘩どころかスポーツもろくにしたことないんですよ!いくらなんでも無理ですよ!ていうか悪の帝国ってなんですか!そんなテレビとか映画じゃないんですから」


 一息にまくしたて、紅茶を一気に飲み干した。女神様は苦笑しながら空になったカップにお代わりを注いでくれた。


「まあ、普通はそういう反応ですよね。ですが私も冗談で言っているわけではないのです。詳しく説明しますね、征服覇王ゾアカーンが率いるゾア帝国について」


「征服覇王ってまたベタに悪そうな名前ですね。」


「全くです。ですが自ら征服覇王を名乗るだけあって本当に世界を征服しようとしているのです」


「そもそもゾア帝国って一体なんなんですか?」


「ただの人間である勇気さんは知らないと思いますが、感情を持つ生物の喜びや怒りという様々な感情からはエネルギーのようなものが発生しているんです。そしてそのエネルギーには2つの種類があります。一つは喜びや楽しいといったプラスの感情から生まれるプラスのエネルギー、もう一つは悲しみや嫉妬といったマイナスの感情から生まれるマイナスのエネルギー。プラスのエネルギーが多い分には構わないのですが、マイナスのエネルギーが増えすぎるとそれは瘴気と呼ばれる世界を腐らせる毒となります」


 あまりにも現実離れした話を聞かされた僕は、完全に理解することを諦めて5枚目のクッキーに手を伸ばした。


「勇気さん!クッキーばかり食べてないでちゃんと聞いてください!まあ正直今までの話は長すぎる前置きみたいなものなので聞き流してもらっても構いませんが、ここからが本題なのできちんと聞いてくださいね!」


「す、すいません、つい美味しくて」


「それはそうです、私謹製のクッキーですからね!」


 女神様謹製のクッキーって、何かの加護でも受けれそうな気がするな……


「では話を戻しますが、我々は瘴気により世界が腐らないように瘴気が発生したら回収し、浄化していました。ですが最近はどの世界も発展が進み、発展すればするほど人口が増え、その分瘴気の発生量が増えるのです。そのせいで浄化が間に合わず、緊急措置として一時的に世界の狭間に隔離用の空間を作り瘴気を保管していました」


「なんだか大変そうですね。」


「人ごとじゃないですよまったく。勇気さんの世界が一番瘴気が多いんですよ」


 僕はずっと入院していて周りは優しい人ばかりであまりわからないけど、ニュースとかでやっていたブラック企業とかイジメとかそういうものも関係あるのだろうか?


「まあ、そうやって瘴気を隔離し、保管していたのですが、ある日突然保管していた空間が異常をきたして爆発のような現象起こしました」


「それって許容量がオーバーしたってことですか?」


 空間に隔離というのがよく分からないが、空気を入れ過ぎた風船が破裂するイメージが近いのだろうか。


「私も最初はそれを考えましたが、違いました。空間が内側から破壊されたのです。そして破壊したのがゾア帝国だったのです」


「でも空間には瘴気を貯めていただけなんじゃ。どこからか入り込んだってことですか?」


「違います。ゾア帝国の怪人たちは原因はわかりませんが、瘴気から生まれたのです。」


「神様にもわからないことってあるんですね」


「私たちも全知全能という訳では無いんですよ。空間を破ったゾア帝国は私の管理するうちの一つの世界に侵攻しました。」


「じゃあもうその世界は……」


「まだ征服されてはいません。帝国といってもそう名乗っているだけで、怪人の数は100にも満たないんです。本来は世界に直接干渉する行為は禁じられていてしないのですが、今回は特例として私直轄の天使の戦闘部隊、ヴァルキリーズを派遣しました」


「あれ、じゃあ別に僕が戦う必要って無いんじゃ。」


「ヴァルキリーズは勝てなかったのです。戦いは最初はこちらが優勢でした。ですがゾア帝国は倒しても倒しても復活してくるのです。瘴気から生まれた彼らは傷つき、倒されても世界に漂う瘴気を吸収し、復活できるようなのです。そのせいで少しずつこちらが押され始めました。このままだとは勝つことができないと思った私は倒すことを断念し、封印することにしたのです」


「それで封印は成功したんですか?」


「ええ、ですがそのせいで封印にかなりの力を使ったヴァルキリーズはほとんど戦闘不能状態に陥り、回復にはかなりの時間が必要な状態です」


「でも封印できたのなら時間の余裕があるんじゃ無いんですか?」


「封印したのが今から勇気さんの世界の時間で約30年前なのですが、どうやら封印の一部が破られてしまい、一部の怪人が復活したようなのです。ヴァルキリーズが戦えるようになるにはまだ時間がかかるうえに、戦ったところで結局は封印するしかなく、いたちごっこです」


「でも、倒せないのならそうするしかないんじゃ…」


「封印してからの30年間、私が何もしなかったと思いますか?ずっとゾア帝国を倒す手段を探し、そしてその方法を見つけたのです」


 女神様が再び指を鳴らすと2人しかいなかった空間に突然人影が現れた。


「彼女は私の部下、あなた達でいうところの天使ですね、さあ、挨拶を」


「はひ!ひゃじめましてひて!セラムです!」


 肩のあたりまで伸びたせっかくの綺麗な金色の髪は跳ねまくっていて台無し、着崩れたよれよれの白いセーラー服の上には機械油や薬品が跳ねた跡がるあまり洗濯していなさそうな白衣を着たセラムと名乗った少女。

 頭の上に輝く光の輪と、背中に輝く光の翼が天使と主張しているが、それがないとだらしのない小学生のようだ。身長はギリギリ高学年くらいだろうか。


「この子は武器やアイテムの開発に関しては天才なのですが、人見知りで普段自分専用のラボから出てこないんです。今回は無理矢理引きずり出しましたが」


 それで初対面の僕にかみかみに挨拶をして女神様の後ろに隠れているのか。


「セラム、勇気さんにあなたが作った物の説明を。終わったら帰って良いですから」


「ほんとですか!で、では、説明します!これをどうぞ」


 セラムさんが差し出したのは、長さが1メートル程の剣と中世の騎士の鎧のイメージを落とし込んだロザリオだった。剣はただの剣ではなく、両面にタービンとロザリオを差し込めそうなスロットが付いたメカニカルな剣だ。


「それは私が開発した封魔変身剣プレアーブレードとチェンジロザリオです!それを使って変身すればゾア帝国と対等に戦うことができる上に、倒したあと再生する前にこのブランクロザリオに封印する機能があります。これで封印すれば内側からは絶対に破れないので完全に奴らを封印できます。あとは封印したロザリオを浄化してしまえば倒すことができます」


「え!!!!変身!!」


 変身、その一言は僕の胸にずっしりと響いた。もしかしてこの剣を使えば僕もあの憧れたヒーローの様に変身できるのでは!そのことで僕の頭はいっぱいになっった。


「セラムが開発したこのプレアーブレードはゾア帝国を倒すことのできる唯一の武器です。ただ一つ問題があって所有者を選ぶのです。ヴァルキリーズは誰も適合できず、仕方なく死者の魂で適合する者がいないか探してみたら勇気さんに適合したんです」


「つまりこの剣が僕を選んだってことですか?」


「ええ、そういうことになります。私からの説明は以上です。さて勇気さん、私はあなたに戦士となって戦って欲しいと言いました。ですがあなたには選ぶ権利があります。このまま天国に行くか戦士として転生するか、私は強制する気はありません」


「もしこのまま天国に行くって言えばどうなるんですか?」


「新たに適合する人を探します。まあ見つかる前にゾア帝国の封印が完全にとけてしまえば世界がどうなるかはわかりませんが」


 この女神様さらっと脅してる気がする。でももし僕が戦士にならなければ侵略された世界の人たちはきっと傷つき、悲しい思いをする。

 ずっと病院にいた僕は大切な人が亡くなって悲しむ顔を沢山見てきた。入院している人を元気づけようと無理にでも作った笑顔の裏に隠した辛さも知っている。だからもし僕が戦うことでそんな顔をせず、みんな笑顔でいられる世界を守れるのなら、答えは決まっている。


「僕は戦います!」


「あなたならそう言ってくれると信じていましたよ。勇気さん、ゾア帝国との戦いは辛く大変なものになるでしょう。サポートとしてセラムを連れて行ってくさい。彼女がいればプレアーブレードの整備もできますし、戦闘面でもバックアップできるはずです」


「ちょ!ちょっと待ってください!プレアーブレード渡して説明したら帰って良いって言ったじゃないですかーーー!」


「セラム、あなたはラボに引きこもりすぎです。たまには外の空気を吸うのも良いものですよ」


「やだやだやだやだやだやだやだ!あそこは私の聖域なんだ!絶対外なんか行きませんよ!というか外どころの話じゃないじゃないですか!別世界じゃないですか!もう私ここから動きませんからね!」


そう言ってセラムさんは床に寝転がった。これが五体投地というものなのだろうか。


「セラム!いい加減にしなさい、文句ばかり言わないの!私なんかゾア帝国が現れたせいでもう30年連勤ですよ!ブラック企業も真っ青ですからね!それに比べてあなたはラボに引きこもって好き放題に変な発明ばかりして、他の天使からクレーム来てるんですからね!プレアーブレード作ったと思ったらあとは扱える者を探してくださいとか言って探す作業は手伝わないしで、やりたい放題しすぎです!せめて勇気さんのサポートくらいしてきなさい」


「絶対嫌です!ていうかシルフィーア様、サポートに行きなさいと言いながら要は厄介払いする気じゃないですか!」


「そうですが何か問題がありますか?そもそもされるようなことをしてきたあなたが悪いのでしょう」


「ぐ!女神が開き直らないでくださいよ!」


「女神だって開き直りますーーー!」


 先ほどまでの神秘的な雰囲気はどこへやら、子供のような喧嘩をする女神と天使。なんだか僕の中のイメージ崩れていく音がした。というか女神様、サポートつけるって言いながら厄介払いで面倒な人を僕に押し付ける気だ。


「これ以上言い争ったところでセラム!あなたの運命は変わりません!さあ勇気さん、覚悟は良いですね、世界を頼みますよ。向こうに着いたら現地ガイドのような者を用意しておくので生活面に関しては安心してください」


 そう言って女神様が杖を掲げると足元が魔法陣のようなものが現れ、体が光り始めた。


「こっちまで転送陣展開してるーーー!本気で行かせる気だーーーー!いーやーーーだーー!」


 セラムさんまだごねてる。

 正直、戦うことができるのかはまだ分からない。それでも憧れるだけだった僕がヒーローになれると思うと胸が高鳴った。

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