三章 続く車轍は満州へ

義和団3分クッキング/最終分岐点

時は進み、明治32(1899)年新春。

皇國の軍拡景気は一旦落ち着きを見せてきた頃。


「こんにちは、義和団3分クッキングのお時間です!」

「…『義和団と愉快な仲間たちのガソリン炒め』……うん、安定の不謹慎ね。」

「それな」


というわけで翌明治33年に発生することとなる義和団事件への制圧作戦に火炎放射器を投入することを、枢密院は計画しているらしい。


「倫理観的にどうなのよこれ…」

「ホントクソやる方の身にもなってみやがれ」


火炎放射器片手に義和団鎮圧は、流石に吐き気がしないだろうか。

史実通り、義和団に便乗して清朝が全世界に宣戦を布告してしまえば、既に下関条約で破滅的な賠償金を毟り取られている清朝は迅速に滅亡してしまう。

ゆえに枢密院は先制介入を決定、華北居留民保護の名目で北海鎮台と仙台鎮台の混成部隊に火炎放射器を持たせて派兵する――という予定らしい(松方情報)。


「ではまず、ムラが出ないよう、まんべんなく義和団にイチャモンをつけます。すると、清朝の高官共に義和団へ傾く連中が現れるので、軍事通行権と鎮圧勅令を出すよう西太后に脅迫をまぶしましょう。」

「かわいそうに……」

「ほら君もやるんだ」


「そこで、義和団の主力兵装弓・剣・盾皇國陸軍の主力兵装機関銃・火炎放射器について、清朝高官と義和団と中華民衆へ染み込ませます。」

「お好みで、西太后が癇癪と自暴自棄を起こして全世界へ宣戦というテコ朴をする原因となった大沽砲台問題を事前に防いでもいいでしょう。」

「さて、混成鎮台の司令官には乃木希典をまぶします。お好みで支援中隊をもりつけ、歩兵連隊2を送ります。」

「そして、今回の新兵器、火炎放射器をしっかり部隊にふりかけましょう。ねえ藜やっぱりこの無益な茶番やめたほうがいいんじゃ―――」

「シャラップ!これやってないと精神的に持たないぞPTSD発症するぞ。

 ――清朝から皇國政府へ援軍要請を出させ、部隊を天津に上陸させます。これは、皇國陸軍単独で行う方がいいでしょう。」


英軍はボーア戦争、米軍はハワイ革命、仏は軍隊そっちのけで絶賛政治闘争中、独軍はミッテルアフリカ形成に躍起、二重帝国軍はそれ以前に色々アレ。

実質大規模派兵できるのはロシアぐらいだ。


「そのため、素早く天津に部隊を振り掛け、ロシアに先駆けて北京へ兵をすすめるのが良いでしょう。ロシアへの牽制のために清鮮国境へマシマシに派兵します。」

「さて、ここからが本番です。火炎放射隊を部隊から取り出し、ガソリンを適量供給し、ここから、義和団をガソリンで炒めます。一気に噴射し、4800〜5200℃でしっかりと焦がしておきましょう。完璧作戦、やったね!」



こうして――1年ほど先の時系列にはなるが――義和団蜂起では、真っ先に広島鎮台が下関を出撃、ロシア軍に先駆けて北京に再び旭日旗を掲げることとなる。




・・・・・・

・・・・

・・




明治32(1899)年2月 帝都


「さて、生物保護いこう」

「突然どうした」


早速松方からツッコミ。


「史実通りだったら今年冬に起こる、多くの市民が同情した田中正造の陛下への足尾鉱毒事件直訴を祭り上げて、内務省外局に環境保護総合局なんて立ち上げるんです。日露戦争前の安定度を上昇させつつ、史実の絶滅を防ぐんですよ。」

「……殖産興業真っ只中だぞ。そんなことしてる余裕はない」

「いえ、それがまたちがうんですよ」

「どこがどう」


僕は、資料を渡しながら話す。


「絶滅種博物館なんてものを作ったら、世界から観光客や優秀な自然科学の教授がやってきそうじゃないですか。観光業の開拓かつ、優秀な人材を招集するいい機会なんですよこれは。」

「あぁ…、なんとなく言いたいことはわからなくはない。自然科学とかは工学に直結する部分あるからな。そこから軍事技術へ徐々に、なんてことを希求できる。なんたって全ての科学は繋がってるからな。」


科学者の素質あるんかな、なんてことを思いながら僕は提案する。


「というわけで環境保護地帯作りましょう。名称は国内外向けに気取って『内務省立環境保全地帯』とでもしましょうか。手始めに、東洋のガラパゴス小笠原諸島や屋久島、明治24年の周辺諸島再編令の折、先占領有宣言で獲得した大鳥ウェーク島など、いろいろ守っていこうじゃないですか。」


実際近代になり、産業革命による急速な森林伐採、水質地質大気汚染が直接的原因、またはそれが後を引いて絶滅していった列島古来の生物は結構な数存在する。


「ほら、絶滅寸前の種とかの繁殖地を作って観光地化できるじゃないですか。

――それに、それで世界に観光地としてブランド付けできれば、自然と当該地における領有権問題は皇國有利になる。」

「……ほう、面白いこと考えるじゃないか。」


松方はニヤリと笑った。キモい。

まぁ、実際問題有効な領有既成事実化の手段ではある。


「ニホンアシカは竹島が最大の繁殖地だったが、史実、戦後に大韓が占領・要塞化し生息地を奪われ絶滅、グアムオオコウモリはグアムや大鳥ウェーク島で分布していたが、合衆国はコウモリ料理を珍味として観光客に供し、人気を博したため乱獲され絶滅。小笠原固有種ハシブトゴイも内地移民による外来種侵攻で全滅。」


松方が自然と僕の言葉を継ぐ。


「――これらを保全できるわけだし、それ自体が自然遺産として、観光地として世界から知られれば、竹島や大鳥島に対し、大韓や合衆国がイチャモン吹っ掛けるのは難しくなる、か。」

「それに、面白くありません?前世界線で絶滅した生き物を百年先でも見れるようになるんです。これほど浪漫のあることはないんじゃないです?」


結局私欲である。それでも松方はかかかっ、と笑った。


「いいだろう、私が上奏してやる。」


結果、明治34年12月10日、東京市日比谷において、議会開院式から帰る途中の陛下に足尾鉱毒事件について直訴を行った田中正造は、近衛を突破して直訴に成功、東京府内だけでなく国内大騒ぎになり、号外乱発で環境汚染問題は広く知れ渡った。


直訴状をその場で目を通した陛下は、直ぐ様環境汚染改善を枢密院へ要求。松方の仕組みもあり、『内務省環境保護対策本部』が成立した。全国的に工場鉱山群の存在する川沿いは水草や藻類による緑化と毒素浄化並びに、鉱山の排出毒素の徹底処理が義務付けられた。


同時に環境問題に端を発する野生生物の個体減少や絶滅問題も人々の関心を集めた結果、先の緑化計画と関連して、省立環境保全地帯が各地域に設営され、さらに恩賜上野動物園には絶滅危険種保護館が清朝賠償金を使って設立された。


ニホンオオカミ、エゾオオカミやリョコウバト、ゴクラクインコ、先述のニホンアシカなどが保全地帯や絶滅保護館に保たれることになり、世界の学者や観光客から広く人気を博すことになった。


また、工業汚染地域になってしまった渡良瀬沿川や、竹島、大鳥島、日露国境地帯の択捉/国後島などは環境保全地帯に指定され、鋭意整備が進行中である。




・・・・・・

・・・・

・・




「そうか。義和団が壊滅したか……。」


新聞紙を広げながら、東郷は呟いた。

北京からの連絡で、皇國陸軍が火炎放射器の使用をしたとの情報が入っている。


「義和団が目に余る暴虐を北京や天津で日欧居留民に働いたことは知っておるが…、流石にこの戦い方は放置できんな。いくら戦争とは言え、剣や盾で戦う義和団を安全地帯から一方的に焼くのか?

 皇國陸軍は武士道を忘れたのか…??」


やっていることが太平洋戦争中の米軍とかわらないじゃないか、と東郷は言う。


「だが、殺し合いには変わりない。それに火炎放射兵は敵から買う憎しみも随一だ、標的になりやすく致死率も半端じゃない。

 敵が貧弱な義和団事件でしか、新兵器の実験ができないのだろう…。」


いくら史実より国力が強化してあるとは言え、未だに次皇國が交戦することとなるこの広大な大国とは、国力に十数倍かけ離れた差がある。気を抜けば確実に死ぬような一大決戦を前にして、準備を怠るのは愚の骨頂。

皇國陸軍は必死なのだ。


「だが、いくら陸軍は必死でも――皇國枢密院が、この世界を舐めている。」


東郷は確信する。


「”史実知識”という武器は最強だと信じて疑わ――いや、こういった方が正確か?

 

 その狂気的で絶対の信仰は、敵に付け入る隙を与え、自らを滅す。」


(皇國と、天皇陛下に仕える者として、特に、対米敗戦はなんとしてでも…)


合衆国は第一次大戦でボロボロに敗戦したドイツが、たった20年で欧州全域をその掌中に収めるのを見た。


「彼らは、敵となった者を完全に再起不能になるまで追いやるという手段に出る。」


その身を以て合衆国は体験したのだ。

いくら勝っても、その後敗戦国を二度と刃向かえないようにしなければ、いくらでも蘇って復讐の刃をかつての勝者に向けてくるということを。


「GHQは再び戦後日本が逆らうことがないよう、徹底的に帝國との連続性を断ち切った。…陸海軍解体、象徴天皇、教育改革、土地解放。どこまでも文化に介入し、伝統をも破壊した。

 『戦前時代』に暗い印象を植え付け、戻らないようにした。」


東郷は拳を震わせる。

彼は戦後世界を枢密で知ったとき、握りしめた掌から血を流した。


紛れもない戦前時代に誇りを持って育ってきた彼にとっての全てを否定されたようで、屈辱でしかなかったのだ。


「特にこれこそは許せない…、国家神道という汚名を着せられ断罪された、本来の形であったはずの、『神道』の廃絶だけは……!!」


東郷は腹の底から唸り、眉間を大きく歪める。


(あれは、日本人の精神そのもの、大和民族と一体化していたモノだったんだ。

 間違いなく、連中はキリスト教徒だったがゆえに、その形態を理解できなかったんだろう。戦争遂行に協力した体制だと認定し廃絶、改造して、神道を『宗教』という枠に押し込めて、『信仰』という行為に置き換えてしまった。)


「日本人は精神的支柱を失い、彷徨い、戦後の成長の中でモラルを低下させ、全体として内面的に成長することはなく、停滞に身をおいた。だからこそ、戦後たった70年で、社会的・経済的両面で行き詰まったんだ……!」


彼は、頑なにそう信じる。

少なくとも彼は、海軍軍人として、戦前日本人として、国家神道と戦後GHQに命名された形の伝統神道に身を置き、委ね、生きているからこそ。その環境が存在しないにも関わらず回り続ける日本社会を、彼には想像する事ができない。


「戦後日本は何もかもが手遅れだ。ことごとく社会問題は対応が後手に周り、国家基盤も、財政も、果ては国民性までガタガタだ。本当にもう、取り返しがつかない。

 やがて来たる戦火の時代を前に、あの国の寿命はそう何十年もないだろう。時が来たとき、滅びるべくして滅ぶのだ。」


彼は白い息を吐き出す。


彼が実際その目で戦後世界を見ることが出来たのなら、その感想と信条は、少しは今と違ったものになったのかもしれない。


だが、現にそれが出来ない以上、彼の戦後社会の解釈はこれで変わることはなく、そして、それが果たして正しいのか間違いなのかは、誰にもわからない。


東郷平八郎の導き出した結論は、これなのだ。


「取り敢えず、対米敗戦はなんとしてでも阻止せねばならない…。」


合衆国に敗戦した時が即ちゲーム・オーバー、という思考は枢密院と変わらない。

だが、枢密と彼では


「……枢密院は失敗の経験をしなければならない。」


東郷は続けて呟く。


「奴らは今まで成功をし続け、大きな失敗を、致命傷を負ってこなかったせいで、自身の知識を盲信し、負けはないといつからか確信するようになってしまった

 ――”明二四戦役”の如く。」


その忌まわしき名を、噛みしめる。


「……いや、これはきっと枢密だけじゃない、皇国臣民四千万が平等に抱える問題なのだろう。」


ずっと日本人は奇跡ばかりを経験してきた。

植民地化回避然り、日清戦争の勝利然り、近代化の成功然り。

極東の40万平方kmに満たない小さな弧状列島に住まう辺境の住民が為すには巨大すぎる偉業の数々。


「結果、奇跡を当然と考え、死に向かう。

 それは史実の太平洋戦争であり、この世界線の皇國枢密院だ。」


彼は一旦言葉を切って。


「それは、一種の―――かつて無敵と呼ばれた艦隊第一機動部隊を水底へ引きずり込んだ―――”慢心”だ。そしてあの艦隊の役割は、この世界線で、この『皇國』という国家に充てられかねない。」


(だから、世界が、合衆国が第一次大戦を経験していない今のうちに、枢密院の連中に”現実”という厳しいものを突きつけなければならない。それも、連中の”絶対狂信”を一瞬で打ち砕く、大損害を伴う失敗――…、)


彼は意を決して言った。


「『』。」


ドイツの起死回生と憎悪の復讐を、世界が目にする前。つまり第一次大戦前。

そこにおいて、国土が焦土と化す前に帝政ドイツのような"敗北"をすること。


「それならば、敗戦という形であっても、少なくとも神道が解体されることはなく、伝統との連続性も断たれない。」


皇國が大国になってしまえば、容易に戦争に負けることはなくなり、この経験ができなくなる。結果いつか何処かで取り返しのつかない失態をし、全てが崩れ去る。

そこに残されるのは、彼が望まぬ『戦後』なのだ。


「皇國を救える機会は今しかない。

 この国に、皇國を、『枢密院の盲信』を砕いていただこうじゃないか。

 今が正真正銘の……”最終分岐点ラスト・チャンス”だ。」


東郷は椅子を立ち上がり、窓の外を眺める。

どこまでも続く赤系の屋根。まだ雪がそこかしこに積もっている。

そしてその先に、ひときわ目立つ、巨大な建築物。


正真正銘の、300年の歴史を誇る、この広大な雪原の大国の帝城である。


「さて、”協力者”に初接触といこうか。敵の敵は味方だ、味方に協力は惜しまん。」


外套を羽織って、東郷は玄関を出る。


「しかし敵、か……。」


トントンと階段を下っていく。そして、7月だと言うのにまだ雪の残る外へ出る。


「『敗戦』の後の心配はしないでいいだろう。『神道』ある大和民族の悍ましいまでの強さは確かだ。必ず、負けた後彼らは立ち直る。更に強く、逞しく。」


温帯の暮らしに慣れた日本人には、遥かに肌寒いこの国の夏の街を歩いてゆく。


「”敵”のはずの彼らを、不信しながら、信じる。我ながら、ひどい矛盾だな。」


太陽はもう正午だというのに低く、影が長く伸びる。日差しも弱々しい。


「だが、その矛盾こそが、私がこの世界で戦っている証拠なのかもな。なぜなら、この世界は理屈に合わないことだらけで、矛盾によって成り立っていると言っても過言ではないから―――。」


帽子を深々とかぶり、東郷は足を速め、路地を曲がり、大通りに出る。


「枢密院、並びに日本皇國臣民五千万。

 お前らはもう、敵なんだ。」


そしてその姿は、人々の喧騒に消えていく。


ロシア帝国・帝都サンクトペテルブルグ、明治33年(1900年)夏のことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る