陸軍モータリゼーション
今年は短い間でしたけれども、読者の皆様に執筆の気力を頂き続けました。
本当に有難うございます、来年もよろしくお願い致します。
というわけで今回は年末大晦日仕様、結構長くなります。
占冠 愁
―――――――――
「おお、ちゃんと稼働してますね…!」
ゴウンゴウンとコンベアで完成した車輪が運ばれていく。その先は車軸整備所につながっており、運ばれた車輪は、一列でゆっくり流れてくる装甲車の車輪に付けられていく。
「壮観ですわ…」
令嬢殿下もそう漏らす。
僕は今、三三式装甲車の生産工場に、令嬢殿下とともに訪れている。本来なら多分僕だけでも良かったのだが、令嬢殿下に見てもらわないと、ほら、予算がね…?
「これわ、belt conveyorお、使った、new styleの、生産 laneになりマァーす!」
皇族の視察を前に、慣れないどころか、意味もよく伝わらない日本語を使ってでも、熱心に取り入ろうとする、この工場の主、ヘンリー・フォード。
「ベルトコンベアー。よくこんなものが今の帝國の技術力で作れたもんだ。」
「いや、技術が運良く追いついていただけでして。上手く行ってよかったですわ。」
令嬢殿下も安堵する。ゴムの発見とその加工法確立による工業への利用は、実は1900年代初頭―――ここ最近のことである。
元来ゴムは、夏は溶けやすく冬は固くボロボロになりやすい。
工業製品には使用できたものではなかったが、硫黄を加えるといった、加硫と呼ばれる架橋反応の一種を利用することにより、ゴムの弾性限界が大きくなり、工業加工ができるようになるのだ。
「史実では、明治37年、
「ええ。カーボンブラック――炭素主体の微粒子を混ぜて、ゴムの強度を高める技術の開発は、明治30年には技研で成功してましてよ。」
「確か…加工過程で、カルシウム・マグネシウム・鉛とかの無機加硫促進剤というものの使用は、ゴム加硫まで長時間かかり経済的じゃないし、ゴムの物性や耐久性が比較的悪かったんでしたっけ。」
「左様でしてよ。
「ゴムの大量生産法はここ数年で確立されたと見るべきですか。」
自動車の大量生産において本当にゴムは多用される。言わずもがな生産レーンのベルトコンベアーからタイヤ、配電線の絶縁体にまで使われる。工業ゴムの大量生産無しでは自動車の大量生産は実現しなかっただろう。
「ええ、ええ。欧米への売りつけも決定してますわ、頑張って頂きませんと。」
浮かれた顔で令嬢殿下が言う。戦時中の大量生産が成功すれば、自動車の加工貿易を開始するつもりなのだそうだ。
ゴムの原材料である天然ゴムは英領マレーとタイ王国からの輸入で賄っている。すでに綿花の件で、皇國への原材料輸出は滅茶苦茶に儲かると知っている大英は今度のゴム輸出も快く受諾してくれた。今や日英関係はかつてないほど親密になっている。
「日露戦争においては後方の輸送を徹底的に自動車で行いますから。」
僕はそう言ったあと思わずため息をつく。
「鉄道輸送に頼りたいのは本当にやまやまなんですけど、朝鮮王国両班が全く酷いものでして。鉄道敷設含めあらゆる近代化を拒否してくるんです。」
皇國はその地政学的安全保障上、朝鮮における紛争はロシアなど列強の付け入る隙を生むため、朝鮮半島の情勢安定を保持せねばならない。結果的に朝鮮からすべての対立の原因である貧困を、取り敢えず除去せねばならなかった。
「後世で全く無駄になったと叩かれる朝鮮への投資を、なんだかんだ言ってしなければならないわけでしたが…。支配層があそこまで無能だと何も進みませんよ。」
朝鮮に近代的農政を導入することで、本来ならまともな税制と食糧管理が成立し、朝鮮人民は李朝腐敗以来、数百年苦しめられてきた飢饉と貧困から解放されるはずであったが、支配層の両班が、農民が力を持つのを恐れ、それらを拒否してしまった。
「皇國主導で、農地整備及び稲作改革と食糧管理制度の朝鮮における導入を拒否、それでもって明治31年飢饉。ここまでは自業自得ですけど…。」
「本当に冗談じゃないですわ…!飢饉起こったら、同制度で備蓄米が存在する皇國へ泣きついてきましたのよ!?」
令嬢殿下が憤慨する。当然これを拒否すると両班は、隣国であり文明を授けた兄である大韓が食糧難で苦しんでいるにも関わらず、食料を持ちながら助けず見捨てる日帝野郎の恩知らず、と国際社会に訴えかけた。
結果皇國と対立するロシアが両班率いる朝鮮を支持し、抗議活動を支援。
「ハワイ絡みで合衆国、露仏同盟でフランスが朝鮮支持に回り、大英以外皇國の立場を支持する列強はいなかったんでして。泣く泣くコツコツ貯めてきた備蓄米を両班に放出しましたの……。」
令嬢殿下が目を伏せる。
しかもその備蓄米は救援物資だ、と両班朝鮮が声高に国際社会へ叫んだせいで、その代金は列強黙認の下、分割20年返済となった。実質的な無償供与である。
「経済損害は大きかったですもんね。備蓄米が尽きたと噂されて買い占めが起こり、備蓄米は国内にも放出され底をつき、半ば恐慌となったせいで今月の成長率は日清終戦以来初のマイナスですよ。」
日露戦争前のこの時期にこれは痛い。様々な計画の延期があちこちで起こり、調整各機関が対応に走り回っている。僕も結局今走り回ることになっている。
「まぁ、今回の件で両班には近代化の意義を認めさせましたから。漸く今週、釜山 - 新義州間の京釜線と京義線の鉄道が全通しますよ。」
朝鮮の農地解放と近代的稲作の導入も、地主や両班の妨害に遭いながらもどうにか進めており、少なくとも朝鮮民衆は飢饉に毎秒苦しむことはなくなりそうだ。
「話を戻しますが…、新義州までの物資輸送は鉄道によって行います。が、満州においては、鉄道がロシア運営下にあるのも相まっていまして。朝鮮半島のように鉄道建設には至れません。」
令嬢殿下が言葉を継ぐ。
「更に、圧倒砲火支援の下、電撃戦を敢行する以上は補給を高速でかつ大量に反復して前線へ送り届けなければいけませんもの。どちらにしろ満州での鉄道補給は現状、向いているとは言えませんわ。」
電撃戦をする以上、前線は高速で進み続ける。破壊された鉄道を修復し、ないところには鉄道を敷き、貨車を延々運んでいる暇などないのである。
「そこに簡易的な道路を建設するだけで前線への物資補給が可能になる自動車を投入すれば、戦局を大きく変えられるに至るかもしれませんしね。」
「日本馬は基本的にずんぐりとしていて軍馬にも競走馬にも適さない半端なものなのですもの、史実の人馬輸送もただただ非効率なだけでしてよ。」
殿下がぶーと文句を吐く。
「馬は積載状態で時速5km行けばいいほうですし、その積載量も多くなく、休息も必要、衛生状態は保たねばならない、さらに食料は喰らうし糞はする、世話も必要ですわ。馬の多用は兵站に大きく負担をかけますの。」
「更にそもそも、そこまで皇國には馬が居ないし、その管理能力もない。だから史実では日露戦争において帝国陸軍は物資不足に苦しめられましたね。」
対して、と僕は続ける。
「自動車―――三十五年式輸送車は、2tの積載状態で、整備道路では時速20kmを叩き出す。現地に整備部隊と燃料補給所は必要なものの、馬を使うよりは遥かにマシかつ、馬餌も不要。」
「本当に素敵ですわ。素晴らしいこと!」
殿下も大喜びだ。
次々とベルトコンベアーで流れていく輸送車を見ながら僕は感嘆する。装甲車工場と謳ってはいるものの、工場内には肝心の装甲車の姿がほぼ見当たらない。
「ほぼ輸送車ですわね…」
「前線で走り回る装甲車や自走砲、兵員輸送車は合わせても精々4000台の納入が関の山です。対して求められた輸送車の納入要求量は……8万台。兵站はそれほど重要で、戦局を左右しますから。」
何故近代戦において兵站が重要視されるか。それは、優勢火力ドクトリンが主流になるにつれ、弾薬の使用量が飛躍的に伸び、そのため大量の物資を前線へ送り届けねばならないからだ。その大量の弾薬を生産するために、国家総力戦体制が必要になってくるわけで、ドクトリンの変革が戦争の在り方を変えたと言っても過言ではない。
「そして大量消費が、財政を圧迫するわけでして…。」
そういうことである。令嬢殿下の一喜一憂は全て”money"と呼ばれる単語一つで成り立っているため、非常に単純。単細胞。
「なんか今非常に失礼なことをお考えでして?」
「いえいえそんなわけ…」
何だこいつエスパー気質あったのか。
「さて問題です、これだけの自動車の燃料、どう賄ってるんでしょう?」
話題を変えてどうにかしようと試みた。
それが残念ながら、殿下を更に不機嫌にする。
「ああ…そこでして?今から行きますのよ……。」
・・・・・・
・・・・
・・
車窓から見える日本海……とは言っても、線路の上を走っているわけではない。
「乗り心地は少なくとも馬車よりかはマシ…って当然ですわね。」
令嬢殿下が自問自答しながら窓の外を見る。
「いやぁ、フォードさんいいもん作りましたねぇ。まさか僕らが完成品第一号に乗るとは思いませんでしたが…。」
そう、我々は三十五年式輸送車で、北陸道を絶賛北上中なのである。
ドライブデート?断じて否である。社…ではなく国畜の労働の一環だ。
「しかし…、けっこうつらそうですね、従業員たち。あんな機械的な労働、嫌になったりしないもんなんでしょうか…?」
北九州にあったあの装甲車工場を思い出して、僕はそう殿下に尋ねた。
あの流れ作業による生産技術革新は、工員にとっては同じ動作だけの単調な労働を長時間強いられる極めて過酷なものであるのは、傍観者の僕でも容易に想像がついた。
「まことにおっしゃる通りですわ。人員異動や退職は多く、未熟練工員の雇用や訓練コスト高に結びつく可能性がありますの。……ですけれども、史実、フォードはどうやってこれに対処したと思いまして?」
「え、例えばでいいんです?……うーん、労働者を沢山雇って交代制にして負担を軽くするとか?」
あれは莫大に儲かる。労働者を沢山雇えない理由がない。
「カネが腐るほどある、という見方は正解ですわね。…けれどもっと単純な理屈をもって対処しましたの。………熟練工の日給を倍増させたのですわ。」
令嬢殿下は語る。
「史実、フォードは熟練工の日給を、全米平均日給の2倍である5ドル=10圓へと引き上げましてよ、勤務シフトを1日9時間から1日8時間・週5日労働へと短縮する宣言を発しましたの。」
「そうすると?」
「結果応募者が退職者を上回り続けることになりましたわ。日給5ドルは年収なら1,000ドル以上になりますの、T型フォード1台を購入してもなお労働者の一家がつましい生活を送りうる水準でしてよ?」
「そりゃ、酷く(令嬢殿下レベルの)安直な考えですね…。」
「それを成功させたのがフォードですわ。…何か?はっきり言っていただけて?」
やっぱエスパーなのかな?
「この世界線では、フォードはやっぱり日給をあげていくようですわ。本人の口からですもの、確実でしてよ。…さぁて、現在の日雇労働者の日給は平均63銭ですわ。皇國陸軍苅田装甲車工廠――これが正式名称なわけでして――では、日給いくらを宣言したかご存知でして?」
僕は瞬考で答えを漏らす。
「え…、日給8円。」
令嬢殿下がoh...,といった感じで崩れ落ちる。
「高く言わないでくださいまし…!貴方が安く言えば、その後のわたくしの答えで大衆が『オォーッスゲェー!』ってなって大反響、ついでにわたくしも人気者になるところでしたのに…。」
「いや、僕しか聞いてませんから…。」
つくづく変なやつだと思った。
「……チッ、日給2円30銭ですわ。帝國の平均日給の約4倍でしてよ。」
「それでもすごいっすね…。」
まあ逆に考えれば、史実この時代に日給10円でも平均の2倍でしかない合衆国の経済基盤スゲー、とも考えられる。皇國の人件費安すぎ。合衆国の8分の1って…。
「流石に史実同様の賃金へ一気に上げましたら、皇國日給平均の約16倍となってしまい皇國経済に混乱を与えてしまいますわ…。……加えて、ほら、人件費が安ければ、製品も安く…、すると、買う側はわたくしたちでありますの……」
令嬢殿下がニヤニヤしながら左手の手のひらを上に向け、人差指と親指を擦り合わせ始める。買う側でありながら値段設定も直接提案できるこっちの立場を利用して、できるだけ値引くってか。悪徳商法極まりない。通報せねば。
「だれかァー!ここにタチの悪い悪役令嬢が、労働者から賃金搾り取ってます!」
「いや、わたくし以外どなたもいらっしゃいませんから…。」
つくづく変なやつだと思われた。
何だこの混沌とした状況は…。
「まあでも、安いことはいいことですわ。これなら人件費の安さに乗じて自動車の加工貿易の目処も立ってきますこと。戦後は、軽工業を卒業し、自動車産業加工貿易で食っていけますわ…。やったぜ…!!」
史実、フォード最盛期の1925年にはT型フォード1台の値段は、新車なのにもかかわらず、290ドルという法外なまでの廉価になった。これは2005年物価換算で、3,300ドル=33万円相当になる。
さて、合衆国の8分の1の人件費で済む帝國が、この自動車を史実のように量産、世界に売りつければどうなるだろうか。
高い輸送費を差っ引いても、革命沙汰だ。
「戦に負けなければがっぽり儲けれますわ。上手く行けば、7〜8%の成長の水準を維持しながら戦後を駆け抜け、第一次大戦の、14%台の超高高度成長が望める大戦景気に突入できるかもしれませんの……!!」
令嬢殿下はそう言うと、それまでの興奮して赤くしていた顔を、流れ行く車窓の外へ向け、荒かった鼻息を収め、これまでとは全く違う落ち着き払った声で続けた。
「おそらくそれが実現すれば、第一次大戦が終わる頃には……皇國の経済規模は独・仏・伊を完全に抜き去って、果てはあの大英帝国さえも追い越し―――名実ともに世界第二位の経済大国となれますわ。」
殿下のその雰囲気に、半ば困惑しながら尋ねる。
「それはどういう」
「現在の想定通りにいくなら、1920年すなわち大正9年の予想国力は――昭和39年。つまり1964年。史実、東京夏季五輪開幕の年の戦後日本に匹敵することになりますの。」
遥か日本海を眺めながら令嬢殿下は続ける。
「――1920年において、皇國は合衆国の6割の国力を持つに至りますわ。」
おもむろに手が震える。
戦慄を、自覚した。
「史実、昭和16年の開戦時、皇國の国力は4倍しても合衆国に匹敵しませんでしたよね…。それが、大正9年時点で、すでに対米6割―――。流石にそれは…。」
僕は自分で述べた内容に、言い終わってから絶句する。
「ですけれど、これは最大限楽観視したときの数字にすぎませんわね。大戦後は戦後恐慌、大正12年関東大震災、昭和不況 世界恐慌など、述べ立ててもきりがない鬱なイベントが盛り沢山ですもの」
この通りうまくいったとしても、この後は成長は低迷するだろう。と殿下は笑う。対して合衆国は『黄金の20年代』だ。確かに皇國は大戦後合衆国に大きく引き離される可能性は、確かに十分ある。
「ですけれども。」
でも、そんな笑いも収め、令嬢殿下はこちらに向き直って告げる。
「――可能性が一塵でも見えてきたという事実は、揺るぎませんわ。」
頭のなかで令嬢殿下の言葉が反響する。
枢密院の最終目標、並びにその名目上の下部組織である妥協の目標。『対米戦可能なラインまでの国力増強』。今まではその形がはっきり見えたことはなかったが、着実にそこへ向かって歩みを進めていた。そして今。全貌が、鮮明に現れたのだ。
すると、建前の目標を達成した僕ら
否、あの時誓ってから揺るがない、最終的目標に、取り掛かる。
「終着は―――、まだ遠い。」
思わずそう言葉が漏れた。同時に何故か、何処か非現実的に感じた。
この長い『旅』の始まりからその終わりまで、きっとその至上の命題は変わらない。だから、日常から剥離したように感じてしまう時点で、その『全ての原点』から僕は離れてしまったのかもしれない。
半ばボケかけていたところだった。いい機会、気を引き締め直す。
「いや、もうすぐ終着ですわよ?」
令嬢殿下は、僕の言葉を別の意味で捉えていた。
車を停止させ、車外に出た。
「つきましたわ!」
その言葉に触発されて、僕は我に返り、外に出て空気を吸う。さすが省立保全地帯、おいしい空気だ、と言おうとして思わず吐き出した。
「ウォェッ!空気が、不味い!!」
一瞬、事態を把握できずにポカンとした令嬢殿下だったが、すぐに口を抑えて肩をピクピク揺らしだす。
「ぷっ…くす……、環境保全地帯か自然保護区に連れてこられたと思いまして?こりゃあ傑作ですこと……!!……く…す、ぷっぷぷp…」
空気が濁っている。というか汚染されている。大気汚染の具現化だ、光化学スモッグだ。何が美味い空気だ、化学微粒子山盛りじゃねえか、ファッ○ンビッ○。
激しく咳き込み、涙目になりながら僕はあたりの景色を見回す。どうやらここは高台のようで、眼下に工業地帯が広がっていた。それも、排出炎があったり、巨大な採掘機があったりと、まるでかつて教科書で見たアラブの石油採掘の様子のようで…。
「え…?石油採掘…??」
ここは日本列島だ、石油など出るはずがない。
「いい勘をお持ちのようでして、正解ですわ。ここは新潟県新潟市、列島最大の油田―――新津油田ですわ。」
「は……??国内に、油田ですか…?」
令嬢殿下がその言葉を聞いて、不敵に笑う。
「皇國に石油がないと、誰がおっしゃいまして?」
「え、でも無資源国家だから、かつての大戦に負けたんじゃなかったんですか?」
「まあ待ってくださいまし。『資源の博物館』という言葉をご存知で?」
「…覚えてないです。」
確か中学校で教わったような教わらなかったような。
「そう、石炭、鉄鉱、ウランから翡翠、果ては天然ダイヤモンドまで。この列島からは何でもかんでも出てきますのよ。ただし反面、量は本当に少ないんでして。だから、『博物館』なんですの。」
ですけれども、と令嬢殿下は続ける。
「それは戦後の話ですわ。何故無資源列島と化したか。それは、明治期に採掘しすぎたんですのよ、資源を。もともとこんな狭い列島ですわ。産業革命で掘りまくった結果、すぐ枯渇して当然ですわ。――元来、この列島は無資源ではありませんの。」
「それで…、油田が存在するわけですか。」
「けれど採れる量は多くはありませんわね。最盛期で年産12万キロリットル、ごく僅かですわ。それでも、前線での需要を満たせる量はありますわ。」
殿下は歩き出す。
「足りない分はどのみち大英からの輸入に頼ることになますでしょうし、この採掘は採掘技術力と経験獲得のための試掘、とも言えましてよ。」
石油を自力で採掘し、精製して、供給することで、かなりの経験を得られるし、採掘の技術力は伸びると令嬢殿下は言う。どのみち第二次大戦前には皇國は満州か中華か、樺太かの油田を使って石油を自力で供給できる体制を整えなければならないのだ。そのための試掘油田であると、令嬢殿下は語る。
「今のうちから、この分野に力を注いでおかないと、時間がありませんわ。」
皇國に巨大な油田などあるはずもなく、ないものの技術力は、どうしても伸びない。反面、油田のある合衆国やソ連、大英はそれを伸ばしてくる。ここで対応しておかないと不味いのだそう。
「突然ですけれど質問ですわ。この油田は妥協や枢密主導ではありませんの。民間でして。さて、その企業の名をご存知でいらっしゃって?」
唐突過ぎてどう切り返せばいいのかわからず呆然としていると、勝手に殿下が喋りだしてくれた。
「明治期から、石油の有望性に気づき、『将来必ず油の時代になる』とまで断言しまして、試掘を始め、大戦時にはその石油系技術力で史実帝國を支え、戦後には石油貯蔵タンクの底に、社員総出で潜り、石油を掻き出しまして―――」
記憶を探る、暫くして、一つ思い当たった。
「果ては、戦後数年にもかかわらず、大英を敵に回して、あの―――『日章丸事件』を引き起こすまでに至った、張本人。」
そしてその脳裏に浮かんだ答えは、確信となる。
「戦後の石油超大手となる日本企業、その創始者であり、すべてを支えた、勇猛なる男の二つ名を―――」
「「『海賊とよばれた男』」」
気付けば令嬢殿下と声を重ねていた。
自然と、滑らかに口が動く。
「―――出光佐三。彼はもう、『出光興産』を立ち上げていたんだっけか…。」
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