発令鳴動

「うっわくっそ寒いお」


本日の妥協も伊地知と秋山欠席で開かれようとしていたが、いかんせん寒い。12月に入り、もう大晦日は近いのだ。


「大丈夫、ここに開発した防寒着があるっ!」


防寒装備の充実は凄ざまじい速度で進行中だ。吸湿して発熱する性質がもともとあり、この時代はそれがあまり知られていない、羊毛繊維を使って防寒靴下・着脱式インナーを開発。上に羊毛シャツ・パンツを重ね着することで防寒性能を向上させた。


「ちなみにこれは戦後米軍の防寒装備を丸パクリしているものだが、流石に合成繊維は無理があるため、本家のものとはかなり防寒性能は劣るが、それでもこの時代のロシア製防寒装備と渡り合えるぐらいには暖かいぞ。」

「ウォッカがないです。ロシアと渡り合うのは諦めましょう。」

「ちっ」


あの国は濃度90%超えることあるウォッカとかいう燃料があるからな。米帝みたいに禁酒法なんて制定してみろ、大半のロシア人は機能停止するぞ。


「兵器の防寒対策も絶賛進行中よね。それに、あの食品も密かに実装中なわけで。」


裲が不敵に微笑む。僕も、それを察してニヤつく。


「鹵獲されても、製造方法がバレないし。」


松方がそれに追従して頬を緩めて


「それに経済的にも優しい。戦闘糧食代削減……ぐへへへへへ。」


気持ち悪く笑っていると、裲が呆れたように呟く。


「まさか、こんな発想、できるわけないわよ。……これだけ機構が簡単だけど、誰もこれを戦後まで作れなかった理由がわかった気もするわね。」


僕は便乗して、感傷深げに言う。


「まさかここで、貴様に巡り会おうとは…。」


三十幾年ぶりのご対面だぁーっ、と叫びながらそのブツを乾燥室から取り出し、机に叩きつけた。これがやりたかった。


「チキィイィィィーン!ラァァァー◯ェェェぇーン!!」


そう、みんな大好きチキンラー◯ンを開発した。今度はこの妥協の一室でだ。今丁度、出来上がったところだ。開発成功!

お湯と飯盒さえあれば、3分でどこでも食える。しかも暖かい。


「小さく、軽く、輸送向き!そして熱くて美味い!!イヤッホォォぅうぅい!!!」


松方も大喜びだ。バンザイしながら部屋中を走り回っている。


「たしかにこれは製造法も鹵獲だけじゃ、広まらないわよ。日露戦後は特許をとって世界に売り放題!ってわけ、素晴らしいわね。」


裲でさえ感心するこのインスタント食品という寒冷地向けの素晴らしい戦闘糧食は、皇國でしか現状生産できない。生産ラインを絞ることで、他国から技術を盗まれぬようにする予定である。


結局なし崩し的に、この妥協が入る、寺の一角に存在する和屋敷と付属の離れで試作されたチキンラー◯ンを食べることとなった。


「もぐんぐ…っ…、陸軍の再編は一旦終了しました。ご覧の資料のとおりです。」


一個師団の下に、師団司令部、野戦病院、工兵大隊、偵察大隊、通信大隊、兵站大隊、支援砲兵大隊、4個歩兵連隊が直属する。一個歩兵連隊の下には連隊司令部、通常砲兵中隊、3個歩兵大隊が属し、一個歩兵大隊のもとに3個歩兵中隊、機関銃小隊、迫撃砲小隊が属することになっている。


「ふぇ〜、美味しいわねぇ…。」

「それな、寒いときは支那蕎麦ラーメンに限る」


僕が裲にサムズアップしていると、

松方が窓にもたれかかりながら、「なんか走って来た」と呟いた。


ジリリリリリリリン!!!!


次の瞬間、呼鈴が鳴りまくる。

何事かと玄関へ赴く僕。


「はいはいはい今開けますから…」


伝令が飛び込んできた。

そして、息を切らしながら叫ぶ。


「緊急報告、緊急報告ドェ、ゴホッゴホッ、です!!」


伝令が、むせ返る程の異常事態。


「何があったんです?」


「ハワイ王国王都ホノルル市内において『公安委員会』を名乗る合衆国移民が、未明の宮殿前で政治集会を王国政府に要求!

 裏で合衆国工作部隊による、王国転覆工作が進行中です!!」


「遂に来たのね…!」


間髪おかずに裲がそう漏らす。


「行動開始ッ!」


僕はすぐに電話を取る。

電信室の伊地知大佐に電話をつなぐ。


――、――、――、――ガチャリ。


呼び出してすぐ繋がった。


「伊地知大佐であられますね!?」

「そうだ。こちら無線通信室、準備は完了している。」

「以下の内容をハワイ突入隊へ打電してください!!」


大きく息を吸い込み、あの運命の言葉を吐き出した。


「ヨウテイザンノボレ、〇一一四マルヒトヒトヨン!!」


あの運命の日から遡ること43年、明治31年1月14日未明のことであった。




・・・・・・

・・・・

・・





「わぁいうみひろいひろぉ〜い」


秋山は狂ったように呟きながら、鼻水を軍服の袖で拭う。


「司令…、鼻紙をお持ちしましょうか?」


見かねた飯田久恒参謀がそういったが、彼は手で制し返す。


「面倒くさい。」


「しかし、秋山少佐、佐官へ昇進されたのですから、最低限のマナーは身につけて頂かないと、会議や交流会に招かれたときに、恥かくことになりますよ。」


すると秋山は笑って飯田参謀の頭をポンポンと叩く。


「相変わらず貴様は堅いなぁ。大丈夫だ、その時は何とかなるだろ。」


(十中八九何も考えてねぇ…。てか滅茶苦茶臭ぇ!何だこの臭いは…!!)


参謀は自身を取り巻く異臭に気づく。


(何だ、艦にでも異常が起こったか…!?いや、それにしては石炭や焦げてる臭いがしない…。どちらかといえば…熟成された汗と…脂の臭い……?)


彼は、自分の頭に未だ手を置く、目の前の中年男に目を移した。

そして、すべてを察した。


「秋山司令…。この一週間、一度も風呂に入ってない、なんてことはございませんよね…??」


全く信じたくないようなことであったが、目の前の司令官は、それを確実に裏付ける悪臭を、これが証明だとばかりに纏っていた。


「ん?当然だがそれが?」

「」


(何考えてんだこの司令は…!?この人は頭がいいから名参謀だが、普通だったら狂人だ!とにかくこれは不味い、放置していたら大変なことになる。主に鼻が!!)


切羽詰まった飯田参謀は早口でまくし立てる。


「司令、いいですか?常人はいくら集中する期間でも、食事は摂り、歯磨きはし、風呂に入ります。一週間風呂に入らないのは司令の勝手ですが、正直言って滅茶苦茶臭います。このままでは艦隊司令部要員の士気が司令の悪臭で暴落する恐れもあります。ですから直ちに速やかに遅滞なく風呂に入って来て下さい。」


気づけば彼は秋山司令を司令室から引っ張り出し、艦内廊下に出ていた。

取り敢えず司令を風呂場にぶち込み、踵を返す参謀。

そこで艦内招集が下る。


『飯田参謀、秋山司令は速やかに司令室へいらしてください。』


復唱放送を聞かずに、参謀は走り出す。


(この時間での招集ってことは恐らく…、想定より早かったが、到着したか…。)


そして、司令室に飛び込んだ。


「秋山司令は風呂に入られておる。要件は?」


そう言うと、副参謀が答える。


「作戦開始地点『丙』に、間もなく到着します。

40分ほどの早着です。理由としては――」


理由の説明を参謀は手で制す。


「早く着けばつく分だけ作戦成功率は上がる。速やかに作戦を開始せよ。」


秋山からも到着次第作戦の即時開始を命じられている以上、飯田参謀の判断に誤りはない。


「現在位置オアフ島北方67海里。潜水母艦『松島』以下『厳島』『橋立』三隻、第一次突撃隊、発艦用意!」


「復唱、『松島』以下全潜水母艦は第一次突撃隊発進用意!」


後方へ続く潜水母艦の昇降機クレーンによって、新兵器が海面へ降ろされる。3隻に搭載された計12艇の潜水艇。これが明日、第一次突入隊5艇と第二次突入隊7艇に分けて、ハワイオアフ島へ突入する。


「『第一次突入隊』、発艦準備完了しました!」


十分もたたないうちに、出撃用意完了の報せが来る。

潜水艇昇降機は、5艇の潜水艇を降ろし終わっていた。

あとは、秋山司令が手を振り下ろせばすべてが始まる。


(その肝心の秋山司令が………居た!?)


突如として司令室の扉が開き、秋山司令が入ってくる。

だが、彼は服を着ていなかった。

タオルを腰に巻き付け、びしょ濡れでやってきたのだ。


周囲の士官が呆然とする中、秋山司令は声を張り上げた。


「全く、歴史的瞬間だと言うのに何故俺を風呂に閉じ込めたまま放置する!?確かに俺不在のときは飯田参謀に指揮権を移譲するとは言ったが…。風呂場の外の廊下を通りかかった士官に『何処の士官さんか知りませんが、間もなく作戦開始らしいですよ?』なんて言われたから飛び出てきてやったわい。なんとか間に合ってよかった。」


士官たちも秋山司令の変人ぶりは熟知しており、その上で、飯田参謀へ皆こぞって目を向けた。その視線は、『お前がどうにかしろ』との意思が強く強くのっている。


(私は司令の取扱説明書ではないんだぞ…!?)


渋々と彼は秋山に近づく。


「司令、大変申し訳無いのですが、風呂へお戻りください。」


当然秋山は抵抗する。


「何故だ!?俺にだって見させてくれ!歴史的瞬間だぞ!?」

「司令室で裸で水を撒き散らかすのは非常に迷惑ですよ!?頼みますから身体を拭いて服を着てきてください!!」

「やだ」


目をつむって居座る司令を前に、呆れながら飯田参謀は指示を飛ばす。


「頼むぜ水兵」


水兵たちは3人がかりで秋山を担いだ。

そして、司令室を出て、脱衣所の方へ向かっていく。

何か喚きながら消えていく艦隊司令を前に緊張が完全に抜けきった士官たち。


「作戦開始前に疲れるってどういうことだよ…。」


そう呟きつつ、飯田参謀は右手を振り下ろした。


「第一次突入隊、発艦始め!!」


一大作戦の始まりとは到底思えない空気感の中、

緊張もクソもない声で、明治31年の『薄明光作戦』は全く締まらないまま、美しい夕焼けを背後に発令された。


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