皇國ノ息吹
時系列は少し戻り。
明治37(1904)年11月末日 奉天
「電気コード漁るのってNゲージのコントローラー配線組んでるみたいでおもしろいよな」
「はいはい」
裲が溜息をつく。
「あたしが指摘してんのは、戦場まで来て自作兵器作ってることなんだけど」
「だって去年までに間に合わなかったんだもん」
「あんた、だからって前線に未成品を持ち込むわけ?」
「完成したらすぐ使いたいじゃん」
「あのねぇ……。」
僕は大の字に広がった。
「別にいーじゃん待機命令時くらいー、許して呉線快速安芸路ライナー」
「キッツいわねぇ…」
「やめろ鬱になる」
でんちゃギャク、大抵は他人に通じず僕は悲しい思いをする羽目になる。
トラウマを思い起こしてしまうので是非触れないで欲しかった。
「PTSDを発症してしまったぞ。心的外傷後ストレス障ガガガガガガ」
「はぁ……。」
額に手を置いて呆れ返る裲。
しばらくしてふと、僕の手元に収まっている小さい機器を指差して訊いてきた。
「今度は何を作ってるのかしら?」
「
「……は?」
「まーその反応が当然だわな」
いきなりわけのわからない熟語出されて当惑するなというのが無理な話だ。
「聞いたことない名ね。」
「自動スイッチといえばわかりやすいか……?電気回路の開閉だよ。電磁石と鉄片を組み合わせたのがあるとするだろ?極論それが継電器になりうる。」
裲は首をかしげる。だろうな、十分伝わってない自信がある。
「電磁石に電気が流れると鉄片が吸い寄せられる。電気を入力すれば、物理的な動作を起こすことが出来るんだよ」
「出力装置ってこと?ちっちゃな鉄片て……なにか動かす馬力にも足らないでしょ」
「はは、動かすのは鉄塊じゃない。そりゃ発動機の管轄だ」
「…意図が全く読めないわね」
「吸い寄せられているか否か。その2種類の状態自体に意味をもたせると言ったらどうだ?」
「オフかオンか…、ってこと?」
「仰るとおり。0と1だ」
「0?1?――…!」
裲はほぼだいたいを悟ってこう訊く。
「もしかして、0か1かって…2進法の話をしてるの!?」
「正確に言えば2進法を使った計算機だ。完全に電気入力になるから従来の機械式計算機のように軸やら歯車やらカムやらの巨大で複雑で壊れやすく騒がしい機構は必要ない。」
「な、なんて代物思いつくの……」
「その賞賛はツーゼ博士に向けることだな。1941年の発明だ」
「40年早く再現しようとしてるあんたも同類よ、揃いも揃って大変な変態ね」
「何を今更、褒め言葉として受け取っとこう」
そう軽口を吐くと、裲は自身の右頬に人差し指を持っていって考え込んだ。
「あたしたちは10進法を使ってるじゃない、2進法からどうやって」
「表示機構の回路を弄ればでどうとでもなる。」
まぁ問題は合金であるわけだが。
何億回もバタバタとオンオフしてもちゃんと動作する
単純に真空管にすれば解決するのだが、すると真空管が2万本ほど必要になる。
これは僕でも萎えるし陸軍工廠でやるにも限界がある。電球大量生産の実績と確立がないにもかかわらずすっ飛ばして万の量産出来るなどと思うほうが馬鹿げている。
真空管の電算機利用は不可能だ。
結果的に1年持てばいい方というコンセプトの代物を作ることになっている。取り敢えずの試作である。
「戦争終結後に内地戻って作ればいいじゃない…。」
「おいおいこれから死闘だぞ。機器は役立つものほどあったほうがいい」
設計図に目を戻す。モデルはZ3。
世界初の自由にプログラム可能で完全に自動化された機械、21世紀のコンピュータの定義におおよそ適合する属性をほぼ備え、2000余のリレー(これは流石に陸軍工廠で量産してもらった)から構成された16bitすなわち2byteの処理能力を目指す。
「電算機自体は紋別で明治34年から開発しはじめて、実を言うと既に8bit、つまり1byteのリレー電算機は2年前までに開発に成功しててな。あとは16bitにする作業というわけで」
「…なにか妙なもの作ってるとはあの時思ったけど、それだったのね……」
「そういうわけ」
次々と機構を組み上げていく。
「計算履歴とその記憶はどうするわけ?」
「フィルムにパンチ機で穴を開けることでプログラムとデータを記憶させる」
「…え、出来るの?」
「19世紀にイギリス人が紡績機開発の折に発明済みだ」
なにせ半世紀前の技術だ、陸軍工廠の支援なくても出来る。
「すでにブール代数は確立してるからもうどうにでもなる。動作周波数はZ3に倣い5.3Hz、
「メモリはどうすんのよ」
「
直列演算回路と二進法を採用したことで、リレーの数を大幅に減らせた。これにより使用電力の抑制と総重量の軽量化を実現する。にもかかわらず、現在の計算尺や矢頭式自働算盤より高精度高速度で数値を弾き出すのだ。
こうして完成するのが、史実・1941年開発のZ3と、史実・1957年開発のカ○オ/14-A電算機の折衷型――『試製三八式継電器電算機 / PDP-11』である。
歯車で動く計算機が主流の世界。
歯車を高速で回転させるそれらは、騒音を撒き散らす上に非常に大型なので、陸戦に携行するなど以ての外、ありえない行為。
ついでに言えば部品の加工に高品質な材料と優れた技術が必要とされ、工作機械がゴミの果て状態である皇國じゃ到底、マトモなブツを用意できない。
が、この継電器を使った電気式計算機は、すべて電気回路で処理することでこれらの問題を全てクリアするという暴力的解決を成し遂げる。
皇國のような低技術国家では到底届かない『計算機』。
しかし、計算機を遥かに超越する『電算機』なら持ってますよ、というわけだ。
「本当に…――信じられないわよ。」
「だろ?これで理論値を叩き出し、最大限に効率化された防衛陣地を形成、迎撃を行うことも可能になってくる。」
500kg弱ある重量も、自動車で運べば解決だ。
通信隊に背負わせるにはピッタリのサイズである。
「これで、松花江イージス・システムに…"コンピュータ"が加わった。」
まぁ肝心のリレー部の合金が上手く行かなかったので耐用年数は通常使用で3年、連日稼働じゃもはや200日も持たないだろう。うん、コンピュータと言うにはやはり脆すぎるな。
が、この際そこはさして問題ではない。春までにぶっ壊れなければ十分だ。
有限要素法といったモノで、如何に電気計算機が繰り返し計算で必要になるか。
ありとあらゆる計算が、コレひとつでカタがつく。
それがどれだけ時間と人員の節約、精度の向上になるか。
「まぁこれだけじゃない。もうひとつ面白いの作っててな」
「こんどは何……?」
そんな引き気味に反応しなくたっていいじゃないか。
技術を半世紀ほど進めてるだけだぞ。
「お次はロケット?核兵器?」
「違う。瀬戸焼だ」
「は?」
その銀髪を揺らして、彼女は硬直した。
「瀬戸焼?」
「名古屋県人の誇りだぞ?忘れたか?」
「流石に有名よ。けど瀬戸焼で何を?」
「瀬戸焼製の試験管を改造、大英から輸入した真空ポンプで内部を真空にする。」
「あたまおかしいの?」
確かに傍から見りゃそうだよな、トチ狂ったかのようにしか思えん。
瀬戸焼の瓶内を真空にするヤツが古今東西居ただろうか。
「――…"セラミック真空管"だ。」
その名を聞いた瞬間、裲は言葉を失う。
「…真空、管…って、あの……?」
「そもそも真空管ってのはなにか知ってるか?」
「っ…、タカくくんないで。
1950年までの技術進歩はこれでも一通り頭に入れてるわよ。」
「ならご説明願う」
「真空状態にしたガラス管の中に、フィラメントと…それを取り囲むように筒状の金属板が突っ込んであるのが基本形態かしら。」
彼女は続ける。
真空中でフィラメントに電流を流すと加熱されて熱電子が放出される。このとき筒状板に正電圧を与えると、熱電子は正電荷に引かれ筒状板に向かって飛ぶ。
こうするとフィラメントから筒状板に向けて電子が流れ、電流が起こる。なお筒状板に負電圧を与えれば、互いに反発しあって整流効果が生まれる。
「これにより発振・整流が可能となる。でしょ?」
「やっぱお前おかしいよ、なんで整流効果まで知ってんだよ…」
僕の出番ないじゃん。
「というわけで、試験管形状の磁器を使います」
「なんでよ?」
「加熱装置と真空封止部を離す為だ。真空管の発熱は200度にもなるから封止部の気密が問題で、耐熱性の確保が…明治の技術じゃ難しい」
「じゃぁどうすんのよ」
「もっともガラス工芸である程度の技術はある、手作業でこなせるという前提で封止部をベークライトとゴム+漆で固定するか。まぁその程度だし寿命は2年かな。」
外殻をガラスに出来なくもなかったが、生憎職人とのツテがなかったので諦めた。
それでも磁器にはセラミックならではの利点がある。
・ガラスより耐熱性が優れている
・機械的強度が大なので研磨仕上げが容易
・高周波特性がよい
・熱の急変に対して強い
といった特性が列挙されるが、ガラスと異なり焼成収縮という現象があるために成形・焼成にはガラス工業にない一つの技術が必要である。
しかし磁器に関しては歴史的にも世界に名を馳せる皇國だ、伝統工芸品と職人の力でどうとでもなるわけだ。
「…で、出来るのが二極真空管。
だがその間に、粗い網状の電極――グリッドと呼ばれてるんだが――を差し込むことで、陰極-陽極間の加速電界を増強または抑制させることができる。」
一部の熱電子をグリッドに引き込むことで、グリッドに与える電圧の変化(=入力信号)を、筒状板から電流の変化(=出力信号)として取り出すことで、信号の増幅が可能になる。
「ふぅん…?」
「これが三極真空管。史実1906年ドイツで開発、十分作成可能範囲だ」
一息つきつつ、完成品を見せる。
「まぁそんなわけで信号の発振・整流・増幅が出来るのがこいつなんだが…――こいつを送信機の発振機構に組み込む。」
「発振用真空管…、ってこと?」
「ああ。あとは送信機構と受信機を開発すればいいんだが…これは昨年、ドイツ人が完成させててな。コヒーラー受信機とダイポールアンテナっていう超初歩的なモノを去年のうちに輸入しておいたから使わせてもらう。」
「……待って。発信、送信…受信って、高度無線化のつもり?」
「いや、無線は初歩的なもので十分だ。」
裲は、その黄金がかった瞳を瞬かせる。
「っ!あんたまさか――」
「
「れーだぁ!?」
飛び退く勢いで驚嘆する彼女を横目に、三極真空管を持って外へと出る。
裏に控える通信小隊管轄の自動車には受信機とアンテナを取り付け済み。
「ほんとは八木アンテナを目指してたんだが…流石に先進的すぎたな。」
ダイポールアンテナに三極真空管を接続しつつ、僕は喋る。
「驚くべき話じゃない。レーダーが世界で初めて実用化されたのは1904年のオランダ。それに三極真空管を積んで…ちょっとばかし精度を良く軍事転用するだけだ」
その様を唖然と見上げる裲。
車輌内部にはAスコープが灯り、電波の反射情報を揺幅で映し上げる。
数多の火葬戦記でPPIスコープのほうが優秀!と叩かれ気味な、第二次大戦時の帝国海軍が採用していた縦軸に受信信号強度・横軸に距離で波形を表示する型だ。
まるで心電図を彷彿させるそれだが、完成度は帝国海軍のモノより遥かに酷い。
「正直、方向はアテにならない。アンテナをくるくる回して信号強度が最大値を取る位置をメモっていく…みたいな、半手動でしか探知方向を特定できない。」
しかし、と僕は息を継ぐ。
「逆に言えば、それだけで十分なんだ。」
「…それは…、どういう……?」
「敵軍の夜襲を感知さえすれば、その時点で奇襲は失敗も同然。
気づかれていないと信じて迫る敵軍を、待ち伏せて一切合切焼き払う。」
通信車のガソリンエンジンの回転力を応用してアンテナを回す。
通信兵が交代で電波の形状を監視し続け――…電波に乱れが生じた瞬間が、奇襲警報となるのだ。
「総員起こしつつ、あとは地道に方角の特定を行えばいい。方向さえ探知できれば、距離は盤石だからな。」
発射する電波の速度がわかっていれば、逆探で相対位置を求められる。
「これは、敵が濃霧を使おうと払暁を使おうと同じこと。僕らは、もはや敵の探知を視界に阻まれることはないのだから。」
どんな自然迷彩で忍び寄ろうとも、電波という次元から一方的に察知する。
絶対的な探知警報システムの前には、陽動も奇襲も直ちに無用の長物と化す。
どれも初歩的とは言え、電算機を積み、電探を積んだ即応集団。
黎明期の技術程度とて、あるのとないのでは致命的に差が開くのだ。
「今は――明治37年末。」
自分に聴かせるように、高く澄んだ空を仰ぐ。
「気の狂ったかのような時代先行とはいえ、それを支えるは皇國技術。」
火葬戦記で、後進的だのカスだのMade in Japanだの散々に扱き下ろされるそれ。
なるほど、確かに工作機械や軽工業・重工業を担う近代設備についてはその通りだ。皇國技術は粗大ゴミの代名詞である。
しかし――、全てがそうではない。
「磁器は瀬戸に長らく受け継がれる名産品。電極の固定材は、江戸時代から手鑑の作成に使われてきた雲母。電極も、
この三極真空管電探は、皇國が二千年に及ぶ悠久の歴史の中に紡ぎ出し、発展させてきた伝統の塊でもあって。
だから、誇れぬわけがなかろう。
「紛れもない皇國技術の粋。永らく継がれてきた皇國の魂。」
僕が逆行者であったからでも、枢密院が改変を進めてきたからでもない。
全てひっくるめて、本質は唯一つ。
太陽に手を伸ばし、呟いた。
「皇國だからこそ――成し得た
―――――――――
電探・電算機ともに、もも太郎冠者様が応援コメント欄にお寄せくださったアイデアに負うところが非常に大きかったです。
もも太郎冠者さん、本当にありがとうございます…!
(引き続き応援コメント欄ではご意見ご感想・シナリオアイデア大歓迎です!作者の執筆集中剤になるのでお気軽にお寄せください…!)
占冠 愁
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