坑口発破

『西域戦線』右翼正面


- 満州総軍 -

総軍司令 / 大山巌大将


〈後方〉

広島鎮台 - 25000

第九師団 - 25000


〈先鋒〉

旅団戦闘団『奔星』- 12000人

司令部 - 伊地知幸介少将(旅団長)

・本部騎兵中隊 - 初冠藜少佐(副旅団長)

 └ 刀装騎兵 120騎

・機甲連隊『回天』- 秋山好古少将

 └ 装甲車 630輌

 └ 牽引速射砲 150門

・機械化歩兵連隊『震天』- 長岡外史少将

 └ 兵員輸送車 288輌

 └ 牽引速射砲 150門


VS


- 第2シベリア軍団 -

軍団司令 / カウリパウス大将


〈先鋒〉

第17騎兵団 24000騎

司令部 - カシタリンスキー団長

・第1旅団 短槍騎兵 6000騎

・第2旅団 短槍騎兵 6000騎

・第3旅団 長槍騎兵 6000騎

・銃装兵団 戦列騎兵 6000騎


〈後方〉

第6騎兵団 24000騎

第19騎兵団 24000騎

第14騎兵団 24000騎

長槍遊撃梯団クバン・コサック 1400騎


―――――――――




「鉄条網構築、どうなってます?」


広島鎮台司令の上田陸軍中将が椅子を回してこちらを向く。


「十分とは言い難い。遠くから離れて一気に馬が飛び上がれば、ギリギリ超えられてしまうくらいの高さの鉄条網しか建設が完了していない」


ここは前衛、広島鎮台の司令部。まもなく撤退が開始される退避命令地帯の最前線へ、前線作業の指揮を出している中枢である。

僕はそこへ本部中隊を率い向かったのだった。


「普段の要領で騎兵が駆ける分には、躓くか引っかかってくれますよね」

「あぁ。跳越は防げないってだけで、騎兵突撃は阻止できる。」

「十分です。接続した硝安爆薬はどうです?」

「レバーを下ろせば地雷は正常に起動する」


そう言われつつ示された巨大なレバーは、天幕入口の脇に静かにも大きく存在感を示している。


地雷と言っても踏み抜いてはじめて作動するといった先進的なもんじゃない。レバー下げての一斉爆破型だ。

まぁ原始的と言えば原始的なのだが、現代で言う地雷を敷設すると電撃的追撃のための地雷原撤去がまた大変で、結果的に反攻が不能という致命的自滅に繋がる。


「わかりました」


頷いて、懐から指令書を取り出し、見せる。


「本部より、宛 広島鎮台。『鎮台全軍は指定地域へ後退せよ』」


トントン、と机上を中指で叩き、上田は不敵に笑った。


「了解。先鋒は貴軍か――…前線は任せた。健闘を祈る。」




同刻、最前線。


「撤退命令ッ!」

「急げ!速やかにトロッコに乗り移れ!」

「敵に背を向けるなぁっ!後退する味方を援護しろ!!」


騎兵突撃迫り来る中、ロシア軍の眼前でついに広島鎮台は後退を開始した。


「ッ!連中撤退をはじめました!」

「ク…クククッ…!グハハハハァアッ!!」


24000のコサックを従えて突撃にひた走る第17騎兵団長カシタリンスキーが、場上に高笑いを響かせた。


「突撃の圧迫感に遂に耐えきれなくなったか!ガハハハハッ!!」


長槍を構えひたすら嘲笑う。

彼の副官も侮蔑に頬を吊り上げる。


「劣等人種ですからね、理性より本能を優先してしまうんでしょう。」

「ククク…、前線にすらまともに維持できぬか…!」

「そんな連中相手に我々は『戦列騎兵』を6000も…」

「もはや勝利が約束された戦場…。はっきり言って虐殺になってしまうなァ」


くつくつとカシタリンスキーは笑う。


「文明の創造者たる白人が、本来文明化してやるべきの蛮族どもを一方的に蹂躙するのは、果たして『世界を導く存在』として我らを作り給うた主神のご意志に反するのではないか?」

「くく…たしかに動物愛護法には違反するかもしれませんね。ただ、あの穢らわしい劣等人種どもは、主神のご意思の下に為される我らの神聖な『導き』に刃向かった」


副官は胸元の十字架を掲げる。


「我ら白色人種への叛逆は即ち神への背信。もはや、神に見捨てられて同然。

…流石の神も、人になり損ねたいびつな残り物の塊、劣等人種の叛逆には情けもかけないでしょう」


クス、と笑ってカシタリンスキーは髭を撫でる。


「…ふ、それでも私は寛大だからな。もう戦力でも質でも圧倒的な差を見せつけられただろう。」

「な、なにを?」

「降伏勧告はしてやるとするか。拡声器もってこい!」

「なんと!なんという、慈悲深さ……!」


副官は驚いて騎馬を止めた。


「くく、我が大ロシアの技術の結晶、ホーン機構を用いた拡声器だ。」


突撃が一旦止まり、控えていた部下が、重い木製荷車を転がして巨大な拡声機械を運んでくる。


「戦場でもよく通り、音は3.2kmまで届く。……なに、野蛮な猿どもからすれば白人の扱う科学なんぞ理解できない。驚き大慌てする様が目に浮かぶ…!」


速やかにセッティングされていく拡声機構。


「はるか向こうから突然声が響いてくるのだから、何かの魔術と勘違いしキィキィ狂乱状態になって逃げ出すのが関の山…。おぉ蛮族、哀れなり!」


くはははははッ!と彼が高笑いしてみせるのと同時にすべての準備が終わる。


「いつでも行けます騎兵団長!」

「よし!蛮族共に、白人の美しき声を聞かせてやるとしよう…!」


彼は大きく息を吸い込んで。


『イエローモンキーども!どうやら兵士の規律も維持できんようだなァッ!』


キィィィィ―――ン、と高音が響く。


『我らは先鋒だけでも総計24000騎!それも、植民地軍や治安維持隊などではなく――、列強相手を想定した本格的軍隊なのだッ!』


その声ははるか前線に響き渡り。


「ッ――!?」

「こ、この声は…!?」


遥か広島鎮台の陣地まで届く。


『我々は戦術歩兵の発展型――戦術騎兵!

……まぁこう言っても脳容積の小さい未開猿にはわからぬだろうから、付け足してやろう!我々は銃で武装した騎兵なのだァッ!!』


「しょ、小銃武装…?」

「まさか…ボルトアクションで騎乗しながら襲い掛かってくるってのか??」

「それが、騎兵の機動力を以て展開する、だと!?」


広鎮の本営に衝撃が走る。


『恐怖に背中を向け散り散りに逃げる貴様らに、戦列を展開し、一斉射撃ッ!

間髪おかず、1万8000の白騎士が長槍を片手に果敢に突撃するのだ…。

……戦局の行方が決したことぐらい、いくら蛮族とはいえわかるな?』


「馬鹿な…ッ!騎兵が銃で武装…!」

「不味い!コサックの突撃さえ持久出来るか怪しいのに!」



『くく、くはははははァッ!!だが、私は寛大であるからして、諸君らに降伏の機会を与える!――速やかに武器を捨てて投降しろ!

…そうだな、今なら下士官以上は全員処刑で許してやろうか!!蛮族相手にこの慈悲、這って許しを乞えッ!!』



「せ、戦列騎兵…!」

「小銃で武装した騎兵が…その機動力で、銃列を展開!?」

「馬上から一方的に射撃され半壊、…そこに注ぐ騎兵突撃、だと?」

「ど、どどどうなさるんです上田鎮台司令!」


上田は副官に肩を掴まれぐらぐらと揺らされる。


「ということらしい。…どうするんだ少佐?」


彼は僕へと問いかける。


「…ふぅ。」

「ため息をついている場合じゃないッ!!」


半ば恐慌状態になりかけながら、上田の副官が僕に畳み掛けた。


「通信班、モールス信号での返信準備を」


僕は静かに自身の指揮下の騎兵中隊通信班にそう命ずる。


「随分と落ち着いているようだがわかっているのか!?」

「ええ。現状はしっかりと把握していますとも」

「なら降伏勧告に早く従わないと――「なぁ諸君?」…っ?」


僕は振り向いて完全に準備の整った騎兵中隊にそう声をかける。


「ふふっ…大丈夫ですよ、少佐殿。」

「たかが騎兵銃であんなにいい気になれるたぁ、お目出度い師団長だ。」

「ははッ、言えてるなぁ。こっちなんて――…機甲旅団だぜ?」


一人がそう言って、広鎮本営の天幕の外、『奔星』控える背後の丘陵を指す。


「騎兵銃なんて最大限界射程でさえ500m、せいぜい分速10発程度…」

「対して、三四式重機関銃、有効射程640m、発射速度600発/分。」


それを聞いた上田の副官は、今度こそ絶句する。


「な、な」

「装甲自動車は機動的に弾幕を展開。十字砲火、掃討、…殲滅。」

「――なんだ、それは…!」


瞬間、別海中尉が紙束を抱えて飛び込んでくる。


「少佐殿、通信班がロシア軍へ打電準備を完了しました!」

「よし、敵騎兵団司令部へ返信だ。」


一歩踏み出し、述べる。


「奔星よりロシア軍司令官殿へ。

…―――『馬鹿め』!」


モールス信号機に片手を置いたまま、通信兵は驚愕に目を見開く。

僕は急かすように手を大きくパァンと叩いた。


「復唱ッ!!」

「奔星よりロシア軍司令官殿へ、『馬鹿め』!

復唱します、『馬鹿め!』」


バルジの戦いに倣ったそれに、騎兵中隊に大きく笑い声が響く。

もはや驚愕を通り越して唖然とする上田鎮台司令とその副官殿を傍目に、僕もひとしきり笑ってから、軍刀を抜く。


「軍列に戻るぞ。『奔星』、突撃体制――。」




同刻。




「クククククク…。蛮族め、今頃感謝に打ち震えているだろう!」

「はっ。団長殿の御慈悲はバイカル湖よりも深く…。」

「果てには、蛮族の兵を無駄死にから救ったとて、この極東の地で、私は劣等人種に崇められる存在にさえなるのだろうなァ…!!」


「て、敵司令部より返信!」


「差し詰め、『今すぐ身包み剥いで命を乞う』、か?」


「 ”ロシア軍司令官へ、『馬鹿め!』" !」


第17騎兵団司令部に悲鳴のような怒声が響き渡った。


「もう一度言ってみろぉッ!?!」

「は、はッ!ロシア軍司令官へ、『馬鹿め!』とのこと!」

「ふざけるな蛮族共がァッ!!白人様の慈悲を撥ね退けやがってェェッ!!」


拡声機械を蹴っ飛ばし、叫ぶ。


「文明化してやるというのに、感謝一つすらなく!あ、挙句『馬鹿』だとォ!?こ、この、私がァッ!?」


彼は一気にサーベルを抜いた。


「神のお選びになった優等人種様への侮辱、万死に値すると知れ――!」


手綱を思い切り引き、乱暴に馬蹄を鳴らす。


「戦列騎兵を有する我軍、圧倒的な戦力差も蛮族の知能では理解わからないと!

――文明化の価値さえないッ!騎兵突撃だ、劣等人種を全員なぶり殺せッ!!」


「はッ!全隊、戦列騎兵に続けェッ!!」







「全体われに続けェッ!」

「突破しろ!やれっ!」

「第一突撃コサック8000、敵陣に肉薄!」

「よし、旧来守備との混交、長槍部隊8000が敵陣形の中央突破を敢行し次第、戦列騎兵2000を含めた4000を順次投入する!」


カシタリンスキーはそう猛る。


「やれ、総隊突撃体制保持!」

「よし見えてきたぞ!敵陣だぁ!」


そうして早速、前衛突撃を任されたコサック8000は鉄条網と交錯する。


「「突破ァ―――ッ!!」」


果たして。

彼らは馬上から引き剥がされ、地表に勢い良く衝突した。


「っわわァッ!」

「か――ぁ、ッ…?!」

「ぐは…、っ!?」


一斉に落馬するコサックたち。

自慢の長槍は前方に飛散し、騎兵隊は正面から崩れる。


「な、何が起こっている!?」

「あ…ッ、鋼索の網だ!連中、陣地まで幾重にも張り巡らせてやがる!」

「蛮族め小賢しい…ッ!こんなもので、コサックの突撃を止めようだと!」


恨めしそうに皇國陣地を睨めつける騎士たち。


「ちくしょうこの鉄条網、案外丈夫だ!鋏じゃ切断できねぇっ!」

「クッ…小癪な!」


迅速な突撃突破を表掲する彼らにとって、時間の浪費というものは何にも代えがたい焦燥を生む。


「曲芸でやるように、距離をとってから一気に跳躍すればいけるのではないか?」

「お…ぉっ…、たしかにこの高さじゃ行けなくはない!」

「……くくっ、どうやら蛮族共は我がコサックの実力を舐めているらしい。」

「この程度で防げると思うなよ!?全軍整列!一列順番に突破しろ!」

「「「はッ!」」」


眠る者が羊を数える様の如く、騎馬は並んで一騎ずつ鉄条網を超えていく。


「よし、紆余曲折あったがどうにか突破できそうだッ…!」


一列目、二列目、三列目。ゆっくりとだが確実に鉄条網を超えて迫るコサック。


手には長槍、棚引くマント、確勝の笑み。


中世の騎士を体現したかのような華麗な突撃に、広鎮本営は震え上がる。


「も、もうすぐ最終防衛線が突破されるぞッ!?まだなのか!!?」

「いいえまだです。焦っちゃいけない、もっと引きつけますよ。」


前線を睨みつつそう返す。

敵騎兵団24000の最後尾がまもなく、2列目の鉄条網を突破するか。


「い、急がないと取り返しが1」

「全敵部隊、地雷原に突入しました!」


副官の焦燥を遮って、別海中尉の報告が飛ぶ。


間髪置かず即座にレバーへ手を掛け。



「―――爆破。」



瞬間、風が凪ぐ。


カァァ――――ッ!


閃光、波動。

続けて、空振。


「ぐっ―…ぅぉお――!?」


手を額にかざし、困惑して背後を振り向く敵騎兵の影。

それもすぐに散り散りになり、火球に呑まれる。


「わッ――は―――!?」


裂光に目をくらますカシタリンスキー。


刹那。続けて到達する、轟音。


ドガァ―――ァァアアア――ン!!!


爆炎、裂音。

地雷、一斉炸裂。

騎兵団も鉄条網もなにもかもをひっくるめて、硝安は粉砕する。


「装甲車戦列、重機関銃掃射!!」


「機関銃掃討――ッ!!」


ガガガガガガガガガ―――!


空薬莢を勢い良く撒き散らし、反動排給機構ショートリコイルが唸る。

布ベルト装弾数300、分速600発。

猛烈な銃弾の暴風は容易くスカスカの鉄条網をすり抜け、騎兵団を襲う。


「ぐわァぁああ―――ッ!!?」

「ぎゃぁあああっっ!!!」


地雷の爆砕を免れた騎馬が弾幕に貫かれ、倒れていく。

運良く炸裂の直撃を逃れたカシタリンスキーが、鉄条網の狭間で起き上がる。


「な…、なんなんだ、何が起こっている!?」


絶え間なく続く火線。爆音。炸裂。


「ど、どうなっているんだ!ふ、副官、状況説明をッ!」


だが、隣の副官は動かない。

見てみれば、既に腹から下がなくなっていた。


「な…ぁ、っ……!」


周囲を見回してみれば、あったはずの24000の騎兵の津波は残らず崩れ、血の海となって地上をただただ無益に染めていた。


「どう、なっている…。2万4000の白騎士は、どこへ……??」


そうして、視線を戦線正面へ向けた瞬間。


彼は息を詰まらせた。


「なんだ、あれは…。」


土煙を上げて正面に迫る迷彩色の塊。


見たこともない生物。なのに生気は感じられない。


それが近づくにつれ、彼ははっきりと視認する。


「て、鉄の塊、だとォ!?」







「梯陣展開、第三種突撃術式――。」


轟々と粉塵を撒き散らし、烈進。


「『回天』、先鋒突貫。3個装甲大隊は延翼旋回。」


前方に発動機が唸り、秋山好古に率いられた装甲車群が槍鋒となる。


「前衛、本部騎兵中隊。4個小隊、単横陣進発。」


後続騎が横に押し広がり、前方へと戦列を形成する。


「中鎮、『震天』。3個機械化歩兵、単縦陣。

 後衛、牽引砲兵野戦砲群。砲陣支援、直衛術式。」


自動車が後方へ次々と展開していく。



火力の塊は槍となり、やがては、一綫の流星となる。



「――全騎、殲滅せよ。」

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