ハルビン死の行進

明治38(1905)年1月8日 ハルビン



「さて、出撃の準備は整えたようだな」

『…っ、本当にこのまま全面反攻に出るのか。』

「ふっ…。敬語を使え、クロパトキン元総司令殿。」


電話線の先で、怨恨の声が漏れる。

それを聞いたグリッペンベルク総司令は嘲りを隠さず続けた。


「スラヴどころか、全白人文明の顔に泥を塗った元総司令殿マヌケには、今更私の作戦にどうこう文句をつける立ち位置にないということが理解できないかね?」

『ッ…!』


1904年末、ロシア満州軍は破滅的な前線後退の責任をとって解体。総司令のクロパトキンは第2シベリア軍団の軍団長に左遷され、極東に残存する兵力と沿海州軍、さらに中央アジアから送られた30万の援軍を統合し、中央アジア援軍組のグリッペンベルク大将を総司令に冠し、「帝国極東軍」として再編された。


先の一連の戦線後退で、作戦参加兵力24万うち6万が投降、5万が戦火に熔けたなど言えるわけもなく、旧満州軍が敵の突然の奇襲に怖気づいて旅順を投げ出しハルビンまで後退したという設定を組み上げ、士気を高く保っている状態だ。


「我々中央アジア軍の総力を注ぎ込んだこの兵力あって、戦線を維持できる状態。皇帝陛下の失望を買った貴官ら旧満州軍組には、もはや意見を出す資格もなかろう。」

『あくまで…、幕僚の義務として申し上げているに過ぎません。敵軍は未だ強力な火砲を温存しており――』

「バカバカしい!劣等民族に砲列が理解できるとでも思っているのか!」


いいか、と彼は続ける。


「我々は貴様らお飾りの兵隊さんとは違う。

 中央アジア軍は、カザフにおいて、幾つものハン国を名乗る時代遅れの蒙古の遺物、13世紀の前文明に縋り付いてきたモンゴロイド共に、この半世紀に渡って文明の灯火を与えてきたのだ。いわば…蛮族征伐のプロフェッショナル。」


『だから連中はただの蛮族ではないとあれほど!』

「くだらん!中央アジア征服戦で、一度でも黄色猿どもが火砲を使ったことがあったか!?」

『……っ』


ほらな、とグリッペンベルクは鼻で笑う。


「よく素人の分際でプロに物申そうと思ったものだ。味方に対する度胸の強さだけは認めてやろう。」

『侮辱を慎め…!』

「ククク…。それは戦果を挙げてから言うことだな。まぁ…、なに。これから始まる攻勢のあとで貴様らが狩る分の猿が残されていたら、の話だが。」


先鋒で突入する中央アジア軍が、またたく間に全ての戦果を掻っ攫っていかないことを祈るばかりだ、と彼は言う。


「我ら中央アジア軍が合流したからには…、戦局は決したようなものだろう。なんたって――、我らは蛮族狩りのエリートだからな。」


これほど楽な仕事はないとニヤつくグリッペンベルク。


「まぁ見ていろ。これはいい実弾演習だ。貴様ら新兵どもに…、蛮族を跪かせ、命乞わせ、嬲り遊ぶやり方というものを、直々に教示してやる。」

『……。』


くつりと笑って彼は立ち上がった。

隣に控える通信参謀に命令を通達する。


「中央アジア軍団第1軍・第2軍は順次進発!松花江に渡河陣地を築き上げたのちに渡河、対岸に橋頭堡を確保しろ!」


河幅1kmに及ぶ松花江を渡河するための陣地を築くため、ロシア軍はまず、松花江の広大な河原を確保しに対岸を下り始めた。



・・・・・・




皇國重砲陣 0m

――――― 1000m

トーチカ群

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 5000m

 松花江

_____ 6000m

 河 原

(遮蔽物なし)

――――― 15000m

 ⇈⇈⇈⇈

露軍 陣地




グローヴィチ陸軍少将は、隷下の3個師団6万強を率い、全80万に及ぶ大部隊の先鋒としていち早く出撃用意を完了させた。


「ふっ…くくく、旧満州軍の連中もマヌケな奴らだぜ…。たかが、たかがジョンブル野郎に入れ知恵されただけの黄色い蛮族に怖気づいて逃げ出すとは…!」


彼の副官も嘆息を零す。


「旧満州軍の腰抜け共はマトモな従軍経験がないからここまで逃げ帰る羽目になった、…が。我々は幾度も蛮族を蹴散らしてきた歴戦の征服者…ですものね?」

「まさに適材適所といったところだな。」


グローヴィチ少将は満足げな表情で深く頷く。

眼下の6万に及ぶ先鋒兵力に目を向け、口元を緩める彼ら。


「連中の尻拭いとはなんとも不名誉な仕事ではあるが、それよりも文化的生活すら営むことの出来ない劣等人種共に調子に乗られるほうが不快だ。」

「ならば、やるしかありませんね。」

「うむ、思い知らせなければなるまい。」


彼は隷下に進発命令を出す。


「蛮族に――"文明の威光"を。」






明治38(1905)年1月8日 午前8時

ロシア軍、冬季反攻を発令。

総勢50万人に及ぶ大部隊が次々と南下を開始。







「迎撃目標"甲0001"、射程圏内に進入。」

「戦域第4区、9400m。地上目標4個集団確認。」

「弾種・下瀬榴弾で装填。焼夷剤確認。」

「確認完了、全重砲装填。対集団砲撃術式。」

「1区から8区に砲撃警報発令。105mm機動砲、砲撃用意。」


「4区対地戦闘。指揮本部指示号目標、撃ちぃ方はじめ。」

「迎撃目標"甲0001"、重砲、撃ちぃ方はじめ。」



ドガァァアアアン!!



延翼状に配列された20門の野戦砲が咆哮する。

105mmの重榴弾が空へ20本の軌道を描き出し、6万にも及ぶロシア軍の先鋒集団を補足する。



「て、敵陣地から砲撃!」

「バカな!?なぜ連中が野砲を持っている…??」

「ジョンブル野郎から供与でもされたのでしょう!早く退避を!」

「――いや、それには及ばん。」


グローヴィチ少将は笑う。


「武器があろうとも、使い方を解する知能がなければ所詮宝の持ち腐れ。

 劣等人種に重砲を使用する能力など――」



ヒュルルルルルルル――、と不吉な風切り音が彼の言葉を裂く。



「……っ、なん」



ズガァァアアァアン!!!



20発の重榴弾うちの半数ほどが、地上を方陣状に広がって進軍する先鋒部隊を上空から貫いた。

瞬発信管が着弾を感知すると同時に、内部火薬に強烈な発火を齎し、塗装された焼夷剤とともに3000以上の破片を撒き散らす。


6万の兵員はまず焼夷剤を引っ被り、続いて鋭利な破片を乗せた強烈な爆風をモロに喰らう。


「ぐぁあああぁあ!!?」

「ぎゃ、ぎゃぁぁァ!!」

「た、助けてくれェ!俺の脚が!」

「ななななにが起こっている!?」


着弾箇所から撒き散らされた焼夷剤を辿り、炎が瞬く間に6万の生身の兵卒を呑む。


「あつ…熱ぃぃい!」

「誰か、水を…水を!!」

「消し炭、消し炭にされちまう!」

「たた助け、たす…ぅッ、」

「息が…、い…きが、出来…な、」


焼夷剤で燃え盛る人海の中は、次々と酸素が奪われていき、まともに意識を維持することも難しくなってゆく。


燃え盛る炎の内輪部に取り残されたグローヴィチ少将は、一面の烈火の中に、事態を把握することも出来ず、ただ押し寄せる困惑に恐慌するのみ。


「ど、どうなって――」


ズドォぉオオォン!!


「な、次の砲撃だと…!?は、早すぎるッ?!」


唸る砲弾は、ひとかけらの慈悲もくれてやることもなく、残存の兵員を弾着観測射撃で完全に補足する。

今度は20門の砲列全てが、寸分違わず集団へと着弾、破局的な悪夢が吹き荒ぶ。




「"甲0001"撃破!」

「新たな目標、第6区!」

「距離測、上空観測より8700m。12個集団!」

「これより接近中の12個集団を迎撃目標"甲0002"と認定する。」

「射撃用意、射撃用意。」

「弾種・下瀬榴弾。8400に引きつけてから全重砲を以て集中投射を行う。」

「了解。指揮本部より迎撃管制を8400へ変更。」

「8400へ変更!」


ガシャリ、と音を立てて榴弾昇降機が動き、榴弾を迅速に装填していく。

その間も一切休むことはなく、指揮本部は迎撃目標を割り振ってゆく。


「戦域第2区より20個集団接近!規模非常に大、本軍第一波かと思われます!」

「砲撃目標変更。当該目標を"甲0003"と認定する。最大射程より投射せよ」

「了解、使用砲列に105mm機動砲を割り当て、12000ゟ攻撃始め。」

「接近中の"甲0002"に対しては歩兵直衛の88mm砲を以て迎撃する。距離7500で粉砕せよ」

「目標ォ〜変更ォ〜!」


即座に榴弾昇降機の経路が組み替えられ、88mm砲の満填へと動き出す。


「"甲0002"並びに"甲0003"、投射目標距離へ同時に交錯!」

「105mm砲列並びに88mm砲列、砲撃用意。」

「2区から6区に砲撃警報発令。両砲の衝撃に備えよ。」

「全火力投射!繰り返す、全火力投射!観測員は退避せよ!!」


「2区・6区対地戦闘。指揮本部指示号目標、撃ちぃ方はじめ。」

「迎撃目標"甲0002・0003"、重砲、撃ちぃ方はじめ。」

「撃ちぃ方はじめェ!」


カチリ、と射撃ボタンが押される。

その命令は電気回路を伝って全砲撃陣地に通達、各陣の射撃命令灯をともす。

刹那、強烈な爆風が松花江ラインの表面を覆い、指揮本部の内室までもを震わせた。






先鋒兵団6万は、10分経たずして5回の斉射、100発に達する105mm砲弾の直撃を受け、ほぼ全滅の状態に陥っていた。


「…どう、して……。」


グローヴィチ少将は愕然と息を継ぐ。

次の瞬間、右手に進軍を続けていた14万に及ぶ本隊の大部隊が砲弾の直撃を喰らい、正面の数千が吹き飛んだ。


「どうして、こんなことに……。」


文明の威光を思い知らせに来たロシア軍が、片っ端から殲滅されていく。

騎馬兵力を投入していたら幾分かはマシであったかもしれないが、騎兵突撃を渡河後に温存しておきたかったロシア軍司令部は、あいにく渡河陣地確保部隊には騎兵を混ぜてはいなかった。


まぁ騎兵があったところでどうにかなるかといえば、どうにもならないのだが。



「あ…、あれは……。」

「一体、どうした?」


一人の兵士がおもむろに言葉を失い、空を見上げて立ち尽くす。

その様を見て疑問に思ったグローヴィチも、すぐに彼の見つめる空へ視線を持っていった途端に硬直する。


「な――…な、」

「なんだ…あれ、は…。」


松花江ラインの重砲砲列線から、巨大な影がいくつも現れた。


上空2000。


不穏にもゆっくりとロシア軍に届く太陽光を遮っていく。


「き、気球とは…違うのか?」

「バカ言え、気球があれほどデカイわけがねぇだろう!」

「な、ならありゃ一体なんなんだ!!」


戦争開始から既にもう1年。

指揮系統が全く別の軍団とて、飛行船の情報が未だ下士官にすら届いていないところからして、ロシア軍の情報共有の脆弱さが浮き彫りになる。


「バケモノだ…怪魚の群れが空を飛んでる!」

「近づいてくるッ!お、おいさっさと蛸壺を掘れ!」

「…っ、ハッ!」

「急げ、スコップを―――」


グローヴィチのスコップを受け取った手が止まる。


彼は自分の立つ、「河原」という地表を呆然と眺めた。

試しに少しばかり地面をつついてみるも、周囲の礫岩が崩れて、掘り下げた凹みをすぐ埋めてしまう。


「あ…、あ……。」


礫や砂利で出来た地面は、塹壕どころか蛸壺さえも作ることが困難。

それどころか、水辺に近づくにつれ、安定した足場を持つことさえも厳しくなる。


この遠大な松花江の河原には、他に身を隠せる遮蔽物があるわけでもなく。


わずかばかりに生き残ったこの先鋒部隊にも、運命の鉄槌が下る。


『硝安、爆撃開始。』


爆弾倉から塹壕陣に、無慈悲にも数百の硝安と焼夷炸裂弾が降り注ぐ。


ドゴォォオォ――ン


轟音と爆炎が響き渡り、黒煙が高く碧空に昇る。


「ごほッ、ごほ、かはぁ…ッ!な、一体何が――」


土煙がやがて晴れ、顕になっていく戦場。

そうして飛び込んだ光景にグローヴィチは絶句した。


「ぇ――…?」


どこもかしこも弾薬が飛び散り、誘爆し、屍が折り重なり。

想像したこともない地獄絵図が織りなされていた。


この先鋒集団だけではない。

右手を進む14万の大軍団も炎に包まれ、続く10万の本軍第二波も飛行船の集中的な爆撃に遭っている。


「壊、滅……だと。」


振り向きざまに彼は飛行船を見上げる。

そこにしっかりと刻印された紅の丸。

彼は全てを悟りきった。




ロシア軍にとって、松花江ラインから12000m以内は死地であった。

遮蔽物のない松花江の大河原を進軍する数十万の非装甲軍団は、爆撃飛行船にとっても、重砲にとっても、格好の獲物。

挙げ句、塹壕や蛸壺は礫地が邪魔をして使い物にならない。


もてあそばれるように一方的な砲爆撃を喰らい続けるロシア軍。

それはさながら、ノルマンディー上陸時の連合軍のようであった。




「そ、そうだ…!味方の、味方の重砲さえ来れば――!」


彼は一筋の光明を、希望を、ロシア軍の重砲攻撃に懸ける――、が。


「ッ!おい、あのバケモノが野砲陣地に!!」

「なんだとォッ!!?」


ある兵士の言葉に彼は振り返って叫ぶ。

対歩兵突撃戦に圧倒的なアドバンテージを付与するはずの野戦砲は、彼らの想定の遥か上空から狙われていた。






「敵野砲陣地補足。」

「長春第3航空隊、爆撃梯形。」


陸軍航空隊の管制により、次々と飛行船が散開していく。


「敵軍最新式のM1902/76mm野砲でも精々射程8500m、発射速度は毎分最大12発。こちらは歩兵砲の三十四年式88mmでさえ射程9000mで毎分18発…。」


差は歴然、か。

ランプが点滅を繰り返すベニヤ板を前に、乃木希典は呟いた。


「新たな目標第5区!同じく規模非常に大なり、20個集団!」

「当該目標を"甲0008"と認定。105mm重砲群は"甲0005"の撃滅を確認してから順次迎撃へと移行せよ」

「了解。本部より砲撃指揮所へ。"甲0008"の迎撃管制は自動。」

「"甲0008"、自動迎撃管制!」


105mm機動砲の砲列は、自動と略称される順次目標迎撃式へと、管制を変更する。

滅していたランプが灯り、灯っていたランプが消える。

光が織りなす、どこか芸術的なこの光景が戦線の全てを司っているのだ。


「にわかには…、信じられんな。」


乃木は溜息を零す。

西南戦争、明二四年動乱、日清戦争。

彼が参加した戦争で、彼がその目で見続けてきた戦場というモノから、この眼前の情景はあまりにもかけ離れすぎていたのだ。


「……まるで、異世界に紛れ込んでしまったようだな。」


そう彼に声をかけたのは、満州総軍最高司令、大山巌。


「全くです。砲火飛び交う曇天の下に指揮するとばかり、…それがまさか、こんなコンクリートの箱の中から戦線を操ることになるとは」

「どこか、物寂しいいものがある……。」


大山は静かに言葉を継ぐ。


「けれども…、これが次世代の戦争形態、なのだろうな。」

「…ですね。いくら受け入れ難い事だろうとも、歴史は否応なしに進んでゆく。」


今にロシア軍がその身をもって証明してくれますよ、と彼は笑った。

けれどもやはり、その笑いはどこか淋しげだった。






「急げ!最大仰角であの飛行船へ射撃しろ!野砲が潰されれば随伴火力が消滅するッ!こいつらだけは守れ!」


野砲指揮官が、悲鳴のような声を張り上げて叫ぶ。

後方15000に布陣、前方が苦戦しているという報を聞きつけ援護に出撃する準備をしていた、その瞬間のことであった。


「無理です!仰角は20度までしか…!」

「ちぃ、クソがァっ!威嚇発砲になればいい、蛮族の卑劣な爆撃を牽制しろッ!」

「そ、速射力は分速9発が限界です!命中率も悪いため対空弾幕にもなりません!」

「んな、馬鹿なことが…ぁ!!」


彼は激しく歯軋りして怒鳴り散らす。


「騎兵、小銃で撃ち落せ!あのような兵器、生かしておけん!!」

「だ、駄目です!小銃は射程が届きません!」

「くぅ――ッ、騎兵散開!機動展開しろ!」


短槍片手に手綱を打って彼は騎兵隊に飛行船への追撃命令を飛ばした。

だがそれも虚しく、今や飛行船団は野砲陣地の直上に。


『敵野砲陣補足。絨毯爆撃陣形』

『最終目標、爆弾倉開放。』

『用意用意用意、投下、投下、投下。』


ヒュルルルルル―――


刹那、裂光。


ドカァぁアア―――ァアン!!!


爆炎は遥か高く、軈て黒煙となって空に昇っていく。

そうして届く土煙の烈風に彼の軍帽は吹き飛ばされた。


「や…野砲陣地、通信途絶……!」

「回線は全て不能…。弾薬庫誘爆と思われます、、」


ここから望む野砲陣地のあったはずの高台はひたすら炎に包まれていた。


「うそ、…だっ――…。」



反攻初日。

松花江ラインから100km圏内にあるロシア軍の野砲陣地の8割が破壊された。

早期段階におけるロシア軍の対空武装を恐れた総軍参謀部の、「敵の全野戦砲が展開しきってから一斉に叩く」という作戦が、見事に功を奏した形だった。




・・・・・・

・・・・

・・






最初の一週間が過ぎた。



ロシア帝国極東軍は、砂礫地帯河原を4キロメートル前進した。


戦死5万人、戦傷17万人という、破局的な損害を被りながら。



野戦砲陣地の全損により、長期的な直掩火力の不足に悩まされることが確定しているにも関わらず、それでもロシア軍は前進をやめなかった。



熾烈な砲火に斃れた戦友たちを土塁にして。

膨大な死屍を、遮蔽物代わりに積み上げて。

河原には、倫理観を吐き捨てたような陣地が築かれていった。


生身の兵卒を全面に押し出し、皇國陣地に撃たせ、その亡骸を積み上げる。

続く兵卒がそれを踏み台に飛び出し、数十歩進まずまた地に伏す。

死を前提とした、狂気の闊歩。


そうして彼らは、今日も数十メートル前進する。

その様を『勝利』と謳いながら。




"人類がこののち突き進む狂気への第一歩"

1905年1月8日という日付は、後の戦史に斯く刻まれることとなる。




阿鼻叫喚を呈する対岸の様相に、松花江ラインの皇國兵さえも戦慄した。

この一週間は、人類が体験したことのない戦争の形態を知らしめたのだ。


誰が呼び始めたか。

皇國陸軍の兵士たちは、ロシア軍の突撃をこう称す。


―――「ハルビン死の行進」と。

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