イージス線

「……やっぱあんた、こういうのやらせると凄いのね。」


同席していた、同聯隊・戦務参謀の裲――咲来少佐が、心底感服したように呟く。


「なに、所詮オタクの早口だよ」

「まぁまくしたててるのは事実よ…でも、それが見事に前線を組み立ててる。

 …悪いわね、手伝ってもらって」

「いや楽しいし…。てかこっちこそ越権行為甚だしいことしてるわけで」

「聯隊長とあたしが頼んだの。越権行為じゃないわよ」


裲は鐵道技術者ではなく、戦闘指揮官である。

今は少し暇であるが、反攻が始まれば前線で砲火に晒されつつ鉄道線を修復する聯隊の戦闘機動の指揮で大活躍することとなるだろう。


そんなことを考えつつ、僕は路線図を見下ろした。


「極東のマジノ線…と言うには、些か見劣りするかもしれないけど、松花江ラインも随分組み上がってきたな…。」

「あとは補給線さえ確立できれば、撤退戦術も機能するってものよ」

「大連と新義州の2港はもちろんコンテナ取扱港だもんな、ここから主要物資をコンテナで一気に運べれば安泰だ」


大量の硝安が、銃弾が、砲弾が、食糧が、輸送車が。コンテナに詰められて複線で大量に輸送されてくるのだ。


「制空権が取られたらまずいんじゃない?」

「相手さんが飛行船開発段階すら入ってないようだし大丈夫だろ。だから幹線区は効率的な輸送システムが採用できる」

「効率的?」

「内地の大型汽車を信号閉塞方式の複線へ大量に投入する。最大編成長は28両編成だから先頭の動力車/炭水車除いて108のコンテナを一度に輸送ってわけだ」


この時代だからこそ掴める絶対制空権。

空襲に弱い長大編成の運行は今だからこそできる。


そののち列車は前線の鉄道線に至り、物資集積拠点のコンテナ取扱施設で降ろされたコンテナは各自フォークリフトで積み替えて、輸送車という算段だ。


「あ、あともう一点。列車集中運用管理システムを…まぁ趣味程度の試作品だけど、作ってみた」

「…集中、運行管理?」

「造語造語。だって運輸指令所つったってわからないだろ?ちょっとついて来い」


裲を手招きしつつ、コンクリート造りの要塞内に入る。


「一部屋大広間を貸し切ってもらったんだよ。」

「何のために?」

「みりゃわかるさ」


部屋の前で立ち止まり扉を開ける。そして中の電気をつけるとともに飛び込んできた広間内の光景に裲は絶句した。


「……なに、これ…??」

「21世紀では運輸指令所と呼ばれてる」


お世辞にも綺麗とは言えないコンクリート半地下要塞の広間の一つ。そこの壁全面には緑色のベニヤ板が張られ、そこには全満の路線図が書き込まれている。線路を示すラインは信号によって細かく区切られ、その間にはランプが飛び出している。


「な…い、一体あんたなんてものを…。」

「列車運行の集中管制所。信号から信号までの区間、つまり一つの閉塞に一つずつランプが付いてるだろ?これはその区間に列車が走っているかを教えてくれる。」


ランプが点灯していれば列車が走っており、滅であれば列車はいない。


「信号は電気式で、ここで制御できるようになってる。」


これまたベニヤ板から可愛らしく飛び出た小さいレバーを回すと、カチリと音がなって信号記号の隣のランプが赤から青に変わった。


「もちろん地上の信号機と連動してる。ここで制御が効くのは信号だけじゃない、ポイントまでもを変更可能だ。」

「待って…あんた、勝手に保線作り変えたってこと??」

「まさか。ここに示される信号と列車は地上の試験軌道と連動してるだけだよ」


この地下指揮所の直上に、一日半程度で個人的に試験敷設したHOゲージ程度の模型軌道がついている。試験途上として、今はそれと連携している形だ。

カチカチと、軌道のポイントを切り替えてみる。


「上に出て確認してみ。動いてるから。」


半信半疑のまま裲は、言われるがままにコンクリ要塞の外に出る。

そうして、しばらくしてから戻ってきた。


「…本当に、動いてるわ……。」

「この路線配図からわかるように、集積所での貨物取扱までランプでわかる構想だ。貨物駅のランプは4種類…食糧、弾薬、砲弾、燃料。どれが欠乏しているか、どこで流れているか、どこへ行くかまで全てこのベニヤ板一枚で可視化する。」


司令塔からの集中制御を以て補給線を円滑に、かつ最大限効率的に運用する。その圧倒的に把握しやすくなった情報群を前にすれば精神論者すら現れなくなる。


「まぁその代わり中枢であり脳であるここを叩かれたら一気に鉄道網が麻痺するという重大なリスクがあるわけだけどな」


しかし、そもそも空襲がないのだからロシア軍がここを集中攻撃する手段がない。

前線からはるか遠いここに戦火が及ぶのは、10回目の防衛線へ退却した頃だ。


裲が愕然と膝をつき、信じられないといったふうに口を抑える。


「戦闘制御…、司令塔……じゃない!!」


どこかCICを思い出させるようなその感想は、単なる思いつきと鉄オタ魂の暴走の結果試験的に導入しただけの、ベニヤ板と粗末なランプが織りなす薄汚いこのコンクリ広間に対しちゃ、誇張すぎだろう。


「あくまで鉄道の、だけどな。」


そんなツッコミを入れた。

だが、当の裲は大真面目な顔でいきなり僕の両肩を掴んでぐっと寄せる。


「あんた馬鹿なの!?これは戦闘指揮所よ!」

「あのなぁ…、ただの運輸指令所のパクリでそれ以上でもそれ以下でも――」

「ここに野砲の残弾ランプを追加してみなさいよ!!!」


その言葉に、はっと目覚める。


「前線で弾薬が切れそうになったら前線の砲兵が、ボタン一つでこの運輸指令所のその砲兵の野砲陣地における『残弾少し』のランプを点灯させることが出来る!!」

「……そ、そしたらそうか!この運輸指令所で砲弾が余っている戦域から砲弾満載のコンテナ列車を出して、閉塞管制を行い即座に列車をその野砲陣地へ届ける!」

「そうよその通りよ!結果的に全戦線における戦闘が、この運輸指令所でリアルタイムで把握でき、かつ兵站を動かし直接指揮することが可能になるの!」


半ば裲は非難するような、呆れ返るような視線で僕を捉える。


「なんであんたここまで恐ろしいものつくっといて、その肝心な用途に気付けないわけ!?」

「そうだ!それがあったか…!ダメだ、鉄オタ魂が先走りすぎて完全に鉄道運行以外の使いみちを失念してた……!!」

「あんた一途すぎよ…、一途…。」


微妙に感情をこめた裲のその言い回しに、興奮する僕は気づくはずもなく。


「お前天才だ裲!運輸指令所が実質総合戦闘指令部に化けるッ!!」


狂喜乱舞して早速ベニヤ板の一部をくり抜き電線を編み上げていく。工具を取り出し、電話機を取り出し。総軍と野砲陣に連絡も入れなくては。

従来を一新する戦闘指揮体系を確立したと。


「……仕事が先なのね」

「?どうした?」

「別に。それでいいんじゃない?」


当の裲は頬を膨らませて不機嫌に、おもむろに踵を返してしまった。


一瞬首を傾げる羽目になったが、ここで止まっていられるほど時間はない。

総軍は次々と戦線に進出しており、来週には中央即応集団も一通り揃う予定だ。


その全ての統制を、徹底的なこの鉄道運行システムによって指揮管轄する。


「…――明治時代に、戦闘指揮所だと…。」


超兵器TUEEEEEE!!!系火葬戦記に出てきそうなあまりにお粗末なIF設定。鼻で笑われておかしくないそれが、眼前で実現しているのだ。

その非現実感に思わず半ば自嘲してしまう。


「なんだよ、チート無双のつもりか?…到底、不釣り合いな。」




・・・・・・

・・・・

・・




明治37年12月17日 奉天


「な…っ、なんだ、ここは……!!?」

「鐵道管制室です、大山総軍司令。」


粗末なベニヤ板に張り巡らされたラインと、その上で怪しく点灯する無数のライト。その下でたくさんの鐵道聯隊の鉄道員が動き回る。

総軍司令からしてみれば、異教徒の集会かと思われて当然であろう。


「必要な鉄道輸送から戦況把握までここですべてを視覚化して、ここ一点から無線を使い全部隊に司令を飛ばしてリアルタイムで戦場を動かすことが出来ます。」


隣に控える鉄道員が、椅子を少し回して僕へと笑いかける。


「……それが『鐵道管制室』ですか、笑わせてくれますね。」


管制室の建設をともに行ううち、合間を縫う僅かな休憩時間に、僕はある鉄道員と輸送に関して激論を交わすようになった。

そんな仕事仲間こそ――この青年、十河信二である。


「言ってろ。誰がどう言おうがその正式名称だけは変える気はない。」


十河の含み笑いを、鉄オタの矜持で撥ね退ける。


十河信二。

鉄道技術者であり、のちの鉄道官僚、政治家である。

史実、第4代日本国有鉄道総裁として「新幹線」と呼ばれる一大プロジェクトを推し進め、東京五輪が開催される昭和39年には "夢の超特急" 東海道新幹線の建設を実現させた、いわゆる――「新幹線の父」である。


輸送論で白熱した意見交換をするうち、その名を知った時は愕然としたものだ。

まさか、前世で憧れた偉人と、こういう形で出会うことになろうとは。

最近、関わる人間に史実で名が知れた人物が多いのは、やはり陸軍将校という狭い世界にいるからだろうか。


「わけが、わからん…!何を言っておるのだ、貴官は…?」

「ご覧の通りですよ」


十河ら鉄道員たちと、どうにか回線を繋いで完成させ兵站部へ奉上。既に先週から供用が始まった鐵道管制室では慌ただしく鉄道員が駆ける。


「このままじゃ連京線詰まるぞ!」

「蘇家屯の待避線を使って列車交換しろ!」

「はッ、急いでポイント回せ!」

「西42陣に食糧不足!」

「新義州のコンテナヤードから四平街までぶち込め!」

「砲弾搭載の列車、奉天3番線に入線します」

「列車あったら側線使って退避させろ!」

「沈荘屯の6番ヤード、コンテナ空きました!」

「前線軌道を営口に回せ!大至急だ、弾薬配備!」


「……たったここだけで、戦場の鉄道網を管轄しているのか?」

「ええ。数多の列車を管制して、最大限の輸送効率を実現してます。そして、今は使われていませんが、この線上の先っぽは陸軍の陣地を示しているんです」

「そこにあるライトはなにを意味している。」

「弾薬、食糧、その他の欠乏を知らせるランプです。前線で点灯させればすぐ列車が救援に向かいます。戦線が動けばランプの位置をずらして対応すればいい。」

「…まて、それではここは――」

「ええ、実質ここは満州戦線の戦闘指揮所です。」


僕は一旦言葉を切る。


「松花江ラインをはじめ――全満の戦線が、ここの表示版に浮かび上がる。」


大山は口をあんぐりと開けたまま、動かない。


「総軍の将校殿方におかれては、本管制室の隣に本営を構えて業務を行われるほうが、勤務待遇の改善につながる良い機会だと思うのですが……どうでしょう?」


「は、はぁ??」


「大層気に入って頂けると思うんです。半ば戦闘指揮と同じなので、半月も彼らプロの鉄道員と管制をしていたら練度も十二分に達すると存じます。」


自分でも無茶苦茶だとわかる要請を押し通す。

列車とは逆に、走り出した鉄オタは基本的に止まれないのだ。


迫りくる、此方の5倍以上に匹敵する人海津波。

連日の鉄道線爆撃によって満足に重砲の砲弾さえ届かない中で行われる、無謀で不毛な前近代の突撃戦法。さりとて、5倍もの戦力差では退け切れるとも言い難い。


しかし。

戦闘指揮所は、迫る敵軍団に番号ナンバーを付し、迎撃優先度を割り振り、砲台陣地に各個の迎撃目標を割り当てる。高度に管制された迎撃システムが、目標重複を引き起こすことなく、効率的に順次敵戦力を撃滅していく。


更に、撤退移行の際には、一切の渋滞を起こさず円滑かつ迅速に後退を実現できるというおまけ付きだ。


敵戦力推定は80万。

眼前に控えるは広大な松花江と、塹壕、機関銃陣地、迎撃指揮システム。


敵はシベリア鉄道すら開通しておらず、徒歩と馬車による兵站線の段階。

こちらは、大連・新義州からの複線へ、高度に管制された重連編成が雪崩込む。


滅多撃ちに砲弾を吐き出す野戦砲、歩兵主力『三十四年式88mm野戦砲』・機甲聯隊主力『三十五年式機動105mm野戦砲』。

敵軍最新式のM1902と比較しても、砲口径は最大30cm上回り、連射速度、有効射程ともに1.5倍の猛火力を誇る。


たとえその熾烈な砲火を抜けたとしても、待ち構えるのは河幅1kmにも及ぶ遠大な松花江と、その向こうに構える機銃トーチカ。

必死に泳ぎ来る生身の兵卒に、分速600発の暴力が襲いかかる。


「これぞ――…、"イージスシステム in 明治"。」


露軍お得意の冬季反攻に待ち受けるは、神の盾。







――――――――

「期末の刃 ~無限劣者編~」が始まるので更新速度落ちます、ご了承ください。

占冠 愁

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