白華の憧憬
明治25(1892)年9月 帝都
「待ってくださいまだ巡るんですか、もういいでしょ銀座通り」
「淑女をエスコートするのは紳士の役目でしてよ?」
「紳士である自負が欠片もないので遠慮します…」
僕は有栖川に連れられて、海軍視察帰りに帝都へ訪れていた。
「自負ではなく周りの視線ですのよ」
カランカラン、と扉鈴を鳴らして、煉瓦造りの小洒落た喫茶店へと有栖川は僕の手を引きずって入ってゆく。
他の客たちの、冷やかしも混じった微笑ましい視線が注がれる。
傍から見たらさしづめ、少尉章を提げた11歳の軍服の少年と、きらびやかなドレスでお洒落した17歳のお嬢様のデートにでも見えているのだろうか。
(冗談じゃねぇ…)
んなわけなかろう、これは強制連行だ。
心のなかでそう毒づく。
最も明快に表すならこれは上司に引きずられて行く呑み会だ。
待て、召喚前も今も未成年だし呑み会は未経験じゃねぇか。前言撤回、想像だ。
ちなみになぜ僕が士官候補生の軍服を着ているのかというと、単に私服と呼べるものが入植時の開拓着と言う名のボロ布しかなかったからである。
有栖川に今回の出張の案件を聞かされて、なるべくお洒落な私服を着ていくようにと聞かされて、当日朝、旭川駅のホームに、4年前に配給された開拓着を無理やり着て突っ立っていた僕を見つけた有栖川が絶句、首根っこ掴まれて学校寮に戻され取り敢えずで軍服を着させられて、帝都に至るわけだ。
有栖川は通り側の相席の片方に腰を下ろし、続く僕は相席のもう片方側に座る、
しばらくして来た珈琲を、しばし嗜みつつ、有栖川は喋りだす。
「先程の横濱造船所の視察の通り、海軍の戦力整備は鋭意進行中ですわ。」
「海軍は現在英国にて新型戦艦『富士』『八島』を建造中なんですよね?」
「ええ。これを含めて日清戦争までに完成予定の海軍主力艦はこの通りですわ」
有栖川は機密印の押された封書を僕へ渡す。
それ一介の少尉に渡していいモノじゃないだろと思いつつも、開けて目を通した。
・浪速型防護巡洋艦 「浪速」「高千穂」
・千代田型防護巡洋艦 「千代田」
・松島型防護巡洋艦 「松島」「橋立」「厳島」
・秋津洲型防護巡洋艦 「秋津洲」
・吉野型防護巡洋艦 「吉野」
・富士型戦艦 「富士」「八島」
・浅間型装甲巡洋艦 「浅間」
概要を把握しつつ、僕はぽそりと呟く。
「浅間型ですかぁ…、陛下が勅令で宮廷費節約と公務員の俸給1割減をやって手に入れた海軍初めての装甲巡洋艦、って聞いたことがあるんですが。」
「本当ですわ。艦政本部の方々は、魚雷を載せず速射砲に特化するようになさるつもりらしいですの。」
史実、日清戦争は魚雷が世界史上初めて投入されたが、大型艦に搭載された魚雷はあまり戦果を上げていない。
よって、史実で有効性が確認された速射砲を魚雷の代わりに装備したようだ。
「時代は例の機関銃ごとく、速射力を中核として進行しています。ですからきっと、海軍もその流れに乗ったんでしょうか?」
「まぁ間違いなく、これからは圧倒的火力が物を申しましてよ。」
けれど、と僕は尋ねる。
「ですが、何も魚雷を全廃とまでは行かないでしょう。水雷艇は日清戦争までに24隻を導入する予定と聞きましたが。」
「役割分担、ですわ。ありったけの魚雷を搭載する、そう説明を受けましてよ?」
「なるほど」
僕はそう頷く。
「「戦艦』…。富士型は皇國海軍初めての超大型艦ですよね。」
「富士型戦艦は清国の最新鋭戦艦鎮遠型に対抗できるよう作られていらしてよ。」
史実、日清戦争へ向けて着工されたものの、明治28年の就役時にはちょうど清朝北洋艦隊が全滅したタイミングであったという悲劇の富士型戦艦。
しかしその実は、装甲厚だけ見れば大和型戦艦さえ凌ぐバケモノだ。
まぁ冶金技術の関係上、強度は大和型戦艦より当然劣るわけだが。
「しっかし…。仮想敵の『鎮遠』はプロイセン王国の
「敵が弱い分にはよろしくってよ。それに、歴史ある
そういうもんかね、と僕は納得した。
「あとは…、新型火薬”下瀬火薬”と伊集院信管の採用、ですよね?」
「ですわ」
史実日清戦争に間に合わなかったこの火薬と信管。史実の帝國海軍は明治26年にこの火薬を採用し、下瀬火薬と名付け、炸薬として砲弾、魚雷、機雷、爆雷に用いた。日露戦争で大いに活躍し、海軍はただでさえ威力の大きな下瀬火薬を多量に砲弾に詰め、また鋭敏な信管(伊集院信管)を用いて榴弾として用いた。
敵艦の防御甲鈑を貫通する能力は不十分だったが、破壊力の高さと化学反応性(焼夷性)の高さから、非装甲部と乗組員に大きな被害を与えた。日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を粉砕した一因は下瀬火薬である。
「ピクリン酸は容易に金属と化学結合して変化してしまう為、鋭敏な化合物を維持する点で実用上の困難がありまして。それで弾体内壁に漆を塗り、さらに内壁とピクリン酸の間にワックスを注入してこの問題を解決し、試製の下瀬火薬が完成というわけでしてよ。」
「でもそれって危なくないですか?ピクリン酸の性質上、砲弾内部の漆とワックスにごくわずかでも隙間があって砲弾本体と触れてしまえば、即自爆ですよね。」
「……随分博識でいらっしゃって」
有栖川は瞠目する。
「この欠点を解消するため、ピクリン酸をアンモニウムなどアルカリと混合して塩にした爆薬を後に開発致しましたわ。これを今回『下瀬火薬』として採用し、使用しますの。安全性は気になりませんわ。」
なるほど、と頷いた瞬間。
「本当だよ全く。研究費に78万圓もかけて危険な代物作られたら発狂するぞ」
後ろの円卓席から、声が聞こえてきた。
びくりと震えて、有栖川は姿勢を正し、冷酷さも含んだ声で問いかける。
「……どちら様で?」
「かかかっ、そこまで警戒するでない」
その人物が立ち上がって、こっちを振り向く。
「いや、すまんな。黙って盗み聞き紛いのことをしちまって」
「はぁ、どちら様でしょう?」
僕は大して何も考えずにそう言うと、有栖川が顔を青くして飛び上がった。
ばっ、と立ち上がって彼女は僕の手を押さえつける。
「ッ、立場を弁えなさいまし!」
「!?」
そうして自分とともに頭を下げさせる。
なにがなんだかわからずに困惑していると、有栖川が声を絞り出した。
「無礼をお許しくださいませ、松方大蔵大臣閣下。」
「…?」
待て、その名は聞いたことがある。
(松方、蔵相…。――ッ、松方正義か!!)
大蔵卿から始まり、初・3・5・8代と大蔵大臣を歴任、内閣総理を2度も務め、日本銀行設立、金本位制の確立と、挙げた戦果は数知れぬ。
史実、そして現在の、正真正銘の皇國経済界の中枢であり重鎮。
「はは、構わんよ。
儂は松方正義。皇國蔵相兼、枢密院議員だ。」
そして、枢密院の「英雄」の一人である。
・・・・・・
・・・・
・・
「邪魔して悪かったな。続けてくれていいぞ」
「うーん、この雰囲気で続けろは結構無理があるような気がしますが…」
「現役蔵相の視点からの情報は相当大事だろう?私がいて損はないと思うが。」
「……そうですね」
誰もが黙ったままでは話が進まないので、僕はそう首肯した。
「陸軍の方を重点においた話になりますが、皇國文学賞の制定のおかげか、森鴎外の熱が執筆の方へ向いたみたいで軍医中将への昇格が遅れてます。」
「とすると、おそらく麦飯・米糠の陸軍兵食への採用は通るな。ヨシ!」
「森鴎外…、確か小説家と陸軍軍医を兼じられている方でいらして?」
森鴎外が、「科学的な証拠に乏しい」として麦飯を前線に配給しなかった結果、日清戦争において脚気による死者4千、感染者4万を出したのは有名な話である。森鴎外を枢密が執筆活動へ誘導し、陸軍軍医中将就任を妨げることに成功したため、なんとかこれを防ぐことができるはずである。
「ホントマジでクソ野郎だから森鴎外は。感染者をそのまま戦力として使えたらどれだけ戦果を上げて賠償金ぶんどれたか…。
治療費用どれだけだと思ってんだ、それだけで小銃工廠一つ分くらい建てれんだぞあのマッドでサイエンスな天才軍人美少女小説家(自称)のエセ科学者め!」
おっと松方さん、史実の森鴎外の件にご立腹の様子。てか史実案件に触れてはいかんだろう、有栖川は気づかず流しているようだからまだいいが。
「あれは森鴎害だから。森oh!ゲイだから。」
「ちょっとそれは言いすぎでしょう。見ているこっちが傷つきます…。」
確かに流石に可哀想だ。
森 oh! ゲイってなんだよ…。
(はっ、LGBTに理解がない!人権意識に欠けている!)
怒りで震えて涙が止まらない。
顔を真っ赤にしてTwitterを開こうとしたが、そうだ、この時代はTwitterないのだ。
フェミ垢使えないじゃん。
「脚気はもともとビタミン不足が原因で起こるんでしたっけ。」
「米糠が脚気の予防に役立つことを発見した科学者の鈴木梅太郎が、今度は世界で初めてビタミンを発見したらしい。今後の活躍に期待だな」
それも含めて「理化学研究所」は昨年設立されたが、それはまた別の話。
「他には…、蔵相の視点から言うなら、国庫にはかなりの貯金がある。
この前の合衆国での小恐慌でそれなりに稼げたからな。次の戦争の資金源には諸外国の融資含めて困らないだろう。」
そういうことで彼は機嫌を良くした。有栖川が僕に話を振る。彼も雰囲気に慣れてきたようだ。この場にいる人間は適応能力が高い。
「海軍のことはよくわからないのだが……、なるほど。
海軍初の装甲艦である富士型戦艦と浅間型装甲巡洋艦計3隻が既存戦力に新たに加わっていると見ていいのか?」
「え、聞いてません?海軍でミステリーがあったこと。」
「聞いてない知らない分からない。前回の枢密院会議欠席したからな」
「あー、ちょっと冗談ならないくらいの損失ですよ。」
松方は一気に身を乗り出す。
「5W1H詳しく」
「巡洋艦”畝傍”が、東シナ海で消滅していまいました。よって正確には4隻の追加だったんですけれど、実質は3隻になりますね。」
松方が目を丸くして問う。
「しょ、消滅って…、どういうことだ?」
「ええ、文字通りです。これだけは残念ながら、くつがえしようもない事実です。」
史実にもあった話であるが、最大限の対策をしたはずなのに、謎は繰り返した。
フランスにて進水した畝傍は12月3日にシンガポールを出港後、南シナ海で行方不明となった。海軍は洋上の海面捜索を徹底し、諸外国船も捜索に協力したが手がかりは得られず、謎の失踪となった事件である。
全乗客乗員計90名の消息は120年経った前世でも未だ不明という、一種の怪奇だ。
「乗員90名ごと消滅ですよ。他にもあらゆる手段は打ったのですが、こればかりはどうしようもありません。冥福を祈るばかりです…」
「と…、いうことは…、まさか……?」
松方が青ざめたのを見た有栖川は、何を思ったか彼にとどめを刺した。
「じゃぁ、あの船にかかった153万圓は綺麗サッパリ消滅…!?」
「ヌワアァアァァァアァアああァッ、ハアァァァあアァァ――!!!!!」
「お、落ち着いてください蔵相閣下!」
僕が制すも、彼は止まらない。
彼の中では「乗員90名の命<<<越えられない壁<<<153万圓」の図式が出来上がっているのだった。
「ファッ、ファッ、fuc○(自主規制」
「やめろ、モザイク!」
「アギャoh―――!!جيش التحرير الشعبي الصيني!」
「ここ曲がりなりにも大衆食堂です!皆さん引いてます!!」
僕は事情を説明して、3ヶ国語を操る松方は漸く止まった。
「大丈夫です、なんとか保険に加入しておいたおかげで125万圓の保険金が下りり、畝傍の代艦として防護巡洋艦千代田の建造に至っています!」
「30万圓ドブ底だァァァッ!!!」
松方が机に頭から特攻して死んだ。
「…この方ほんとうに枢密院の『英傑』ですのよね?」
「知りませんよそんなこと」
僕らは蔵相の肩書を前にした萎縮の気配を完全に消し、正面から顔面を机に突き刺してのたうち回る未確認生命物体を凝視する。
どうやら蔵相閣下の思考回路はmoneyという単語が絡むと単細胞になるらしい。
「ねぇもう帰って良くないすか?海軍視察も済ませましたし」
僕はそう促した。
造船所で現状を把握した以上、別に帝都に残る必要はない。
「話は戻るが、トリニダード・トバゴの石油事業についてどう思う?」
「どこに話を戻したんですか松方蔵相」
松方のおかしいテンションによって場が乱れる。放送事故だ。
「とりあえず日清戦争です。いろいろ研究開発したい兵器もありますんで、開発するときは蔵相、閣下が頼みの綱です!よろしくお願いします!」
僕は瞬足で媚びを売る。
「えぇ…、そう押し付けられても…。流石に原子力兵器は無理だぞ?」
「僕をなんだと思ってます?そんな無理難題押し付けるわけ……」
僕は唐突にひらめいた。
顎に手を当てて少し考えて、結論を導き出す。
「――飛行機お願いします。」
「無理難題なんだよなぁ」
拒否されて当たり前である。
「そこをなんとか…!新大陸の某兄弟じゃなくて、閣下の名前が教科書に載るかも…、”飛行機初飛行は皇國蔵相”ってな感じで」
「いいねェ!!!」
「……新大陸の某兄弟??」
有栖川がそう疑問を口にする。
そうだ、”史実”はあくまで最高国家機密。
そうかんたんに口にしていいものじゃなかった。反省。
「まぁとりあえず飛べるものがあればおkです」
「ドローン?」
「蔵相閣下それダメ」
僕はただの少尉だし存在感とか責任はハナクソみたいなものだが、蔵相ってあんた、国家の重鎮が機密ペチャクチャ喋っちゃだめだろう。俗に言うドジっ娘キャラか?
「…可愛い少女なら萌えるかも知んないけど、当のドジしてる奴が60に迫る下手したら……これじゃただのド爺じゃねぇか誰得?」
「爺じゃねぇよしばくぞ」
だめだこりゃ。話を戻そう。
「飛べるもの作れませんか?」
「紙飛行機」
「航続距離が足りません。片道でいいので500kmはほしいです」
「気球でも無理じゃねぇか何したいのお前。コミケ行きたいなら電車使え」
「なんでそれ知ってるんです?」
抑々コミケに飛行機で来るのオタク外人くらいだろ。
「面白い作戦思いつきましてね。先の動乱で、岡山の戦いのときに使った手段の発展、拡大版です。」
「……なんだと?」
「どういうことでして?」
一気に2人が興味を示す。
「先の岡山会戦では、気球部隊が上空から敵ガトリング砲部隊へ圧力を加え、その隙に主力軍が渡河って感じでしたけど、それを次は空中からの攻撃を主力とするってわけですよ。」
「……どういうことだ?空から銃を撃つのか?」
「………枢密院には内緒にしててくださいね」
「待て、それはどういう――」
不敵に笑って、その言葉を吐く。
「空挺降下。」
ガタ、と松方が立ち上がる。
「はぁっ?空挺だと!?」
「空挺…、とは?」
愕然とする松方を尻目に有栖川が小首を傾げる。
「文字通り、航空挺身戦術です。
離陸したのち前線遥か上空を通過、敵後方の空域に空中より落下傘で散開、敵の補給路を遮断、撤退線を封鎖致します。」
今度は有栖川も、空になったティーカップを取り落とす。
「な、空から兵を降らせるとでも仰いまし!?」
不敵に笑ってのける。
「どの列強でも、戦争は未だ二次元です。面上だと思っていた戦線に、まさか空から攻撃があるだなんて、誰も想像することが出来ない。」
洋務運動を進めている清朝とて同じだ。
軍事顧問が欧州列強の人間である限り、直上空間からの浸透など到底想定出来うるモノではない。
「空中から降り立つ皇國陸軍に対し、清朝は為す術もありません。」
地図を広げて、清鮮国境の鴨緑江を指し示す。
「例えば平壌制圧後、鴨緑江の清朝側対岸を空挺降下で制圧できれば、退却中の清朝の主力ほぼ全てを包囲することが出来る」
敵軍は袋のネズミだ。
もはやこれだけでも、戦局は決するようなもの。
「…ッ!」
松方は息を呑んで続ける。
「…実現性はおいておいて…、清朝の軍隊は脆弱すぎる。そんなものを使わなくても勝利できるのではないか?」
それでも肯定を示さない。
なるほど史実でも清朝は弱い。日清戦争、史実の鴨緑江の戦いでは日本側損害が戦死4に対し、清朝は戦死者だけで2000人を出している。
キルレートが1:500、みんなして自殺しに来たのだろうか。
「それに……、失敗すれば。空挺部隊は敵中にいるただの補給切れの矮小戦力だぞ。結果は目に見える。」
「ええ。結果生じる一連の戦闘については全責務を負いましょう。僕が先導切って空挺部隊に志願しますから。」
「覚悟はあるのか?
人類初めての、航空攻撃を敢行することになる。前人未到の地に踏み入るんだ。戦力編成、指揮、交戦、撃滅。…全部背負うには、少尉、貴様はまだ若すぎる。」
僕は笑う。
少しばかり、胸元の翠星徽章が輝いたように思えた。
「先の動乱で、2回もやりましたよ。」
北方でも、山陽でも、先鋒切って突撃した。
その2つはどちらも果たされることなく、この翠星は『屈辱』の代名詞だ。
3度目。今度こそは、その上塗りにならぬよう。
「……っ」
松方は瞑目して、それから喋りだす。
「…わかった。飛行船だ。
飛行船なら、開発できる。それで手を打とう。」
「ありがとうございます。」
一礼、着席。
唖然とする有栖川を横目に、ようやく御茶を頂く。
「……まぁ、敵軍の包囲という目標は二の次なんですけどね。」
ふと、机上の地図の一点を見つめた。
「…どういうことでして?」
「航続距離、片道500km。」
旅順を指し示す。
渤海に突き出た遼東半島、その先端に位置する好立地の要塞だ。
「片道?いや、片道では飛行船を回収できなかろう」
「ですね。だから――…
これは、戦争を終わらせる一撃である必要がある。」
松方がペンを取り落した。
「どういう意味だ…?」
「見れば解りますよ。」
コンパスを出して、旅順を中心に500kmの円を描いてゆく。
半径500kmの円周は、そのまま、済南、青島、平壌、奉天という戦略要衝を補足してゆき――、やがて。
「――ッ!!」
有栖川が硬直した。
「……待って、まてまて…!」
松方が、震えた声を出す。
両名ともに察したか。
「旅順さえ制圧できれば、航続距離は足りますね。」
制空権は全く必要ない。
未だ、人が空を飛ぶなどあり得ないことだから。
であるからこそ、この大博打を遂行する勝算が生まれる。
上空。
渡洋浸透。
「敵帝城―――射程内に補足。」
これが、勝利への完全方程式。
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